• 株式会社βace
  • 代表取締役
  • 山下 貴嗣

カスタマーがジャーニーできる「世界地図」とは? Minimalが思考する「CX」の在り方

〜カスタマーが冒険できる「世界地図」をつくる。表面積と奥行きを軸にCXを設計する、Bean to Barチョコレート「Minimal」のブランドづくりとは〜

人々から愛される「ブランド」を作るために、顧客の体験をどう設計すべきだろうか。

カカオ豆(Bean)から板チョコレート(Bar)ができるまでの全工程を、自社工房で一貫管理して製造する、新たなチョコレートの製造スタイル「Bean to Bar」。

近年、世界で人気を高める同手法に、素材の個性を生かす「引き算」の製法を取り入れ、「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を展開するのが、株式会社βaceだ。

同社では「チョコレートを新しくする。」を理念として、Bean(生産地との関係)・to(製法)・Bar(チョコレートの楽しみ方)の3つを新しくする取り組みを行っている。

そのために、Minimalが注力しているのが、新しい「CX(Customer Experience:顧客体験)」の提供だ。

具体的には、顧客の興味を引くような「入り口」をたくさん作り、顧客との接点となる「表面積」を広げ、さらに「奥行き」を感じるようなCXの設計を行っているという。

その結果、新業態の店舗オープンに向けた「Makuake(マクアケ)」のクラウドファンディングでは、同サービス上の「食」のプロジェクトの中で、歴代1位の支援者数(※2019年8月時点)を集めるほどの人気ブランドまで成長している。

同代表の山下 貴嗣さんは、MinimalのCX思考法として「特定のカスタマージャーニーを設計するのではなく、カスタマーがジャーニーできる『世界地図』をつくることが大事」だと語る。

今回は山下さんに、創業の経緯からCXの思考法、具体的な施策に至るまで、詳しくお伺いした。

日本人らしさを武器にした「モノづくり」をするため、起業を決意

僕はもともと、新卒で入社した組織コンサルティングの会社で、7年ほどキャリアを積んでいました。

新規事業の立ち上げに始まり、ナショナルクライアントの経営再建や、組織風土の改革、グローバル人材の育成などに携わっていたのですが、その中で感じたことが起業の原体験になっていて。

それは、グローバルにおける日本人の評価が、「自分の意見をきちんと言えないよね」というネガティブなものが多かったことでした。

ですが、当時の僕が日本人に対して感じていたことは、あらゆる機微を感じ取れるような繊細さや丁寧さであったり、相手を慮れるような思いやりで。この国民性ってすばらしいな、と思っていたんですね。

この性質を活かすことができれば、むしろグローバルに戦える武器になるんじゃないかと。特に、モノづくりとの相性が良いのではないかと思っていました。

また、今後の日本社会を考えると、少子高齢化が進む中で国際的なプレゼンスを維持していくためには、経済指標とは別の「新しい豊かさ」を模索しつつも、グローバルな市場で外貨を獲得していく必要があると感じていて。

そこで、コンサルティングという第三者的な立ち位置ではなく、当事者としてプロダクトを作ることで、この国に価値のあることをしたいという思いから、2014年に起業する決心をしました。

「引き算」でチョコレートをつくり、第三極の文化形成をめざす

ただ、起業したいという思いはあったものの、「何をやるか」は全く決めてなかったんですよ(笑)。なので、前職を辞めると決めてから検討し始めたのですが、その中で出会ったのがチョコレートです。

きっかけは、創業メンバーのひとりであったシェフが、当時「Bean to Bar」のチョコレート作りを始めていたことで。その彼が作ったチョコレートは、カカオと砂糖だけで作られていたのですが、すごく「オレンジ」の味がしました。

でも実際にはそれは、カカオ豆の素材の味だったんですよね。それを聞いた時、直感的にこれは「文化」になるなって思ったんです。

さらに、起業前に2ヶ月ほど世界を放浪し、各国のBean to Barに触れていった中で、これはブームになるなという確信を得ました。そして帰国後、4ヶ月で準備をして、2014年12月に渋谷区・富ヶ谷にMinimal1号店をオープンしました。

