- 株式会社Azit
- 執行役員 マーケティング担当
- 足立 れいき
プロダクトの効用を最大化せよ!スタートアップでも「ブランド」に投資すべき理由
~スタートアップの死につながる「未来の手戻り」を防ぐ!プロダクトを磨く方向性を定め、その効用を高めるためのブランディングの在り方とは~
限られたリソースで戦うスタートアップにとって重要なのは、「いつどの領域に投資を行うか」という優先順位を定めることだ。
2015年より「乗りたい」と「乗せたい」を繋げるモビリティプラットフォーム「CREW(クルー)」を運営する、株式会社Azit。
CREWは、自分の近くを走っている誰かの車を、スマートフォンアプリを使って呼ぶことができるモビリティプラットフォームだ。言わば「安心安全なヒッチハイク」を、テクノロジーの力で実現する。
CREWでは、PMF(※)が見えた2017年のタイミングで、早々にプロダクトのブランディングに着手した。
※Product Market Fit:プロダクトが市場に受け入れられている状態
具体的には、3つの「プロダクトを磨くべき方向性」を定義。更に、プロダクト開発からマーケティング、カスタマーサポートといったあらゆる活動にその方向性を浸透させるための「ブランドガイドライン」を定めた。
CREWのブランドを担当する足立 れいきさんは、「スタートアップの鉄則のひとつである『限られたリソースの最大活用』をしようと思うと、必然的に早い段階でブランドの方向性策定に着手することになる」と話す。
そして2018年11月には、このブランディングの方向性をベースに、ユーザーの効用を最大化するための施策としてブランドムービーを公開した。
今回は足立さんに、CREWのブランディング戦略と具体的な施策について、詳しくお話を伺った。
学生時代に知り合った仲間が、「CREW」の元に再集結
Azitという社名は、「AからZまでITで」という意味と、「みんなにとってのアジトのような場所になる」という意味をかけ合わせています。もともとは学生時代に、ビジコンやインターンで知り合った仲間で、一緒にプロダクト開発をしていました。
ただ、当時は未熟さゆえに「これだ」というプロダクトになかなかたどり着けなくて。「またいつか集まろう」と、僕を含めた多くのメンバーが一度は就職をしました。
それから1年半くらい経って、今のCREWのMVP(※)ができたタイミングで、代表の吉兼からマーケターとしてまた入らないか、と声をかけられたんです。
※Minimum Viable Product:実用最小限のプロダクト
当時、個人的には「まだ就職して1年半だし、思ったより早いな」とも思ったのですが、直感でジョインすることを決めました。それが2016年10月のことです。
入社した当時はまだ、社員3名、インターン2名という体制でした。CREWのドライバーも本当に2人とか3人しかいなくて。
そこからまず最初は友人招待のプログラムを始めて、徐々に実績が出てきました。
そろそろCREWは3年目ですが、体制も整ってきて、現在は社員が25名ほど、アルバイトと契約社員の方を含めると、100名を超える組織になっています。
スタートアップだからこそ「ブランド」に投資をすべき
CREWに関しては、PMFが見え始めたかなり初期のタイミングから、ブランドに投資をし始めています。
プロダクトが市場に受け入れられるか? というゼロイチの検証フェーズにおいては、ブランド価値が購買の意思決定の大半に寄与する一部の商材を除き、まずはブランドの前に機能的な価値をきちんと提供し、PMFするかどうか確認することの方が大事ですよね。
でもそれを乗り越えて、プロダクトを磨いていこうと考える時には、その方向性をきちんと定める必要があると思っていて。これが、私達のブランディングの出発点なんですね。
スタートアップの場合、ブランディングにリソースを割くことは、長期視点に立たないと意思決定できないと思います。なぜなら、目の前のユーザー100人を獲得する効率は、ブランディングをやってもやらなくても変わらないので。
