- 株式会社ジョリーグッド
- サービス開発部 チーフエンジニア
- 西本 拓也
VRで医療の課題に切り込む。ジョリーグッドの現場と作り上げるプロダクト開発プロセス
「メタバース」という言葉が一種のバズワードとなっているように、「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」といった、現実世界には存在しないものを知覚できる先端技術への注目が高まっている。
その中でも、従来はゲームやエンタメ領域での活用が目立っていたVRは、近年さまざまな分野での利用が広がっている。例えば医療現場では、医療教育や遠隔医療、リハビリや手術支援まで、多くの場面でその技術が活用されているのだ。
2014年に創業し、高精度なVRソリューションと、VR空間のユーザー行動をAIにより解析する医療福祉向けサービスを開発する株式会社ジョリーグッド。
2022年6月には、大塚製薬株式会社とメンタルヘルス領域におけるVRを活用したソーシャルスキルトレーニング事業の共同開発を発表するなど、国内で今最も勢いのあるVRスタートアップの一社だ。
同社は、「医療 × VR」という特殊な領域の事業開発において、医師を中心とした現場の声を聞きながら事業を作っていくこと、ビジネスサイドと開発サイドが密に連携・情報共有すること、さらにはプレスリリースを効果的に活用してステークホルダーにリーチすること、等を大切にしているという。
今回は、同社のサービス開発部でチーフエンジニアを務める西本 拓也さんと、営業戦略部でビジネスプロデューサーを務める瀧本 俊幸さんに、ジョリーグッドにおけるプロダクト開発からPR・マーケティングまで、幅広くお話を伺った。
医療教育や治療現場の課題を解決するVRソリューションを展開
西本 私はサービス開発部のチーフエンジニアとして開発部全体をサポートしつつ、弊社が展開する「オペクラウドVR」の開発リーダーとして、設計から開発全般を担当しています。
入社したのは2020年3月ですが、もともとはVRや医療とは関係のない領域でエンジニアをしていました。ただ、ジョリーグッドを知った時に、すごく面白そうで社会に貢献できる会社だなと。
そして、働いている人たちと話していくうちに、さらに魅力的な人とプロダクトだなと感じたことが入社の決め手になりました。
瀧本 僕は営業戦略部に所属し、「オペクラウドVR」のサービスマネージャー兼ビジネスプロデューサーをしています。
平たく言えば営業職ですが、カタログを広げてモノを売るのではなく、クライアントの課題解決のためにソリューションを提案する役割です。さらに、サービスが採用された後も、導入、運用までをずっとサポートしています。
もともとは広告会社にいたのですが、社会人を10数年経験し、ここから更に20年働くのか、と思った時に、一周まわって「人のためになることがしたい」と素直に言えるようになったのが転職の理由です。
ジョリーグッドに入って2年半ほど経ちましたが、実際に医療機関の人と話して一緒に課題を解決していくことがとても楽しいです。
▼【左】瀧本さん【右】西本さん
西本 ジョリーグッドは、「テクノロジーは、それを必要とする人に使われて、初めて価値がある」という企業理念を掲げ、医療教育、障がい者向けのトレーニング、デジタル治療という大きく三つの医療領域でVR事業を展開しています。現在、全社的には70人ほどの組織になっています。
瀧本 VRと言うと、もともとはエンターテイメント色がとても強かったと思います。実際に僕たちも、エンタメ領域や企業プロモーションから事業をスタートしたのですが、医療や福祉に関わる方々から「こういう風に使えませんか?」という問い合わせを徐々にいただくようになったんですね。
そういったお声を通じて、「VRは人を楽しませるだけではなく、人を成長させることにも使えるんじゃないか」という考えが生まれ、医療領域へと入っていった形になります。
西本 事業としては、手術等の臨床現場にいる専門スタッフの視野を360度VRカメラで撮影し、学習コンテンツ化する「オペクラウドVR」や、医療福祉分野に特化したVRコンテンツのプラットフォーム「JOLLYGOOD+(ジョリーグッドプラス)」等を展開しています。
VRの特性としては、まずよく言われている「没入感」があること。さらに、360度の空間なので、自分の見たいところを「能動的に見る」ことなどが挙げられます。
こうした特性により、実際にデータとしても、VRを用いた学習は一般的な講義形式の授業と比べて学習速度が4倍で、記憶の定着率が3倍あるとわかっています。こうしたVRの良さを活かしながら、医療現場の課題解決に向き合っています。
