• ディップ株式会社
  • 次世代事業統括部 dip AI. Lab室長
  • 進藤 圭

綿密な事業計画書は不要。「プレスリリース」で確度を高める新規事業のつくり方

〜「プレスリリース」形式の提案書を作成してニーズを調査し、事前登録数から売上を予測。確実に当たるプロダクトを創る「プレスリリースドリブン」な事業開発とは〜

マーケットの「旬」を逃さず、ヒットする新規事業を早いサイクルで生み出し続けるためには、どのような手法が有効なのだろうか。

求人情報サイト「バイトル」をはじめとして、様々な事業を展開するディップ株式会社。

同社は、もともと市場調査や分析を行ってから事業計画書を作成する方法で新規事業を開発していたが、企画からリリースまで1年ほどの時間を要していたことや、ユーザーの声を取り込めない事業開発プロセスに課題を感じていたそうだ。

そこで、2010年から「プレスリリース」への反響を元にニーズを検証し、ランディングページ(以下、LP)の事前登録数から事業の収益性を見極めることで、開発を進めるべきかを判断するプロセスを導入。

この手法によって、事業化決定から最短1週間でβ版のリリースが可能となり、短期間でユーザーにプロダクトを届けられるようになったそうだ。

今回は、次世代事業統括部にて責任者を担う進藤 圭さんに、「プレスリリースドリブン」で行う新規事業開発の全貌について詳しくお伺いした。

市場の旬を逃さない。プレスリリースドリブンで早期開発を目指す

私は、大学在学中に2度の起業を経験し、2006年にディップに新卒入社しました。その後、営業やディレクターを経て、現在は新規事業開発の責任者を務めています。これまでの10年で、40以上のサービス企画に携わってきました。

弊社は、「バイトル」をはじめとした求人情報サイトや、全国5,000箇所のアニメの聖地を網羅する「聖地巡礼マップ」など、幅広いサービスを展開しています。

私が現在所属している「次世代事業統括部」は、「新規事業開発」「AI/RPAの研究開発」「社内DXを行うロボティクス」「投資活動を行うVC部門」という4チームに分かれています。そのうち、新規事業開発のチームには、インターン生含めて約20名が在籍していて、その中で3〜4名ずつのユニットを組み、リモートで活動しています。

元々、新規事業の開発は綿密に市場調査を行ってから事業計画書を作成する手法で、リリースまで1年ほど時間をかけていました。ただ、その手法は未経験者には難易度が高く、事業化プロセスが長いためにリリース時にはすでに「旬」が過ぎてしまって。

また、世の中で本当に必要とされるアイデアなのかを検証するためには、企画段階でもっと「ユーザーの声」に耳を澄ませる必要性を感じていました。

そこで、2010年から事業アイデアを「プレスリリース」の形式で作成し、ターゲットにニーズ調査を行い、確実に事業化できると判断した場合に開発を進める手法に変更しました。

「妄想メモ」でタイトル量産。3案に厳選し「提案書」を作成

現在の事業開発は、「事業ドメインとターゲット設定→アイデアの絞り込み→提案書の作成→ユーザーや第三者へのプレゼン→プレスリリース・LP公開と収益性予測→事業化」という流れで行っています。

まず、経営陣と大まかな事業ドメインを決め、そのターゲットユーザーやプロダクトの切り口を10パターンほど出します。

次に行うのが、プレスリリースの「タイトル出し」です。ここでは、チームメンバー全員が集まり、「妄想メモ」というテンプレートに沿ってタイトルを10本ほど出す時間を設けています。

ある程度の方向性が固まったら、宿題として各自30本ほど考えてきてもらい、合計で100本のタイトル案が集まります。

▼サービス特徴を端的に表す「妄想メモ」のテンプレート

そして、チーム以外のメンバーがそれぞれ良いと思うタイトル案に投票し、100本から10本ほどに絞っていきます。その中から、さらに投票で3つに絞り、「良いと思った理由」を聞いてキーワードを抽出します。

そのキーワードを元にプレスリリース形式の提案書を作成するのですが、タイトルには「プロダクトの最もウリになるポイントと、最も不安な要素」を書くことにこだわっていますね。

具体的には、ウリになるポイントを数値的に表現して「強い情報」の順に並べています。例えば、聖地巡礼マップでは「聖地数3,000ヶ所掲載(※当時の掲載数)」をキャッチにしました。

また、「自信がない部分」をタイトルに入れることで、初期の段階で懸念を潰すようにしています。例えば、クライアントが5万円で買ってくれるかが不安であれば、タイトル内に「5万円で販売」と記載するといった形です。

