- イタンジ株式会社
- 代表取締役 CEO
- 伊藤 嘉盛
新規事業に、説明責任はない!?「資本主義」を徹底した、イタンジの事業開発とは
〜「新規事業に、誰も反対してはいけない。しかし、3ヶ月以内に売上100万円と、10%の月次成長を維持できなければ終わり」イタンジが数々の失敗から生み出した、事業開発の仕組みを公開〜
不動産業界をテクノロジーで変えるべく、2012年に創業した株式会社イタンジ。
同社は、様々な事業での失敗経験をもとに、新規事業の立ち上げにおける社内ルールを整備している。
具体的には、事業開発のスタイルを「経営メンバーがトップダウンで作る」ものから、「社員が自発的に作る」形へと変化させた。結果として、今や売上の4割を生み出す新規事業「ぶっかくん」が誕生したという。
「説明できる時点で、それはイノベーションじゃない。新規事業についてごちゃごちゃ議論する時間を無くしたかった」と語るのは、同社CEOの伊藤 嘉盛さん。
今回は、同社のユニークな新規事業の立ち上げ方や撤退基準のルールについて、伊藤さんに詳しくお話を聞いた。
社長ですら、新規事業に反対できない!その独自のルールとは…
2012年の創業以来、無店舗型の不動産仲介サービス「ノマド」など、不動産領域でいくつかの新しい事業を展開してきました。感覚的には、これまで7つが失敗して、3つがうまくいっている、みたいな感じですね。
現在の新規事業のルールでは、開始してから3ヶ月で累計売上が100万円に達した場合のみ、事業化することにしています。そして、その後の3〜6ヶ月間で月次成長率10%以上を継続できなければ、撤退判断を行います。
ただ、事業のスタートは、社員の誰もが「勝手に始めて良い」ということになっています。社長であろうが、誰も反対できないんです(笑)。
会社側からリソースの制限も特に行っていないので、ルール上は、何人で取り組んでも良いことになっています。
「あと1年で会社がなくなる」状態で、全員で新規事業を考えた
実は以前は、東大卒の頭が良い経営メンバー達が事業を考える、というスタイルをとっていました。今の方針に変わったのは、2015年のことです。
と言うのも、2014年に不動産業者間で物件情報を交換できる「ヘヤジンコネクト」というサービスを作ったのですが、ずっこけて、全く売れなかったんです。
その時なぜか、「じゃあこれを作り直そう、社内でやり切ろう」みたいな雰囲気になりまして…。
3ヶ月、全エンジニアを投下してサービスを作り直したのですが、結局1件も売れなかったんです(笑)。数千万円を突っ込んだのですが、1円にもなりませんでした。
そして、少しずつお金もなくなっていって…。2015年4月22日に合宿をしたのですが、そこでCFOから「このままいくと会社はあと1年でなくなる」ということを伝えてもらい、皆でどうするか話し合いました。
皆、会社のことは好きだったので、「じゃあ1年間、一緒にやれるとしたら何をしたいか」をゼロベースで考えたんですよ。
社内で3チームに分かれて、それぞれが新規事業を考えました。もちろん既存事業もあるので、各自が工数の20%を使う形を想定していました。
この時のチームから、「VALUE」と「ぶっかくん」という新しい事業が生まれました。そして「ぶっかくん」は、今では会社全体の3〜4割の売上を作る事業に成長したんです。
説明できる時点で、それはイノベーションではない
「ぶっかくん」は、不動産の管理会社向けのサービスです。仲介会社からの物件確認の電話に、自動で応答するシステムになります。
▼物件確認電話の自動応答システム「ぶっかくん」の公式ページ
この事業が立ち上がった後も、様々なゴタゴタがありました。
例えば経営会議で、「どうしてこんなニッチなサービスをやるのか。ビッグビジネスにならないから、メイン事業にリソースを集中させよう」といった話が出たり。
これはつまり、現時点で「しっかりと説明できる」事業にリソースを集中しよう、という話ですよね。でも個人的には、その事業が皆に説明できる時点で、もはやイノベーションではないと思うんです。
イノベーションにつながる事業は、形になるまでは説明なんてできないんです。説明責任、なんてよく言いますが、実際にイノベーションを起こしたいと考えるなら、それは少し違うかなと思います。
