- 株式会社Gunosy
- 執行役員 CTO / Gunosy Tech Lab所長
- 小出 幸典
「未知の領域」を仮説検証し、組織の技術力を高める。Gunosy Tech Labを新設した理由
〜短期・中期・長期の技術をどう高める?「Gunosy Tech Lab」を立ち上げ、個人のWILLをベースに事業と先行研究を両立する、エンジニア組織の作り方〜
エンジニアの技術力を高め、事業目標の達成に貢献するためには、どのような組織体制を構築すれば良いだろうか。
データとアルゴリズムに技術的な強みを持ち、メディアと広告の事業を展開する、株式会社Gunosy。
同社では、2018年の秋頃に「職能型」から「事業型」へと組織体制を移行。しかし、開発体制がそれぞれのプロダクトに最適化されたことで、各所で同じような課題解決を繰り返す「車輪の再発明」が起こっていたという。
そこで、事業型を残しつつ横断組織を再構築する形で、データとアルゴリズムを研究する専門組織「Gunosy Tech Lab」を2019年3月に設立。
4つの専門領域の研究開発を行う同組織では、事業に直結する短期の改善と、先行投資となる中長期の研究開発の両立を実現しているという。
また、個人のWILLに基づき、プロジェクトベースで業務をアサインすることによって、特定領域の技術的な知見を深めるだけでなく、エンジニア1人ひとりの中長期的なキャリア形成につなげているそうだ。
今回は、Gunosy Tech Labの所長を務める同社CTOの小出さんと、CDOの大曽根さんに、設立の背景から実際の研究開発の進め方までを詳しくお伺いした。
「車輪の再発明」から脱するため、Gunosy Tech Labを設立
小出 私は、2014年の夏にGunosyに中途入社しました。弊社では、インフラ部署の立ち上げから、アルゴリズムの刷新、自社プロダクトの開発マネージャーなど、様々な経験を積んできました。
2019年8月に、技術面での最高責任者であるCTO(Chief Technology Officer)に就任し、現在はGunosy Tech Lab(以下、GTL)の所長を兼務しています。
大曽根 私は、2015年11月にGunosyに入社しました。以来、小出とともにデータ分析やアルゴリズム刷新に取り組み、現在は、情報キュレーションアプリ「グノシー」の事業責任者と、最高データ責任者であるCDO(Chief Data Officer)を兼務しています。
弊社では2018年の秋に、前CTOの退任と、CEOが交代するという大きな体制変更がありました。それと同時に、それまで開発本部という「職能型」であった組織を、より個々の事業成長にフォーカスする「事業型」に移行したんです。
そうして、今まで一箇所に集まっていたエンジニアがそれぞれの事業部に散らばったことで、新たな課題を感じるようになってきました。
▼左:小出さん、右:大曽根さん
小出 具体的には、個別のプロダクトに最適化された開発体制により、機械学習のアルゴリズムやデータ整備など各所において「車輪の再発明」が起こっているような感覚がありました。
同じような改善に取り組んでいたり、どこかで上手くいったことが共有されなかったりして…広告とメディアという2大事業の垣根を越えるような開発ができていませんでした。
大曽根 また、事業型に所属すると、どうしても短期のタスクに追われがちになってしまうんですね。すると、事業に対する短期的な成果は出るのですが、中期でのシステム効率性の向上や、長期での研究開発といった部分へのリソース配分が難しくなってしまう。
そうした課題を解決するため、事業型を生かしつつ、データ活用の促進と情報推薦を研究する横断型の組織を再構築する形で、2019年3月にGTLを設立しました。
4つの専門領域を研究し、プロダクト改善とサービス開発を行う
小出 GTLは、主にデータ分析を担う「BI(Business Intelligence)」、機械学習やアルゴリズム開発を主とした「ML(Machine Learning)」、データ分析基盤を構築する「DRE(Data Reliability Engineering)」、研究開発の「R&D(Research & Development)」の4チームから構成されています。
▼Gunosy Tech Labの組織図(同社提供)
中途から新卒まで、約20名のエンジニアがGTLに所属しており、各々の専門領域を担っています。元々、各分野を研究していた人だけでなく、物理や経済など、多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まっています。
GTLは、自社サービスの技術的な改善と、開発した技術のサービス化を担っています。そのうち、自社サービスの改善については、大きく分けて短期と中長期のプロジェクトがあります。
短期としては、事業が抱えている課題に対して、最新の研究手法を用いることで、実際にプロダクトの数値が改善するかどうかの検証を行います。
たとえばBIやMLのチームでは、「メディアプロダクトの滞在時間や記事の読了数をどう伸ばすか」といったテーマについて、検証を行ったりしますね。
また中長期では、事業KPIには直結しないけれど、長い目で見たときに取り組むべき課題についての研究を行い、論文としてアウトプットしています。
たとえば我々の事業特性上、常にレコメンド機能の向上が課題としてありますが、そもそも何をもって「良い」とすべきかの評価尺度が非常に難しいんですね。
これに対して、R&Dチームが海外の先行研究を調査しながら、自社プロダクトでの応用研究をしています。
大曽根 加えて、弊社のアルゴリズムの強みを生かし、その技術力をベースにしたサービス開発にも取り組んでいます。
というのも、弊社のミッションである「情報を世界中の人に最適に届ける」ことを実現するためには、我々の技術をコンテンツメーカーの方々に提供していくことが大切だと思っていて。