最後に、本文にキーワードやイメージ画像を挿入して、提案書が完成します。

ユーザー、メディア、競合先の声をもとに、アイデアを磨き込む

その後、まずは紙のプレスリリース形式の提案書を持ってターゲットユーザーに会いに行きます。説明しながら、「もし、このプロダクトが存在していたら欲しいかどうか」を直接聞いて回ります。

この時に重要なのは、ユーザーの言葉よりも、行動を観察することです。というのも、見せた時の反応で大体分かるじゃないですか。興味を持っていれば先の文章まで読んでくれるので「今、身を乗り出してくれましたが、どこが面白かったですか」と深堀りしていくんです。

この段階で、誰ひとりとして興味を持たなかったアイデアは候補から落としています。例えば、過去に「プラモデルのSNS」を提案した時は、ヒアリングをしたほぼ全員に「他人に見せるために作っていないので使おうと思わない」と言われて棄却したこともありましたね(笑)。

他にも、違う角度から情報を収集するために、競合先となる企業の方や、トレンドを把握しているメディアの方にも意見をもらっています。

競合先の方からは、「この事業はやめておいた方がいいですよ」とネガティブな意見をもらうことも多いのですが、逆に「それをクリアすれば事業になる」ということだなと判断しています。

これらのヒアリング結果を元に、正式なプレスリリース公開に向けてブラッシュアップしていきます。

実際にニーズがあったアイデアのプレスリリースはWeb上にも公開しますが、最初はあえてPR施策を行いません。というのも、通常であれば情報が埋もれてしまうところを、中にはユーザーの方が見つけて話題にしてくださるものもあって。

それは間違いなく「エバンジェリストユーザー」がいるプロダクトだと判断できるので、Twitter、広告などを使ってPRを行います。

LPの事前登録数から売上を予測。「後付け事業計画」で事業化へ

次に「プロダクトの収益化が可能か」を定量で検証します。ここで活用するのが、サービスのLPです。プレスリリースと併せてLPを公開し、トラフィック数と、どのくらい事前登録にコンバージョンするかを見ています。

▼実際に公開された「聖地巡礼マップ」のLP

今までの経験則から、仮にプロダクトを正式リリースした場合、事前登録数を基準として「toCサービスで10倍、toBサービスで3〜4倍の申込みが入る」という法則性があることがわかっていて。

そのため、toCで数千件、toBで数百件の事前登録があれば、事業の収益性が見込めると判断して次のステップに進めています。

この基準をクリアしたら、後付けの「事業計画書」を作成していきます。この時点で売上がある程度見えているので、そこから逆算して予算などを決定していく形ですね。

このように、ユーザーの声や事前登録数というファクトをもって、事業化の可否を判断できるのが「プレスリリースドリブン」の良さのひとつだと思います。また、プレスリリースの内容がほぼ仕様書のようになっているので、事業化が決まれば最短1週間でβ版をリリースできます。

リリース後に撤退を判断する基準は、事業計画のコミットラインの達成度合いを見ますが、私はそれ以上に「担当者の心が折れていないか」が重要だと思っていて。

「これはダメそうだな」というのは、始めて3ヶ月くらいで担当者本人が一番実感するんですよね。失敗している状態でそれ以上続けさせると、当然評価が下がってくるので、3ヶ月の時点で本当に続けたいかを確認するようにしています。

私や経営陣は事業としていけそうだなと思っていても、担当者の心が折れていれば継続は難しい。その場合は一旦リセットして、似たような事業路線での再挑戦を提案することもあります。

最終的には、数百本のタイトル案から、収益化できる事業がひとつ生まれるというイメージですね。

次世代事業統括部は、「失敗ありき」で挑戦できる実験場

こうした事業開発プロセスに変えたことで、最も影響があったのは開発サイクルの短期化です。以前は企画からサービスのリリースまで1年かかっていたものが、今では早ければ2〜3ヶ月で完結します。

また、次世代事業統括部のゴールは、新規事業を作ることではなく、「実験すること」なんですね。その意味でも、事業企画のハードルを下げ、新しいことに失敗ありきでチャレンジしやすくなったと思います。

もちろん、最初から事業をうまく立ち上げられる人は、ひとりもいません。失敗を数多く経験して、試行錯誤しながら学ぶ姿勢というのは、新規事業の開発に限らずどの場面においても大切だと思います。

これまでに4つのアイデアを事業化してきましたが、今は3年に1回のペースなので、今後は1年に1回のペースでの事業化を目指して、より多くのメンバーがアイデアを出せるように育成していきたいですね。(了)

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