- 株式会社エイチームライフデザイン
- エンジニアマネージャー / スクラムマスター
- 岡﨑 大輝
技術刷新とスクラム体制への移行で開発精度を高める。「引越し侍」開発チームの取り組み
開発組織において新たな手法を導入したり、技術刷新に取り組んだりする際には、それまでのプロセスとの調整や学習負荷がかかり、スムーズに推進できなくなることも多い。そのような時に、各企業はどのようにして壁を乗り越えているのだろうか。
引越し比較・予約サイトの「引越し侍」や、結婚式場検索サイトの「ハナユメ」といった、人生のイベントや日常生活に密着したWebサービスを多数展開する株式会社エイチームライフデザイン。
2022年2月に、エイチームの各子会社が運営していた複数事業を統合して生まれた同社は、その組織再編によって大きな変化を迎えた。特に「引越し侍」の開発チームにおいては、統合前後でスクラム開発の導入や、高度かつモダンな技術構成への刷新に取り組むなど、チームの誰もが経験をしていなかったことにチャレンジしたという。
その過程においては、専門書で学びながら基本に忠実に導入していったものの、ベストな運用にたどり着くまでに悪戦苦闘したこともあったそうだ。そこで、最終段階では外部パートナーに第三者目線で運用レビューをしてもらうといった工夫もしたことで、現在では「自組織に合う正攻法」を見つけ、より精度の高い開発を進められるようになったという。
そこで今回は、同社のエンジニアマネージャー兼スクラムマスターを務める岡﨑 大輝さんと、リードエンジニアの小堀 輝さんに、約2年に渡るスクラム開発の導入や技術刷新の取り組みについて、詳しくお話を伺った。
事業ごとに異なる子会社を統合し、エイチームライフデザインが誕生
岡﨑 私は2014年にエンジニアとしてエイチームに入社しました。その後、現エイチームライフデザインにて、2018年からエンジニアマネージャー、2021年からスクラムマスターを務めています。
小堀 私は2018年に新卒でエイチームに入社して、現エイチームライフデザインで「引越し侍」の既存システムや新規プロダクトの開発に携わった後、2022年からリードエンジニアを担っています。
▼【左】岡﨑さん 【右】小堀さん
岡﨑 エイチームはエンターテインメント事業、ライフスタイルサポート事業、EC事業の3つを軸に多様なサービスを展開しています。以前は、「引越し侍」を運営する子会社、結結婚式場情報サイト「ハナユメ」を運営する子会社といった形で、事業ごとに運営会社が細かく分かれていました。
その後、それぞれのサービスのシナジーを高めて継続的な顧客体験を届けることを目指して、2022年2月にライフスタイルサポート事業が再編・統合され、新たにエイチームライフデザインが誕生しました。
この大きな変化に伴って開発組織も拡大し、開発業務のメインとなるデザイン開発本部には現在100人ほどのマネージャー、エンジニア、デザイナーが所属しています。その中で事業ごとのグループに分かれて開発を進めていますが、統合によってメンバーのキャリアアップや知識習得を促進できる構造になったので、開発組織全体で人材の流動性を高めていくことを目指して運営しているフェーズです。
小堀 この組織再編によって、従来の取り組みにおいても横のつながりが強化されたと感じています。
例えば、各事業部の課題や取り組みを共有する「TechLead RoundTable」は組織再編前からも行っていましたが、以前は別々の組織だったため、意見を伝えることに留まっていました。しかし、組織再編後は垣根を超えて、直接サポートに動けるようになったことが良い変化だと思います。
ITでサービスの利便性を向上させる「引越しDXプロジェクト」を始動
岡﨑 今回は、エイチームライフデザイン事業の中でも、「引越し侍」と「引越しDXプロジェクト」の取り組みについてお話しできればと思います。
まず、2006年にスタートした「引越し侍」は、ユーザーが依頼フォームに入力した内容をもとに、複数の引越し業者さまから相見積もりを提供するという、引越し一括見積もりサービスです。
このサービスは利便性の高さを評価いただいている一方で、引越し業者さまから一気に電話やメールの連絡がくることから、ユーザビリティの面で課題感がありましたし、私たちとユーザーとの直接的な接点を持ちにくい点も課題として挙がっていました。