「トップダウン」での事業開発は、今の時代にはそぐわない
また、経営メンバーが必ずしも正しい判断ができる時代でもないな、とも思っていました。
経済が急成長している時代であれば、トップダウンで10億円投資して工場を作って….といった事業の立ち上げ方もあったと思います。ただ、今って、1人ひとりの小さなアイデアが融合して、結果的に大きな事業を生み出す時代だと思うんです。
そこで、「新規事業に、誰も反対してはいけない」という方針を作りました。その代わり、3ヶ月以内に売上100万円を達成できなければ終わりです。
このルールがあれば、誰かがごちゃごちゃ言うことはありません。100万円という額は「決め」です。
売上を指標にしているのは、不動産業界だからこそです。不動産の領域は、もうある程度成熟しているので、「まずユーザーを確保してそこからマネタイズ」といったビジネスモデルは難しいんです。必ず営業が必要になってくるので、まず売上が立たないと駄目なんですね。
そして、売上が100万円に到達した後は、月次成長率10%を基準としています。
「毎月成長すること」を求めることで、プロダクトやサービス以外の価値、例えばコンサルティングなどで無理に売上を作ることが厳しくなりますので、成長する新規事業かどうかを正しく評価できます。
会社の中にも「資本主義」を。成長事業に「勝手に」人が集まる
各事業のリソース分配は、各メンバーの自由となっています。伸びているからこの事業に時間を使おう、といった感じです。
というのも、会社が計画的に「この事業にこのくらいのリソースを投下する」と決めてしまうのって、社会主義みたいですよね。
それよりは、会社の中にもきちんと、資本主義を入れる方が良いと考えています。成長していて魅力がある事業に、皆自由に参加したら良いと思うんです。
つまり、赤字だったり、成長していない事業ですと、人が離れていく。逆の場合は、人が集まってくる。ですので、取り組む事業が毎月変わっている人もいます。
ただ、これが機能するには、会社の理念、ビジョン、戦略を全員が深く理解していることが必須かと思います。この前提があれば、既存事業の売上がゼロになってしまうような、極端な状態に陥ることはありません。
また、「今の事業ポートフォリオだとここが穴になっている」といったことを、全員が認識しています。
そのため、新しいサービスが事業化された際に「あの事業に何人か移動するだろうから、この部分の薄くなるリソースはどうしようか」といった会話が自然に行われます。
常に事業の種が生まれているからこそ、撤退もスムーズ
よく、「新規事業のアイデアを吸い上げる」って言いますよね。でも「吸い上げる」という言葉にはそもそも、経営メンバーが取り組むものを決める、という前提があると感じています。
弊社では「吸い上げる」というより、皆が常に事業について「話している」という感じです。
一方で、新規事業を勝手に始められるからこそ、失敗も多いですね。例えば過去にFacebookのbotを作ったのですが、今は、誰もそのプロダクトがあることを記憶していない気がします(笑)。
ただ、常に新規事業について話していることで、どんどん種が生まれます。次にやりたいことが生まれているからこそ、撤退時にねばる人も少なく、判断もスムーズにいきます。
次にやりたいことがなかったら、撤退って悩みますよね。でも新しくアイデアが生まれてきていれば、それと比較して、「もうこれは一旦捨てよう!」と判断ができます。
「評判」にとらわれず、トライを続けて「結果」を見せていきたい
今後は、テクノロジーで不動産のあり方をもっと変えていきたいと思っています。具体的にはお話できないのですが、いくつか新事業も考えています。
これまでは、賃貸流通という限られた領域で事業を作ってきたので、小さく始めて検証していく事業開発のスタイルをとってきました。
ただ今後、不動産業界にイノベーションを起こしていくためには、意志を固めてガッと飛び込むことが必要になることもあると思っています。
トライしている最中は、説明できないので、周りからは色々言われるかもしれないですね(笑)。ただ、「評判」と「結果」って、関係ないと思っています。
「評判」は「結果」が出た後にしかついてこないので、評判を気にせずに、結果で見せたいと思っています。(了)