- 株式会社マツリカ
- Managing Director
- 中谷 真史
2,400件の失注データから要因を分析!マツリカ流「セールス・イネーブルメント」とは
〜大方針は「絞って、狙って、大きく獲る」。商談を前に進めるためのチェック項目を定め、資料を型化することで、営業1人あたりの売上を6倍にした改革の全貌〜
あらゆる業種の仕組み化が進む中で、「セールスを科学する」ことは未だハードルが高いのではないだろうか。
クラウド営業支援ツール「Senses(センシーズ)」を提供する、株式会社マツリカ。
同社では、2018年頃にプロダクトマーケットフィットを迎え、増加する問い合わせに対して営業メンバーを増員。売上自体は伸びていく一方で、営業1人あたりの生産性が低下してしまったという。
そこで、2020年1月より営業改革を開始。約2,400件に及ぶ過去失注案件のデータを分析し、失注に至った営業要因を抽出した上で、「1顧客あたりの単価」を向上させる方針を決定した。
そのための「法人における決裁・意思決定ルートの攻略」「導入時期の握り」といったポイントを、全メンバーが再現性をもって実行できるようにするため、商談で抑えるべき10項目の整理や営業資料の型化といった施策を次々に実行。
その結果、たったの3ヶ月で、営業1人あたりの売上が昨対比で約6倍まで成長したそうだ。
今回は、同社のマネージングディレクターを務め、営業改革を主導した中谷 真史さんに、セールス・イネーブルメント(※)の全貌をお伺いした。
▼「セールス・イネーブルメント」の全体像(※同社提供)
※セールス・イネーブルメント…予測可能かつ営業の成果を向上させるように設計された、戦略的コラボレーションの仕組みのこと。(参考「2019 CSO Insights, Fifth Annual Sales Enablement Study」)
チームは3.5倍でも、売上は3.5倍にならず…「営業の生産性」が課題
僕は、新卒で入社した外資系の製薬会社でMRを経験した後、コンサルティングファーム2社を経て、2018年8月にマツリカに入社しました。
現在は、マツリカで週5日・フルタイムで働く傍ら、Sales Science Lab, Inc.という会社を立ち上げ、営業コンサルティングをしています。
僕は「セールスというアートをサイエンスし、日本の営業をアップデートする」ということをモットーに掲げていて。一方で、矛盾するようですが(笑)、セールスが100%科学される世界も絶対にないかなと思っています。
7〜8割の科学の上に、オリジナリティやクリエイティビティが乗っかることで、アートへと昇華していくと思うんです。なので、ただ仕組み化することが正なのではなく、より創造的な営業をするために、その土台となる型作りを大切にしてきました。
マツリカでは、1年と少しカスタマーサクセスの立ち上げ・拡大を担い、2020年1月からセールスチームのマネージャーになりました。
弊社のクラウド営業支援ツール「Senses」が2018年頃にプロダクトマーケットフィット(以下、PMF)を迎え、営業を強化するために、2019年の後半にかけて2名から7名まで一気にメンバーを増やしたんです。
ただ、売上自体は伸びていたものの、人数が3.5倍になって売上も3.5倍になったかというと、そうでもなくて。つまり、セールス1人あたりの生産性が下がっている状況でした。
今まで成果をあげていた人のやり方を全員がトレースできていなかったり、組織としての仕組み化がされておらず、このままでは次にもう一度アクセルを踏む時に「運任せ」になってしまう。
そうした危機感があり、営業組織の仕組みを作り、売上を伸ばしていくことをミッションとして、いわゆる「セールス・イネーブルメント」にあたる営業改革に着手しました。
その失注要因は、本当に正しいのか? 2,400件のデータ分析を実施
まず最初に、2,400件ほどあった過去失注案件のデータから、クロス分析を行いました。
僕らの場合は、Sensesに顧客情報や商談の記録を残していたので、過去データを元に「どういう属性の案件に、どのような失注要因があるか」という観点で分析していきました。
たとえば、金額、導入時期、機能、といった失注要因に対して、業界業種、規模、商談相手の役職などといった案件属性の軸を掛け合わせていく形です。
