- パナソニック株式会社
- WLO推進課 課長
- 青山 昇一
合言葉は「ぎりぎりアウト」。競争から共創へ、パナソニックのオープンイノベーション
〜ものづくりは理屈ではない。「出会う」「楽しむ」がキーワードの、パナソニックにおけるオープンイノベーションの取り組みをご紹介〜
オープンイノベーションとは、企業の壁を飛び越え、社内外の技術やアイデアを組み合わせることで、イノベーションを生み出そうとするものだ。
近年、日本でもそんなオープンイノベーションを推進する動きが加速している。
例えばパナソニック株式会社では、オープンイノベーションの実践を目的として、2016年4月に共創スペース「Wonder LAB Osaka(ワンダーラボ・大阪)」を開設した。
▼Wonder LAB Osakaの一部
「オープンイノベーションはあくまでも手段。まずは『やりたい』ことを口に出して伝えることが大切」と語るのは、同スペースの運営責任者を務める、青山 昇一さんだ。
そもそもWonder LAB OSAKA自体も、実は社内の有志によってスタートした取り組みだ。
当初は、大きな変化に対する社内の拒絶反応を避けるために、「ぎりぎりアウト」を合言葉として、少しずつ既存のルールを進化させてきたのだという。
今回は、パナソニックにおけるオープンイノベーションの取り組みについて、詳しいお話を伺った。
市場の潜在ニーズを捉えるために、開発の「オープン化」を推進
もともと僕はソフトウェアの技術者として、30年前に今で言うAIにあたる「機械翻訳」の開発に携わっていました。
その後SDオーディオ関連の研究開発に関わり、現在はWonder LAB Osakaの運営を総括しています。
Wonder LAB Osakaは、いわゆるオープンイノベーションのための共創の場です。社内外含めた多様な人々が、共に新たな価値を創造する場所として位置付けています。
▼Wonder LAB Osakaの全体図
このようにオープンイノベーションを推進している背景には、従来当社が重点を置いてきたBtoC事業におけるニーズの変化があります。
テレビや携帯電話、白物家電といったBtoCのプロダクトというものは、以前は比較的そのニーズが顕在化しており、また画一的だったんですね。
例えばテレビですと、大型で、薄くて、軽くて、画質がキレイで、もちろん安い。このように、ニーズを画一的に捉えることができたんです。
こうなると当然、企業間の競争が起こることになります。ですので情報を社内に閉じて、秘密裏にプロダクト開発を行っていた。これが、少し前までのBtoCの時代でした。
ところが近年、社会のニーズはどんどん多様化してきています。
例えばiPhoneのような商品は、当時いくらマーケットリサーチしても「こういうものが欲しい」と言う人はいなかったわけです。ただ1人、スティーブ・ジョブズだけが、iPhoneが欲しかったわけですよね。
つまり、お客様も市場も「どういうものが欲しいか」明確ではなくなっています。ニーズが潜在化していて、しかも多様化しているんです。
このような時代ではやはり、まずは作ってみて、試してもらって、意見を聞いて、改良する、というサイクルをいかに早く回すかが重要になります。
これまでの社内に閉じた研究開発とは、全く異なるアプローチです。
このアプローチこそが、オープンイノベーションだと考えています。従来のようにクローズではなく、オープンにして、お客様のニーズに合わせたものを生み出していくということですね。
トップダウンのオープンイノベーションがうまくいかない理由は…
こうした背景から、「研究部門にもオープンな空間施設が必要だよね」ということを考え始めた社員がいたのですが、最初は何からやっていいのかもわかりませんでした。
そこでその社員は、社内外に相談しながら進めていき、仲間を増やしていったのですが、実は僕自身もその時に相談を受けたひとりで。趣旨に賛同して、一緒に活動してきました。
そして我々メンバーは、当時色々と連携させていただいていた社外コンサルさんに相談させていただき、クリエイターさんやデザイナーさんを紹介してもらいました。
そして、「ちょっと模型を作ってみよう」ということになったんです。
