- 株式会社サイバーエージェント
- Tech DE&I Lead
- 神谷 優
IT業界のジェンダーギャップ解消に挑む。サイバーエージェントの「Tech DE&Iプロジェクト」とは
従来、IT業界では男性エンジニアが大多数を占めており、日本のICT関連職における女性比率は、OECD加盟国の中でも非常に低い水準となっている。近年ではそのような状況に危機感を持ち、女性エンジニアを育成・支援する教育機関や企業なども増えつつあるという。
そんな中で、2023年1月から「Tech DE&Iプロジェクト」と称し、グループ全体でジェンダーギャップの解消に取り組んでいるのが株式会社サイバーエージェントだ。
本プロジェクトのTech DE&I Leadを務める神谷 優さんは、女性エンジニアとして開発業務と育児の両立に苦悩した体験や、社外で女子学生へのIT技術・キャリア支援のプロボノに取り組んできた経験から、社内外でテクノロジー業界におけるDE&Iの認知と理解度を高めることを決意。
そしてプロジェクトメンバーと共に、社内のエンジニアを対象にした「IT業界ジェンダーギャップ勉強会」、マネジメント層に向けた「無意識バイアスワークショップ」、新卒メンバー向けのDE&I研修、女性エンジニアのためのカンファレンス「Women Tech Terrace 2023」などの開催や、啓蒙活動を精力的に実施しているという。
それによって、社内のエンジニアたちが、DE&Iの思想をもって周囲に働きかけてくれるシーンが増えてきたと実感しているそうだ。
そこで今回は、神谷さんに「Tech DE&Iプロジェクト」の全容と具体的な取り組み内容について、詳しくお話を伺った。
育児との両立に苦悩し、IT業界のジェンダーギャップに関心を持った
私は、2008年にサイバーエージェントの新卒エンジニア1期生として入社し、複数サービスの立ち上げなどを経験した後、音楽ストリーミングサービス「AWA」や子ども向けプログラミング事業「キュレオ」の開発に携わってきました。そして現在は、2023年1月に立ち上げた「Tech DE&Iプロジェクト」のLeadを兼任しています。
今でこそ、IT業界のジェンダーギャップ解消に強く関心を持っている私ですが、元々はそういった領域には全く関心がありませんでした。実際に、「AWA」の開発チームに参加した時は、優秀な男性エンジニアが集結する中で女性は私1人だけでしたが、そのような環境を気にもせず、ひたすら仕事に邁進していました。
そういった環境の中、定時に終業できるように務め、短時間で最大限のパフォーマンスを重視するワークスタイルへとシフトしたのは、第一子の育休復帰がきっかけでした。
その後の第二子の育休期間も含めて、「AWA」の開発チームには5年ほど在籍していましたが、やはり独身時代と同じように働くのは難しく、今思うとすごく無理をしていましたね。特にコロナ禍の2020年からは、未就学児2人を1人で見ながら在宅勤務をしていましたが、同じような環境のメンバーがおらず、自分だけが置いていかれているように感じていました。
また、優しく接してくれる周りのみんなに感謝するとともに、「もっと役に立たなきゃ。戦力にならなきゃ」という焦りや、バックエンドからフロントエンドへの職種チェンジも相まって、「私はもうエンジニアとしてはやっていけないんじゃないか」という恐れも抱えていたんです。
そんな時にふと目にしたのが、女子学生へのIT技術・キャリア支援を行う特定非営利活動法人「Waffle」で理事長を務める、田中沙弥果さんの講演でした。そこで、IT業界全体でジェンダーギャップの課題があり、このままでは性別による格差がさらに広がっていくことや、女性エンジニアが少ないと次世代に大きな影響が及ぶ可能性があることなどを初めて知り、衝撃を受けました。
そうして「私自身のキャリアやアイデンティティを皆さんにシェアすることで、何かの役に立てるかもしれない」という気付きを得たことが、ジェンダーギャップの領域に足を踏み入れる転機となりました。
IT業界ジェンダーギャップ勉強会を機に、「Tech DE&Iプロジェクト」を始動
そうした経緯から、私はライフワークとしてWaffleの活動にプロボノとして参加し、女子及びジェンダーマイノリティの中高生や大学生へのIT技術・キャリア支援に取り組んできました。それと並行して、第三子の育休中にはスタートアップ企業のMs.Engineerの立ち上げにも携わり、業界全体で女性エンジニアを増やしていくための取り組みに尽力しています。
そのような社外での活動を通じて、私自身の中では「IT業界のジェンダーギャップ解消は社会的に本気でやらなきゃいけないことなんだ」という思いが増していったんです。一方で、サイバーエージェント社内に目を向けると、課題に対しての温度差があることも感じていました。
例えば技術カンファレンスでは、登壇者全員が男性ばかりのいわゆる「マンファレンス(manference)」の光景が広がっていて。これはDE&I観点では、女性エンジニアのロールモデルが可視化されないため、格差を再生産させる状態とされているんですね。
そういった現状にモヤモヤした気持ちを抱えて育休復帰したタイミングで、弊社の専務執行役員(技術担当)の長瀬から、「神谷は外で色々な活動をしているから、今度社内で勉強会を開いてよ」と打診がありました。
それをきっかけに、外部で女性エンジニアを増やすだけでなく、企業側も社会課題を理解して間口を広げることが重要だなと感じ、2022年の秋に実施したのが長瀬やエンジニア採用担当人事に向けた「ITジェンダーギャップ勉強会」です。
