- Sansan株式会社
- 事業企画部 Sales Enablementグループ マネジャー
- 畑井 丈虎
「最強の営業組織」を創る!Sansan「セールス・イネーブルメント」による改革の全貌
〜営業の課題を解決し、組織力を高める!Sansanの「セールス・イネーブルメント」部隊による、採用から教育、評価制度までの大改革〜
アメリカで広まり、近年国内でも注目を高めている「セールス・イネーブルメント(※)」をご存知だろうか。
※セールス・イネーブルメント(Sales Enablement):テクノロジーの導入や研修制度の整備などを通じて、営業組織を強くする仕組み・考え方。アメリカで広まり、国内でもセールスフォース・ドットコム社などで導入されている。
2007年に創業し、法人向け名刺管理サービス「Sansan」などを運営するSansan株式会社は、国内でいち早くセールス・イネーブルメントの組織を立ち上げた1社だ。
多くの先進事例では、セールス・イネーブルメントの担う範囲が「人材開発」中心であるのに対し、同社では採用・案件マネジメント・教育・評価制度といった取り組みに着手し、根本的な営業改革を行った。
2018年4月の立ち上げから、数値をベースにしたPDCAを回して改善を繰り返した結果、採用力は以前の約3倍に改善。
また、営業プロセスや案件マネジメントの基準を明確にすることで、営業のボトルネックを特定し、効果的な研修を行うことができるようになったという。
今回は同社のセールス・イネーブルメントの立ち上げを担当し、マネージャーを務める畑井 丈虎さんに、設計から具体的な施策について詳しくお伺いした。
顧客ターゲットの拡大により、営業メンバーの「生産性」が課題に
私は2015年に新卒で入社し、最初の3年は大企業向けのアカウントセールスを担当していました。2018年の4月に「セールス・イネーブルメント」の部隊をひとりで立ち上げ、今は7名ほどのチームでマネージャーを務めています。
Sansanの営業部隊は、現在50名ほどで構成されています。顧客の従業員数999名までをSMB、1,000名以上をエンタープライズとして、それぞれ担当をわけています。マーケティングやインサイドセールスなどの他部署も同様です。
創業以来ずっと、SMBの顧客を中心に成長を遂げてきたのですが、9年目を迎えた2015年頃から、エンタープライズに注力することになりました。
当時は市場がブルーオーシャンだったこともあり、売上目標を順調に達成していたのですが、人手が足りずこれ以上の売上を伸ばすことが難しくなって。SMBから異動させる形で人数を増やしたんです。
ですが、これが思ったようにうまくいかなくて。というのも、SMBとエンタープライズの営業スタイルってかなり違うんですよね。
SMBでは、Webマーケでリードを獲得し、インサイドセールスが質の高い商談アポを取って、営業につなぐ、という流れなので、マーケティングやインサイドセールスが全体を主導する形になります。
一方で、エンタープライズではWebマーケが効果的ではないので、オフラインの施策がメインです。そのリード獲得から成約までの戦略を顧客ごとに設計する必要があるため、全体を主導するのは営業になります。
そのため、新しいメンバーがうまくオンボーディングできず、営業1人あたりの生産性が下がってしまったことが課題でした。
そこで「Sansanにもセールス・イネーブルメントを取り入れて、人材開発を強化したい」という話が持ちあがり、私がその立ち上げを担当することになりました。
「セールス・イネーブルメント」を導入し、Sansan流にアレンジ
セールス・イネーブルメントの導入企業の多くは、研修や教育などを通じた「人材開発」を中心とする活動を行っています。
ですが弊社の場合、そもそも営業戦略や基本のオペレーションフローも明確に定まっていなかったので、人材開発だけではカバーできない部分も総合的に取り組む必要がありました。
そこで、まずはじめに「強い営業組織ってなんだろう」と考え、As-is・To-beのフレームワークを使って、現状の課題と理想とのギャップを洗い出していきました。
20名ほどの現場メンバーにもヒアリングを実施し、それをマッピングしていった結果、大きくわけると営業戦略、営業オペレーション、営業トレーニング、HRMの大きく4つの課題に分類されました。
▼営業組織のボトルネックを特定する4項目
採用のPDCAを回し、オンボーディングプログラムを構築
まずはじめに、圧倒的に人員が足りていなかったため、採用とオンボーディングに取り組みました。
具体的には、採用のペルソナ決めやメッセージングの見直しから、面接の評価基準の明確化、面接官のトレーニングまで行いました。
今まで、「現場に採用のオーナーシップがない」ということがひとつの課題感としてあったので、すべての施策において、現場のマネージャーを巻き込んで進めることを意識しましたね。
そのために、離職率や営業1人あたりの生産性、ランプタイム(100%活躍するまでの期間)などを計算して、「この時期までにこの人数がいないと営業目標を達成できない」という絵を示しました。
また、「採用はマネージャーの仕事」という話も、選考のキックオフミーティングで伝えました。
採用って、たとえば現場から「10人ほしい」と言われて、人事が「7人採用できました」というようなコミュニケーションが多いと思っていて。ですが、これだと何を改善したらいいのかよくわからないじゃないですか。
