- 株式会社IVRy
- 代表取締役/CEO
- 奥西 亮賀
急成長を遂げた電話AI SaaSの「IVRy」。革新的AIの登場を予測し、最速で実装した逆算戦略とは
ChatGPTをはじめとしたLLM(大規模言語モデル:Large Language Models)の登場で、ビジネスシーンが一変しつつある今。企業が成長戦略を描く際に、重視すべきポイントとは何だろうか。
2019年3月に創業し、ビジネス事業者向けの電話AI SaaS「IVRy(アイブリー)」を開発、提供する株式会社IVRy。
同サービスは、47都道府県・80以上の業界で導入され、契約アカウント数は1万件、累計着電数は1,500万件を超えるほどの急成長を遂げている。その成長の裏では、「未来から逆算したプロダクト戦略」が鍵を握っていたという。
▼電話業務を自動化・効率化できるサービス「IVRy」
具体的には、2020年からプロダクトへのAI搭載を考え始めながらも、世の中の常識を変えるほどの革新的なAIが登場する未来を想定し、自社でのAI開発に注力するのではなく、顧客接点を強めて電話データを蓄積することを選択。
その結果、2023年3月のChatGPT APIの公開と同時に、AI搭載の新機能を続々とリリースし、さらなる事業成長に繋がる最速のスタートダッシュを切ることができたそうだ。
同社のCEOである奥西 亮賀さんは、「変化を誰よりも早く読んで、その場所に先に陣取ることがスタートアップが勝てる唯一の方法だ」と語る。
そこで今回は、奥西さんと、同社のプリンシパルAIエンジニアの花木 健太郎さんに、IVRyの急成長に寄与した「未来からの逆算の戦略」と、具体的なAI開発のプロセスについて、詳しくお話を伺った。
「成長曲線の発射角」を初速から導き、7つ目のIVRyに的を絞った
奥西 僕は同志社大学大学院でエンジニアリングを学んだ後、新卒でリクルートに入社しました。その後、UI/UXのディレクターやプロダクトマネジメントなどの経験を経て、2019年3月にPEOPLYTICS(現IVRy)を起業しました。
現在の組織規模は約65名で、四半期ごとにテーマを決めて事業にコミットする「プロジェクト」、社内の人にコミットする「サークル」、会社運営に必要な役割を担う「プラットフォーム」という3つの組織体を運営しているのがユニークな点だと思います。
このような組織構造にしている理由は、マーケットやお客様に向き合う時間をいかに増やすかにこだわっているためです。仮に事業部や部署を分けて組織を拡大していくと、セクション同士の交渉が必要になったり、社内向けの業務が増えたりするので、その点を考慮して組織をデザインしています。
▼同社の「プロジェクト制」の組織図(イメージ)
今回は、僕たちが提供している電話AI SaaS「IVRy」の開発において、どのように最新のAIを活用してプロダクトを進化させているかをお話しできればと思いますが、まずその前提となるサービスの概要をご紹介します。
IVRyは、お客様である企業や店舗などの電話応対をDXする「電話自動応答サービス」です。アナウンスの内容はもちろん、特定の番号を押すと直接相手と会話できたり、SMSでURLを送り返せたりするような設定を、自分で簡単にカスタマイズできるという特徴があります。
従来このような機能は、ITベンダーさんが数百万、数千万をかけて開発していましたが、僕たちはそれをクラウド上で安価に利用できるプロダクトとして開発し、提供しています。
このサービスに行き着くまでには、創業時に毎月のように新規プロダクトをリリースし、6つの事業案をボツにしたのですが、その決断は非常にスピーディに行いました。というのも、グロースする事業を生み出すには、10個の球の中から当たりの1個を引くまで試し続ける必要があることを、経験上分かっていたからです。
また、重要なメトリクスは決まっているので、新規プロダクトをリリースした直後のお客様の反響から「成長曲線の発射角」を想定して、それが最も高かったIVRyを育てていこうと決めました。
