- 株式会社マザーハウス
- チーフ ブランディング マネージャー
- 伊藤 修司
マーケティングストーリーの押し付けはNG?プロダクトはお客様目線から生まれる
〜お客様の目線を最上位に置いた、プロダクト開発とマーケティングの事例を紹介〜
モノと情報があふれる現代社会。その中から自社商品を選んでもらうため、ブランドや商品開発にまつわるストーリーを発信し、お客様とコミュニケーションを取る企業も多い。
そんな中、「コミュニケーションよりもプロダクトが第一」という方針を掲げるのが、株式会社マザーハウスだ。
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ことをうたい、ビジネスを通した社会貢献の成功事例としてとりあげられることも多い株式会社マザーハウス。一見すると印象的なストーリーを持っている同社が、プロダクトを優先する理由とは。
同社でチーフブランディングマネージャーを務める伊藤 修司さんに、お客様目線を最優先にした顧客コミュニケーション戦略について、お話を伺った。
顔の見えない「消費者」から、顔が見える「お客様」へ
弊社は「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というミッションを掲げ、発展途上国で自社生産したバッグやジュエリーを販売しています。私はそこでチーフブランディングマネージャーを務めています。
小学生のころから途上国の発展のために何かできないかと考えていたタイプで、途上国で働く医師になろうと、大学では医学部に入りました。ただ実際に入ってみると、環境があまりにも閉鎖的で悶々としていたんです。
そこで出会ったのがビジネスでした。自分ひとりが途上国で医者をしても、救えるのは目の前の人たちだけです。でもビジネスを掛け合わせれば、ひょっとしたら1万人の医者を送りこむような、もう少し規模の大きなことができるかもしれないと考えたんです。
そして医学部を飛び出して、経済学部でビジネスを学びました。その後、新卒で外資系の企業に入社し、3年半ほどマーケティングを担当した後、マザーハウスに転職しました。
マザーハウスに入社して感じたのは、お客様との距離の近さですね。大手企業では、お客様のことをまとめて「消費者」と呼ぶことが一般的です。そうではなく、一人ひとりのお客様が、生身で接してくれる「意思と人間性と性格を持った人間」なんだなと気づきました。
そこから、この人たちをちょっと喜ばせるためには何ができるだろうとか、くすっと笑ってもらうためにはどんな伝え方がいいかな、と考えるようになりました。
マーケティングはプロダクトから始まる
私は、マーケティングはプロダクトがスタートだと思っています。
コミュニケーションこそが価値だという人もいますが、基本的には商品の魅力として何があって、それをどうお客様に伝えられるのかということが始まりだと考えています。
私たちは「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ということをうたっていることから、社会的なマーケティングブランドのように言われることが多いんです。でも、実はプロダクトが中心で、「まずはしっかりと良いモノをつくる」ということに重点を置いているんですよ。
とはいえ、ただデザインが純粋にかわいいから、作っていて楽しいからという理由だけでプロダクトは作りません。ターゲットは老若男女の幅広い方々ですが、プロダクトを作る際は、お客様に何が求められているかを非常に深く見ています。
例えば「ココカラプロジェクト」という企画では、小さくても確実にある課題を解決するプロダクトを作っています。そこで作った乳がんの患者さん向けのショルダーストラップは、2013年9月の発売以来、累計1,000個の売り上げとなりました。
大量消費でモノが余っていると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は本当に必要とされているモノは、必要な方々に届けられていないと考えています。生産の最小ロットがある大企業ではできない、「たったひとりのために必要なバッグをつくる」ということも、弊社のように自社工場を持った企業なら可能になります。
お客様が興味を持たないストーリーに巻き込んではいけない
弊社では、お客様と生産地をつなぐための活動も大事にしています。例えば、自社工場の見学ツアーはもう8年ほど継続しています。すでに300名ほどが参加したこのツアーは、現地の職人にとっても驚くほどプラスの影響を与えています。
現代において工場という場所は、一般的にはお客様と最も遠い場所ですから。ある日、工場にお客様と呼ばれる人が来て、自分に「ありがとう」と言ってくれるなんていうのは、職人たちにとってはとても感動的な体験なんですよね。
ツアーの後、途端に品質が上がったという話もあるほど、お客様とつながることで生産地がパワーをもらっています。
また、生産地の様子を伝えるために職人たちの写真集も出しています。そして、本店では彼らの写真も店内に飾っています。
▼バングラディシュの工場で働く職人たちを紹介する写真集
ただ正直、初対面のお客様には特にマザーハウスに関するストーリーを伝えなくてもいいと思っているんです。代表の著書や講演などの影響から、マザーハウスそのものが注目されることもありますが、伝え方は常にお客様の目線に合わせたものを意識しています。
お客様との出会いはプロダクトからでいいと思っていて。まずは「きれいなバッグだな」「かわいいジュエリーね」と感じてもらうことが一番。
その先に、「こういう人がつくった」とか、「こういう考え方でお客様まで届いています」というのを、お客様のご関心に合わせて伝えていけばいいと思います。いきなりお店に入って「職人が〜」と言っても、おしつけがましいと思います。
お客様が興味を持たないことに巻き込むのではなく、お客様が本当に求めていることをスタート地点にして、お店のレイアウトやWeb、プロモーションも組み立てています。ライトに知れるきっかけを作っていくイメージですね。
▼「お客様目線」で設計されたお店のレイアウト
目の前のお客様を大切にし、人のぬくもりが感じられる対応を行う
お客様からの認知を広げる活動としては、Facebook広告を使っているくらいで、大々的な広告は打っていません。各種メディアや、代表の山口が書いた書籍から知っていただく方も多いです。しかし、それよりも目の前にいるお客様から家族や友達に向けて、口コミでブランドが伝わっていくようにと考えています。
その一環として、お客様を巻き込んだリアルイベントを実施しています。大きなものでは月に2、3回ほど、1時間程度の店舗イベントを含めると、月に10〜20回くらいは開催しています。年間のべ1,200名ほどにお越しいただいています。
内容は、代表の山口がプロダクトのデザインについて語るものから、副代表の山崎が経営について語る「マザーハウスカレッジ」、手作りのレザーアイテムが作れるDIYのイベントまで様々です。
イベントの集客にはメルマガ、Facebook、ホームページでの告知とウェブを活用しています。いわゆるO2Oの流れをものすごく意識的につくっていて、お店とウェブとをうまくリンクさせようと試みています。
お店からお客様にお誘いの声をかけるときは、お手紙はいつも手書きです。あのスタッフが呼んでくれるから行く、というお客様も多いです。
▼クリスマスイベントの招待用に送られた手書きの手紙
店頭での接客も、すべてお客様を起点に考えています。なぜなら、お客様が私たちブランドを存在させてくれている唯一の人だから、という考え方を全スタッフが持っているためです。
実際、お客様からのフィードバックは、感謝の声から厳しいご指摘まで、各店舗の日報で全スタッフに共有されており、プロダクトの開発・改善に役立てられています。
今後もお客様の目線を大事にしつつ、弊社の哲学に基づいたプロダクト作りと販売を通じて、お客様が想像もしていなかったようなモノや価値との出会いを作っていければと思います。(了)