• 株式会社エイチーム
  • 人事部 人事企画グループ マネージャー
  • 川口 裕明

「理想の人材育成」を明文化。組織にマネジメントスタイルを根付かせるプロセスとは

〜組織拡大に伴ってマネジメントへの不満が高まり、マネージャーのスキル強化が急務に。エイチームとして目指すべき「マネジメントスタイル」の策定と浸透プロセスの全容〜

自社が理想とするマネジメント基準を高い解像度で言語化し、全社に浸透させるためには、どのようなプロセスを踏むと良いのだろうか。

インターネットを利用したゲームコンテンツやライフスタイル情報サイト、ECサイトといった幅広い事業を展開する、株式会社エイチーム。

同社は、直近4年で約2倍の規模に組織が拡大し、若手のマネージャーが増加した一方で、会社としてのマネジメントの基準が定義されず、個々人の判断基準でマネジメントが行われている状態にあったという。

その結果、新入社員のモチベーション低下につながり、退職率が上昇していたことから、2019年に「エイチームマネジメントスタイル」の策定プロジェクトを実施。目指すべきマネジメント基準を明文化し、研修や3つのサーベイを活用して、全社への浸透を進めているそうだ。

それによって、高い水準で人材を育成できるようになり、「望ましいマネジメントができているかどうか」を、誰もが客観的に判断できるようになったという。

今回はプロジェクトの設計・運営に携わった人事部 部長の中久木 健大さんと、同部の川口 裕明さんに、マネジメントスタイルの策定背景から浸透施策の全容について、詳しくお伺いした。

組織拡大で課題が浮き彫りに。マネジメントスタイル策定PJを始動

中久木 私は、ソフトバンク株式会社で8年ほど人事を経験した後、2016年に株式会社エイチームに入社しました。現在は人事部の部長として、マネジメント全般を担っています。

川口 私は、営業や人事領域のコンサルタントの経験を経て、2019年に株式会社エイチームに入社しました。現在は、人事制度や組織開発、社内交流イベントなどを担当しています。

弊社は、総合IT企業として様々な領域で事業を展開していますが、事業の拡大に伴って直近4年で社員数が約2倍に増え、1,100名ほどの組織へと急成長しました。

また、2019年は過去最多の92名の新卒社員を受け入れて、全社目標として「後輩を育てる」ことを掲げていたタイミングでした。

▼左:中久木さん、右:川口さん

そのような状況下で、直近3年間に入社した新入社員のモチベーション診断の結果を分析したところ、入社から半年経つとモチベーションが大きく低下していることが判明しました。

さらに退職率も高まっていたので、「一体彼らに何が起きているんだろうか」と。そこで、新卒社員の数十名に実情をヒアリングすると、マネジメントの課題が見えてきたんです。

まず、組織の拡大によって若手のマネージャーが増えていたのですが、会社としてのマネジメント基準が定義されていなかったことで、マネージャーごとに独自の判断で指導をしていたことが分かりました。

また、現場でどのようなマネジメントが行われているのか、人事も把握ができていなくて。それ自体が、非常に大きな問題でした。

中久木 以前から行っていた新任マネージャー研修では、代表から「マネージャーに求めること」と共に「良くないマネージャー像」を言語化し、ファウルゾーンとして伝えていました。その一方で、ど真ん中のフェアゾーンとなる「目指すべきマネジメントの基準」を伝えられていなかったんですね。

そこで、代表と取締役が約60名のマネージャー全員に、悩みや考えをヒアリングする機会を設けた上で、エイチームの「マネジメントスタイル」を策定するプロジェクトを立ち上げました。

在るべき組織像を整理し、マネージャーに求める要素を抽出

川口 本プロジェクトは、中久木と私を含めた3名が事務局として推進し、マネジメントスタイルを言語化するコアメンバーとして、各子会社から執行役員クラスの人材を10名ほどアサインしました。加えて、外部のコンサルタントの方にも協力していただく形で進めていきました。

プロジェクトは2019年6月〜10月にかけて実施し、現在は研修やサーベイなどで全社に浸透させていくフェーズに入っています。

実際のマネジメントスタイル策定は、「取締役へのヒアリング→コアメンバーでの明文化→経営層とのディスカッション」というステップで行いました。

▼「マネジメントスタイル策定プロジェクト」の全体像

まず行ったのが、取締役3名へのヒアリングです。「事業をどのように伸ばしていくか」「エイチームの市場優位性」などについて、それぞれの考えを聞きながら紐解いていきました。

次に、コアメンバーによるディスカッションを実施したのですが、その際は取締役が話していた内容を伏せて、あくまでもコアメンバーの考えを主体にして進めることにこだわりましたね。

そこでは、3時間×6回ほどに分けて「私たちが価値提供してきたものは何か」「今後は何を価値として、どんな組織で在りたいか」「それを実現するためにマネージャーには何が求められるか」などについて、各々の考えをすり合わせました。