手術の様子を360度VR動画で撮影。現場の「疑似体験」が可能に
西本 今、僕と瀧本がチームメンバーとして関わっている「オペクラウドVR」は、実際の手術の現場で、医師の先生たちがセルフで高精度360度VR動画を撮影でき、それを研修・教育コンテンツとして展開できるというものです。
医師の目線、看護師の目線、技師の目線、という形で、複数の異なる人たちの視点からのコンテンツを同時に制作し、360度視点の体験学習をすることもできます。
▼「オペクラウドVR」イメージ画像(同社提供)
西本 我々の中にも、コンテンツ制作のプロ集団である制作部があり、受託で映像制作を行っていました。ただ、手術の現場を撮りたいとなった時に、「じゃあ今から手術なので撮りに来てください」ということって難しいじゃないですか。
そこで、病院さん側に撮影用のカメラを導入していただいて、こちらの撮影ノウハウを提供しながらコンテンツを増やしてもらう、という形にしたんですね。
瀧本 この事業の種が最初に生まれたのは2019年です。当時、「医学生が臨床実習を始める時に、命の現場にいきなり入るので、辛い場面もあって自信を失ってしまうケースが多い」という現場の課題をお聞きしたんですね。
そこで、VRの利点でもある没入感を持った疑似体験を提供することで、医学生の方が少しずつ現場に慣れていくような教育方法を提供していこうと考えました。
西本 加えて、2020年にコロナ禍に入ったことで、医療従事者の方々は最前線で大きな影響を受けることになりましたよね。それは育成や研修面でも同様で、例えば、手術の現場に大人数が入れなくなったので、これまでのように見学ができなくなったそうなんです。
そこで、ただの写真や2D動画ではなくて、チームの雰囲気や現場の動きをリアルで感じられるようなVRの360度映像を教育にも活用していこう、ということで発展していったプロダクトですね。
現在は、日本体育大学を始め日本医科大学などの大学病院を中心に50施設以上に導入されており、全国の医療機関1,500施設への導入を目指しています。
「ドクターカー × VR」の事例も。現場と一体となったプロダクト開発
瀧本 現在は弊社内に医師もいますし、医療領域にかなり踏み込んでいますが、冒頭でもお伝えしたとおり、もともとはエンタメからスタートした会社です。
ただ、VRに関するコンテンツや情報の発信をしていく中で、医療関係の方から「困っている、助けてください」というお声をいただくようになったと。そして実際にお話ししていきながら、一緒に事業を作っていくような形で始まっているんですよね。
プロダクトを開発する上でも、現場にもできるだけお邪魔させていただいて、医師の方と直接お話ししながら、トライアンドエラーを重ねて事業を作ってきています。
西本 ですので「今日からサービスリリースです」といった形ではなく、医師の方に「ちょっとこれを使ってみてほしいのですが」という形で協力してもらい、いただいた声を活かしながら製品のバージョンを上げていく…という開発プロセスです。
このようにスピード感を持って、変化するニーズに対応しながら顧客の欲しいものを届けられるところは、うちの良いところでもあると思います。
医師の方の声を聞くのはサービスマネージャーである瀧本さんが中心ですが、僕のような開発者も、実際に病院に伺ったり、医師の方と話をしたりといった機会を多く持っています。
特に導入時は技術的なサポートが必要ですから、もちろん一緒に訪問します。というのも、病院によって設備や環境もさまざまなので、VR領域に留まらない技術的な工夫が必要なんです。
例えば、360度VRの映像はデータの容量が大きいので、まずは病院内を工事して新しいネットワークを敷設することから始まることもあります。他にも、手術室によってカメラの取り付け位置が違うなど、最初は技術的にも多くのチャレンジがありました。
瀧本 施設や現場によって環境や状況も全然違えば、ニーズもさまざまです。ですので、割と早い段階から開発者に入ってもらって、技術面をサポートしてもらっています。
例えば最近では、ドクターカーの中にカメラを入れて、その様子をリアルタイムに病院施設に連携するという実証実験を行っています。
▼ドクターカー × VRのイメージ(同社提供)
瀧本 ドクターカーは、ある程度の経験を積んだ医師の方しか乗れないので、OJTがしづらいんだそうです。その点、VRコンテンツを使えば若手の医師の方の効果的な学習につながると期待されています。
また、ドクターカーを受け入れる病院側で事前に患者の状態を把握することで、命を救える可能性も高まります。
このように、医療領域におけるVR活用にはさまざまなニーズがあり、まだまだ大きな可能性が眠っているんですね。
