• 株式会社村田製作所
  • オープンイノベーション推進チーム マネージャー
  • 牛尾 隆一

「機密の塊」だった巨大企業が変化。オープンイノベーションの成功確率を上げるカギ

〜企業の壁を越えた「緩いつながり」が起点となる。オープンイノベーションの成功確率を上げるカギとは〜

電子部品専業メーカーとして世界トップクラスに位置する、株式会社村田製作所。

従来、その製品の特性からいわば「機密の塊」であった同社は、2012年より「オープンイノベーション」を推進し、企業の壁を越えた新たな価値を生み出そうとしている。

オープンイノベーションとは、社内外の技術やアイデアを組み合わせることで、イノベーションを生み出そうとするものだ。

具体的には、日本の大企業と秘密保持契約を結び、共同プロジェクトを実行。また、地域の商工会議所とのタイアップによって、多数の中小企業とのコラボレーションも実現している

同社でオープンイノベーション推進チームのマネージャーを務める牛尾 隆一さんは、こうした経験を通じて、オープンイノベーションの「成功確率を上げる」ために重要なことが見えてきたと語る。

今回は牛尾さんに、同社のこれまでの歩みと、経験から得た知見を語っていただいた。

商品は「機密の塊」。クローズドな文化がDNAだった村田製作所

「オープンイノベーション」とは、企業の中にあるものだけで事業を作っていた「クローズドイノベーション」に対して、足りないものは外から調達してでも早く立ち上げましょう、という考え方です。

この点、村田製作所は、もともと非常にクローズドな文化の会社で秘密主義と言いますか、「社外へ技術を探しに行こう」という発想は、全くない会社でした

その背景は、村田の事業に深く関わっています。

弊社が世界ナンバーワンのシェアを持っている積層セラミックコンデンサは、材料からプロセスから、いわば「機密の塊」なんですね。

セラミックなので、製造工程の中で高温で焼く工程があるんです。すると、色々な成分が飛んでいくため、最終的に誰かがその商品を手に入れても、オリジナルの材料組成が突き止められません。つまり、リバースエンジニアリングができないんです。

それを強みにしている企業なので、当然「情報を隠す」ことが当たり前です。特許を出すと公開されてしまうので、特許にさえもしていないこともあります。

これが村田のDNAなので、そんな会社に対していきなり「オープンイノベーション」と言ったって、噛み合うわけないですよね。

ただ個人的には、だからこそ意味があると考えて、活動を続けて来ました。

大学院での新たな出会いが、「社外」に眠る可能性を気付かせた

もともと私がオープンイノベーションを始めたのは、2006年から2年間、立命館大学のテクノロジーマネジメント研究科という社会人向けのマスターコースに参加したことがきっかけでした。

当時はまだ、オープンイノベーションという言葉自体も、まだ世の中に出ていなくて。

その学科に来ているのは社会人なので、例えばパナソニック、シャープ、NECといった関西の大企業の、「何か新しいことをしたい」という悩みを抱えた人たちに出会うことになりました。

そんな人たちと毎週、真剣に議論をしていくと、社内でやっているのとは全く違う刺激がありました。

村田の中で考えていても、やっぱり真新しいことは出てこないんですよね。そこで社外の人たちと交流しながら一緒に考えることで、次のステップに行けるのではないかと思うようになりました

そこから足かけ10年ぐらい、村田製作所のオープンイノベーションを推進してきました。

ただ実は、まだ大成功した事例があるという状況ではありません。ですが資産として、大きな経験値を得られたと思っています。

例えばこれまで、何社かとNDAを結んでプロジェクトを行いました。

他にも、経済産業局や商工会議所とタイアップして中小企業とコラボレーションをしたり、野洲の事業所内に「オープンイノベーションセンター」を設立したり、といった活動を行ってきています。

外部とコラボレーションするには、まず「己のこと」を知るべし

具体的な取り組みとして最初に始めたのは、日本の大企業と弊社で活動の目的を決めた上でNDAを結び、そこから出たアイデアや知財を含めて、すべて機密保持の中で動くスキームです。

と、サラっと言っていますが、これはもう大変で。最初に契約を結ぶまでに、1年以上かかりました

そもそも日本の大企業で、お互いの情報を出し合うなんてありえないんです。

「困り事を外へ出しましょう」と提案すると真っ先に言われるのは、「それはうちの手の内をさらす、つまり戦略をさらすということと一緒になるで」と。

また、どの情報を出すか出さないか、という判断も難しいんですよ。コア技術以外を出す、と言っても、じゃあ何がコアかは誰が決めるんだ、ということになるわけです。


そこで最初に、技術の棚卸を徹底してやりました。それだけで1年半近くかかりましたね

つまり、オープンイノベーションを始めようと思うと、まず自社の中のことをわかっていないとダメなんです。

「オープンイノベーション推進室」のような組織を立ち上げるのであれば、まずは徹底的に社内の技術棚卸をやる必要があると思います。

そして契約期間ですが、どんなに短くても半年、普通は1年にしています。そのくらいは一生懸命やらないと、そんなにすぐに成果は出ないからです

よく「技術交流会」みたいなイベントってあるじゃないですか。ただ、それを1、2回やって「知らなかった、わかって良かった」「今後何かあったら提案します」となっても、まず提案は来ないですよね(笑)。やっぱり日々の業務で、大抵忘れてしまうので。