そのため、外部企業に提供するサービス開発も、GTLの活動のひとつにあります。
短期、中期、長期のバランスをどう考える? 研究機関での難しさ
大曽根 一方で、技術投資における短期、中期、長期のバランスは、本当に難しいなと思っています。
1人の方が短期の改善を早く進められる場合もあれば、複数人で時間をかけた方が、長期的な成果につながることもあります。一方で、「3年後に成果が出る」と言っても、事業部の目標達成に同期することが難しくなるんですね。
このバランスについては、その時々で最適な解が異なるため、GTLの知見を各プロダクトオーナーにシェアしながら、短期、中期、長期でどのような改善に取り組んでいくかを都度話し合うようにしています。
また、R&Dの研究テーマについては、半期や四半期ごとのタイミングで、事業上の課題や、技術的にトライしたいこと、そして社会的に求められていること、の3軸で考えています。
BIやMLのチームとも定期的に意見交換をして、実際にどのような課題があるかを把握した上で、期中であっても必要に応じてテーマを変更することもありますね。
小出 そうした中、今感じている課題のひとつが、開発の進め方です。事業部ではスクラムによる開発を行っているのですが、GTLだと1週間ごとにスプリントを回してもあまりワークしません。
というのも、通常のプロダクト開発では、ロードマップに基づいてタスク分解をした上で、スクラムを回しながら消化していきますが、GTLの業務は未知の領域に関する仮説検証の繰り返しです。
つまり「この手順を踏めばクリアできる」といった道筋がわからないので、スクラムのように1、2週間のスプリントを回すというよりも、1、2日みたいな形で、より短いスパンで状況が移っていきます。
今なお試行錯誤中ではありますが、現在の運用としては、2週間ごとに共有する場を設ける他、特定のトピックに対して2、3人のチームを組み、プロジェクトベースで動いています。
経験のある人と若手を一緒のチームにすることで、新卒や未経験のメンバーも実務を通じて育つ体制になっていますね。
また、GTL全体の技術力を高めるため、複数のチーム間で、今研究している内容やその進捗をシェアする共有会を開いたり、海外の最新論文をみんなで読み合う輪読会「Gunosy DM」を毎週行ったりしています。
個人のWILLを大切にして、ピープルマネージャーがアサインする
小出 誰がどのプロジェクトを担当するかについては、現場のマネージャーが、本人のWILLや事業の状況を考慮した上で、アサインしています。
大曽根 弊社では、昨年からエンジニアのキャリアを、大きく2つに分岐しました。
ひとつは技術力を伸ばすリードエンジニア、もうひとつはピープルマネジメントをするエンジニアリングマネージャーです。各役割を担うメンバーが、事業部とGTLそれぞれに所属しています。
このエンジニアリングマネージャーが、1人につき5名前後のメンバーを見ており、隔週~月1回の頻度で1on1を実施しています。
どちらのキャリアに興味があるか、業務面においてはユーザーに近い開発がしたいか、特定の研究を深めたいか、幅広くやりたいか、といったことをヒアリングします。
他にも、既存の方法を横展開するプロジェクトから、全く前例のないプロジェクトまで、どちらの経験も積めるようなアサインを意識していますね。
小出 また、評価制度に関しては、事業部、GTLともに違いはありません。役割グレードに基づく行動評価と、アウトプットを見る成果評価の2軸で、半期ごとに評価を行っています。
もちろん、事業部の数値に直結する短期的なミッションよりも、GTLで行っているR&Dのような長期的なミッションの方が、成果が出るまでに時間がかかります。
ですが、評価における「行動」は、プロセスにウェイトを置いて評価しているので、対象期間中にどのように進められたか、またどの程度ゴールに向かって進捗できたかで見るようにしています。
技術職はヘッドカウントで捉えない。ミドルマネジメント層を強化
小出 GTLを設立してから、「今この技術を試しています」「こういう課題があったけれど、この方法でやってみたら上手くいきました」といった情報共有が、すごく盛んになったなと感じています。
データとナレッジの集約と蓄積ができるようになったことで、事業部への応用が進み、当初の課題であった「車輪の再発明」のようなことが減りましたね。
大曽根 こうした体制を作ることのできる背景には、会社として「技術投資」を重視していることもありますね。エンジニアをヘッドカウントで捉えずに、事業にどれだけ貢献するかで考えています。
今後は、よりピープルマネジメントを強化していきたいと考えていて。というのも、マネージャーがメンバー1人ひとりのWILLを引き出してプロジェクトにアサインしているので、結構人に依存したやり方なんですよね。
組織がスケールしていく上では、新卒の育成や中途で知見を持っている人を採用するなどして、そうしたマネジメントができる人を増やすことが大切だと考えています。
小出 僕らの学生世代は、人工知能や機械学習などが注目を浴びる前だったので、専門で研究している人は少なかったですし、それをビジネスの場で実践している人は、国内の市場全体で見ても数は少ないです。
ですが、今はそれを大学で研究しているような人が結構増えているので、GTLとの親和性はすごくあると感じています。実際に、Gunosyに新卒で入ってきた若手メンバーが、2、3年後にそういう領域をリードできる人材に育っているといいなと思います。
そして、ミッションの実現に向けては、今後も情報のパターンをどんどん増やしていきたいですね。テキストや画像だけでなく、動画や音声などの新しいコンテンツや、オンラインからオフラインへとチャネルを拡張していき、最適なアルゴリズムで情報を届けていきたいと思います。(了)