Minimalというブランド名は「最小限」を意味する英語に由来しており、実際に最小限の素材だけを使う「引き算」の製法を取り入れています。

というのも、従来のチョコレートはカカオにミルク、バター、香料などの材料を加えていく、フレンチのような「足し算」の発想で作られていて。工業品としての「安価なお菓子」か、もしくはショコラティエやパティシエがつくる「高級ブランド」で二極化していたと思うんです。

であれば、素材をミニマルに、究極に「引き算」をしていくような和食の発想を活かしたクラフトチョコレートが、第三極の文化を形成するプロダクトになるのではないかと考えました。

それから実際にプロダクトを作り、産地に足を運ぶ中で、「チョコレートを新しくする。」というMinimalのアイデンティティが生まれてきました。

売り手と買い手の境界線をファジーにし、ブランドを一緒につくる

チョコレートを新しくするためには、3つのポイントがあると考えています。それは「Bean(生産地)」「to(製法)」「Bar(チョコレートの楽しみ方)」です。

まず生産地については、歴史の中で「量」の経済に支配されてきたカカオ農家に対して、「質」の経済の選択肢を増やしていくこと。そして製法では、日本らしい引き算の独自製法で、素材本来の特徴を引き出した新しい風味を出していきたいと考えています。

そして、最後の「チョコレートの楽しみ方」を新しくするためには、その前提として「ブランドとお客さんの関係性」を新しくすることが必要だと考えていて。

今までの店舗には、モノを「買う人」と「売る人」という明確な区分があったと思うのですが、その境界線をできる限りファジーにしていきたいんです。

僕は「小さな完成品より偉大な未完成品であれ」という言葉がすごく好きで。Minimalも、永遠に完成しない作品だと思っているんですね。

そして、私たちMinimalの人間だけでなく、農家さんやお客さんなど、関わるすべての人がつくり手であり、アーティストであると思っているので、そういった方々と一緒にブランド = 作品を作っていくものだと捉えています。

そのように考えると、お客さんの楽しみ方の分だけ、チョコレートの新たな体験が生まれてきます。例えば、目覚めのコーヒーとともに一片つまんで朝食代わりにしたり、夜にブランデーと合わせてご褒美にしたり。

結局、チョコレートは人々の生活を豊かにするための名脇役でいいと思うんです。むしろ、メディアやプラットフォームみたいなものとして、情報が入る「余白」を残しておく。それが、チョコレートのCX(顧客体験)を考える上で大切なんじゃないかなと思っています。

カスタマーが冒険のストーリーを歩める「世界地図」をつくる

MinimalのCX設計では、お客さんが興味を持つ「入り口」をたくさん作り、興味の動線を用意するようにしています。

例えば、パッケージのデザインにおいては、商品名の書いてあるカードの部分を取れるようにして、そのカードの内側に、カカオの産地や挽き方を記載しています。

はじめてMinimalを買ったお客さんがこれに気が付いて、次お店に行く時に、産地について店舗のスタッフさんに聞いてみようと思っていただければ、これが入り口のひとつになるんですね。

他にもフレーバーやカカオの割合、挽き方やペアリングなども記載しています。お客さんによって趣向や気になるポイントは違うので、こういった情報のどれかが入り口になると良いと思っています。

最初のきっかけは何でもいいので、とにかく多くの入り口を作り、興味の動線をどのようにデザインするかが大事です。

一方で、カスタマージャーニーマップってあると思うのですが、これを設計するのってめちゃくちゃ難しいと思っていて(笑)。というのも、プロダクトのペルソナを決めたとしても実際には色んな人がいますし、行動パターンも無限にあると思うんです。

もちろん、理想のパターンを置いて、どういう体験をしてもらったら一番いいよね、と考えることは大事だと思うのですが、それに固執してしまった瞬間、おそらく「狭いブランド」になってしまう。