具体的には、エンジニアの男女比に偏りがある背景や、世界と比較した日本のジェンダーギャップランク、各大学やIT企業の取り組み、そして自社と他社のジェンダーに関する数値データなどをまとめた内容となっています。
▼「ITジェンダーギャップ勉強会」の資料
ここで裏話をすると、外部の講演会は参加者が能動的に聞きに来るのに対して、社内勉強会は興味がない人にも受動的に参加してもらうので、実はすごく緊張していたんです。
しかし蓋を開けてみたら、アンケートの結果がめちゃくちゃ良くて。例えば「なぜ社会的に女子枠を設ける大学が増えているのかが腹落ちしました」といったポジティブな反応をたくさんいただけたので、すごく救われましたね。
そして、「これは会社としてもきちんと取り組まないとやばそうだ」という機運が醸成されて、2023年1月から「Tech DE&Iプロジェクト」を始動することになりました。
それに伴って、この勉強会の対象をグループ全体のエンジニア社員に広げ、最終的に3回に分けて実施して、全体の約6~7割が参加してくれました。
「無意識バイアスワークショップ」で、意思決定層の認識を合わせる
現在、Tech DE&Iプロジェクトは8人のメンバーで推進しています。また、活動の前提として施策の効果検証のためにアンケート調査を行ったり、学術的な指標を説明に用いたりするなど、データドリブンに推進することを大切にしています。
そして、前述のITジェンダーギャップ勉強会に続いて実施したのが、メルカリさんが無償公開されている「無意識バイアスワークショップ」です。このワークショップは、多様性推進アクションのファーストステップとして実施されている企業も多いと思います。
ジェンダーギャップの解消には、やはり意思決定層の認識合わせが重要なので、このワークショップは各事業部の技術幹部やマネージャー層を対象に、10回ほど実施しました。
その運営においては、最初にCTO統括室のメンバーに向けて実施し、次回参加すべきだと思うメンバーをチーム内で指名してもらう形で、数珠繋ぎのように輪を広げて開催していきました。
なお、本来このようなワークショップは、職種問わず社内の全メンバーを対象に実施する方がベストだと思っています。ただ、現状はTech DE&Iプロジェクトの対象範囲が開発組織となっているため、まずはそのスコープの中で実施している形です。
※メルカリ社が無償公開している「無意識(アンコンシャス)バイアスワークショップ」の社内研修資料は、こちらのサイトをご参照ください。
新卒向けのDE&I研修や、社内エンジニア向け専用サイトの制作も実施
さらに、新卒メンバー向けの「DE&I研修」も開始しました。2023年度はビジネス職も含めて300人を超えるメンバーに参加してもらったのですが、まずは「多様性の尊重」というワードだけを覚えてもらえればOKというイメージで設計しています。
なので、難しい情報は入れずに、「DE&Iとは何か」という基本の解説や、多様性を尊重しないとどのような問題が起きうるのかといった、過去の社会的な事例などを紹介しました。
▼新卒メンバー向け「DE&I研修」のスライドイメージ(一部抜粋)
加えて、社内エンジニア向けのポータルサイト上に、Tech DE&Iプロジェクトの専用ページもオープンしました。ここにはプロジェクトの概要や過去の勉強会・研修資料、参考文献の情報などをまとめています。
特に力を入れて制作したのが、勉強会などの参加者アンケートから集まったFAQに対する回答ページです。やはりDE&Iというテーマ的に、センシティブな内容やすごく重たい質問が寄せられるので、勉強会の場ですぐに回答するのは難しかったんですね。
また、みんな同じような疑問を持っていることが分かったので、近しい質問をカテゴライズして、学術的な観点やデータも踏まえてとても丁寧に回答しています。
一例として、「社会的な課題感やTech DE&Iプロジェクトが目指していることは理解できました。普段の生活や業務の中で具体的にどういう行動に繋げていけば良いかというイメージがまだ湧ききっていないので、具体的な例があれば教えてほしいです」という声をいただいたことがあります。
それに対しては、「まず普段の生活の中ですぐにできることとしては、周囲に対して『性別などの属性を根拠に、提示する内容や声掛けを変えていないか』を再確認することが挙げられます。例えば国際学力調査のPISAによると、娘に対する理系への促しが、息子に比べて20%低いことがわかっています」といった回答を載せている形です。
▼「Tech DE&Iプロジェクト」の社内向けポータルサイト(一部抜粋)
なお、プロジェクトメンバーに人工知能学会の理事も担っているアカデミックな方がいるので、学術的な観点で彼にもかなり協力してもらいました。このポータルサイトの制作は私自身も非常にパワーを注いだ施策で、かなりの大作が出来上がったと思っています。
社内外を巻き込み、「女性エンジニアとして働くこと」の啓蒙活動を継続
その他にも、Tech DE&Iプロジェクトの一貫として、2023年4月に女性エンジニアによる女性エンジニアのためのカンファレンス「Women Tech Terrace 2023」を開催しました。
ここでは企業の枠を取り払って様々な方にご参加いただき、「女性エンジニアが “長く自分らしく” 働けることを応援する」をコンセプトに、キャリアや技術に関するトークセッションと、DE&Iに関するパネルディスカッションを行いました。
