- ソニー株式会社
- 新規事業創出部 wena事業室 統括課
- 對馬 哲平
3年半で12の事業が誕生!新スマートウォッチを生んだ、ソニー流・新規事業開発の裏側
〜国内初の、クラウドファンディング1億円超え。社内に眠るアイデアを事業化する、ソニーの社内ベンチャー育成プログラムとは〜
優秀で多彩な人材を抱えた大企業であっても、既存事業の枠を超えた新規事業の創出に課題を抱えているケースは多い。
ソニー株式会社では、そのような状況を打開するひとつの手段として、2014年4月に社内ベンチャー育成のための新規事業創出プログラム「Seed Accelaration Program(SAP)」をスタートさせた。
これまでのおよそ3年半で、このプログラムを通じて12の新規事業が国内で事業化されたという。
その新規事業のひとつである、ハイブリッドスマートウォッチ「wena wrist(ウェナリスト)」を生み出したのは、当時入社1年目だった對馬 哲平(つしま てっぺい)さんだ。
スマートウォッチの機能性とアナログ時計の感性的な価値を両立した同商品は、2016年10月当時、クラウドファンディングとしては国内最高額となる1億円以上の支援を集めることに成功。
2016年11月に発売した「beams」とのコラボモデルはあっという間に初回製造分が完売し、その後も品薄状態が続いている。今年9月には第二弾となる「beams Black」を発売、12月にはレザーバンドの新商品も発売を予定するなど、多彩なラインナップを広げている。
▼「beams」とのコラボモデル
今回は、wena wristの事業責任者を務める對馬 哲平さんに、ソニーの新規事業創出プログラムでの経験と、商品開発の裏側について、詳しくお話を伺った。
新規事業を立ち上げるために、敢えて「大企業」ソニーへ入社
私は新卒でソニーに入社し、現在4年目になります。
入社1年目に、社内の新規事業創出プログラム「Seed Accelaration Program(SAP)」のオーディションで優勝したことがきっかけとなり、現在はスマートウォッチ「wena wrist(ウェナリスト)」を手がけるwena事業室の統括課長を務めています。
実は、大学時代からこの商品のアイデア自体は持っていました。当時は、ハードウェアの大学発ベンチャーで働いていたのですが、このプロダクトをベンチャーで開発するのはリソース的に難しいということを実感していて…。
そこで、開発力や資金力のある大企業で自分のアイデアを具現化したいと思い、ソニーに入社しました。
入社後の3ヶ月間、配属されたソニーモバイルでは何かしらの事業に関連する「モノを1つ制作する」という自由度の高い新人研修があるんです。その期間中はそれぞれが思い思いのモノを作るのですが、私はそこでwena wristの原型となる作品を制作していました。
▼実際のアイデアのスケッチから、商品化に至るまでの軌跡
研修後、機構設計部での通常業務が始まってからも、その傍らでオーディションの準備を進めていましたね。
「時を知る」だけではない、感性的な価値を表現するwena wrist
wena wristは、文字盤とバンドの部分が完全に独立した、新しいタイプのスマートウォッチです。機能としては、「電子マネー決済」「スマホ通知」「活動ログ」の3つがあります。
こうしたスマートウォッチとしての充実した機能と、アナログの「感性的な価値」の両立を実現するため、スマートウォッチの機能部分は全てバンドの部分に詰め込んでいます。
▼スマートウォッチの機能をすべてバンド部分に搭載した、「wena wrist」
ですので文字盤の部分には、お気に入りであったり思い出のある時計を、自由に組み合わせることが可能です。
腕時計って、「時を知る」という機能以外に、人それぞれの想いがたくさん詰まっているものだと思っていて。大切な人からの贈り物であったり、親の形見であったり…。
そういったアナログ時計としての美しさや人の想いを、機能的なスマートウォッチと両立させたい。そこから、wena wristの構想が生まれました。
アイデアを形に!新規事業創出プログラム「SAP」への挑戦
この学生時代からのアイデアを形にするため、2014年9月に、同期2人を誘って、当時始まったばかりの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」のオーディションに挑戦することにしました。
SAPは、ソニーのグループ会社内から提案される既存事業外の「新たなビジネスコンセプトの事業化」をスピーディーに促し、さらなるイノベーションを作り出していくことを目指すプログラムで、2014年4月にスタートしました。
現在に至るまで全9回開催されているのですが、累計で約600チーム、1,600人ほどが参加しています。私のチームは第2回のオーディションに応募したのですが、その時には全部でおよそ100チームが参加していました。
▼SAPにおける、事業化までのプロセス
審査は一次、二次、最終の3段階あり、一次審査で100から約30、二次で30から10チームほどに絞り込まれます。そして厳正な審査を通過した約10チームが、最終審査で役員などへのプレゼンテーションを行えるんです。
そこで、商品アイデアや事業プランなどのビジネス面から、製造方法などの技術面に至るまで、総合的な観点から「事業化に向けた検証をするに値するか」について評価がなされます。最終審査を通過するチームは非常に少ないですね。
