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「チェキ」復活の舞台裏!「コト提案」を基軸にした、商品企画・マーケ戦略に迫る
〜2016年度に世界で660万台を売り上げ、再び脚光を集めるインスタントカメラ「チェキ」。この復活劇を支えた、商品企画・販促手法とは〜
1998年に発売を開始した、富士フイルム株式会社のインスタントカメラ「チェキ(instax)」。
カメラ付き携帯電話やデジタルカメラの台頭により、一時期は年間の販売台数が10万台まで低迷した同商品が、近年また、世界中で売上を伸ばしている。
2016年度にはグローバルの販売台数は660万台を超え、コミュニケーションツールやファッションアイテムとして活用されるなど、ブームを越えて人々の生活に定着しつつある。
▼左:国外向けモデル「instax mini 9」、右:国内向けモデル「instax mini 8+」
この復活劇を支えたのは、チェキ担当者たちの「コト提案」を基軸とした商品企画・マーケティングだった。
今回は、チェキの商品企画やマーケティング活動について、現在の主力商品である「instax mini 8+」「instax mini 9」のお話を中心に、本宮 広二郎さんと山本 真郷さん(現在、FUJIFILM France所属)に詳しく伺った。
2002年の「ブーム」以降の低迷期を打破したきっかけとは…
本宮 私は現在、主力商品である「instax mini 8+」「instax mini 9」を中心に、商品企画とマーケティングを担当しています。
山本 私は2012年よりチェキ全体の商品企画とマーケティングを見ています。
インスタントカメラ「チェキ」のシリーズは、1998年に販売を開始し、2002年頃に一時期はブームを迎え、販売台数は年間100万台にまで伸びました。しかし、カメラ付き携帯電話やデジタルカメラの台頭を受け、2004年にはそれが10万台まで落ち込み、そこからずっと低迷していたんです。
こうした状況に伴い、組織的にも専任部隊を持たずに、何年も新しい機種が作られていなかったんです。ですが、2009~2010年あたりから、またジリジリと売れ始めて。
そのタイミングでコンシューマーリサーチをしたところ、若い女性から「とにかくかわいい」「写真がスグに見られるので、その場のコミュニケーションが特別になる」という反応が返ってきたんです。
そこで、「カワイイ」をキーワードに新商品を出したら売れるかもしれないと、2012年にチェキの商品企画とマーケティングチームが立ち上がり、「instax mini 8」という新しいエントリーモデルを出しました。これが、チェキ復活のきっかけとなる機種でしたね。
一時のブームではなく、ライフスタイル化を目指す「コト提案」
山本 「instax mini 8」がエントリー機として広く支持されたので、外観を維持しながらアップグレードを行い、2015年には国内向けに「instax mini 8+」、2017年にはグローバル向けモデルに「instax mini 9」を発売しました。
これらチェキシリーズの販売台数は、2015年に505万台、2016年には660万台と、過去最高を更新し続けています。
▼チェキの販売台数推移
また、昨年の販売台数の9割は、欧米やアジア圏などの国外で販売したもので、グローバル展開も進んでいます。
山本 新機種を企画する中では、時代性を強く意識し、カメラを開発するというよりかは、「いかにライフスタイルとシンクロさせることができるか」という観点を大切にしてきました。
2002年に迎えたような一時的な「ブーム」は、社会に流通する情報の質量に支えられている面が大きいですし、多くのモノゴトはピークを過ぎると衰退してしまいます。
ですから、できるだけ多くの人々に「チェキがあると日々の生活がプラス方向に変わる」と実感をもって感じてもらい、「ブーム」ではなく「定着」させることを目指すことにしました。
そこで、2012年頃からは、「コト提案」をキーワードに販促や商品企画を行っています。コト提案とは、単に「モノ」を売るのではなく、そのモノを使った「体験」を訴求する、ということです。
▼「メッセージアルバム」など、チェキを使った「体験」を提案
結局、「この商品使えるな」「使いたいな」と思ってもらうことが、商品に価値を感じてもらうきっかけになり、購買につながるんですよね。つまり、コト提案は「個人に向けたソリューション」と言い替えることもできると思います。
具体的には、チェキの使い方や楽しみ方について、各ターゲットにあわせた提案を行っています。
「ミラーひとつ」でも、新しい体験を提案できる
本宮 例えば2015年に発売したチェキのエントリーモデル「instax mini 8+」の商品企画でも、コト提案を意識しました。
▼「instax mini 8+」「instax mini 9」の商品企画・マーケティングに携わる本宮さん
これは、2012年に出したinstax mini 8の後継機種になるのですが、単純に前回よりスペックを上げるのではなく、使える幅を広げていくことに注力しました。
例えば、カメラの先に「セルフショットミラー」を実装しました。ミラーが1つあるだけで、「セルフィーができるんだよ」という提案になるんです。
