- 株式会社トリドールホールディングス
- 執行役員 CHRO
- 鳶本 真章
最大の差別化は「人」にある。世界を見据えるトリドールが、組織変革を推進した理由
〜「企業の最大の差別化は、人である」再定義したミッション・バリューを人事制度まで一気通貫させ、壮大な目標の実現に向けて一枚岩となるトリドールの組織づくりとは〜
組織が急拡大する企業において、全員が一丸となって目標を達成するには、どのような組織づくりが有効なのだろうか。
1985年に焼き鳥居酒屋で創業し、現在は讃岐うどん専門店の「丸亀製麺」をはじめとした複数の外食ブランドを約40の国と地域に展開する、株式会社トリドールホールディングス。
同社は、世界で通用するグローバルフードカンパニーになることを目的に、2018年からそれを実現するための組織改革に着手したそうだ。
まず、組織が拡大する中でも全員が同じ方向を向けるように、ミッション・ビジョン・バリューを再定義。それを採用や人事制度に落とし込み、オウンドメディアなどでの発信を通じて組織への浸透を促進しているという。
同社で執行役員CHRO(最高人事責任者)を務める鳶本 真章さんは「1人ひとりが、お客様により良いサービスをお届けするために自分の頭で考えて行動できる『自律した個』となることが、組織にとって最大の差別化になる」と語る。
今回は鳶本さんに、ミッションやバリュー刷新の背景から、組織に浸透させる施策までを詳しくお伺いした。
最大の差別化は「人」にある。あるべき組織像を示す活動を開始
私は、新卒で大手自動車メーカーに入社した後、大学院でMBAを取得して複数社でコンサルティング経験を積み、2018年10月にトリドールホールディングスに入社しました。現在は、CHROとして人事戦略の責任者を担っています。
弊社は1985年に創業し、「丸亀製麺」を事業の中核に据えて成長してきました。手づくり、できたてにこだわり、セントラルキッチンを持たず、すべての店で粉からうどんをつくるなど、チェーン店としてはユニークな経営手法が強みですが、それ自体は模倣され得るものだと思っています。
そのため、私たちが事業の強み以上に重要だと考えているのが「人」です。1人ひとりの従業員が「お客様に感動していただきたい」という想いのもと、「自律した個」としてお客様と向き合い、より良いサービスをお届けすることが一番の差別化になると思っていて。
その考えから、「外食業界で唯一無二の人材開発企業になる」ことをトリドールグループのビジョンに掲げ、事業やサービスを生み出すことができる人材の採用、育成を積極的に行ってきました。
私たちの壮大な目標は、これまでの延長線上では絶対に達成できません。今後急成長する組織が同じ方向へ進むために、グループ全体の「あるべき組織像」を明示することが重要だと考えました。
そこで、2018年10月からミッションやバリューの再定義の準備を始め、それを採用・人材育成・評価といった人事制度に一貫して落とし込むことを進めてきました。
ミッション・バリューを再定義。自律した個を尊重し、行動を委ねる
まず行ったのが、創業から大切にする「すべてはお客様のよろこびのために」を意味する、「Simply For Your Pleasure.」というミッションの再定義です。
変化の激しい時代において、お客様に感動をお届けするには、これまでの常識や先入観などを疑い、新しい価値を提供し続ける必要があります。そこで、「新たな価値を探求し、創造し続ける」という意味の言葉を追加し、「Finding New Value. Simply For Your Pleasure.」と定めました。
次に、ミッション実現のためにトリドールグループが求める5つの行動指針を示す、「Toridoll-er’s Value」を策定しました。
具体的には、代表の粟田と「今までトリドールが大事にしてきたこと」や「今後どうなっていきたいのか」を40〜50時間かけて言語化した後、社内でのワークショップで議論を深めていき、その過程で出てきた要素を集約する形で決定しました。
▼求める5つの行動指針を示した「Toridoll-er’s Value」(同社提供)
このバリューは本部や現場を問わず全従業員に求めていて、あらゆる場でこれを体現することで、トリドールグループとして目指す「自律した個」が実現できると考えています。
また、今回のバリュー策定におけるポイントは、「人によってバリューの解釈が異なっても良い」という点です。むしろ、バリューを起点に議論が生まれることを重視していて。
例えば「Customer Oriented」であれば、従業員の間で「お客様起点って何だろう?」といった議論が生まれると思うんですね。それによって、みんながバリューに興味を持って思考する時間が増える。それを日々どれだけ積み重ねられるかが重要です。
私からは「バリューの幅」がずれないように一貫したメッセージを伝え続けますが、それをどのように受け取って行動に反映するかは「自律した個」に委ねるという考え方です。
そして、バリューの浸透にあたっては、社内外に同じ言葉で伝えることが大切だと考え、オウンドメディア「/toridoll(アンドトリドール)」を立ち上げました。ここでは、基本的に社内のメンバーが自分たちの言葉で「会社が何を考えているのか、どういう方向にいきたいのか」を発信するようにしています。