その結果として、現在IVRyは47都道府県・80以上の業界で導入いただき、契約アカウント数は1万件、累計着電数は1,500万件を超えるほどになりました。
導入によって電話の応対時間を月80時間ほど減らせたというお客様もいらっしゃって、たくさんの方にご活用いただけて嬉しく思っています。
未来から逆算した開発を。大変化のDay1にスタートダッシュを切る戦略
奥西 ここまでIVRyが事業成長できているのは、想定以上に優秀なメンバーたちがジョインしてくれたという内的な要因と、「圧倒的な人手不足」というマクロ環境の変化が後押しになっていると思います。
やはりアフターコロナになった瞬間、人手不足が顕著な飲食やホテル業界などからの問い合わせが急増しましたし、2030年には労働人口が500万人も不足すると言われています。そのような危機的な状況をマンパワーで打開するのは難しいので、多くの業務をITソリューションが代替していくというのが今のDXトレンドですね。
また、今まで人でしか解決できなかった問題をAIでも解決できるようになれば、より人手不足に対するアプローチの幅が広がります。なので、AI活用を進めていくことで、将来的にAWS(Amazon Web Services)やGoogle Cloud Platformに匹敵するほどの、世の中へのインパクトが生まれるんじゃないかなと感じています。
そういった時代で、スタートアップの僕たちが勝ち抜いていくためには、やはり未来から逆算したプロダクト開発が非常に重要だと思います。
僕たちの場合は、Googleでも扱えていないような電話のデータを持っているので、それをどのように活用して世の中により良い体験を提供し、自分たちのバリューに繋げるかを長らく議論してきました。
また、プロダクトへのAI搭載を考え始めた2020年頃には、社内のAIエンジニアと「近い将来、世の中があっと驚くようなすごいAIが出てくるだろう」とも話していました。
その未来から逆算して、自分たちで本格的なAI機能を開発するよりも、お客様との接点をしっかりと持ってデータを増やしておき、革新的なAIが出ると同時に最速でプロダクトに反映しようという戦略を敷いたんです。
もちろん当時は、ChatGPTのようなAIは存在していなかったので、AIエンジニア以外のメンバーは「本当にそんな流れが来るかな」と半信半疑なところがありましたね(笑)。
しかし実際に、2022年から自分たちで少しずつAI実装を試し始めたところで、同年11月にChatGPTが登場し、2023年3月にそのAPIが公開されるという大変化が訪れました。
当時は毎週金曜日の夜にハッカソンタイムを設けていたのですが、電話にChatGPTをくっつけた機能を発表してくれたがメンバーいて。それがすごく面白い体験で、可能性を感じたんです。
こういうのはスタートダッシュが肝心なので、1〜2日で仕上げて翌週の月曜日に「電話GPT」をリリースしたら、かなりバズりましたね。この出来事は一例ですが、未来に起きうることから逆算して開発戦略を組むというやり方は、間違っていなかったと感じています。
それでは、ここからはAIエンジニアの花木に、IVRyのAI開発の具体的な取り組みについて話してもらえればと思います。
従来の電話自動応答サービスでできなかったことを、GPT活用で実現
花木 僕はアメリカのミシガン大学で物理のPhDを取得した後、ニューヨーク大学でデータサイエンスの修士号を取りました。卒業後は、ニューヨークにあるIBMの研究所で機械学習エンジニアを務め、Googleに転職して自然言語理解のチームに所属していました。
その後日本に帰国し、スタートアップ1社を経てIVRyにジョインした形です。現在はプリンシパルAIエンジニアとして、AIに関する方針を決めるといった役割を担っています。
先ほど奥西から「電話GPT」を即断即決でリリースしたエピソードをお話ししましたが、弊社が本格的にAI開発に臨んだのは「電話予約システム」の分野です。
