
- 株式会社博報堂テクノロジーズ
- Nomatica プロダクト責任者
- 畠山 卓也
AIエージェントを使いこなすコツは「編集力」。博報堂テクノロジーズが描く「人とAIの共創」とは

2025年は「AIエージェント元年」と呼ばれている。AIエージェントとは、ユーザーの指示に応じて必要なタスクを自律的に洗い出し、実行するAIのことだ。加えて今、複数のAIエージェントが連携して課題解決に取り組む「マルチエージェント」という概念が、ビジネス界で急速に注目を集めている。
このようなAI技術の進化は、単なる業務効率化の枠を超え、イノベーション創出という新たな可能性を切り開いている。人とAIが真に共創する働き方が、理想論ではなく現実のものとなりつつあるのだ。
そうした変革の最前線に立つのが、博報堂テクノロジーズが2024年9月にリリースしたマルチエージェントサービス「Nomatica (ノーマティカ)」である。
同サービスは、「営業」「エンジニア」「マーケター」など、それぞれ異なる専門性を持つペルソナ同士が議論を行い、新たなアイデア創出に貢献する。新商品の企画はもちろん、マーケティング戦略の立案や採用要件の設計など幅広い業務に対応している。
同社DXソリューションセンターに所属し、Nomaticaのプロダクト責任者を務める畠山 卓也さんは、「AIエージェントの台頭によって人は創造的な業務に専念できるようになり、働き方が根本から変わる可能性がある。ただし、AIエージェントをうまく使いこなすには、従来とは異なるスキルセットが必要」と語る。
AIエージェントが生成する情報を適切に判断し、目的達成のために効果的に活用するには、どのようなアプローチが求められるのだろうか。畠山さんに詳しく話を伺った。
AIエージェントの誤解を解く。チャットボットとの根本的な違いは?
私は新卒で国内のコンサルティングファームに入社し、新規事業開発やプロダクトマネジメントに従事してきました。その後、大手通信キャリアのハウスエージェンシーで事業の立ち上げを経験し、2023年に博報堂テクノロジーズに転職。現在は、「Nomatica」のプロダクト責任者を務めています。
博報堂テクノロジーズは、博報堂DYグループ内のテクノロジー戦略を担う中核組織として2022年4月に設立されました。その中でも、私が所属するDXソリューションセンターは少し特殊で、社外向けのコンサルティングやシステム開発支援、そして「Nomatica」のような自社プロダクトの開発・提供を行っています。
「Nomatica」は、専門知識を有する複数のAIエージェントが、ユーザーの設定したテーマに基づいて、新たな企画・アイデアを創出するWebアプリケーションサービスです。
現時点で、マーケター、クリエイティブディレクター、エンジニア、研究者、生活者など20以上のペルソナを搭載しています。また、企業独自のデータを活用した専門家AIの構築も可能です。
具体的な使用例としては、「〇〇のアイデアを考えてほしい」「〇〇の企画についてレビューしてほしい」と入力し、意見がほしい複数の専門エージェントを選択すると、それぞれが異なる視点で議論や意見を加えてアウトプットを生成するような形です。
昨今、ビジネスシーンでは「AIエージェント」への関心が高まっていますが、従来の「AIチャットボット」の進化版として捉えられている場合が多いと感じています。しかし実際には、両者には根本的な違いが存在します。
まず、「AIチャットボット」は、あらかじめ決められたルールやシナリオに基づき、単一の視点から定型的な応答を返すことを得意とします。その主目的は、あくまで業務効率化です。
対して「AIエージェント」は、専門知識や役割を持つAIが、目標達成に向けて必要なタスクを人に代わって自律的に実行し、高度な意思決定を下せる点で異なります。なお、Nomaticaのようなマルチエージェントであれば、複数の視点を統合した形でアウトプットを創出することが可能です。
ただし、現在市場に出回るサービスの中には、「検索エージェント」「資料作成エージェント」といった機能単位で分解されたものがAIエージェントとして提供されている例も多く、これでは、AIエージェントの真価である「人と共創するパートナー」としての価値がイメージしづらいと思います。
AIエージェントの本質的価値は、単なる業務効率化を超え、企業のイノベーション創出やサービスの価値向上に貢献できる点です。人とAIがそれぞれの強みを活かしながら共創し、従来の発想を超えた新たな価値を創造する。これこそが、AIエージェントの本質的価値だと捉えています。
AIエージェントの普及で、「企画」領域の働き方が大きく変わる
では、AIエージェントの普及によって、私たちの働き方はどう変わるのか。特に大きな変化が期待されているのが、「企画」に関する業務領域です。
具体的には、マーケティング、商品開発、事業開発、経営企画、営業企画といった分野の業務で、リサーチ、仮説構築、選択肢の提示、事例比較といった定型的な業務をAIエージェントが代替するようになるイメージです。