その模型を見ながら、「こんな感じ?」「じゃあカーテン吊ってみようか」「ここに緩い仕切りをつけたらどうだろう」という感じで会話する中で、だんだんとWonder LAB Osakaの形が見えてきました。
僕自身は後から気が付いたのですが、この過程でもう、オープンイノベーションを実践していたんですよね。
誰かに言われたわけでもなく、ボトムアップで、やりたいことを形にしていったんです。
この点は非常に、大切なことだと考えています。なぜならば、オープンイノベーションというのはあくまでも、やりたいことを実現するための手段だからです。
仮にトップダウンで「この会社とオープンイノベーションをやりなさい」と言われて活動を始めても、これといった成果はやっぱり出にくいんです。
そもそも、当事者が「やりたい」と思っていないんだから、当然ですよね。
言わばそれって、強制的に見合いさせられたようなもので(笑)。トップダウンが強すぎると、オープンイノベーションが目的になってしまうので、スタート地点としては正しい形ではないだろうなと感じています。
「ぎりぎりアウト」を合言葉に、組織のルールを進化させていった
Wonder LAB Osakaは2016年4月にオープンしたのですが、最初の1年間は正式な担当チームはなく、数名が事務局の業務担当者として運営してきました。
それ以前、オープン前に各部署から集まった有志で、非正規業務として立ち上げを行っていた当時から、みんなのマインドがひとつになっていたキーワードがあって。
それが、「ぎりぎりアウト」という言葉です。
ぎりぎりセーフではなくて、めっちゃアウトでもない。小さなハードルを少しずつ乗り越えながら、Wonder LAB Osakaと、我々の会社の中を少しずつ進化させてきました。
と言うのも、我々も全社研究開発部門の技術者だけで500名を超える大きな組織ですし、大きな変化にはやっぱり拒絶反応が起こるわけです。
でも、その中で「ぎりぎりアウト」の領域を少しずつ攻めていけば、だんだんセーフの領域が広がっていくと。
細かい話ですが、例えばこの施設を、休日に使えるようにするだけでもいろいろありました。保安管理や空調といった、拠点全体で管理されているものを変えなければいけないので。
「そこは何とかならへんか」と交渉して担当者の理解を得ながら、事前申請でなんとか開けてもらえるようになりましたね。
こんな風に、従来の色々なルールを、少しずつ変えていくということの連続だったんです。
また、最初は社内のイントラネットなどで告知を流したのですが、全然誰も来なかったですね(笑)。「なんだろう、あれは…」という感じで、みんなピンと来なかったんです。
そこで、僕たちが敢えてこの場所で仕事をして、呼び水になってみたり。さらに、最初は事務局主催で色々なイベントを開催しました。
アウトプットや目的を強く意識したイベントではなく、「とにかく集まろうぜ」という感じでしたね。
初めて開催したのは、今も続いているのですが、「Wonder SEVEN Pitch」という1人持ち時間7分で、7人が話すというイベントでした。もう、累計で15回はやりましたね。
こうした取り組みを行っていった結果、現在は「WLO推進課」も立ち上がり、4名で運営を行っています。
最近では、社員の方から「ピッチでしゃべらさしてほしいんやけどいいですか」といった問い合わせも来るようになりましたね。
Wonder LAB Osakaでの「意図しない出会い」から生まれたもの
こうした活動の結果、現在のWonder LAB Osakaは、社内のカジュアルな相談窓口みたいになっているんですよ。
SiSaKu室という名のちょっとした工作場を開放しているので、そこを使いがてら、社員が色々な相談に来ますね。
「商品のプロトタイプについて、社内外から意見を聞きたい」とか、「この商品の用途について、アイデアを集めたい」とか。
当初は、オープンイノベーションというコンセプトが強くあったので、社外ともどんどん交流しようという意識がありました。
でも、いざやってみると、まだまだ社内同士でも「出会い」が足りていないということがわかってきて。