そしてその期間中は、最低でも月1回ほどのワークショップを開催し、ディスカッションや、プロトタイプの制作などを行います。

ワークショップでは、まず課題やニーズを洗い出します。世の中がどうなっていて、それに対して我々がどう貢献できるのか、ということを徹底的にアイデア・ジェネレーションします。

ただ、それでポストイットの山を作っても、「世界で誰も思い付いていないようなことを思いつく」なんてこと、ほぼないんですよね。誰が考えても、大体、同じような課題が出てくるものです

そこで大切なのは、課題から実際のプロトタイピングに落として検証する、この部分をいかにきちんと回せるかだと思います。

イノベーションの起点となる、「ものづくり」ができる場所を用意

村田製作所では、アイデアをすぐに実験できる場所として、2015年の5月に、オープンイノベーションセンターを立ち上げました。


特に我々メーカーの場合、やっぱり議論だけしていても物事は進まなくて。実際の「モノ」をベースにする必要があるんですね。

このセンターでは、壁面に棚が150個あって、そのひとつひとつにデモ機やサンプルといった何らかのモノが入っているんです。要は、村田が持っている技術でできることを、実際に紹介しています。

また、ラボには3Dプリンターやレーザーカッター、旋盤などが置いてあります。ちょっとしたものづくりであれば、この中でできるようになっているんですね。

こうした施設を持っている企業は多いですが、うちが他社と違うところは、当初はこの施設の存在を一切外に公開していなかった点です。

私は、オープンイノベーションだからと言って何でもかんでも「オープン」にすれば良いとは思っていなくて

むしろ組んだ相手と徹底的に情報を出し合ったほうが、革新的なことを起こせるのではないかと考えていたんです。

そこで最初の2年は、完全な招待制で運営させてもらっていました。それを2017年の6月に、村田のホームページ上からもこのサイトに行き着けるようにして、存在自体を公のものにしました。

そろそろ、社内の人が自らここを活用して、社外の人を呼ぶなり、やりたいことをやってくれないと次には行けないなと

私ひとりが起点となってできることなんて、たかだか知れています。一生懸命がんばっても、せいぜい5件とか10件じゃないですか。

もっと数を増やさないと、という課題があったので、それに対する打ち手のひとつとして、センターの公開を行いました。

成功確率を上げるためには、「相手探し」ができる環境が必要

他にも、今後に向けた課題は見えてきています。

実は、NDAを結んだプロジェクトのうち、何社かはまだ生き残っていますが、ほとんどは終わってしまっているんです。


それを振り返ってみると、成功確率を上げるためには大きくふたつの課題があるなと思っています。

まずひとつは、パートナーを選ぶ根拠です。と言うのも、これまでは、実はすべて人のつながりで始まっており、パートナーを「選ぶ根拠」がなかったんです。

ですがやはり大切なのは、「本当にこの会社とセットでやったほうが良い」ことを見つけることなんですね。

そしてもうひとつは、それを「絶対に自分の事業として立ち上げたい」という人をリーダーにすることです。

この2点を解決するものとして、いわば「相手探し」ができるような環境が必要ではないかと思っていて。

言い換えると、人と人が、会社や団体の枠を超えて「緩い関係性」でつながっている状態です。

と言うのも、会社同士が互いにいきなり機密を出し合って、ということは難しいですよね。

でも、日々の「こんなことができると面白いかも」「うちだったらこんな貢献ができます」みたいな会話から、「ちょっと本気でやります?」という感じで、正式なプロジェクトが始まっていくようなことができるのではないかと思っているんです。

オープンイノベーションは、「give、give、give」で成り立つ

村田がプラチナムスポンサーをしている大阪のコワーキングスペース「The DECK」は、まさにそんな場所のひとつです。

▼コワーキング・ファブスペース「The DECK」

TheDECKで行われる専門家とのディスカッションイベントに弊社のR&Dの部長を呼んだり、セミナー等にエンジニアメンバーを参加させることで、外部との交流を促しています。

参加した人が全員、すぐに意識が大きく変わるというわけではないんですけどね。でも、これがきっかけになって、放っておいても自分から外部と交流を始めるような人も、チラホラ出てきています

社内にこうした「自ら相手探しをする人」を増やすために、少しずつでも、この活動を進めていきたいですね。

オープンイノベーションをやりたい・やっているという人たちが合言葉的に言うのが、「give、give、& give」なんだということです。

仕事をしていると、giveだけってなかなか通じないですよね。1個giveしたら何個takeできたんだと、1回の出張ですら言われるわけです。

でも、本来イノベーションなんて、100件やって1件当たりがあるか、みたいな世界ですから

「and take」は10回後ぐらいに出てくる、くらいの関係性でつながっている人たちが集まらないと、オープンイノベーションは成り立たないと思っています

これからは、そうした人の集まりをどんどん広げていけるように、活動を続けていきたいですね。(了)

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