• Wovn Technologies株式会社
  • 執行役員 / VP of Sales Head of Sales Department
  • 桐原 理有

「売れない理由」はマインドにあり? 主導権を握りきる、エンタープライズ営業の極意

〜突然の環境変化で市場が半減した中、過去最高水準の売上を達成。エンタープライズ営業を成功に導くマインドセットと、メンバーを管理しないマネジメント手法とは〜

まだ知名度の低いスタートアップ企業が、エンタープライズ営業で成果を出すために重要なポイントとは何だろうか。

「世界中の人が、全てのデータに、母国語でアクセスできるようにする」をミッションに、2014年にWebサイト多言語化ソリューション「WOVN.io」をローンチした、Wovn Technologies株式会社(以下、WOVN)。

同社が事業を開始した当時は、そもそも市場が存在していなかったため無料でサービス提供していた。そこから、いわゆるSMBを中心に販売を開始し、数多くのサイトへの導入を受注できたという。

一方で、目標に掲げていたMRRには到達しなかったため、2017年にエンタープライズ向けSaaSへとビジネスモデルを転換。WOVN流の営業戦略で実績を伸ばし、現在は15,000以上のサイトに導入されているそうだ。

同社のVP of Sales(セールス責任者)を担う桐原 理有さんは、「エンタープライズ営業で成果を上げるには、自分が交渉の主導権を持つというマインドが最も重要」だと語る。

今回は桐原さんに、営業メンバーの能力を最大限に生かすためのマインドセットや、独自のマネジメント手法について詳しくお伺いした。

※編集部注:本記事では1,000名以上の企業をエンタープライズと定義しています。

サービス単価を10倍に!エンタープライズ向けに戦略をシフト

僕は大学を卒業後、ベルシステム24とワークスアプリケーションズにて、営業や新規事業の立ち上げなどの経験を積んできました。その後、2019年3月にWOVNに入社し、VP of Salesに就任しました。

弊社の扱うWebサイトの多言語化SaaSは、2014年に提供を開始した時にはまだ市場がありませんでした。そこで、自社やサービスの認知度が低い初期フェーズでは、SMB向けに無償に近い金額でご提案することで、数多くのサイトに導入いただきました。

しかし、どれだけ受注数を積み上げても、野心的な事業計画を達成できるほどのMRRには至らなかったんですね。

その頃、エンタープライズからも数件問い合わせがあったので「そろそろ大手企業にも導入いただけるサービスにしていこう」と、2017年からエンタープライズ向けSaaSへとビジネスモデルを転換しました。

それに伴い、ひとつ大きな決断をしました。大手企業にはより高いサポートレベルが求められ、必要なリソースが増えることから、ある日を境にプライシングに「0」を一桁足して、月額を10倍に引き上げたんです。この決断は、競合企業がいなかったからこそできたことですね。

これには、当時の営業メンバーがとても驚いたと聞いています(笑)。しかし、僕たちはお客様のペインを解消できるサービスを自信を持って提供していますし、その価値を確かに感じていただけています。それを経営陣から若手メンバーに伝え続けました。

それからは、主にエンタープライズ向けのイベントに参画することでリードを獲得し、顧客の信頼を得るために「企業ロゴの獲得」を最優先にした営業戦略を引いて、受注を増やしていきました。

主導権を握る。エンタープライズ営業は「マインドセット」が最重要

現在のセールスチームの構成としては、インサイドセールス(以下、IS)に8名、フィールドセールス(以下、FS)に9名所属し、私が全体のマネジメントを担う形です。

弊社では昨年、営業経験の豊富なベテランメンバーの採用に注力し、マネジメントポジションではなく最前線で活動するFSメンバーとして採用しました。その結果、FSのおよそ7割が個として強いメンバーでしたね。

僕はこの人員配置が、エンタープライズ営業を成功させる秘訣のひとつなんじゃないかなと思っています。なぜなら、個々のスキル以上に「僕らは価値の高いサービスを提供してるんだ」という自負と、「企業規模が大きい顧客でも何も怖くない」というマインドセットが一番重要で、欠かせないものだからです。