そこで、ITの力で引越しの手間を解消することをコンセプトに、新たに開始したのが「引越しDXプロジェクト」です。その第一弾として、「引越しネット予約サービス」を2021年10月にリリースしました。
具体的には、一気にかかってくる電話の制御や、ネット上で即日引越し予約を完結できる仕組みを構築することで、ユーザビリティの向上を実現しています。また、顧客接点を強化する「チャットサポート機能」の実装や、引越し業者さまに対するユーザー獲得のためのコンサルティングといった取り組みも実施しました。
そして、このような「引越しDXプロジェクト」の裏側では、サービス開始から16年ほど積み重ねてきたものを最適な形に整えようという動きもあって。結果として、開発体制と技術面の全面的な刷新にも取り組んできました。
自学でスクラム開発の導入に挑み、第三者チェックにより万全な体制に
岡﨑 まず、開発体制の刷新については、既存の体制を見直すだけでなく、新たなものを取り入れるという観点で、アジャイル手法の一つであるスクラム開発の導入に挑みました。
ただ、正しいスクラム開発の知識を持っているメンバーがいなかったので、まずは小堀と一緒に専門書を読みながら、基本に忠実に設計して進めていった形です。その中では、「これってどういうニュアンスなんだろう」と疑問に思う部分や、元々の自組織の体制にそのまま適用するとうまくかみ合わない部分も出てきました。
例えば、作業規模を見積もるストーリーポイントの設定で誤認していた部分があって。当初はタスクの難易度や不確実性などの要因は考慮せずに、時間を軸に開発工数を見積もっていて、それによって予定していた納期を守れなくなり、最終的にエンジニアの首が締まってしまうことがありました。
また、スプリントレビューを正しい在り方にするのも難しかったです。本来のスプリントレビューは、インクリメントに対してプロダクトを成長させるためのフィードバックや議論をする場だと思いますが、以前はプロダクトオーナーに対して、インクリメント自体のチェックやテストを依頼するような場になっていました。
さらに、当初は10人強でスクラムを組んで開発していたため、タスクの割り振りの難易度が高かったり、メンバーとの議論が進めにくかったりしました。また、一人ひとりが作業したものをマージした時に不具合が起きてしまうこともありました。そうした課題に対して、一つずつ学びながら改善を加えていった形です。
特にチームの人数に関しては、最終的に1チームあたり5人になったことで議論を活性化でき、1週間のプランニングもしやすくなったので、スクラムにおける人数構成の重要性も体感しました。
小堀 このようにスクラムを独自に実践する中では、輪読会を通じてみんなで体系立てて学べる環境を作れていましたが、「正しいスクラムの運用ができている」という自信は持てていませんでした。
特に、自組織に合ったやり方がなかなか見つからなかったり、今までの風習が染みついていて変えられない部分もあったりしたので、最終的な仕上げとして内製化支援などを行うゆめみさんに入っていただいて、現状のスクラム体制に関するレビューや壁打ちをしていただく機会を設けました。
それによって迷いを払拭して活動できるようになったので、第三者目線で活動をチェックしていただくことも効果的だなと感じました。
岡﨑 レビューの中では「正解があるわけではないので、自組織に合わせて改善していくことも重要ですよ」というアドバイスもいただいたので、これまでの自分たちの試行錯誤が間違っているわけではなかったと分かって安心しました。
このスクラム導入による成果はいくつもありますが、仕組みの中でしっかりと振り返りの時間を設けて、チームメンバー全員で議論できるようになったことが特に良かったと思っています。
というのも、以前の開発プロセスは、ビジネスメンバーからおりてきた要件をもとに1週間のプランニングをして進めていて、振り返りや改善するための時間を持てていませんでした。その点を改善できたことで、プロダクト開発の精度も向上できましたし、チームビルディングにもつながったと感じています。
技術的な課題を抱えていた既存システムを、モダンな技術環境に移行
小堀 また、2006年から運営している「引越し侍」ではいわゆるレガシーな技術が使われており、長年の運営で大量のコードが蓄積されていることから、メンテナンスが難しい状態になっていました。そのため、2023年からスタートした引越しDXプロジェクトでは、スクラム開発の導入と並行して、技術面も抜本的に刷新しています。