特に技術者ってどうしても、自分の実験室にこもりがちなんです。そうすると、隣に素敵な人がいるかもしれないのに、出会えていないんですよ。
そんな中で、このWonder LAB Osakaを色々な実験を行う場として開放したところ、実際に事業部を越えたコラボレーションが生まれてきています。
例えば現在、病院向けの屋内配送ロボットを開発している部隊と、「カラービット」という3色のセルの並びでコードを表現する部隊の技術者同士が、Wonder LAB Osaka内で初めて知り合って、新たな実証実験を行っています。
▼実際にWonder LAB Osaka内で実証実験中の、カフェの注文をテーブルに届けるロボット
このような、「意図しなかった出会い」から新しいものづくりが始まるのを見ていると、やっぱり嬉しいですよね。
たまたま出会ったら出会ったで、それはもうデスティニーなんですよ(笑)。
従来の、ゴールが最初から決まっていて、それに向けて計画を立てて進める…といった商品開発とは全く違うアプローチができる時代になったな、と感じています。
社外の声をリアルに集める、アイデアソンの開催も
また、社員からの相談内容に応じては、外部とのオープンイノベーションの取り組みも行っています。
例えば昨年、美容関連の商品開発を担当する部隊の部長さんが「今の女性が『美』にどのようなマインドをもっているか調べたい」という相談に来たんです。
そういった場合、従来はアンケートなどをやっていたわけですが、何か違うアプローチができないかと。
そこでオープンイノベーションのためのコワーキングスペースを運営されている「The DECK」さんに相談させていただいて。
▼コワーキングスペース・ファブスペース「The DECK(ザ・デッキ)」
最終的には、社外の一般女性にお越しいただき「美しく生きるために、ワタシタチが欲しいモノ」というテーマで、アイデアソンを実施したんです。
実際に私たちの商品を色々持ち込んで、各グループに社員が1人ずつ入って、座談会のような感じでしたね。
これはイノベーションを起こすというよりは、オープンにいろんな方の考え方や感覚・感性をお聞きすることを目的に置いていました。
実際、ものすごく盛り上がっていましたね。僕なんかは完全に裏方で、「お茶お持ちしましょか」みたいな感じで(笑)。
普段とは違った形で情報収集ができたことで、アンケートのような紙ベースでは聞けない、色々なことを聞けたと社員も喜んでいましたね。
何よりも楽しむことが第一。ものづくりは理屈ではなく「気持ち」
これまで活動をしてきて、オープンイノベーションに関して改めて思うのは、知恵や知識というより、感情が大切なんだなということです。
人と人が出会って、お互いの気持ちを理解し合うことで、新しい何かが生まれると感じているんですよね。
ですので、アウトプットや成果、KPI的なものに関しての議論は、はじめの段階ではしないようにしています。
もちろん「XX人がここを利用しました」といった数字の報告はしますが、本当に大切なのって、実際にこの場所を使った人が、どれだけ楽しそうに仕事をしているかだと思っていて。
昨年今年と2回、それぞれ2ヶ月にわたってハッカソンを開催したのですが、そのときの技術者の、それはそれは楽しそうな顔。仕事をしているとき、彼らはおそらくあんな顔はしていないと思うんですね。
▼実際にハッカソンで作られた作品が展示されている
ものを作っていくときの根っこって、やっぱり「楽しむ」ことにありますし、それって理屈じゃなくて気持ちですよね。
そこで出来上がった作品に対して「これにどれだけの市場が…」なんて言うことは、とてもナンセンスで。
いまはまだ、オープンイノベーションという考え方が社内に少しずつ広がっている最中です。なので、そのような新しいやり方を実践していく社員が、どんどん増えていくといいなと思っています。
それは決して難しいことではなくて、まずは「自分がやりたいこと」を口に出して伝えることから始まると思っています。
これからもそういった機会を、どんどん提供していきたいですね。(了)
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