その大前提のマインドがあれば、もしくは育成できれば、企業規模を問わず営業活動はうまく進みます。一方で、若手メンバーや成果が出ない営業によくあるのは、「相手に答えがある」と思い込んで自分が主導権を握れなくなるパターンです。

エンタープライズを相手にした途端に、「ご予算はいくらですか」「こうやって進めていきましょう」というひと言が、なぜか言えなくなる。反対に「いかがですか」「どういう進め方がよろしいでしょうか」とすべての判断を委ねてしまう。

これは、相手の方が経験豊富なはずだと思い込んでしまったり、エンタープライズへの提案の進め方が分からないといったマインドが、大きな壁になっていると思います。

弊社の若手メンバーも、こういったマインドの弱さが営業報告や対話の中で出てきていたので、その度に「SMBとエンタープライズは規模が違うだけで進め方は同じだから、怖がらなくていい。交渉できるカードはこっちが持っているんだ」ということを伝え続けました。

そのマインドセットができてから、明らかに成果が向上したメンバーもいますし、たとえ受注率が下がる懸念があったとしても「企業ロゴを掲載させてください」と自信を持って伝えられています。僕らはロゴ提供の合意までが受注と定めているので、そこは徹底していますね。

価値を示す「金額」を初回面談で伝え、合意形成した上で進める

また、以前は商談を重ねて最後に見積もりを出していましたが、エンタープライズ向けにシフトしてからは「初回面談でお客様と合意形成をする」という進め方に変更しました。

単純に、ヒアリングや議論ばかりで、なかなか核心的な話がされないのはしんどいですよね。なので、お互いのためにも早い段階で意思決定できる情報を提示して、その面談の中で「この商談を進めるか否か」まで話し切ることを意識しています。

具体的には、冒頭の20分でサービス説明・デモ・概算金額の提示までを行います。提供するサービスの価値=金額であるため堂々とお伝えし、導入に向けて進められるかどうかを一度議論する。その後、一定の合意を得た上で、お客様の要望を伺いながら「サービスをどのように生かすか」をすり合わせ、共創していくイメージです。

初回面談で合意形成ができたら、2回目の面談ではROIの観点で導入後の価値をより具体的にイメージできる状態まで持っていくことで、以降の商談がスムーズに進められます。たとえエンタープライズ相手であっても、これらを臆さずに行うことを徹底しています。

僕たちのサービスは、Webサイトの言語が切り替わる様子を商談で見せることができ、提供価値が伝わりやすいのでこの手法がマッチしましたが、サービスの性質に合わせてベストな提案方法を探ることが大切だと思います。

また、相手の不安を取り除いて信頼を得るためには、どんなに小さなものでも良いので「事例」が必要です。

この事例は、よくある導入実績や顧客の事例だけではないんですね。例えば「最近こんな問い合わせが増えています」「これくらいの規模のお客様とお話を進めています」といった内容でも、同じケースが2件以上あれば、事例として成り立つと考えています。

特に最初にお客様と接するISが、その事例を横展開して、自信を持って話すことができるかが大事だと思っていて。「さっきも同じお問い合わせがあったんですよ」と生々しく話すことができれば、電話越しであっても相手に気持ちが伝わります。

なので、一定のスクリプトは用意してあるものの、それ通りに従うのではなく、各自が自ら考えて動き、成功・失敗事例をシェアし合うということをテーマにしています。

営業のKPIは置かない。メンバーを信じて任せるマネジメント

この「自ら考えて動く」というのは、FSも同様です。僕と担当メンバーで案件のゴール設定をしたら、毎日1回は商談リストを眺めて、各自の得意な営業手法やスタンスで進めていきます。

週に1度はチーム内で報告する場があるものの、僕はメンバーを信頼して任せているので、細かい案件管理や指示をすることはありません。メンバーが自身の商談状況にリスクが有ると判断すれば、自ら周りに相談する環境作りや主体性を持ってもらうことを意識しています。