ここで重要なのは、データ分析そのものよりも、そのデータが本当に正しいのか? を疑うことだと思っていて。
失注要因は、大きく「機能要因」と「営業要因」に分けられるのですが、よくあるのがプロダクトの機能が要因で失注したと書いてあるけれど、実際には営業の仕方に問題があった、というようなパターンです。
たとえば「SensesにはMAの機能がないから」という記載があったとします。表面上は機能要因に分類されるのですが、業界業種などの案件属性も考慮すると、SFA本来のスコープに狭めて商談すれば獲得できた案件だったりする訳です。
これは営業スキルの問題であって、機能要因ではないとも言えます。
このように失注理由を1件ずつ見にいって、「この案件は、こうすれば獲れたな」を自分の中でイメージします。それが思い浮かばなければデータが正しいし、逆にわかるのであれば、それは営業要因による失注であると判断して、もう一度割り振りし直す、という作業を行いました。
めちゃくちゃ泥臭いのですが(笑)、丸一日かけて1つひとつ精査した結果、半分以上が「営業要因」にあるとわかりました。そして、その大きな要素は、社内決裁・意思決定のルートと導入時期の2つでした。
機能要因は追っても仕方がないけれど、営業要因はなんとかすることができるじゃないですか。各要点をコントロールし切ることができれば、今の数倍の売上を立てられるのではないか、と考えました。
営業の方針を「案件を絞って、狙いを定め、大きく獲る」に転換
こうした分析は、チームメンバーにも課題図書とともに宿題として出しておき、初回のキックオフミーティングでお互いに発表する場を設けた上で、僕から営業の方針を伝えました。
セールスチームとしての最重要ミッションは、とにかく「売上を上げる」こと。では売上は何で構成されるかというと、商談数(活動量)、受注率(成約率)、1顧客あたりの単価(ディールサイズ)、受注までの期間(リードタイム)の4つあります。
この中で、一番効率的かつ早く動かしやすい変数はなにかを考えた時に「1顧客あたりの単価」だったんです。
というのも、SensesはいわゆるSMBの市場ではPMFをしていて、受注率もある程度高い水準にありました。一方で、中規模以上の企業になると、受注率が3分の1〜5分の1くらいに下がってしまっていて。この受注率は簡単には上がらないですし、リードタイムも簡単に操作することは難しい。
であれば同じ1社でも、10より数百のID数(アカウント数)をもつ企業から受注した方が、1件あたりの受注額が何十倍にもなるじゃないですか。
活動量が同じでも、ターゲットを変えることで、圧倒的に生産性を高めることができる。まずはそこに注力することにしました。
これをメンバーにわかりやすく伝えるため、「案件を絞って、狙いを定め、大きく獲る」という大方針にしました。
この方針を実現するには、インサイドセールス(以下、IS)がリードのスクリーニングをいかに精度高く、厳しくできるかが肝でしたね。そこで、元々は「The Model」のような分業体制であったISとフィールドセールス(以下、FS)を、セールスチームというひとつの組織にしました。
以前は、ISはアポ数、FSは受注率、といったようにアクションカットで置いていたKPIだったのですが、それだとISは目標達成のために、案件化が難しいリードを無理矢理アポにしてしまいがちで。
これを防ぐために、セールスチームの目標を「売上」に統一して、アポ数や受注率はあくまで目安の指標に変えました。
社内の「キーマン」を抑え、案件を前に進めるための10項目とは
次に、決めた方針に沿って営業を進めていくため、17の施策を立案しました。中でも「案件をいかに前に進めるか」に注力しましたね。
これはある程度「型」にできると思っていて、そのひとつが、意思決定権者を抑えることです。
社員数が100名を超えるような中規模以上の法人営業では、経営から現場まで意思決定の階層が何層もあります。そのため、担当者からは同意を得ていたのに、最後の最後で決裁権者にひっくり返された、ということが起こりがちなんですよね。
つまり、商談相手ではなく、「相手の組織をどう攻略していくか」という絵を描けないと、案件を前に進められない。そこで商談ごとに「方向性」「仮説課題」「聞くこと / 握ること」「インサイトを提供できるポイント」「懸念点」といった5つの項目を置き、受注までのストーリーメイクを行いました。