しかし目指す絵や基準が明確になったことで、面接の前後で面接官と人事の間で目線のすり合わせができるようになり、改善に向けた振り返りがしやすくなりました。
実際、以前の採用数は月に2〜3人ほどでしたが、直近の3ヶ月で25人の採用が決まっています。また、課題だった「即戦力型」の人材も採用できるようになってきましたね。
そして、入社後のオンボーディングについても、半年間のプログラムを作りました。
▼中途社員のオンボーディングプログラム
KPIとしては、オンボーディング期間における目標達成率の中央値を据えています。
平均値ではなく「中央値」にすることで、ハイパフォーマーに引きずられることなく施策を評価できる、というメリットがあります。
案件は「受注の確度」ではなく「顧客の購買プロセス」で管理する
次に取り組んだのが、営業オペレーションの定義と案件管理の見直しです。以前の案件管理は、受注の確度に応じて、A・B・Cをつける方法でした。
以前はこの方法でも問題なかったのですが、営業メンバーが増える中で、そもそもの基本の流れがわからなかったり、案件プロセスのどの部分が弱いのか評価できないといった問題が出てきました。
そこでセールス・イネーブルメントの先進企業を参考にして、「顧客の購買プロセス」をベースに営業プロセスを定義し、案件管理もそのプロセスに紐づく形に変更しました。
▼営業プロセスの全体像
また、7つのプロセスごとに、典型的なシチュエーションや、やるべきことリストも整備しました。
例えば、P2「課題の特定」では、ヒアリングのための仮説構築、推進者とのリレーション構築などがTO DOになります。
これをオンボーディングできちんと伝えることで、新しいメンバーでも自分がすべきことがわかるようになりました。
また、案件プロセスの中で「どこで失注しやすいのか」が可視化され、改善すべき点も明確になりましたね。
営業のボトルネックを可視化し、教育プログラムを設計・展開
そして、営業全体として改善すべきボトルネックに対しては、教育プログラムを作っています。
例えば、P2「課題の特定」を強化するため、仮説構築プログラムを作りました。
これは、営業担当が顧客のビジネスイシューをより深く捉えられるようにするプログラムです。
特定の案件に対して、初回訪問前に「仮説構築シート」をベースに仮説を立てて、イネーブルメントのトレーナーがフィードバックするという内容になっています。
▼実際に使用されている「仮説構築シート」
実際にプログラムを展開してみて、トレーニングを受けた営業担当は、他の営業担当に比べて案件化率の向上が見られました。
他にも、P4「意思決定者の合意」を強化するため、イネーブルメントのトレーニング部隊によるOJTプログラムを始めました。
具体的には、BANT(※)のフレームワークにしたがって、クロージングまでのプロセスを現場で教えています。
※BANT:Budget(予算)、Authority(決裁権)、Needs(ニーズ)、Timeframe(導入時期)の頭文字をとった略語で、営業の基本となる質問項目
また、Salesforceのレポート機能を活用し、BANTがきちんと把握できているかどうかを登録するフローに変えました。
以前は、マネージャーが1件1件確認しないと状況を把握できなかったのですが、今はSalesforceのレポートを見れば「この案件はいけそうだな」「これはフォローした方が良さそうだな」といったことがわかり、フィードバックしやすくなったという声も聞いています。
一方で、型化をしすぎないということも意識していて。というのも、それぞれの経営課題に合った提案をしていかないとなかなか検討が進まなかったりするので、営業にコンサルティング要素が求められるんですよね。
まず相手のニーズを掴んで、業務プロセスを理解した上での最適な提案や検討軸を示してあげることが大事なので、トークの内容なども案件によって様々です。
なので「現場でこれをやってください」という形ではなく、ヒアリングや案件マネジメントの手法、営業トークに使える事例など、あくまで共通化すべき基本の部分だけを教えるようにしています。
また、具体的なイメージをもってもらうために、ハイパフォーマーの行動をベストプラクティス化した、50ページに及ぶ「Sansan虎の巻」を作成し、参考資料として展開しています。
内発的動機づけを高めるため、ミッションに紐づく「評価制度」へ
セールス・イネーブルメントを立ち上げたことで、採用から人材開発に至るまで、施策のPDCAが回せるようになったと感じています。
一方で、このプログラムで提供する仕組みって、案件マネジメントだったり達成率による目標管理だったり、いわゆる「外発的動機づけ」が強いと思っていて。
ですが本来、人って自ら「成長したい」と思う方が、絶対パフォーマンスが上がるじゃないですか。
そこで今、「内発的動機づけ」を生むような評価制度の刷新に取り組みたいと思っています。
具体的には、職能に応じたジョプグレード制から、ミッショングレード制への移行などを検討したいと考えています。
例えば、「エンタープライズの領域をひとりで担当する」というミッションに対してグレードを設定するようなイメージですね。
ミッションとグレードを連動させることで、「自分はこのミッションを実現したいから、こういうスキルを身につけたい」というモチベーションになればと思っています。
外発的動機づけと内発的動機づけの両輪を整備することで、Sansanの営業組織をさらに強くしていきたいですね。(了)