黒田 悠介さん
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  • 黒田 悠介

解決策を見つけるよりも重要!「問題提起」を甘くみてはいけません

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これは、あるクライアントとのディスカッションでの出来事です。同席している部下に対して部長がこんなことを言いました。

解決策のない問題提起は愚痴と同じだ

これはまずいな、と感じました。

本人はいいことを言ってやろうとか、場を掌握しようとか、目的があっての発言なのでしょう。しかし、この発言をきっかけに、ディスカッションは沈黙の間を言葉で縫うような、およそ充実とは程遠いものとなってしまいました。

問題提起は単体でも高い価値があるはずなのに、その芽を摘んでしまったのです。

私はその部長に

二度とその言葉を口にしないでください

と伝えました。

問題提起だけでも価値がある

もしかしたらこの部長さんはカンタンに解決できる問題しか扱ってこなかったのかもしれません。でも、世の中の問題は、そんなにカンタンに解決できるものばかりではないんです。そういう難しい問題は、そもそも提起するだけでも重要な価値があります。

問題提起によって、他の人と議論する中で解決策を見いだせるかもしれません。もしかしたら既に同じような問題について解決策を知っている可能性もあります。解決策を持っていなくても、その場に提起することは解決の第一歩となるのです。

たとえその場で解決策に至らなかったとしても、それはそれでOK。そういった難しい問題は安易に答えを求めないほうが良い場合も多いですから。解決を保留し、アンテナを張った状態で日々を過ごすことも大事。そのアンテナにふとした瞬間に何かが引っかかるかもしれません。

「違和感」の共有でも十分

先ほどの部長の発言があった打ち合わせの翌週に、同じ事業に関するディスカッションの時間がありました。そこで私は部長とその部下に、

違和感を感じることがあれば、ぜひ教えてください

と伝えました。この発言によって問題提起を促そうと思ったのです。

問題提起よりも更に前の段階に「個人の違和感」があります。「直感」と言い直しても構いません。この違和感を提起することを促進すれば、結果的に問題提起の数も増えるだろうと考えたのです。

実際、このディスカッションは前回のものと比べて格段に価値の高いものになりました。問題提起という「伝えるために準備された言葉」よりも、もっと原始的な違和感の共有から始めるほうが、議論が活発になります。

もちろん、議論をファシリテートする役割の人は、以下の問いかけを忘れてはいけません。

その違和感をもう少し具体的に言うとどうなりますか?

こうした問いかけで、直感を言語で説明可能にしていきます。言語化することで、共有できます。共有することで、違和感は重要な問題提起へと姿を変えていきます。

「問い」の質が「答え」の質を限定する

ここまでお話した通り、問題提起は重要であることは間違いありませんし、問題提起がなされないままでいることも避けるべきです。

しかし、全ての問題提起に価値があるわけではありません。問題提起には質という側面が存在します。「問題提起」の質が「解決」の質を限定するのです。

質というときに「サイズ」に関連すると思われがちですが、必ずしもそうではありません。例えば「地球環境の保護のために何ができるか」という大きなサイズの問題提起は良い問いでしょうか。それはこの問いを発する主体に依存します。この問題を扱うだけの能力があるのであればよいのですが、そうではない場合はただの妄想でしかありません。

サイズだけでなく、抽象度も問題提起の質に影響します。あまりに抽象的な問題提起は捉えどころがないですし、あまりに具体的な問題提起は視点を矮小化させます。

このように、問題提起は「主体」「サイズ」「抽象度」が噛み合ったときに最も威力を発揮し、素晴らしい解決へと私たちを駆り立てます。

最後に

良い問題提起ができれば半分は解決したようなものです。是非、社内でも発言しやすい雰囲気で問題提起を促進してください。

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