でも、その100人を獲得している間にも、プロダクトには新しい機能が追加され、どこかで新しい制作物が作られ、メールが配信され…と様々なアクションが実行されていくんですね。
もしその際にブランディングの方向性が決まっていないと、「このボタンはとにかく目立たせたいから赤にしよう」「もっとヒキが強いメールタイトルにしよう」といった形で、将来的なブランド毀損につながるかもしれない「時限爆弾」がガンガン事業に埋め込まれていくんです。
つまり、自分たちが頑張れば頑張るほど未来のブランド毀損が蓄積されていく、アリ地獄のような状態に入ってしまいます。
よく言われるスタートアップの鉄則として、「限られたリソースをいかに無駄なく活かすか」という話がありますよね。僕自身も、無駄や手戻りはスタートアップの死因のひとつだと考えていて。
それを避けようとすると、必然的に早い段階でブランディングに着手することになると思います。
もうひとつ、全く別の視点で、一般的に「ブランド」と言うと、大企業が市場で競合と戦う時の「想起の取り合い」と捉えられがちです。
例えば機能的な価値が横並びになりやすい消費財の中で、どうしたら自社の商品を選んでもらえるか、的な。
ただ、一見、機能的な価値で並ぶ競合がいなさそうなスタートアップにも「潜在的な競合」がたくさんいるんです。
僕たちの場合ですと、「『帰らない』という選択肢」や「『終電までに切り上げる』という選択肢」も競合なんですよ。ご飯を食べた後にCREWを使って家に帰るか、それとも終電で帰るか、始発までどこかで時間を潰すか…。
そこに対して、機能的な価値のみならず、ブランドの価値も併せてちゃんと価値提供していかないといけないんですね。
ですので「スタートアップだから」「同じサービスを提供している競合がいないから」ブランディングは関係ない、と捉えることはもったいないと思っています。
CREWの事業を広げていくために必要な「3つの方向性」を定義
実際にどのようなことから進めていったのかと言うと、まずは軸を決めるところからです。「CREWが世の中に価値を提供し続けるために何が必要か」という要素を決めていきました。
そこで出てきたのが、「TECH」「COMMUNITY」「PUBLIC POLICY」の3つです。自分もそうなのですが、基本的に人間は「3つ」までしか覚えられないので、3つに収めようと(笑)。
まず「TECH」ですが、これはCREWの「ライダーはより気軽に移動でき、ドライバーはより効率的に人を次々乗せる」だったり、「すぐ近くの人とマッチして待ち時間をとにかく短くする」といった機能的な価値を実現するために必要なテクノロジーのことです。
次に「COMMUNITY」ですが、料金のモデルが「実費+任意の感謝料」という形になっているので、謝礼が0円というケースもあります。
一方でピュアに「ありがとうの気持ち」を(任意ながらも)伝えたいという方の想いも汲んだ設計だったり、そもそも初めて会う人の車に乗る時のお互いのふるまいを気持ちのいいものにしていくなど、機能的な価値以外の側面で必要なソフト面です。
どれだけTECHが磨けていても、健全なコミュニティが成り立っていない限りは、CREWは使われません。これまた領域かかわらず社一丸となって作っていく必要があるんですね。
最後に「PUBLIC POLICY」ですが、社内では「公平な利用可能性」と訳しています。
僕たちは最終的に、社会のインフラになることで多くの人を幸せにしたいと考えていて。ただ、インフラになろうと考えた時に、ただ大勢の人に利用されているだけではダメなんです。
例えば電車や通信キャリアといった、人々の生活になくてはならないものを提供する企業に対して、求められるふるまいや姿勢の水準ってありますよね。
最終的に、世の中や国から「この会社に任せたい」と思われるレベルまで、企業として「公平な利用可能性」を作り、誰でも使えて頼れるインフラとしての価値を提供せねばいけないと思っています。
これがCREWにおけるブランディングの出発点です。10年後に振り返ったときにこれが絶対正しいかどうかは神にしかわからないのですが、現状は、この3つ以上に大事なことはないな、と全員が思えている状態になっていますね。