本カンファレンスの大きな目的は、女性エンジニアのロールモデルをふんだんに見せることだったので、多様性にこだわって外国籍のゲストにも登壇いただくといった工夫をしています。また、登壇者には「キャリア」と「技術」から関心のあるテーマを選択して講演していただきました。
運営として振り返ると、当日は託児所なども用意したので参加率も非常に高かったですし、他のイベントと比べても参加者のみなさんの熱量がすごく高くて。「楽しみにしていました」と声をかけてくださる方も多くて、とても嬉しかったですね。
※「Women Tech Terrace 2023」についての詳細は、こちらのページもご参照ください。
ここまでお伝えした取り組みと並行して、外部の活動にも社内メンバーが参加するシーンが増えてきました。
例えば、弊社のエンジニアが女子及びジェンダーマイノリティ向けのイベント「Waffle Festival」で講演させていただいたり、Waffleの中高生・大学生/院生向け育成プログラムにメンターとして参加し、学生さんのキャリア相談やITスキルの教育サポートなども行ったりしています。
また直近では、オンラインのプログラミングスクールを運営するpaizaさんと一緒に、京都女子大学さんに伺いました。文系の学部が中心となっていた同大学に新たにデータサイエンス学部ができたため、弊社から文系出身のエンジニアが出向いてキャリア講演をさせていただいた形です。同様に、paizaの社長さんからは「今の時代に文系でもプログラミングを学んだ方が良い理由」をお話しいただきました。
私自身も「女性エンジニアとして働くこと」の啓蒙活動を継続していますし、この輪をどんどん広げていきたいなと思っています。
業界をリードする人たちが、DE&Iを意識して活動してくれるようになった
これまでのTech DE&Iプロジェクトを通じて特に変化を感じたのは、業界全体や社内で影響力のある男性たちを中心に、「多様性」を意識して周囲に働きかけてくれるようになったことです。
例えば、技術カンファレンスの運営者から「イベントの登壇者や参加者が男性ばかりになってしまいそうなんですが、どうしたら良いでしょうか」と相談してもらえることが増えました。
また先日、Meta社主催のメタバースで学ぶDE&Iのワークショップ「CREATE FORWARD」に、プロジェクトメンバーの他、VR/AR分野におけるサイバーエージェントのNext Expertsである岩﨑とともに参加しました。
彼は元々この領域に関心があったわけではないのですが、DE&Iの専門家によるワークショップを受けたことで、エクイティ(公平性)の概念をすごく重要だと感じ、彼が運営しているコミュニティでもその精神を反映したいと話してくれています。
そういった業界全体をリードするような人たちが、DE&Iの思想をもって働きかけてくれるようになったことは、すごく大きな変化だと思っています。
今後の取り組みとしては、性自認を女性とする学生・社会人を対象に、Goのサーバーサイド開発について学べるインターンシップ「Women Go College」を予定しています。
ここでは専門の講師を招いて、3ヶ月間・全10回のプログラムを実施し、Goの言語仕様からデータベースを用いたWebサービス開発まで、一連の流れを習得することを目標としています。
実は、弊社が性別を限定してインターンシップの参加者を募るのは初めてです。やはり意識改革が進んできているといっても、依然として女性の心理的な参加ハードルはあると思うので、このような取り組みもしながら様々な方面で支援していきたいと考えています。
※「Women Go College」についての詳細は、こちらのページもご参照ください。
引き続き、私がIT業界のジェンダーギャップ解消に取り組む中では、一つの基準として「Visibility、Community、Resources(可視性、コミュニティ、リソース)」を軸にして推進していこうと思っています。これらは、私がアンバサダーを担っているGoogleのWomen Techmakersのプログラム内で、IT業界の女性リーダーを増やすための重要な3要素として掲げられているものです。
また、IT業界において女性は「最も数の多いマイノリティ」だと言われていることから、Tech DE&Iプロジェクトもそこから着手しました。しかし、DE&Iの観点ではさらに少数派の性的マイノリティーの方や、外国籍の方、障がいや疾病のある方、育児や介護中の方など、多様な属性が存在します。
なので、今はプロジェクトメンバーで『多様性との対話』といった書籍の輪読会をしていて、様々なカテゴリーに対して倫理的・社会的な観点でどのように進めていこうかと、考えや理解を深めているところです。
将来的には、ジェンダー以外のマイノリティーに対する中長期のロードマップも引きながら、取り組みの範囲を広げていきたいなと思っています。(了)
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Webメディア「SELECK」が実施するオンラインイベント「SELECK LIVE!」より、【エンジニア・デザイナー・PMの連携を強めるには?】をテーマにしたイベントレポートをお届けします。
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