では、人はどのような役割を担うのかというと、創造的な仕事、つまり「新たな価値を生み出す」仕事です。
具体的には、AIエージェントが生成したアウトプットに対する価値判断、最終的な意思決定、そしてその判断が倫理的・社会的に妥当かどうかを考える役割です。重要なのは、こうした判断を行う際に、日常生活の中で感じていることや、個人的な経験、自身の直感に従って考察することです。
さらに、組織固有の暗黙知や事業ドメインの深い理解、社内の人間関係やパワーバランスなどの文脈を読み取る必要がある要素を踏まえた最終判断も、人にしかできない領域といえるでしょう。
このように、「AIに任せるべきこと」と「人が担うべきこと」の境界線が明確になり、私たちの役割は創造的な領域へと大きくシフトしていきます。意思決定に加え、組織文化やブランドストーリーの構築といった領域の重要性も、より一層高まっていくはずです。
ただし、AIエージェントの進化にも段階があり、現時点では完全自律的な運用には至っていません。
市場投入を100とした場合、現在のAI技術は50〜70のレベルまで到達できるものの、まだまだ改善の余地があります。将来的には、いわゆる「産みの苦しみ」の部分はAIが担い、90から100に押し上げる最終段階だけを人が担うという世界観になっていくと考えています。
AIエージェントを使いこなすコツは、「人のように扱う」こと
ここでは、AIエージェントとうまく付き合うための3つのポイントをお伝えできればと思います。
1つ目は、「チームメンバーに話しかけるように、明確に指示すること」です。人に曖昧な指示を出しても期待するアウトプットが得られないのと同様に、AIエージェントに対しても、できるだけ具体的かつ簡潔に、目的や課題を伝えることが重要です。
また、背景を説明してから具体的なタスクを指示するなど、対話の流れを意識することもポイントです。通常のマネジメント業務でも、「これがゴールで、今はここのステップにいるから、この業務をやってほしい」といったように、要素を順番に伝えているはずですが、それと同じ感覚です。
2つ目は、「問いや課題を分解し、段階を踏みながらラリーを続けること」です。たとえば、まずは第一ステップとして「現在の課題は〇〇で、私はこう捉えています」という方向性の共有から始め、「詳細は添付資料を確認してください」といった形で情報提供する。
続いて、「問いそのものの妥当性を検討してほしい」「追加が必要な情報があれば指摘してほしい」など、具体的な指示を与えながらラリーを重ねていきます。このプロセスを丁寧に行うことで、より質の高いアウトプットを得られるようになります。
3つ目は、「AIとの対話を丁寧に読み解くこと」です。AIが生成したアウトプットの背景や根拠、前提条件を確認しながら、それが自社の抱える課題の文脈と合っているのか、実現可能性や妥当性があるのかなど、一度立ち止まってしっかりと見極めることが求められます。
従来の会議でも、会議の目的や参加者、過去にどんな議論があったのかといった情報がなければ、アジェンダの妥当性を評価できないのと同様です。そして、AIエージェントの提案に納得いかなければ、課題との整合性や前提条件などについてフィードバックを行い、軌道修正していく対話が必要となります。
こうしたAIエージェントと人が共創する働き方は現実のものとなりつつあり、一部の先進的な組織では、すでにその実践が始まっている印象です。
実際、Nomaticaを活用されているお客様は、新規商品の企画をする際に、まずは企画案をクリエイティブディレクターやマーケターと壁打ちし、次に、各世代の生活者エージェントにヒアリング。そして、自身の仮説と異なる部分は、その表現の意味や発言の背景を深堀りしながら、商品企画の精度を上げていったそうです。
AI時代に必要な「解釈力」と「編集力」。自ら考え、仮説を立てることが重要
しかし、このようなアプローチを試みたとしても、「期待するアウトプットが出ない」「似通った回答しか出力されない」といった場合もあると思います。
そこで、まず仕組みで解決する方法として、「自社固有のデータや知見をAIエージェントに学習させること」「あえて異なる専門性や価値観をもつAIエージェントを組み込み、新規性を取り入れる」といった方法が挙げられます。
けれども、最も重要なのは、AIエージェントと共創する姿勢です。AIエージェントが生み出したアイデアをベースに、過去の自身の制作物と組み合わせたり、直感やこだわりを追加して「編集」し、アウトプットを磨き上げていく作業が大切です。これは、イノベーションの基本プロセスと同じですね。
実際、AIエージェントをうまく使いこなしている人には共通点があります。それは、普段から自分で考え、調べ、仮説を立てている人です。AIのアウトプットを鵜呑みにするのではなく、自分なりに解釈し、編集する力が高いため、うまく活用できているのではないでしょうか。