そう考えると、特定のカスタマージャーニーを作るというよりも、カスタマーがジャーニーできる「世界地図」を僕たちが作ればいいのではないかと。

冒険者の数だけ、冒険のストーリーがあると思うので、「その地図をどれだけ面白くし、お客さんがわくわくする世界を作っていけるか」がすごく大事だと思っています。

そして、その地図の中では、僕らも知らなかったような道をお客さんに教えてもらうこともあって。例えば、「このお酒とのペアリングがすごく合うんですよ」と紹介いただいて、新しい発見をすることが実際にあるんですね。

なので、僕らのブランドは、自らの世界観にぎゅっと引き寄せるような求心力というよりも、根っこは一緒だけれど、様々な要素を取り入れながら、遠心力によって「表面積」を最大化させていくような世界観なんです。

そのためには、流行に乗るのではなく、長く続けていくことが一番大事だと思いますね。

入り口から興味の動線を引く「奥行き」を設計することが大事

一方で、表面積を最大化できたとしても、その先に「奥行き」がなければ、お客さんは離れていってしまいます。つまり、入り口からより深い場所へと、お客さんの興味の動線を引くことが大切です。

その施策の最たるものが、オフラインイベントですね。Minimalでは、創業当初からイベントを開催していて、これまでに延べ1万人程の方々が参加してくださいました。

主に3種類のイベントを開催しているのですが、店舗スタッフと一緒にモノづくりを体験するワークショップや、チョコレートのテイスティング、他のブランドとコラボレーションして行う商品開発など、内容は様々です。

今でも、週2回以上の頻度で、1回あたりの参加者5〜10人くらいの小規模イベントを開催しているのですが、一般的にはコストが合わないと思います。

ですが、僕らが重視しているのは、「自分たちのブランドがどれだけディープに、お客さんの心の中に入っていけるか」なんです。その意味では、2〜3時間もかけてお客さんとブランドについて考える機会ってすごく貴重で。

また、イベントを運営するスタッフ自身もブランドに対する愛着がわきますし、スタッフとお客さんや、お客さん同士が仲良くなることで、深い情報が伝わったファンが増えると思っています。

先日、新店舗オープンに向けたクラウドファンディングを「Makuake(マクアケ)」で実施したのですが、サービス上の「食」に関するプロジェクトの中で、支援人数が歴代1位(※2019年8月時点)だったそうなんです。

これもブランドを応援してくれるファンがたくさんいるんだなとわかって、すごく嬉しくて。Minimalというブランドが、お客さんのものであることが証明されたような気がしましたね。

魂を込めた「プロダクト」を中心に据えて、優しい世界を作りたい

こうしたCXや、お客さんとの関係性は大切なのですが、やはり僕らの中心は「プロダクト」であるということが、とても大事だと考えています。

今の時代、豊かさの定義自体が多様になってきていると思うんです。だからこそ、個人個人にとっての豊かさを満たすプロダクトにどう辿り着き、それを取り巻く人たちとどのような「思い」の交流ができるのか、がブランドにおいてすごく大事な気がしていて。

最近、DtoCサービスが注目されている要素のひとつにも、「お客さんとの距離が縮まることで、ものづくりに対する思いをきちんと届けられる」ということがあると思っています。

僕は、魂を込めているプロダクトがあって初めて、ブランドってできるんじゃないかと思っていて。そういうブランドが増えていったら、世の中すごく豊かになると思うんです。

Minimalを食べて美味しかったとか、楽しかったとか、いい気分になったみたいな人が増えていったらめちゃくちゃいいなと思いますし、Minimalを通じて、優しい世界をつくっていきたいですね。(了)

【読者特典・無料ダウンロード】UPSIDER/10X/ゆめみが語る
「エンジニア・デザイナー・PMの連携を強める方法」

Webメディア「SELECK」が実施するオンラインイベント「SELECK LIVE!」より、【エンジニア・デザイナー・PMの連携を強めるには?】をテーマにしたイベントレポートをお届けします。

異職種メンバーの連携を強めるために、UPSIDER、10X、ゆめみの3社がどのような取り組みをしているのか、リアルな経験談をお聞きしています。

▼登壇企業一覧
株式会社UPSIDER / 株式会社10X / 株式会社ゆめみ

無料ダウンロードはこちら!

;