wena projectは、事前に社内のさまざまな人に相談して、何を聞かれても大丈夫という「万全の状態」で臨んだおかげで、優勝することができたのだと思います。
リーンスタートアップの手法で、「ビジネスの確からしさ」を検証
2014年12月にオーディションで優勝した後、2015年3月から新規事業創出部に異動し、ビジネスモデルの検証フェーズに入りました。
ここでは、リーンスタートアップの手法も取り入れながら、「ビジネスの確からしさ」というものを検証していきます。
具体的には、実際に自分たちが作ったものを一般ユーザーの方に見ていただき、直接やりとりをするなどして、顧客検証を行っていました。
また、おおよそ四半期毎に次のステージにいくためのジャッジポイントがあり、検証内容や抱えている課題、今後のプランなどについて説明を行います。
このレビューでは、事業の市場性から顧客に対する提供価値、チーム体制に至るまで、あらゆることを鑑みて判断されるんです。スタートアップで言う、事業家と投資家のような関係性ですね。
基本的には、社内であっても「経営者」として会社と約束をして、それを次の事業判断ポイントまでにしっかり達成することで、また次の投資を得やすくなります。
実際、オーディションを通過した事業であっても、この検証フェーズで躓いてしまい、打ち切りとなることも少なくありません。
自分のために作った商品を、クラウドファンディングでニーズ検証
そして異動後3ヶ月にわたるビジネスモデルの検証期間を無事通過し、2015年6月に、wena projectは、事業準備室に昇格しました。
SAPの枠組みの一つに、「First Flight」というクラウドファンディングとeコマースを兼ね備えた自社運用のWebサイトがあります。事業化検証中のプロジェクトをいち早くここで公開し、リアルな市場ニーズの検証を行うことで、商品化の可能性を探るものです。
▼クラウドファンディングとeコマースを兼ね備えた「First Flight」
そのFirst Flight上で、wena wristはクラウドファンディングを実施し、支援を募りました。
正直、もともと自分のために作った商品なので、顧客検証はしていたものの、どのくらいニーズがあるのか確証がなく、不安でいっぱいでした。
しかしフタを開けてみると、日本国内のクラウドファンディングでは初めて、調達額1億円を突破する結果となりました。1つ4〜6万円する商品を、約2,000人もの方々にご購入いただけたんですね。そこで初めて、世の中にもニーズがあるという確信を持てました。
社内リソースは自ら調達、「人材確保」も事業化における重要な仕事
また、事業を進めるにあたっては、「人材の確保」も重要な仕事です。
私のチームは現在10名程度ですが、最初は3人から始まりました。1人が機構設計のメカニックで、もう1人はソフトウェア出身の同期でした。
新規事業開発だからといって、人事の方がエンジニアの方などをアサインしてくれたり、といったことは一切ありません。自分たちで人材を探し、その部署と交渉をして、1人ひとり仲間に入ってもらうんです。
例えば、腕時計のデザイナーを探していた時は、社内だけでなく外部の人も含めて検討しました。
色々と探した結果、遠い知り合いに過去に腕時計をデザインしていた方がいることがわかって。その人がたまたまソニーに勤務していたのですが、当時はロンドンにいたんです。
そこでビデオチャットをして「こんなことを考えているんですが、もし良かったら手伝ってもらえませんか?」というお願いをしました。そうしたら、「プライベートで良かったら全然手伝うよ」と仰ってくださって。
実際、優秀な人材が確保できず、潰れていくプロジェクトもあります。
人材獲得には、まずは事業のコンセプトに共感してもらうことが大前提だと思います。それに加えて、新規事業であれば、大企業にいながらベンチャーのように幅広い業務を経験できるので、その魅力を伝えています。
自分の想いを「作品」に込めて、世界の人に届けたい
私は、商品を作るときにそれが「作品」であることをすごく大切にしています。
例えば、「映画」という作品には、必ず作り手の思いや願いみたいなものが込められていると思っていて。
作品の中に反映された「作者の思いや願い」などに、人々は知らず知らずのうちに共感して、心を動かされ、それに対価を払っていると思うんです。
そのため、自分が作る商品には、自分の「こうあるべき」や「こうあってほしい」といった思想や感情、想いなどを全部詰め込みたいと思っています。
それは、例えば両親や家族といった親しい人に対する感情でもいいと思います。結局、「誰が使うのか」というのが明確になっていないと、中途半端な商品になってしまうと思っていて。
今は日本でしか発売していませんが、今後はwena wristの後継機をきちんと作っていって、世界に向けた展開もしていきたいと考えています。
「wena」は「wear electronics naturally」の略称で、「電子デバイスをもっと自然な形で身に付けていただきたい」という想いが込められています。
そのため、時計に限らず、「wena」プラス何かで、いろんな展開をしていきたいですね。これからも、自分や実在の誰かに対する想いを込めて、自分の作品を世に出していきたいと思います。(了)