また、SFAの入力項目を型化することで、抑えるべき情報をきちんと把握しているか、ボトルネックはないか、といったレビューを強化しました。
具体的には、会社の意思決定の基準や、営業の効果測定の基準など、案件を前に進めるための10項目をテンプレートにして、必ずSFAのログに残すようにしています。
▼SFAに記入する10項目
メンバーが記入してくれた情報をもとに、毎週のフォーキャストミーティングや1on1、案件レビューの中で、進捗をキャッチアップしたり相談を受けたりしていますね。
トークスクリプトは型化しすぎない。営業に使える「武器」を揃える
もうひとつ、大切なのが「導入時期」を握ることです。新しい期が始まる4月などであれば、新メンバーが増える前にきちんと整えないといけない、といった明確な理由がありますが、それがない案件だと、めちゃくちゃスリップするんです。
その明確な理由を作るためには、お客さんとキックオフ日を握り切ることが重要です。そのコミュニケーションで意識しているのは、あえてリスクをしっかり説明することですね。
というのも、SFAのようなSaaSって、購入は簡単でも、それを導入・定着させることがものすごく難しいじゃないですか。
失敗リスクの高いツールではあるけれど、「どれくらいの時間をかけて、どういうステップで進めていけば失敗しないのか」を正しく伝えることで、ひとりの営業マンから「導入を伴走する支援者」になれる。このポジションが取れれば、導入時期がスリップすることは大幅に減らせます。
こうした確認すべき項目の型化を進める一方で、トークの内容そのものは型化しすぎない方がいいと思っていて。実際には様々なシチュエーションがあるので、すべてを型化してしまうと逆に良くないと思っています。
なので、トークについては強制力をもたせすぎない。その代わりに、こんな材料があれば話しやすいよねという「武器」を揃えるようにしています。その武器とは、トークを補強する営業資料と、細分化したトーク例集ですね。
たとえば、先ほどの「導入時期を握る」ために「Mutual Start Plan」の補足資料を使って、この状態を目指すには、いつまでにこういうことをやりましょうか、と話せる資料があります。
▼実際の「Mutual Start Plan」の補足資料
他にも、初回商談のプレゼン資料、デモ後の質問に答えるフォーマット、競合サービスとの比較資料など、10種類くらいの資料を型化することで、会話をコントロールし、穴を埋めるようにしています。
マネージャーは「8割」の型を決め、全員でブラッシュアップ
こうした一連の施策によって、昨対比の営業1人あたりの受注額が、3ヶ月で約6倍まで増えました。商談の「数」はほぼ変わっていないので、狙い通り、ディールサイズが大きくなった結果ですね。
ただ、振り返ってみると、最初の成果が出るまでは結構しんどかったなと思っていて(笑)。
数年分の失注データを分析して、自分では「このやり方をすれば絶対売れる」と思って施策を立てる訳ですが、成果が出るまでって必ずみんな疑うじゃないですか。僕自身、最初の4〜5週間は成果がみえなくて、本当に今これをやっていて正しいのか、と疑心暗鬼になったりもしました。
でも結局は、マネージャーが根拠を持って、強い意思をもってやり切れるかどうかだと思っていて。やはり成果が出るまでは、メンバーがそれを実行してくれるかどうかが一番重要です。
そのためには、正解がわからなくても、まずは仮説で「型」を置く必要があります。
僕はこの型を、100%正しいものにしないことも大事だと思っているんですね。80%の仮説をもって型にするけれど、残りの20%はチーム全員で一緒に作っていくことで、メンバーの協力も得られます。
2020年4月からは、自身の管轄するセールスチームが2倍に拡大しました。これまでの取り組みで、営業手法の再現性はできてきたので、今後はどれだけスケールさせられるか、に注力したいと思っています。
たとえば、初回面談のストーリーメイクをメンバーに作ってもらってから僕がレビューする、といったように関係性を逆にしたり、現場主導で資料を作ってもらったり。
より大きなチームで営業をスケールさせていき、Sensesをもっと多くの企業に届けたいですね。(了)