これまでもビジネスシーンにおける基本的な電話応対はIVRyで自動化できていましたが、例えばレストランで電話予約を受ける場合には、予約日時や来店者の名前を把握したいという店舗側のニーズがあります。しかし、プッシュボタン式の自動応答サービスで、ユーザーにそのような情報を回答してもらうのは難しかったんですね。
また、飲食店以外にも、ホテルや美容室など多種多様な業界のお客様がいらっしゃるので、電話で詳細な情報を得られる予約システムを作る場合、ドメインごとに一からサービスを作り上げる必要がありました。
そういった課題に対して、ChatGPTなら汎用的な予約システムが作れるのではないかと、APIがリリースされた直後から開発に着手しました。具体的には、下記の3つのフェーズを踏みながら進めています。
フェーズ1:予約システムをドメインごとにリリースし、使えるようにする
フェーズ2:AIを用いたシナリオ設定を、IVRyを導入しているお客様自身ができるようにする
フェーズ3:UI/UXの工夫やアルゴリズムの駆使によって、お客様がシナリオ設定する労力を最小化する
とはいえ、フェーズ1の開発の時点でも一筋縄ではいきませんでした。最初はプロンプトだけを与えたChatGPTと対話してもらうプロトタイプを社内でテストしましたが、予約希望日を伝えてもChatGPTが勝手に判断して断ってしまったり、間違った営業時間を教えてしまったりして。
このように、AIが事実に基づかない情報を生成してしまう「ハルシネーション」の抑制や、ユーザーが悪意のあるプロンプトをAIに与えて、AIが不適切な回答や意図しない情報の開示を行ってしまう「プロンプトインジェクション」をどう防ぐか。そしてレスポンス速度の不安定性や、ユーザーの言い直しにChatGPTが正しく対応できるか、といった課題に直面しました。
これらの課題に対しては、応答全体をChatGPTで対応するという当初案から変更し、技術的に難しい点はChatGPTにやってもらい、それ以外は従来の機械学習システムを組み合わせることで、機能面の進化と安定性を両立させました。
そして、2023年6月にはChatGPTを活用した「AI電話システム」として試験提供を開始し、同年10月にはリクルート社が提供する予約台帳アプリ「レストランボード」との実証実験を始めました。
▼電話予約を自動化する「AI電話システム」のイメージ
AIと既存システムと組み合わせる「フローエンジニアリング」が重要
花木 フェーズ1の開発の中で実感したのが、最近になってOpenAIのAndrej Karpathy(アンドレイ・カルパシー)さんも話されていた「これからの開発にはプロンプトエンジニアリングよりも、フローエンジニアリングが重要になる」という言葉でした。
このフローエンジニアリングとは、あるタスクをChatGPTですべて解かせるのではなく、そのタスクを細分化して、ChatGPTや既存のシステムを組み合わせてどう解いていくかをデザインすることを指します。
僕自身も、ChatGPTなどのLLMに何かを生成させると適当な回答が返ってきやすいので、みんなが「LLM=生成AI」と呼ぶ風潮は嫌だなと感じていて。特にハルシネーションが発生しやすい生成は既存のシステムで堅くやって、ユーザーが話したことを理解させるような難しい部分をChatGPTが解くという流れになっていくのではと感じています。
続くフェーズ2は今まさに取り組んでいるところで、「AIを用いたシナリオ設定を、IVRyを導入しているお客様自身が設定できるようにする」ことを目指しています。
例えば店舗予約時に必要な「日時、人数、名前、電話番号」といった項目以外にも、レストランなら「コースの内容を知りたい」とか、「記念日の来店だからサプライズ演出をしてもらいたい」といった、ユーザーから日頃いただく質問やニーズがあると思うんですね。
なので、お客様自身が裏側の予約システムで任意の質問項目を設定しておいて、電話上でユーザーが質問や回答をしやすくなるという仕組みづくりをしています。