その際、開発生産性や安全性が高い状態にしたいという思いを優先し、当時、弊社では採用事例が少なかったGo言語やReact、GraphQLといった技術選定をしました。今まで採用していた言語やアーキテクチャと比べると、やはり学習コストがすごく高くて開発初期はかなり苦労しましたね。
このモダンな技術環境を定着させるために、チームで週に3時間ほどを勉強会に充ててきました。そこではメンバー同士で技術について学んだことを発表しあったり、開発メンバーではない、営業やマーケティングを担当しているメンバーに対して、保守性について理解を求めたりすることで、一定量以上の保守性は担保することができたと思います。
しかし、特にバックエンドに関しては、社内でもリードできる人がいなかったので、Go言語やレイヤードアーキテクチャに関する理解不足から、歪な構成となってしまっている部分が多くありました。
その後、2022年2月の組織再編でエイチームライフデザインが誕生した際に、メンバーの入れ替わりでメンテナンスできる人がいなくなるという事態になったり、新たな開発メンバーが加わりにくい技術環境になっていたりしたことから、元々あった問題がより顕在化してしまったんです。そこで、ゆめみさんに技術面もレビューしていただきながら、私たちのチームに合う正攻法を見つけていきました。
私が特に懸念していたのは、将来的なメンバーの異動によってシステムの安全性が揺らいでしまうことだったため、オンボーディングがしやすいアーキテクチャの提案や、オンボーディングプログラムの作成をサポートしていただきました。
書籍から得られる体系的な情報ではなく、私たちのチームやサービスに合ったアーキテクチャを提案していただき、また、単純に正解を教えるのではなく、考える機会を多く作っていただけたことで私たちの知識定着もはかどり、本当に学びの多い期間だったなと感じています。
引越しDXプロジェクトで培った経験をもとに、グループ全体に還元したい
岡﨑 そうしたスクラム開発の導入と技術面の刷新を経て、2023年5月に引越しDXプロジェクトの一環で、LINEで使える「引越しやることリスト」という新機能をリリースしました。
こういった新機能を作る時も、従来は大きく作って完成版となるものをユーザーに提供していましたが、スクラム開発での経験から考え方を変えて、今回はミニマムに試行するMVP開発を採用しました。
そして、まずは小さく開発したものをユーザーに使ってみていただいて、良い反応を得られたことから、現在はしっかりと本番環境で動かせるようなものを作っていくためにリソースを充てて、体制作りを進めているフェーズです。
今後のチャレンジとしては、私自身が8月から新たな組織に異動したため、プロダクトやプロジェクトを牽引できるように力強くマネジメントを推進していきたいと思っています。その中では「問題発見、課題提起、改善行動、評価」というように、常に改善が行われるような組織を目指して、リーダーシップを発揮して成果を出せる組織を作っていきます。
また、これまでスクラムマスターとして活動して得た知見を生かして、エイチームグループ全体でスクラムの正解を模索してるチームに壁打ちや支援をしていくことで、私たちの学びを社内に還元していこうとも考えています。
小堀 私は、スクラムの導入などに取り組む中で、最初は岡﨑とタッグを組んで推進していたところから、徐々にチームメンバーからも改善案を出してもらえるようになったので、このようにして良い組織が生まれていくんだなと実感しました。
技術面の刷新においても、会社としてめちゃくちゃ大きなチャレンジをできたと思っているので、今後は、この経験を自分たちの中だけで終わらせないことがとても大切だと感じています。
その上で、私自身の直近の活動としては、「引越し侍」の既存システムの負債解消に動く予定です。やはりここが引越しシステムの根幹であり、誰かがなんとかしないといけないところだと思いますし、メンテナンス性が低いところにこそ、エンジニアの経験や能力が問われる部分だとも思っています。
そういった点で、私自身もまた新たなチャレンジができると思うので、これまで培ったことを存分に生かしていければと思います。(了)