- akippa株式会社
- 取締役 CHRO
- 松井 建吾
社歴が異なるメンバー同士の「信頼関係」をどう作る? akippaのバリュー刷新プロセス
〜スローガンと売上だけで動いていた「疲れる」営業組織が、ミッション・ビジョン・バリューを携えたIT企業へと変貌を遂げるまでの軌跡〜
空いているスペースを駐車場として貸したい人と、借りたい人をマッチングする駐車場シェアリングサービスとして、120万人を超える会員を有する「akippa」。
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同サービスを運営するakippa株式会社は、今でこそITスタートアップとしてその名を知られているものの、創業当時は「ギャラクシーエージェンシー」という社名の営業会社だった。
当時はバリューはおろか、ミッションやビジョンも明確に定めておらず、評価制度も整備されていなかったのだという。
そこから事業の成長とともに、「7つのエスプリ」という行動規範を策定するなど、組織側へも戦略的なアプローチをスタート。しかし、様々なバックグラウンドを持ったメンバーが増えていったことで、次第に組織内に違和感が生まれていった。
同社4人目のメンバーで、現在はCHROを務める松井 建吾さんは、当時のことを「互いに牽制しあう大人の関係になってしまい、大胆な挑戦がなかなか生まれなかった」と振り返る。
そこで同社では、バリューに対する考え方を根底から見直し。互いに何をリスペクトし合うのか、同社の変わらない価値観として「エッセンシャルバリュー」を定義した上で、事業の未来を実現するための行動規範として、3つのバリューを定めた。
これにより、入社時期の異なるメンバー同士が「互いに何を信頼するのか」が明確になり、結果として意思決定の速度が上がったのだという。
今回は松井さんに、創業当時からの組織の変遷や、現在のバリューに至るまでの取り組みについて、詳しくお話いただいた。
「なんのために仕事をしているんですか?」「うーん、ないな」
今、akippaの組織はアルバイト含めて70名ほどの人数になっています。内訳としては最も多いのが営業で14名、他に開発や運用担当が10名弱ずつです。
今でこそIT企業としてやっていますが、もともとはギャラクシーエージェンシーという社名の営業会社だったんです。akippaを立ち上げたときは、「シェアリングエコノミー」という概念さえも知りませんでした。
私は2009年に4番目の社員として入社したのですが、当時はかなり営業利益ベース、かつ労働集約型の会社だったんですよね。
営業代理店として、通信商材だったり、複合機だったり、お水だったり、法人向けに色々なものを売っていました。2010年9月には初めての自社サービスとして求人メディアを立ち上げたのですが、そちらもクレームの嵐で…。
そんな状況で、だんだんみんな疲弊してきてしまったんです。なんのためにテレアポや訪問、クレーム対応を続けているのか。メインが代理店業務だったので、自分たちのナレッジやカルチャーもなかなか積み上がっていかず、かけている労力に対して得るものが少ない状態でした。
当時、ミッションやバリューはありませんでしたが、スローガンだけは決めていました。でもそれがまた、「リアクションではなくアクションを起こす」という、疲れるスローガンで…(笑)。
このスローガンを毎日の朝礼で唱えつつ、とりあえず全員でアクションを起こしていたんです。でもリアクションはしないので…そんなのめっちゃ疲れるじゃないですか(笑)。
そんな状況の中でも会社は拡大していったのですが、自分としては、採用をする中でだんだん「この人には入社してもらいたいけど、うちじゃなくてもいいだろうな」という疑問が生まれてきてしまって。
それである日、代表の金谷に「何のために仕事をしてるんですか」と聞いてみたんですね。そしたら「うーん、ないな」と言われて、「やっぱりそうですよね(笑)」と。
でもそれでは会社として意義がないので、一度考えてきてもらうことにしたんです。これが、弊社のビジョン経営のはじまりでもあり、akippaがスタートするきっかけにもなった出来事です。