営業活動のレビューも、他の案件にアドバイスをすることが自身の能力開発にも繋がると考えているので、メンバー同士で実施してもらっています。

一方で、僕がメンバーの日報を読み込んで別の視点からフィードバックをしたり、何らかの良い取り組みがあった際にTwitterでシェアしたりなど、後方支援は意識的に行っていますね。

また、特徴的なのは「営業活動におけるKPIを設けていない」ことです。セールス責任者として、マーケティング→IS→FSの流れでの大枠の数字はきちんと管理したいですし、営業の平均値を高める観点では、訪問件数の目安の設定などはあっても良いと思います。

ただ、各案件のリードタイムの管理などは「本当に要るの?」と思っていて。

メンバー1人ひとりの能力も経験も違いますし、ステークホルダーがたくさんいる企業もあれば、1人で完結する企業もある。営業プロセス全体の中で、どのフェーズに時間が掛かるかも、企業によって全く異なりますよね。

なので、よく使われている営業のKPIを鵜呑みにするのではなく、マーケットやビジネスモデルが異なるという前提のもとで、KPIを測るにしても目安程度に留めないといけないと思っています。

また、僕がこのように「メンバーに全面的に任せるマネジメント」をしているのには、理由があって。これまでの経験から、営業という職業を選ぶ人たちの多くが、「自由」を求めている気がしているんです。それに、必要なことではありますが「承認欲求」が異常に高い(笑)。

その人たちが一生懸命、頑張って働けるように、融通の効く環境や承認の機会を用意することが、マネージャーの役目だと思っています。

市場が半分以下になった状況下でも、過去最高水準の売上を達成

WOVNの事業としては、昨年まで売上が堅調だった中で、今年はオリンピックやインバウンドが無くなり、市場が半分以下になってしまいました。それにも関わらず、先月は過去トップレベルの売上を上げられた。これは去年と同額の売上だとしても、倍の価値があります。

こんな状況下でも、彼らが「任せられている」という自負を持って、きちんと成果を出してくれたことが、めちゃくちゃ嬉しいんですよね。やっぱりKPIを設けて行動を管理するのとは、何か違うんです。

僕のマネジメントのやり方は、ベテランメンバーが多いからうまく回っている部分もあると思いますし、メンバーに全幅の信頼を寄せないと成り立たないので覚悟が必要です。でも、そのやり方が僕たちには合っていると信じて、大事にしたいですね。

そして、彼らのパフォーマンスに対する「ありがとう」を、もっと色々な形で伝えていかなきゃいけないなと思っています。

今後の営業戦略においては、広く展開して十分に事例が集まったので、ここからは社内のナレッジを集約して横展開していきたいと思っています。

現在は製造業系、観光業系、SaaS系…などの業界別に営業担当を分け、マーケティングやISも含めて活動内容を共有する週次ミーティングを行っています。

今後は、そこで得られた気づきや事例をきちんと蓄積したり、メンバー個々のノウハウを言語化した「営業のプレイブック」を作って、営業活動の品質や精度をみんなで高めていきたいと思っています。

そして今、僕と副社長のふたりでエンタープライズの経営層への提案に取り組んでいるところです。とにかく大きく提案して、その中のひとつでも良いから受注するという構図を作り上げて、メンバーが一気に攻めることができるような営業の道筋を築いていきたいと思います。(了)

【読者特典・無料ダウンロード】UPSIDER/10X/ゆめみが語る
「エンジニア・デザイナー・PMの連携を強める方法」

Webメディア「SELECK」が実施するオンラインイベント「SELECK LIVE!」より、【エンジニア・デザイナー・PMの連携を強めるには?】をテーマにしたイベントレポートをお届けします。

異職種メンバーの連携を強めるために、UPSIDER、10X、ゆめみの3社がどのような取り組みをしているのか、リアルな経験談をお聞きしています。

▼登壇企業一覧
株式会社UPSIDER / 株式会社10X / 株式会社ゆめみ

無料ダウンロードはこちら!

;