西本 こうした情報をキャッチするためにも、チーム内での情報共有は活発に行っています。定例ミーティングももちろんですが、日常的なSlackのやり取りや、Notion上のドキュメントでも情報がオープンになっていますね。
組織の人数が増えてきたことや、全社的にフルリモートの体制だった時期に、縦割りになりがちだったので、今は気をつけて横連携するようにしています。「この部署はこれをやる」と決まってくると、その範囲に動きが収まりがちになって、プロダクトに広がりが生まれないので。
さまざまな役割を持った人たちがちゃんとチームになっていると、色々な意見も出てきますし、それによってプロダクトも人も、会社も成長していくと考えています。
ステークホルダーに広くリーチするため、メディア戦略にも工夫が
瀧本 今、日本には約30万人の医師の方がいるのですが、色々な診療科に分かれているので、なかなかアプローチがしづらいんです。加えて、VRは言葉で説明するだけではどうしてもご理解いただくことが難しくて。ただ、一度体験すれば、「おおっ!こういうことか!」となるんですよ。
ですので、学術集会や展示会のようなリアルな場を通じて、VRを体験できる接点を作ることを非常に大事にしています。
▼実際の展示会の様子(同社提供)
西本 コロナ以降、そういったリアルイベントは少なくなってしまったので、今はリモートでも我々のサービスを使っていただけるように工夫しています。例えば、離島の病院にVRゴーグルを送って、学会の会場から離島の医師の方々にサービスを体験してもらえるような機能も開発しました。
瀧本 また、自分たちが表に出ていくことももちろんですが、PRやマーケティングの観点ではプレスリリースを戦略的に使ったアプローチも行っています。
僕たちのステークホルダーは医師の先生方だけではなく、官公庁の方もいらっしゃいます。そういった特殊な層にリーチするには、Webの世界だけではなくテレビや新聞といった伝統的なマスメディアがとても重要です。
そうしたメディアに掲載されやすくするためにも、プレスリリースは、広報ではなく現場にいる僕のようなビジネスプロデューサーが「このプロジェクトをどういう文脈で、どう世の中に見せようか」ということを考えて作成しています。
もちろん広報にも色々とアドバイスをもらいながらですが、メディアが取り上げたくなる要素や文脈をどう盛り込むか、どんなデータやエビデンスを示すか、といったことを、時代背景やトレンドを踏まえて練り上げています。
例えば直近では、広島大学さんと取り組んだ感染症教育VRの事例があります。この事例では、実際にVRの教育効果が論文で実証され、アメリカの医学誌にも受理されたことで、メディア掲載が広がりました。
▼実際の論文より抜粋
瀧本 この取り組みも、「最終的には一緒にニュースを出して、記者会見をしましょう」という会話をプロジェクトが始まった段階からしていました。記者会見にメディアさんを呼ぶためには、こんな実証実験をしたらいいんじゃない? 学術誌に出したらいいんじゃない? という話をしてきましたね。
実際にリリースを出したのは、キックオフしてから1年ほど経ったタイミングでした。本当にサービスを「売って終わり」ではなくて、ロングタームで一緒に取り組んでいるんです。
日本の医療における「地域偏在」の課題にも取り組んでいきたい
西本 オペクラウドVRも他の事業もですが、やはり我々のやっていることが社会のためになっている、という実感はとてもありますし、それが自分のやりがいにもつながっています。
今後の目標としては、まずはしっかりとオペクラウドVRのPMFをしていくことです。実際に導入して、撮影し、コンテンツを上げていただくという一連のサイクルがちゃんと回るようにしていくということですね。
そのためにも、今導入いただいている病院さんのお声をしっかりと聞いて、エンジニア目線でプロダクトをどんどん改修して、成長させていければと思っています。
瀧本 実はオペクラウドVRは、病院同士の横の連携をつなげるプラットフォームでもあるんです。作った映像をみんなでシェアすることができますので、例えば北海道で撮った貴重な症例の映像を沖縄の医学生が見る、といったことも可能ですから。
だからこそ、僕は全国すべての病院にオペクラウドVRを入れたいと思っていて。
現状は、貴重な症例が実績のある病院に集まっていたり、優秀な医師の方がいる地域が偏っていたりと、医療における地域偏在の問題は大きい状況です。
ですが、オペクラウドVRのプラットフォームがあれば、地方の若手医師の方にも平等に学ぶ機会が作れるんじゃないかと。そういった意味でも、日本の医療の質そのものを上げていくことに貢献できればと思っています。(了)