- 白鶴酒造株式会社
- 商品開発本部
- 金子 奈都子
アンケートでは見えない「ホンネ」も。脳波で人の心理を読み解く、白鶴酒造の挑戦
〜「ニューロ(脳波)マーケティング」を商品デザイン・テレビCMのクリエイティブに活用!消費者の本音に迫る、白鶴酒造の挑戦とは〜
マーケティングの基本でもある、「顧客視点」。しかし果たして、どれだけのマーケターが顧客の「ホンネ」を理解しているだろうか?
1743年の創業後、日本を代表する日本酒メーカーとして、清酒の醸造・販売などを行う白鶴酒造株式会社。
同社では、主力商品のひとつである「白鶴 まる」が発売から32年目を迎えた2015年から、同ブランドを更に拡大するための新しい施策をスタート。新作「まる辛口」の発売や、テレビCMのクリエイティブの刷新などを行った。
その際にはWeb上で定量的なアンケート調査を実施したものの、「自分たちが予測しているような結果しか出てこない」ことに課題を感じていたという。
そこで同社では、より深く顧客の心理を理解するための手段として、ニューロ(脳波)マーケティングを導入。
パッケージデザインやCMクリエイティブに対する反応を脳波で可視化することで、言語化されていない顧客の心理を理解し、再度クリエイティブへの落とし込みを行った。
今回は、「ニューロを導入したことで、マーケティングの基本に戻れた」と語る商品開発本部の金子 奈都子さんに、詳しくお話を伺った。
歴史の深い日本酒業界の中で、先進性を取り入れてきた白鶴酒造
私はもともと理系出身なのですが、大学院の教授から「白鶴は研究がしっかりしているよ」と聞いたことがきっかけとなって、新卒で白鶴酒造に入社しました。
最初に配属になったのは研究開発室でした。「いかに美味しいお酒を作るか?」という課題に対して、原料であるお米を選んだり、醸造技術を開発したりする部門です。
「美味しいかどうか」の判断のベースになるのは、利き酒です。ただそれだけではなくて、うまみ成分であるアミノ酸の含有量を調べたり、最近では味覚センサーなども使われていますね。
2014年に戦略開発本部が新設されて異動したのですが、2018年に商品開発本部に部署名が変更されて、今に至るという形です。
現在は「白鶴 まる」のブランド担当として、ブランド全体を見ながら、マーケティング施策や商品企画を考えています。
弊社は1743年創業の古い会社なのですが、伝統を大事にしながらも先進性を取り入れてきた企業です。
例えば1979年には、業界に先駆けてCIシステムを導入して、新しく会社のシンボルマークと「時をこえ親しみの心をおくる」というスローガンを制定しました。
日本酒の伝統や歴史に重きを置きながらも、チャレンジ精神を持つことを大切にしています。
今回のニューロマーケティングにしてもそうですが、新しいものを取り入れていく、という風土は、社内のDNAとして根付いていると思いますね。
ブランドの寿命である「30年」で再活性化を仕掛けるも…
「白鶴 まる」は1984年に発売されました。当時は、日本酒と言えばアルコール度数15〜16%が主流だった中で、「まる」は13〜14%と画期的に低くて。
単純にアルコールを水で薄めると水っぽくなってしまうのですが、麴と酵母の工夫で、マイルドでありながらしっかりと飲みごたえがある美味しさを実現しました。
「まる」というネーミングも当時としては奇抜なものでしたし、紙パックのお酒自体もほとんどありませんでした。「ブランドを作っていく」という考え方も新しいものでしたので、大きな挑戦だったと聞いています。
そしてブランドの寿命と言われる30年を過ぎ、32年目を迎えた2015年のタイミングで、再活性化を図ることになりました。
とは言え、お客様もかなりついてくださっている中で、何かを変えるのは怖い部分もありました。そこで当時は、Web上で定量的なブランド調査を実施したんです。
「まる」ってどんなイメージなのか、何を持って「まる」と認識しているのか、ということを調査で確認しようとしたものでした。
そうした結果を踏まえて、2015年に「まる」のパッケージデザインをリニューアルし、「まる辛口」を発売、さらにテレビCMも刷新しました。
その後、再度ブランド調査を実施したのですが、テレビCMに対する「新しさ」や「親しみ」のイメージは向上した反面、「活気」という点ではポイントが下がってしまったんですね。
しかし、このポイント低下の理由については、結局把握できなかったんです。
そもそもこうした「普通のアンケート」では、やはり予想された情報しか出てこない、という課題を感じていました。いくら調査を設計しても、結局は自分たちが仮説として持っている質問しかできないからです。
例えばテレビCMに対して「何が印象に残っていますか」という質問に対しては「CMソング」「タレント」といった回答がでてきますが、それは「そうだよね」という感じなんです。
そこで、もう一歩踏み込んで調べる必要があると考え、ニューロ(脳波)マーケティングを導入することに決めました。
「言語化されていない」深層心理を読み解くため、脳波を活用