「なくてはならぬ」ものを作るため、200個の事業アイデアを出す
その1、2週間後に、金谷から「松井、思いついたわ」と言われて。
聞いてみると、家が停電になったらしくて。そのときに、「どうせやるんだったら電気やガス、水道みたいな『なくてはならないもの』が作りたいんだけど、どう思う?」と言われて。直感的にすごくいいなと思ったんです。
じゃあそれをフィロソフィーとして掲げていこうとなったのですが、まだその時には「なくてはならぬ事業」はやっていなかったわけです。
そこで、”なくてはならぬ” ものを作るためにまず、当時30名弱だったメンバー全員で「不便に思うこと」と「困りごと」を、壁に貼った模造紙に200個出していくことにしました。
当時は社員もみんな疲れていて、何か新しい解決の糸口やアクションを探していたんですね。なので結構どんどん意見が出まして。
そこから3つをピックアップして事業化を模索していったのですが、その中のひとつがakippaなんです。模造紙にもともと書かれていたのは、「駐車場は現地に行って初めて満車だとわかるため困る」という言葉でした。
つまり、akippaは他社事例や市場調査から生み出した訳ではなく、社会に対し何が必要とされているのかを自身の体験から導き出す「エクスペリエンスドリブン」で生み出しました。
また同時に、行動指針として「7つのエスプリ」というものを初めて定めました。
背景としては当時、営業の数字がそのまま報酬になっていたので、評価制度がなかったんです。自社サービスを開発していくにあたってエンジニアも採用していたので、人事評価制度を作る必要があり、色々と情報を調べていたんですね。
その中で「クレド(※)」という概念を見つけて、これはすごく良いなと。
※企業が掲げる信条・価値観・行動指針のこと
そこで、当時のマネージャー以上のメンバー全員でブレストを行い、キーワードを抽出した後にグルーピングする形で言葉をまとめ、「7つのエスプリ」を完成させました。
▼当時策定した、7つのエスプリ
事業成長にコミットし続けた結果、組織の雰囲気に「違和感」が
ただ、7つのエスプリはあまり浸透しなかったんです。評価制度には反映させましたし、冊子なども作ったのですが、それよりakippaの事業を大きくすることにみんなコミットしていて。組織づくりに関して、戦略的なアプローチはなかったんですね。
▼「7つのエスプリ」の冊子も作ったが、浸透せず…
その後、2014年にIVS(Infinity Ventures Summit Launch Pad)で優勝して資金調達ができたことで、サービスとして次のフェーズへと向かう資金的な準備が整ってきて。
それでまた採用を強化することになったのですが、そのときに初めて「どうやってうちのカルチャーを伝えようか」という課題が出てきました。
それで「そういえば良いのあったな、エスプリだ!」と思い出しまして(笑)。それで活用するようにはなったのですが、そもそも浸透していないし、7個は多いし、見直したいね、という話がありました。
それに加えて、だんだん組織に対しての「違和感」が顕著になってきた部分があって。2015年、16年に一気に人を採用したのですが、何か「噛み合わせが悪い」という感覚を持っていました。
akippaって本当に「思いやり爆弾」みたいな組織で、良い人ばかりなので仲が悪くなったりはしないんですよ。でもそれこそ、ケンカしたほうが早く答えに到達できることってあるじゃないですか。
それがなくて、互いにちょっと遠慮しあう「大人の関係」みたいになってしまって。みんなが大胆な挑戦をしなくなってきて、停滞モードに入ってしまったんです。意思決定からのアクションも遅れがちで、実際に事業成長も鈍化してきていました。
今あるリソースで数字を伸ばそうとすると、基本的には組織側をいじって生産性を上げるしかないですよね。そのためには、上位概念である行動指針の見直しをしないといけない、という話になりました。
そこで、2017年に7つのエスプリを見直し、「Always Beyond」「For Someone」「Win by Team」という3つのバリューをつくりました。
異なる時期に入社したメンバー同士の「信頼関係」を導くには…
