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AI活用で、暗黙知を形式知へ。PKSHA Workplaceが描くナレッジマネジメントの未来

2024年は「ビジネスAI元年」と呼ばれ、多くの企業がAIの実験的活用を進めてきた。そして2025年は、AIエージェントが大きな潮流となり、単なる業務効率化を超えた組織全体の知的生産性の向上や、企業の競争力強化への貢献も期待されている。

こうした変化の中で、企業がAIを活用する際に直面する課題の1つが「企業内ナレッジの集約と活用」だ。

一般的にAIの性能は、質の高いデータを豊富に学習できればできるほど向上する。しかし、メール、各種ドキュメント、チャットツールなど各所に業務に関する情報が存在する現状では、AIに読み込ませるデータの環境整備は容易ではない。

企業向けに「PKSHA AI ヘルプデスク(以下、AI ヘルプデスク)」をはじめとした複数のAI SaaSを提供する株式会社PKSHA Workplaceでは、AIを活用したナレッジマネジメントの高度化に取り組んでいる。

具体的には、AI ヘルプデスクを活用して「わく猫」と名付けたAIエージェントを開発・運用。様々なナレッジを集約し、検索性の向上を実現するだけでなく、従業員自らがドキュメントをAIに読み込ませて学習させる「ドキュメントの民主化」も実現している

「わく猫」は現在、部門の壁を越えて横断的に活用され、社内のMAU(月間アクティブユーザー)は70%を超えるそうだ。

そこで今回は、同社の執行役員である山本 健介さんとソフトウェアエンジニアの加藤 宏志さんに、AIを活用したナレッジマネジメントを推進するために重要なことや、情報を「蓄積する」だけでなく「活用する」時代に求められるポイントについて話を伺った。

AIの実用化が加速する2025年。「自律性」と「共進化」が鍵に

山本 私はPKSHA Workplaceの執行役員として、プロダクト組織の開発責任を担っています。これまでは、米国でスタートアップの立ち上げなどを経験しつつ、約10年間にわたり対話型AIエージェントの分野に携わってきました。

PKSHA Technologyの子会社であるPKSHA Workplaceは、「働く人の知恵と繋がりを企業の力に」をビジョンに掲げ、自然言語処理や機械学習技術を活用したAI SaaSを複数提供し、企業のナレッジマネジメントの高度化を支援しています。

加藤 私は、新卒で入社したアクセンチュアで金融システムの開発に携わった後、大学の先輩が創業したスタートアップで約8年ほどオンラインギフトサービスの開発に従事しました。さらに、機械学習を学ぶための海外留学を経て、帰国後にPKSHA Workplaceに入社した形です。

現在は、「PKSHA AI ヘルプデスク」の開発と並行して、社内でナレッジマネジメントを実践するプロジェクト「FKBB(Future Knowledge Black Belt)」に携わっています。

山本 ここ数年の企業におけるAI活用の変遷を俯瞰すると、2023年は投資対効果を特に気にせずに「とりあえず使ってみる」という試験的な活用が目立った1年だったと思います。しかし2024年に入ってからは、現場の業務や事業へのインパクトを重視する企業が増えたことで、2025年にはAIの実用性がさらに高まることを見据えています。

私たちも10年前から「あらゆるSaaSはAIが中心になる」と言い続けてきましたが、2025年は革新的なAIサービスが登場するというよりも、各企業のAIに関する仕込みが表出してくるタイミングではないかと。ユーザー視点では、「いつの間にかAIを使っていた」という状況になると予想していますね。

こうした流れの中でキーワードとなるのは「自律性」です。人とAIの対話回数を減らし、AIが自律的に処理できるものをいかに増やせるかがポイントになります。つまり、多段的に思考するAIプロセス「Chain of Thought(思考の連鎖)」の社会実装こそ、テクノロジー視点での大きなチャレンジになるでしょう。

加藤 このような動きが加速すれば、私たちのミッションである「共進化」も進むのではないかと思っていて。AIを使えば使うほど利便性が向上するのはもちろん、私たち自身も新たな気づきを得たり創造性が刺激されたりする。そうやってお互いに高め合いながら、人とAIの関係性がどんどん進化していくのではないかと期待しています。