▼コアメンバーでディスカッションしたテーマと順序

中久木 そこから生まれるマネジメントスタイルの要素が、経営陣の思いと乖離しないように、議論が深まったタイミングで取締役にヒアリングした内容を共有しました。

それによって「ここは同じ感覚だった」「この視点は気付いていなかった」といったことを考えながら、ディスカッションを深めていきましたね。

マネージャーの指針となる「10のマネジメントスタイル」が完成

川口 コアメンバーの検討を通じて100個ほどあった要素を10個まで絞り、マネジメントスタイルの方向性がある程度定まったところで、約20名の経営層に見てもらってブラッシュアップしていきました。

経営層からは「内容自体はすごく良いけれど、実際に使うマネージャーが行動に移せそうか?」というコメントや、「マネージャーの役割をあらためて言語化した方が良さそうだね」といったアドバイスをもらいました。

それによって、議論に参加していないメンバーがすぐに理解できるように、シンプルな表現に変更したり、マネージャーに求める役割も明文化することにしました。

中久木 最終的なマネジメントスタイルの構成としては、「はじめに+10の主文・副文・行動例+おわりに」という形にまとめました。

「はじめに」では、マネージャーの役割として「エイチームの経営者の一人であり、エイチームを深く理解し経営理念を体現していく存在である」といった内容を3つ明記して、「おわりに」ではマネージャーとしての心構えを添えました。

特に意識したのは、未来の市場や事業という広い視野から、徐々に自分自身のスタンスの内省を促すような順序でまとめることです。

▼同社の「エイチームマネジメントスタイル」の主文(一部)

実はこのプロジェクトを通じて、ある副産物も生まれました。経営層が日々メンバーに投げかけている言葉や大切にすべきキーワードがたくさん集まったので、「これを無くすのはもったいないな」と感じて。

そこで、その言葉たちを羅列した「名言集」のような資料を作り、マネージャーが困った時に見返してもらえるようにしました。

3つのサーベイで定点観測。企業文化として徐々に根付かせていく

川口 こうして2019年11月に、全社に向けて「エイチームマネジメントスタイル」を発表し、組織に浸透させるための施策を実施しました。

まず、全社員が参加できるように説明会を4回ほど設け、策定までの流れや内容について詳しく伝えました。

マネージャーだけでなく全社に展開したのは、今後のマネジメントサーベイへの協力を促す目的と、マネージャーを目指すメンバーの「成長の道しるべ」になることを期待していたためです。

それと並行して、マネージャー以上の全管理職を対象に、2日間の研修を実施しました。1日目は、マネジメントスタイル策定までの流れを追体験し、マネージャーの役割や内容についての理解を深めてもらいました。

2日目は、上司と部下からのサーベイ結果を元に、それぞれから見えている自分について内省して、目指すマネージャー像の言語化と、それに対するアクションプランを設定してもらいました。

実際に、「自分の経験を重視せず、部下の意見を受け止めた上でチームとして判断する」「チームとしてやらないことを決める」「役割をメンバーに委ねていき、自分は社外からの情報を仕入れて、全社の目線で動くようにする」といったアクションプランが挙がっていましたね。

また、研修が終わるとすぐに、メンバーにアクションプランを共有するマネージャーもいました。今後も、一定期間でのサーベイ結果を比較するフォローアップ研修を行う予定です。

それらの施策に加えて、組織のマネジメント課題を見える化し、定点観測する仕組みとして、半期ごとに3つの定量・定性調査を行っています。

ひとつ目はエンゲージメントスコアを測る「モチベーション診断」、ふたつ目はマネジメントスタイルの項目に沿った「マネジメントサーベイ」、そして部下から上司に対する満足度やコメントを報告する「上司コメント」です。この上司コメントは、直属の上司を一段飛ばした上位者に届く仕組みにしています。

中久木 これまでの取り組みによって、目に見えて退職率が低下した、メンバーの満足度が一気に高まった、といった成果まではまだ出ていません。

ただ、この取り組み自体が文化づくりのようなものだと思っていて。サーベイに回答するたびに理想とするマネジメントスタイルが全員にインプットされていき、徐々に自分たちの行動の根幹に根付いていくのではと思っています。

非連続な成長を目指し、「人」を生かす取り組みをしていきたい

川口 今回の取り組みを通じた一番大きな成果は、マネジメントスタイルに照らし合わせて「このマネージャーは何が出来ていて、何が出来ていないか」を、誰もが適切に評価できるようになったことですね。

定量計測によって全社の平均スコアと自分を比較して、内省することも可能になりましたし、経営陣とマネジメント層が同じ目線で人材育成について語り合えるようになったのも、大きな変化だと思います。

今回はマネジメントに求められるものを言語化した取り組みでしたが、私個人としては「起業家・アントレプレナー」と呼ばれる人たちに求められている要素を言語化したりすると、弊社としても価値がありますし、世の中にとっても価値があるのかなと、ひそかに思っていたりしますね。

中久木 私たちは、直接的に事業に貢献できる役割ではありませんが、素晴らしい労働環境を整えたり社員みんなの理念が合致するように働きかけることで、社員のさらなる活躍や企業成長に貢献していくことが出来ると思っています。

今後も企業として強くなっていくために、人事として「人」の側面から、色々なことを仕掛けていきたいですね。(了)

;