それと併せて、お客様から好意的なお声をいただいた際に「◯◯のバリューを体現していて良い行動だね」といったようにフィードバックをしたり、外部メディアを通じて発信するなど、地道な活動を続けています。
※実際に「Toridoll-er’s Value」の共有・浸透のために書かれた記事は、こちらをご参考ください。
策定したバリューを採用や人事制度に落とし込み、一気通貫させる
2020年4月からは、ミッションやバリューを体現した組織になるために、採用と人事制度の刷新に着手しました。
まず採用においては、従来は出店計画に合わせて大量採用するような形だったのですが、候補者の方が入社前に抱いていたイメージと、現場で求められることとのギャップが生じて、離職されてしまう方も多かったんですね。
そこで、5つのバリューに基づいて「新入社員にはこのレベルまでを求める、高卒の方にはこのレベルまでを求める」といったように細かく定義をして、「極論は、採用数がゼロでも良いから、バリューに合った人のみを採用する」という方針に変更しました。
また、人事制度の刷新においては、これまでのMBO(※)による目標管理に「バリュー軸」を加えたコンピテンシーを策定しました。
※Management By Objectives:個別に目標を設定し、それに対する達成度合いで評価を決める仕組み
具体的には、5つのバリューの要素を分解し、等級ごとに求められる体現度合いを明示して、MBOの達成度とバリュー体現度の2軸で評価する形にしました。
▼9ブロックに分けたコンピテンシー表(同社提供)
さらに、これまでの「職位等級」から「役割等級」に変更しました。各自の役割におけるバリューの発揮度で等級が決まり、一定の等級以上になると役職が上がるといった仕組みなので、等級を上げるために必要なスキルを学べる育成プログラムも設けています。
たとえば、現場の店長がマネージャーに昇格する場合には、エリアの全店長に同じ内容を伝えながらも、店舗ごとの状況に合わせたコミュニケーションが必要となる時があります。そのための情報処理能力やプレゼンスキルを学べる研修などを組むような形ですね。
日々のフィードバックで評価の透明性を向上。制度を浸透させる工夫
このような新しい人事制度の導入にあたっては、評価者が正しい基準で評価できるように、テストケースを元に「どのような評価をするのかとその理由」を発表しあう形式で、トレーニングをしていきました。
実際の運用においては「上司がどれだけメンバーのことを見ているか」が非常に重要になります。そこで、上司とメンバーで隔週の1on1を実施し、目標の進捗確認とともに「どうすれば評価がAに上がるのか」といったフィードバックをリアルタイムで行うことで、評価の透明性を向上させています。
また、採用や人材育成にあたるメンバーは、実際の店舗で現場経験を積んでもらっています。それは、社内からの「新たに人を採用してほしい」といったオーダーをそのまま受け入れるのではなく、自分自身の体験から、本当に人材が必要なのかを体感し、議論した上で判断してもらいたいからです。
こういった取り組みの1つひとつが「自律した個」に繋がっていますし、それをより促進するために、一連の活動の中でオフィス環境も一新しました。
▼同社のオフィスの様子
というのも、毎日、同じ時間・場所で働くのではなく、自分の仕事内容に合わせて「最も生産性が高まる場所」を自ら選択することの積み重ねが、自律を促す上で重要だと感じたんですね。
加えて、僕たちは日常に深く関わっている「飲食」という領域を扱っているので、リビングやカフェのような落ち着いた環境の方が、新しい価値を創造するための感性を磨くのに効果的だろうと考えたんです。
そこで、2019年に本社オフィスを渋谷に移転したのを機に、オランダ発の「ABW(アクティビティー・ベースド・ワーキング)」という考え方を取り入れました。
社内はフリーアドレスで、カジュアルにミーティングができるようなソファ席や、集中して作業ができるカウンター席など、様々なスペースを用意し、コロナ禍以前より柔軟な働き方ができるような環境を整えてきました。
これまで「外食産業」は働く場所として敬遠されがちだったのですが、トリドールの働く環境も含めた組織の魅力を知っていただくことで、そのイメージの払拭にも繋がっていくのではと思っています。
「経営視点」を持つことが重要。信念を持って突き進んでいきたい
ここまでの一気通貫した取り組みにより、組織が急拡大していく中でも、ミッションやバリューが少しずつ根付いているのを感じますし、現在はそれをより浸透させていくフェーズです。
私は、組織づくりを行う上で重要なのは「いかに経営視点を持てるか」だと思っています。
CHROとして会社の売上と利益にコミットし、経営陣のひとりとして人事をどうすべきかという視点はなくてはならないものですし、一般的に、組織規模が拡大していくと、「経営」と「人」の距離は離れていってしまいがちなので、それを近づける努力をしなければと思います。
それと同時に、中長期的な目線では「どうすればひとりでも多くの人が、会社に笑顔で来られるだろうか」ということも考えていますね。
この先も、大きく変化する外部環境に柔軟性をもって対応しつつも、私たちが持つ信念を曲げずにやりきることが企業として大事なのではないかと思っています。
そのためにも、今トリドールが掲げている壮大なゴールに向けて「どんな人材が必要なのか」「その人にどんな機会を提供できるのか」を、より突き詰めて考えていきたいですね。(了)