▼instax mini 8+以降の機種(左・中央)では、レンズ横にセルフショットミラーを実装
「接写レンズ」を同梱したこともポイントです。若い女の子たちは、よく食べ物を撮ってSNSにアップしていますよね。このような「自分が感動したものを、その場で撮って共有する」という体験を、チェキでももっと再現できるようにしました。
それから、カラーバリエーションにもこだわっています。この機種では、ファッションアイテムとして使ってもらうことを意識して、当時女性に流行っていた「マカロン」をヒントに、5色を展開しました。
パッケージについても、普通だったらカメラが主体で、新機能を打ち出すものが多いですよね。しかし私たちの場合、「生活の中で多様な使い方がある」ということを間接的に訴求するため、起用しているモデルの方のリアルなライフスタイルが伝わる写真を中心にデザインしています。
▼instax mini 8+(左)のパッケージでは、「友達との撮影」を提案
日本の「かわいい」を、世界に押し付けない
本宮 また、2017年にはグローバル向けに「instax mini 9」というモデルを発売しています。こちらは機能的には、mini 8+とほとんど変わりません。
一方で、「カワイイ」という世界観をグローバルに翻訳することに重点を置いています。
ファッションアイテムとしても気に入っていただけるよう、海外のトレンドを確認しながら、色味を一つ一つ決めていきました。
また、日本の「カワイイ」を無理やり持っていくのではなく、海外の女性に違和感なく素敵だと思ってもらえるよう、販売地域によっては、パッケージのモデルを外国の方にしたり、ライフスタイルの見せ方もデザイン上で工夫しています。
ライフスタイルとカルチャーは、2階層のメディアで発信
山本 しかし、ただ商品を作るだけでは、私たちの「コト提案」は人々の元に届きません。
そこで、チェキの使い方や活用シーンを世界に提案していこうと、「instax.com」というグローバル向けポータルサイトを開設しています。
▼チェキの使い方を提案するポータルサイト「instax.com」
例えば、人にモノを贈るとき、ワインボトルにチェキで撮った写真を貼ってメッセージを添えれば、特別なプレゼントになりますよね。
また、整理整頓のための使い方も提案しています。靴箱の中に靴を入れたまま整理する人って、多いですよね。でも、靴箱だけでは中身がわからない場合があります。そんな時、靴をチェキで撮影して箱に貼っておけば、お目当ての靴がすぐに見つかります。
▼靴の整理に「チェキ」を使うという提案も公開
こうしたネタを、ポータルサイト上でどんどん発信していきました。そうすることで、チェキをライフスタイルの中に溶け込ませようと考えたんです。
しかし、コト提案自体は、多くの会社さんがやっています。例えば、食品メーカーさんが美味しい調理方法を提案するコンテンツは、ネット上に溢れています。
でも、それだけではダメだと思っていて。ライフスタイルへの定着を考えた時、カルチャーとも密接に結びつかないといけないんですよね。
そこで、オウンドメディア「Cheki Press」を作りました。
▼インタビューコンテンツなどが充実しているオウンドメディア「Cheki Press」
これは、ポータルサイトよりも一段深めたメディアで、著名人にチェキを持って散歩してもらう「チェキさんぽ」や、世界中の素敵な景色や人々をスナップする「World Cheki Snap」といった企画を行っています。
▼世界中の素敵な景色や街行く人々をチェキでスナップする企画「World Cheki Snap」
写真のない図鑑は、「感覚をアルバムにする」という新たな提案
山本 商品企画やメディア運営の他にも、「コト提案」のために取り組んでいる施策があります。例えば私たちは、「写真のない図鑑」という子供向けの図鑑を取り扱っています。
▼写真を一枚ずつ撮って完成させていく「写真のない図鑑」
この図鑑には、写真が1枚もありません。各ページに「犬」や「青空」、「楽しい」などのテーマが書かれ、自分で撮った写真を入れていくことで、図鑑を完成させていきます。
▼それぞれのテーマに合わせて写真を撮り、完成させる
幼少期にこの図鑑を作れば、その瞬間に宝物だと思ったものや、青空だと感じた風景など、当時の「感覚」をアルバムにして閉じ込めることができるんです。
さらに、図鑑という形にすることで、タンスの肥やしになりがちなアルバムの居場所が、タンスから「本棚」に変わります。そのため、いつでも見返すことができるんです。
このように、ツールを作ってコト提案をしていくことも、とても重要だと考えています。
時代に合わせて、コト提案の中身も変えていく
山本 チェキの製品価値は1998年以来変わっていませんが、時代によって、その価値の見え方は変わっていきます。ですから、時代に合わせて価値を再定義させていくことが重要になってきます。
チェキはまだ道半ばではありますが、コト提案を通じてスマートフォンとは全く違った意味を持つモノとして、価値を再発見していただいたのではないかと思っています。
本宮 これからも、ライフスタイルへの定着を念頭に、コト提案を発信し続けていきたいと思っています。そして、「生活が豊かになるような体験」を、チェキを通じて一人でも多くの方に届けられるような、商品企画・マーケティングに取り組んでいければと考えています。(了)