人とAIが共創する、これからの「ナレッジマネジメント」

山本 AIは業務効率化だけではなく、私たちのコミュニケーションを円滑にすることで様々な社会課題の解決に寄与する可能性が大いにあります。そこで重要になるのが「ナレッジマネジメント」、つまり企業や組織にとって価値のある情報資産の活用です。

従来のナレッジマネジメントは、従業員がもつ知識やノウハウを文書化し、ドライブなどに保存する「ストック型」が主流でした。しかしAIの台頭により、日常のコミュニケーションの間に流れる情報をリアルタイムに活用する、本来あるべき「フロー型」のナレッジマネジメントが実現可能になったんですね。

要するに、情報として扱いづらかった日常会話や会議内容などの「非構造化データ」を「構造化データ」へ変換できるようになった点が、AI技術の進歩による大きなブレイクスルーだと捉えています。

山本 こうした考え方に基づいて開発しているAI ヘルプデスクは、従業員1,000名以上のエンタープライズ企業を中心に、建設・製造、金融、通信、製造業など幅広い業界で導入されています。主な活用領域は人事、総務、経理といったバックオフィス部門です。

これらはどの企業でも重要な部門である一方で、「業務システムの使い方がわからない」などのよくある問い合わせにも膨大な時間を費やさざるを得ない状況があります。

そこで、社内に散在する情報を集約しAIが自律的に回答することで、従業員目線での情報の検索性を向上させると同時に、バックオフィス側の問い合わせ業務の効率化を実現しています。

多数の企業に導入されている中、とある1万人規模の企業ではMAUが30%を超え、高い浸透率で実際に活用されています。月間利用者数にすると数千人に達しており、この数のユーザーが何回リクエストしているのかを考えると、どれだけの問い合わせ件数を削減できているか、ご想像いただけるかと思います。

目指すは、従業員自らナレッジをシェアする「ドキュメントの民主化」

加藤 私たちPKSHA Workplaceでも、2024年4月からAIを活用したナレッジマネジメントを実践するために「FKBB(Future Knowledge Black Belt)」というプロジェクトを推進しています。

取り組みは主に2つで、ひとつはAI ヘルプデスクの自社活用、もう1つは最先端AI技術の探索です。後者は、様々なAIサービスが登場する中で、「他社サービスとの差別化ポイント」をお客様に明確に伝えられるようになることが目的です。

これまで、FKBBでは「Microsoft Copilotの利活用」や「セールスイネーブルメント文脈でのAI活用」など様々な実験を重ねてきましたが、現在の主要なテーマは「ドキュメント格納の民主化」です。

AIエージェントを運用する担当者だけでなく、社内のメンバー自身が有益だと感じるナレッジを自主的にアップロードし、AIエージェントに学習させていく文化をつくりたいと考えています。

その背景には、社内に複数のチャットボットが乱立していたことや、誰かが有益な資料を作成してもそれを他のメンバーが見つけて活用することが難しく、自身のナレッジを組織の共有資産として活用しきれていない課題がありました。

こうした状況を改善するために開発したのが、社内のチャットボットを統合した「わく猫」です。「PKSHA Workplaceで飼われている猫」というコンセプトで、愛着が湧く名前にすることによって認知度を高める目的もあります。

▼「わく猫」のコンセプト

加藤 「わく猫」には、プロダクトの仕様書やミーティング資料、社員のプロフィールなど様々なナレッジが集約されており、全部門から横断的に質問できる仕組みになっています。

各チーム・部門に散らばっている情報を効率的に集約させるため、FKBBのメンバーはエンジニアだけでなく、営業やマーケティングなど幅広い職種のメンバーで構成しながら、半期ごとに入れ替える形で運営しています。

さらに、「わく猫」が適切な回答を返せなかった場合には、適切な部門の担当者にチャットで問い合わせる「有人チャット機能」もあります。

有人チャットで蓄積された対話履歴から新たなFAQ(質問文とそれに対応する回答)を「わく猫」に登録できるほか、「このFAQを『わく猫』に登録すると問い合わせがこれだけ減少できる」といった提案機能も備えていて、個人の暗黙知を形式知に継続的に変換していく流れをつくっています。

