• Far Yeast Brewing株式会社
  • 代表取締役
  • 山田 司朗

「カッコいいから」売れるのではない。日本発のクラフトビールが抱くデザイン哲学とは

〜コンセプトとデザインの一致性は、なぜ大切なのか? のべ世界17ヶ国で展開する、日本発のクラフトビールに込められた思いとは〜

Webの世界と異なり、一度デザインを決めたら簡単には変えられないのがリアルなプロダクトの世界だ。

2011年の創業後、「馨和 KAGUA(以下、KAGUA)」「Far Yeast」というふたつのブランドで、日本発のオリジナリティ溢れるクラフトビールを展開する、Far Yeast Brewing株式会社

KAGUAは、パッケージデザインに特化したデザインアワード「Topaward Asia」を受賞するなど、そのデザイン性も高く評価されている。

カッコいい・カッコ悪いではなくて、見た目がブランドのコンセプトをきちんと表現していて、それがお客様に伝わっていることが大切」と話すのは、同社代表の山田 司朗さん。

このように「買い手に伝わる」デザインを実現するために、同社ではデザインの前段階における入念なコンセプトのすり合わせや、販売店にメッセージを伝えるための販促物の制作などを行っている。

また、同社のプロダクトデザインを担当する宮崎 晃吉さんは、「最初のデザインフィーをストック(株式)にしてもらったことで、プロダクトをより『自分事』として捉えることができた」と話す。

今回は山田さんと宮崎さんに、KAGUAとFar Yeastのプロダクトデザインのプロセスや、その背景についてお伺いした。

「デザインがカッコいいから」売れているのではない

山田 実は創業以前は、ビールとは全然関係ない仕事をしていまして。いわゆるドットコム系のスタートアップで働いていて、一番長くいたのがライブドアです。前身である、オン・ザ・エッヂという社名の頃からいましたね。

30歳前後のときにヨーロッパに3年ほど住んでいたのですが、その時に、ヨーロッパの伝統的なビールのスタイルに触れる機会があったんです。

もともとは工業製品としてのビールしか知らなかったのですが、価値観が変わって、自分でもビールを作ってみたいなと思うようになりました。

それをきっかけに2011年に会社を作って、今に至ります。現在は「KAGUA」と「Far Yeast」という2系統のブランドで、クラフトビールの企画・製造・販売をしています。

時々、「KAGUAはボトルがカッコいいから売れてるんですよね」といったことを言われることがあるのですが、たぶんそれは違っていて

見た目がカッコいい・カッコ悪いではなくて、見た目がブランドのコンセプトをきちんと表現していて、それがお客様に伝わっているから売れているんだと思っています

そもそもリアルなプロダクトのデザインって、効果検証が難しいんですよね。

例えばボトルの上に貼るラベルにしても、1回刷るのに何万枚という単位になるので、A/Bテストのようなことは簡単にはできません。

つまり、基本的にはプロダクトアウトと言いますか、マーケティングの後に決まったデザインではないわけです

そうすると結局は、僕らのメッセージが「どう伝わるか」ということが大事で。その精度が高ければ、少なくとも人には刺さると考えています

特にクラフトビールは完全なマジョリティを取っている市場ではないので、「万人に受けるデザイン」を作る必要はありません。

ある程度は尖った上で、そのコンセプトとデザインをどれだけ一致させるか、ということが大事なんじゃないかな、と思っています。

まずはデザイナーが、プロダクトのコンセプトを徹底的に理解する

山田 創業当時からずっとあるのは、日本発のクラフトビールのブランドとして世界に発信していきたい、という思いです。

KAGUAには、「和の馨るエール」というキャッチフレーズを付けています。基本的にはラクジュアリーなレストランのような空間で楽しんでいただけるように、設計しているビールです。

醸造はベルギーの提携工場で行っていますが、香り付けに日本の柚子と山椒を使っていることが特徴になります。

宮崎 僕はもともと、2011年にKAGUAの名前だけが決まっている段階でお誘いいただいて。「こういうビールを作りたい」という思いを聞いて、形にしていくところからお付き合いさせていただいています。

KAGUAの場合は、「飲み物」という物理的なプロダクトだけではなくて、これが置いてある風景がどう見えるか、ということから一緒に話をしていきました

僕は建築が本業でもあるので、物というよりは空間をデザインするという観点でプロダクトデザインに取り組みました。

結果的には、なるべく文字の情報は削ぎ落として、シルエットや色で「なんとなく和だな」と見えてくるようなものとして作っています。

▼「なで肩の女性」のようなシルエットを持つ「KAGUA」

初めてKAGUAのコンセプトを聞いたときは、それまで僕が知っていたビールでは全然なかったので、ちょっと想像がつかなかったというか。実際に試飲もしてみると、個人的にはすごく新しい味で。

そこで最初は、コンセプトを理解するためにとにかく議論しましたね。

山田 宮崎さんには当時、社内の定例会議にも参加してもらってたんですよ。その会議では、販路や輸入の手続き、味わいについてなど、デザインとは関係ない話をすることがほとんどだったのですが。