ニューロマーケティングは、もともと雑誌や新聞に取り上げられているのを見て知っていました。中でも特に印象に残っていたのが、紙おむつの調査でニューロを使ったという記事です。
赤ちゃんは言葉を話せないので、おむつを当てた時の反応を脳波で測っていく、というものでした。
このように、言語化されていない消費者のインサイトを探るひとつの手段として、ニューロマーケティングは有効なのではないかと考えました。
脳波自体は、機械さえあれば誰でも測ることはできます。ただそれを「解釈する」ことが技術的なハードルで、今回はその部分に優れているシナジーマーケティングさんにお願いしました。
脳波を測定することで「感情価(ポジティブ/ネガティブ)」「覚醒度(集中している/していない)」ということを見ていきます。そして同時に簡易アンケートを実施して、その言語データと、脳波を統合します。
アイトラッキングも同時に測定しているので、脳波と目の動きと簡易評価アンケート、それらを合わせて「この時は、この部分をこういう気持ちでみている」ということを推論することができます。
最初にテストを行った際には、テレビCMと「まる辛口」のパッケージを見てもらいました。
テストの流れとしては、まず始めに1人ずつ15分ほどモニターで評価素材を見てもらいながら、脳波を測定します。それぞれの素材を視聴した後、簡易アンケートに回答してもらいます。
脳波測定には、大きく分けて静態評価と動態評価の2種類があります。私たちが採用したのは静態評価で、20~35名の被験者の方に、座ってモニターを見てもらう方法です。これは定量的なデータを取得できます。
一方で動態評価は、出来るだけ自然な行動の中で脳波を測るもので、10名以下で行うことが多いです。例えばお店に入って、買い物している時にどういう風に脳が働くか、といったことですね。
こちらは行動観察と組み合わせたり、定性的な扱いとしたりします。デプスインタビューをイメージしていただければわかりやすいと思います。
脳波測定が終わったら別室に移り、グループごとのインタビューを行いました。グループは、今「まる」を飲んでいる層や、これから飲んでもらいたい層、という形で分けていましたね。
脳波によって「仮説」が立証され、新デザインの決定を後押し
結果として、まず「まる辛口」パッケージの評価としては、「この場所がしっかり見られている」ということは良くわかりました。
例えば私たちが非常に大切にしている○マークは、わかりやすいデザインのためか、視線は長くとどまりませんが、コピーなどの文字情報は一生懸命見られていて。
また、他社製品のパッケージとの比較をしたんですね。それは、「まる辛口」の店頭での見え方に課題があるのでは、という仮説があったからです。
その時にわかったのは、ニューロ評価だと、「『まる辛口』は、『まる』と隣接した場合にはよく見られているが、他社の辛口商品と並ぶと覚醒度が低く、 気づかれにくい傾向がある」ということでした。
ただ一方でグループインタビューでは、パッケージに対して「辛口」「格好いい」「渋い」 「男らしい」といった高評価をいただいていました。
実際に、当時のデザインは○マークがシルバーで、それは「格好いい」感じを出したいなという意図があったのですが、店頭では目立ちきってないのでは、という感覚はあったんです。
こうした結果を踏まえて「まる辛口」の新デザインを作ることになったのですが、その際にも再度ニューロマーケティングを活用しました。
そこでは多数のデザイン案の中から、デザインパターンを6つ選んで、ニューロ評価とグループインタビューを行いました。
すると結果的には、例えば「赤だと目立つけど、少しネガティブな感情を抱きやすい」といった受け手の印象がクリアになりました。
最終的には○マークに金色を採用したのですが、もともと社内での意見も様々に割れていたので、テストを行って非常に良かったですね。
「顧客理解」というマーケティングの原点に立ち戻ることができた
結果的には2017年秋に「まる辛口」のデザインリニューアルを行いました。同時に調査を行っていたテレビCMに関しても、クリエイティブを一新して放映しています。
個人的には、今回のニューロ評価を通じて、マーケティングの基本に戻れたかな、と思っていて。
「顧客視点」ということが、マーケティングの基本じゃないですか。アンケートやインタビューを通して得られることはたくさんありますが、ニューロも含めて色々なものを活用しながら、もっと人の本質やホンネに迫りたいんです。
今は新しい取り組みとして、シナジーマーケティングさんと「ソシエタス」という生活者の価値観を12パターンに分けて理解する、ということを始めています。
これは年代に依存しない、もっと本質的な価値観をベースにしたカテゴライズなのですが、たった8問のアンケートで行うんですね。
これによって、今「まる」を飲んでくれている人を価値観ベースでより深く理解することができますし、そこからマーケティングを展開していけるのではないかと考えています。
マーケティングの根本である顧客理解を今は進めているフェーズなので、道のりは長いですが、ここから次のステップにつなげていきたいですね。(了)