社内利用率70%達成の裏側。ツールの認知度向上より重要なこと

加藤 現在、社内での「わく猫」の利用率はMAUで70%を超えています。導入当初は16%ほどでしたが、地道な普及活動により、ここ3ヶ月で利用率を大幅に引き上げることができました。

具体的な活動内容としては、「わく猫」が新しく学習したドキュメントを週次で発信したり、どのような質問を解決したかといった具体的なユースケースの紹介を行いました。さらに、ハンズオンで実際に質問するきっかけを設けるなど、まずは使って貰えるように認知を獲得する工夫をしました。

こうした工夫以外にも、当社はコミュニケーションツールとしてTeamsを利用していますが、「わく猫」のアイコンがメニューの最上部に配置されており、このアクセスのしやすさも利用率の向上に寄与していると思います。

さらに、「有人チャット機能」によって確実に問題を解決できるという安心感もあり、「とりあえず聞いてみよう」というマインドを醸成できた点も寄与していると思いますね。

▼実際の「わく猫」の利用画面

加藤 このようにツール自体の認知度を高めることはもちろん重要ですが、より重要なのは「ナレッジで自分の問題が解決できる」と思ってもらうことです。

ナレッジマネジメントのゴールは問題解決であるべきです。よって、まずは各チームが直面している問題の解像度を高めた上で、具体的なユースケースを想定しながら「このドキュメントがあれば問題を解決できる」というコンテンツを従業員一人ひとりが作成していく。そうした文化を組織全体に浸透させていくことが、ナレッジマネジメントの成功の鍵だと思いますね。

今後の課題としては、「利用率の向上」と「活用できるナレッジコンテンツの拡充」の2つの観点があると思っています。利用率に関しては、月間利用率は70%と高いものの、週次では30程度にとどまるため、日常的な活用を目指しているところです。

「わく猫」をAIエージェントとして、日々の業務に不可欠なツールとして定着させるためには、社内ドキュメントだけでなく、様々なストレージに分散している議事録や商談の記録、提案資料などをシームレスに統合する必要があると感じています。

実際、社内にある約500のドキュメントを「わく猫」に学習させる取り組みを行った結果、一定のデータ量を超えると、AIエージェントがより高度な回答ができるようになるという実感を得ているので、引き続き、より賢い「わく猫」へと進化させていきたいと考えています。

AIエージェントで実現する「ナレッジイネーブルメント」

山本 自社でAIを活用したナレッジマネジメントを実践する中で、一定の成果は出ているものの、依然として多くの課題が残っていると感じています。

例えば、社内ポータルサイトに新しいドキュメントが追加された際、誰に向けた情報かが不明瞭で、従業員が時間をかけて目を通したものの「結局は自分には関係がなかった…」ということも往々にしてあります。

こうした状況に対し、AIがテキスト情報をスライドや動画に自動で変換したり、AIが社員に話しかけたりするなど、プロアクティブに情報を提供する仕組みを設計し、効率的な情報の循環を促そうとしているところです。

また、内容の理解度を確認するためのテスト形式の質問や、顧客対応をシミュレーションできる仕組みなど、より効果的なナレッジ活用も構想しています。

要するに、単なる情報検索では不十分で、情報を必要とする人が適切なタイミングで手に入れることができ、活用していく「ナレッジイネーブルメント」を構築しなければ、ナレッジマネジメントの本質的な価値は生まれないでしょう。

このような仕組みや体験を具現化しながら、社内により深く浸透するプロダクトへと進化させていきたいですね。

加藤 私は、引き続き「わく猫」を単なるチャットボットから、日々の業務に欠かせないAIパートナーへと進化させていきたいと考えています。

現在の「わく猫」はユーザーが質問を投げかけるという能動的なアクションが前提となっていますが、今後はユーザーに適切なタイミングで情報を提供するプッシュ型のメッセージ機能なども充実させていきたいです。

具体的には、社内のセキュリティチェックテストなど、日々の業務の中で忘れがちなタスクを適切なタイミングでリマインドするような仕組みを導入できればと思っています。

PAKSHAグループ全体で幅広く人を募集しているので、私たちの取り組みやビジョンに共感してくださる方がいれば、ぜひ一緒に取り組んでいけたら嬉しいです。(了)

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