そして、その先で実現したいフェーズ3の開発は、「UI/UXの工夫やアルゴリズムの駆使によって、お客様がシナリオ設定する労力を最小化する」ということです。
というのも、フェーズ2のような機能を設けても、実際にお客様自身がシステムを触って任意の質問項目を追加することに対して、難しそうとか面倒だという印象を持たれるのではないかなと思っているためです。
そこで、AI自身が「レストランのユーザーならこういう項目を聞いてくるだろう」と考えたり、通話内容からユーザーが知りたいことを抽出したりして、質問項目を自動生成する世界を実現したいと考えています。
その開発過程においては、システムを作る側の僕たちと、実際に事業をやられていて解像度高くドメイン知識を持っている方々が、協業して進めていくことが大事だと思っています。
奥西 AI関連で言うと、花木が話した電話予約システムの開発以外にも、企業の代表電話の一次受けをAIが対応してくれる「AI電話代行サービス」を開発し、リリースしました。
代表電話にかかってくる内容は、かけ直す必要がないものもあれば、今すぐに出て対応したいというものもあるので、AIが相手の回答に応じて適切に対応してくれるようなサービスです。インバウンド需要も見越して、それぞれのAI機能は英語や中国語にも対応しています。
これらの開発のように、変化を誰よりも早く読んで、その場所に先に陣取ることがスタートアップが勝てる唯一の方法だと思うので、そこは常に意識していきたいと思っているポイントですね。
電話ビジネスの一丁目一番地に立ち、世の中にいち早くAIを浸透させたい
奥西 僕が最近考えているのは、「AIエンジニアがLLMを活用してコア開発をしていく」という体制を変化させる必要があるということです。
というのも、これまでは各産業に存在してきた課題をITソリューションで解決する世の中でしたが、今後はそこにAIが介入して、もっと簡単に課題を解決できるようになるので、ITソリューションからのリプレースが起きてくると思うんです。
そうした時に、AIエンジニアに限らず、プロダクトマネジャーやソフトウェアエンジニアも最先端の技術を追いかけていかないといけません。なので、弊社ではAIエンジニア以外のメンバーにも、AI関連の講座を受けて学んでもらうようにしています。
ゆくゆくは、IVRyの開発に関わる誰もがAIを当たり前に実装できる会社にしていきたいので、AIの知識がない人でも興味さえあれば、すごく良い成長環境があると思っています。メンバーも積極的に採用しているので、興味がある方はぜひジョインしていただけたら嬉しいです。
また、日本全体に視野を広げると、今までは新しい技術が出てくると都心の大企業を中心に広がり始めて、10年ほど遅れて地方で使われるようになるという傾向がありましたよね。
それは社会行動学的には普通の流れだと思いますが、都心と地方ではすごく時間の非対称性があると感じていて。今後、労働人口が減ることは避けられないトレンドの中で、この先10年の過ごし方はすごく大事なはずなので、その非対称性をいかに無くせるかに挑戦したいと思っています。
そういった点で、僕たちは地域による偏りがなく、入口の敷居がめちゃくちゃ低い「電話」を軸にサービスを展開しているので、日本全体にいち早くAIを浸透させられる「一丁目一番地」に立てていると思います。
なので、セールスやマーケティングにも本気で力を入れて、歴史に残っていくような会社を作りたいですし、その中では僕自身が一番熱く、面白い存在であり続けたいなと思っています。
花木 僕は、引き続きAIの開発も担う一方で、研究業界と仲良くしていきたいなと考えています。最近では業界で有望な顔ぶれが集まる勉強会のスポンサーになったり、論文を書いたりといった活動をしているので、そのような形で研究業界も盛り上げていきたいです。
また、先ほどお話しした開発のフェーズ3までは、何としてでも実現したいと思っていて。誰も何も設定をしていないのに、AIの力で自動的に自由度の高い電話応対システムが出来上がるという世界を、必ず実現したいと思います。(了)