宮崎 そういった会議を通じて、商品がどうやってお客様に届くのかをイメージできましたし、すごく良い経験でしたね

こうしたコミュニケーションを積み重ねることで、結果的にデザイン自体はほとんど一発で決まりました。

ビールの世界における「最果ての地」で生まれた「Far Yeast」

山田  KAGUAが表している世界観は、あくまでもビールのたくさんある魅力の中の一部でしかありません。もっと違うところに光を当てたい、という思いからスタートしたのが、「Far Yeast」です。

ビールの中心地ってやっぱり欧米、特にヨーロッパですよね。それに比べて、日本のビールブランドが世界でどれくらいのプレゼンスがあるかというと、ほぼゼロなんです。

それをうまく表現しようとすると、ビールの中心地から見て東の果てにある「Far East」という言葉がぴったりだなと。

ただ、そのままだとあまり面白くないので、「東(East)」という字を「ビール酵母(Yeast)」に置き換えて、ちょっとしゃれっ気を出しています。

こちらは、山梨県の小菅村にある自社醸造所で作っています。

宮崎 Far Yeastのデザインに関しては、「東京」をテーマのひとつにしたいということは言われていて。

▼「KAGUA」(右)とは対象的なデザインの、「Far Yeast」(左)

東京って、良くも悪くも変化が大きいじゃないですか。そこで、むしろその変化を楽しむという意味合いを込めて、ニュースを伝える媒体としての「新聞」をモチーフにしています。

KAGUAが情報量を少なくした一方で、こちらにはたくさん詰め込んでいます。また、文字にも漢字とカタカナを入れて、敢えてちょっとダサくしているというか。日本語の文字としてのダサさの先にある、オリジナリティを表現しようとしています。

お客様だけではなく、販売店のスタッフにもコンセプトを伝える

山田 クラフトビールの場合、大量消費のビールに比べると値段が高くなってしまうこともあって、きちんとストーリーや背景を理解して、それごと楽しみたいというお客様が多いんですね

ですので、メッセージをちゃんと伝えようという努力をすると、結果的にそれはお客様が求める情報そのものなので、ウケもいいんです。

商品を通じて伝えたいメッセージを固めるために、KAGUAのときもFar Yeastのときも、合宿形式ですり合わせを行いました。

コンセプトの前の段階で、どんな人にどんなシチュエーションで飲んでほしいのか? といったことから話していくんです

例えば「愛車はジャガー、ヨットも持っている50代のスペイン人の会計士の男性が、行きつけの日本料理屋さんで飲むビール」といったプロファイリングをしていって、イメージを固めていきました。

また、お客様だけではなく、一緒に販売してくださる店舗の方にもコンセプトが伝わるように、販促物を用意しています

例えばKAGUAに関しては、コンセプトブックを作って、ストーリーが伝わるようにしています。

▼KAGUAの「コンセプトブック」

宮崎 これは普通の商品パンフレットと違って、ページをめくってもなかなか商品が出てこないんです。

「こういう空間に映えるビールですよ」という説明がずっと続いて、最後にその空間に実際にKAGUAが存在する絵を出して、完結させている冊子です。

KAGUAは最初から、コンセプトが文章的にめちゃくちゃ練られていたんですよ。

インパクトでドカン、の商品であればこうしたものは作らないと思うのですが、KAGUAの場合は世界観を伝えるものが必要だなと

実際、飲食店の店長さんであったり、売り場のマネージャーさんであったりが熱心に読んでくださっていますね。

デザインを請負仕事と捉えず、「自分事」としてコミットできる理由

宮崎 少し別の話になるのですが、個人的には最初のデザインフィーをストック(株式)にしてもらったことが非常に良い経験になったと思っていて

デザイナーって、いわゆる請負仕事をすることが多くて。成果物に対して、「これはいくらです」という感じで、交換していく感覚なんですね。

この働き方ですと、結局デザインに責任を持てていないんです。また本来は、デザインって「出して終わり」のものではないんですよね

作ったものは更新していかないといけないし、それをより良くしていくことをちゃんと「自分事」として考えられる枠組みは大事だと思っていて

そういった意味で、最初の報酬をストックにさせてもらったのは、僕にとっては「自分事としてこの会社とプロダクトを育てていきたい」と思えるきっかけになったんです。

やっぱりデザインだけしていると、どうしても他人事になってしまいがちです。その商品が最終的に売れるかどうかは大事ですが、直接自分とは関係なくなってしまうんですね。

ですがフィーがストックだったことによって、そこにコミットする余地を持てました。純粋に楽しみだし、リアルに成長してほしいし(笑)、僕としてもありがたいですね。

山田 会社全体としては、今後はもっと、海外とのコミュニケーションをがんばっていきたいですね。

おかげさまで、これまででのべ17ヶ国に商品を輸出しており、海外のブルワリーさんとのネットワークも広がってきています。今年だけで、もう3社さんがうちの工場に来てくださいましたね。

ただ、やはり日本語で発信する情報量に比べて、英語で発信する情報量が極めて少なくて。そこを何とかしていきたいなと思っています。

先進国の中でも、これだけ自国語でしか発信していない国って日本ぐらいなので。そこが逆にチャンスでもあると思うので、そこをもっと頑張っていきたいですね。(了)

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