ですが、それでもあまりしっくりこなかったんです。メンバーからも「7つのエスプリの方がわかりやすかった」「具体的なアクションイメージがつきにくい」といった声が上がっていました。
それに加えて、「そもそも何かが違うな」という気持ちがあって。そこで他社の事例などを検索する中で気がついたのは、バリューを浸透させたいと思っているのに、そのベースが「自分たちの過去の経験」にあると、理解するための難易度が高いなと。
経験を伝えるのってすごく難しいじゃないですか。なので、創業の経緯といった過去の経験は一度置いておいて、今akippaが目指しているビジョンや、マイルストーンに沿って作っていくことに決めました。
akippaの立ち上げ当時からいたメンバーと中途メンバーが何でつながっているかと言えば、”なくてはならぬ” をつくるというビジョンと、akippaというプロダクトなんですよね。逆に、仕事のやり方だったり、スキルや能力はみんなバラバラで。
事業としては、新しいフェーズに行きたいときには、そのフェーズのことを知っている人を採用するじゃないですか。そうすると、もともといるメンバーと新しい人の間にギャップができてしまう。その間をうまくマージしないといけないのですが、それがうまくできておらず、信頼関係が構築できていませんでした。
つまり、色々なフェーズで入ってきたメンバーがいるからこそ、改めてカルチャーフィットというものがすごく重要で、それを定義する必要があるなと。中途メンバーとコミュニケーションを取っていく中で、このことに気がついたんです。
ここで、akippaの成り立ちを考えてみると、別に仕事のスキルや能力で作ったわけではないんですよね。目の前にある課題とみんなの意見に向き合って、「誰かのために」というホスピタリティが事業を作ったと。
なのでホスピタリティというビジネススキルを全員がリスペクトし習得しようとしないと、信頼関係が成り立たない。そこで、「エッセンシャルバリュー」としてホスピタリティを置くことにしたんです。
エッセンシャルバリューというのは、目的を達成するために意識して身につけるようなものではなくて、より「akippaイズム」に近いものです。呼吸するようにできる組織的なコアコンピタンスですね。
一方で「バリュー」は、Think and Rush、Done with Pride、Win by Teamの3つを定めました。これらは、自分たちのミッション・ビジョンを実現するために、会社と事業をスケールさせていくための行動指針です。
バリューに関しては、会社のフェーズに応じてどんどん変わっていくものだと考えています。エッセンシャルバリューを持った上で、新しいフェーズにいくための能力を身につけるための行動指針がバリュー、というフレームワークです。
バリューを明確化することで、「会社としての意思表示」がなされる
バリューって、「日々の業務を進めるにあたり、何を考えどのようなスタンスで行動するのか」という、会社としての約束事なんですよね。完璧に運用できるまで一定時間はかかりますが、「みんなでやるぞ」という空気感は醸成されます。
akippaの場合は、エッセンシャルバリューとバリューを明確にしたことで、自分たちのスタンスやakippaのサービスの成り立ちが全て同じところから来ている、ということを改めて認識できました。
それによってコミュニケーションが一気に加速し、意思決定も早くなりました。組織内での役割も明確化されるようになったので、PDCAを回すスピードが上がりましたね。
バリューの刷新のプロセスを経たことで、いわゆる従業員満足度であったり、心理的安全性であったりを醸成する下地ができたと思っています。じゃあこの次に何をするのか、というと、お互いに切磋琢磨できるような仲間同士にならなければいけないと思っていて。
ただ、お互いをライバル視して競争するようなやり方は、うちの会社とはちょっと合わないんですよ。
自分が頑張る姿を見せ、「あいつがやっているから自分ももっと頑張ろう思ってもらう」という主体的なマインドを持つことによって、相乗効果を作ることが、「ホスピタリティ」の考え方です。思いやりのある刺激をしあい、共に走れるチームを作っていきたいと思います。(了)