より戦術レベルで実行するための「ブランドガイドライン」を作成
そして次に、この方向性を戦術・執行レベルの「ブランドガイドライン」に落としていきました。
具体的には、マーケティング、プロダクト、コミュニティという3つのカスタマー接点に対して、それぞれTECH、COMMUNITY、PUBLIC POLICYの3方向に応じたもう少し具体的な単語を定めたんですね。
例えばプロダクトであれば、TECHを言い換えたものが「easy」、コミュニティが「reliable」、公平な利用可能性が「peaceful」です。
▼「ブランドガイドライン」のイメージ図(画像は編集部作成)
実際の業務時にいきなり「TECHが、COMMUNITYが…」と言われても抽象的すぎて解釈できないため、各領域ごとにこのように言い換えています。
究極、実際にPMやエンジニアがアプリを作るときはTECHどうこうよりもこの「easy」、「reliable」、「peaceful」だけ覚えていてくれれば大丈夫、そんなように設計しています。
ブランドムービーを通じて、プロダクトの「情緒的効用」を高める
これまでこのガイドラインが門番になることで、Azit全社の生産活動が未来のブランドに寄与するように行われてきました。つまり作り直しをすることにならなくてすみました。
そして現在は、次のフェーズに進むべきだと思っていて。次は、「攻めのブランディング」として、「情緒的価値」も提供していきたいなと。
と言うのも、商品やプロダクトの効用って、経済的な価値と、情緒的な価値で作られていると思うんですね。
例えばミネラルウォーターで考えると、「記載の成分どおりの冷たい水が500ml飲める」ということが経済的な価値ですよね。一方で情緒的な価値は、「パッケージがかっこいい」「なんかイケてる山の水飲んでる感」「それを飲んでいるときの周りからの目」というようなことです。
この2つの価値の合計量によってミネラルウォーターの効用が決まり、あとは値段を元に消費者の「買う・買わない」という意思決定につながると思っています。
この視点に立った時に、CREWが今のフェーズで取り組むべきだと考えているのが、「ドライバー側の情緒的価値を高める」ということでした。
CREWの場合、サービス料金の一部はライダーが自由に決められるので、ライダー側の利用価値は非常に高く、ここではさほど情緒的価値が高くなくてもトータルの効用が高いんです。
一方ドライバー側は、ドライブから受け取るものが実費と謝礼なので、経済的な価値という意味では一定の不安定性があります。
そうなると、現時点ではドライバー側の情緒的な価値を高めることにより効用の総量を上げることが、CREWをグロースさせていく上で最も余地があり即効性があると。
そこで今回、それを目的に置いて、CREWの新しいブランドムービーも作りました。
https://youtu.be/4IpHJbAQJyE
このムービーは2018年11月に公開したのですが、いわゆる獲得広告としては全く配信していません。意図しているのはあくまでも、ドライバーたる「CREWパートナー」に情緒的な価値を感じてもらうことです。
ですので主な用途としては、ドライバー向けの審査(面接)や、研修の時に見ていただくようにしています。これにより、あえてCREWでドライブシェアをやることの意義、その誇りだったり満足感を少しでも受け取ってもらえればと思っています。
プロダクトを「10から100へ」導く、攻めのブランディングを
これまでは「ゼロから10まで」のフェーズで、人が増え、生産量が増えた会社の活動を「ブランドアセットとして積み上がっていくもの」にする、保守の部分が重要でした。
一方でこれから目指すのは「10を100に」するような、プロダクトの効用を最大化するためのアクションで。これからは、もっと攻めていかなければならないと思っていますね。
ここに関してはもちろんブランドの力でできることもありますし、プロダクト、マーケティングのようなサイエンスで実現できる部分もあるので、その双方の力を使っていきたいと考えています。(了)