まだそうした経験が少ない方でも、地道なトレーニングによって身につけていくことは可能です。たとえば、同じ質問を複数のAIに投げかけてアウトプットを比較してみる。そして、「なぜこの答えになったのか」「このAIの得意不得意は何か」といったように、各AIツールの特徴や限界を知ることがまず第一歩です。
次に、AIエージェントから得た情報や自分の考えを、他の人と話し合ってみてください。そうすることで、自分にはなかった視点が見えてきますし、抜け漏れを補うことができます。
私自身も、Nomaticaで出たアウトプットをベースにシニアメンバーと対話しながら、「この視点が足りない」「ここの論理構成がずれている」といったフィードバックをもらうことで、日々判断力を鍛えるよう意識しています。
なお、アイデアが広がりすぎた時には、一度区切りをつけて整理することもおすすめです。通常の会議でも、小休憩を挟んでから改めて議論することがあるように、思考をリセットする感覚です。AIエージェントが過去の文脈を読み取らせないよう、あえて新しいチャットで議論を再開するのも一つの方法ですね。
「人間らしさ」をAIエージェントで再現する。Nomatica開発の舞台裏
Nomaticaのマルチエージェント化は、とあるクライアントの方から「プランナーや製造、営業、マーケター、広報等多くの専門家が携わる商品開発のプロセスをAIで迅速にすることはできないか」とご相談いただいたことがきっかけでした。
そこから、さまざまな職種のペルソナを開発してきましたが、作り込みにはかなり時間をかけましたね。企画段階でできるだけ多くの要素を盛り込みつつ、3ヶ月に1度のペースくらいでリリースできるように進めていました。
▼Nomaticaの利用画面イメージ
しかし、開発でより大変だったのは、「AIと人間が対話し、アイデアを広げた後にどう収束させるか」や「新規性のあるアウトプットをどう引き出すか」といった点です。この技術については特許を取得するなど、相当こだわった部分です。
また、AIエージェントの議論が発散しすぎたり、前の人の発言に同調しすぎたりと、人間の会議でも起こりがちな問題も見受けられました。これらの課題に対しては、エンジニアやデータサイエンティストが中心となって調整を行っていきました。
さらに、人格を作っていくにあたって「その人らしさ」をどう定義するかもかなり悩んだポイントです。たとえば、クリエイティブディレクターの人格を作るといっても、企業や個人によってその「らしさ」は異なり、正解が存在しません。
そのため、AIエージェントのアウトプットが実際に現場でどう使えるかという点を重視し、社内のメンバーやPoCにご協力いただいた企業の方々からフィードバックをもらいながら調整を重ねていきました。特定の職種の暗黙知を集めて一括で学習させるのではなく、徐々に「らしさ」にアジャストさせていった形です。
現場任せにしない。経営層からの発信が、AIエージェント導入の成功を導く
Nomaticaのリリースから約半年が経ちましたが、AIエージェントに対する認知やニーズは変化しており、その動向に合わせて機能面やサービスの方向性を見直してきました。Z世代のペルソナやレビュー機能などは、お客様の声を基に開発したものの一例です。
実際に導入いただいている企業様のなかには、Nomaticaをフル活用して、わずか2名で約1年半という期間に、6つの新製品をPoCまで進め、うち1つのプロダクトを商用化した事例もありました。もちろんエンジニアは別途在籍していたものの、企画から要件定義、マーケティングまであらゆる業務を効率化した事例です。
この例が示すように、AIエージェントは限られたリソース内で素早く成果を出す必要がある場合や、イノベーションの創出において大きく貢献するテクノロジーですし、今後さらに注目度が高まっていくのではないかと思います。
けれども、AIエージェントはできることの幅が広い分、従業員が定常業務と並行してボトムアップで導入を進めていくのは難しいと思っています。そのため、経営層がAIエージェントをイノベーションの柱として位置づけ、「AIを活用してどのような未来を目指すのか」というビジョンを発信することが求められるでしょう。
そして、実際に導入する際には、まず一つの部署から始めるなど段階的に活用を広げていくと同時に、従業員向けの教育プログラムを充実させて、AIエージェントの価値と使い方を浸透させていくことが重要です。
AIの活用を通じて一人ひとりが新しい価値を生み出すことができれば、それが結果的に新規事業の創出や新商品の開発、そして企業価値の向上へとつながっていくと信じています。
Nomaticaとしても、現在は主に商品開発やマーケティング部門での活用が進んでいますが、今後はより広範な部署・部門で使っていただけるようアップデートを続け、企業全体の価値創出やイノベーション創出により貢献したいですね。(了)
企画・取材・ライター:古田島 大介
編集:吉井 萌里(SELECK編集部)
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