- 平安伸銅工業株式会社
- 管理グループ グループリーダー
- 小島 括俊
バリューを軸に「判断基準=創業家」から脱却。創業70年企業の生まれ変わりの軌跡
昭和27年に創業された平安伸銅工業は、今や誰でも知る「突っ張り棒」を日本で最初にヒットさせた企業だ。しかし、戦後の高度経済成長とともに成長した同社は、時代と価値観の変化に伴い、経営を大きく刷新する必要性に迫られていた。
そこで、創業家の三代目にあたる新社長のもと、DIY用ブランド「LABRICO」や、デザイン性の高い突っ張り棒「DRAW A LINE」といった新ブランドを立ち上げ。加えて、元々トップダウンであった組織の改革にも着手した。
なかでも特筆すべきは、「創業家の意向」が意思決定の判断軸である状態から脱するため行った、「ヘイアンバリュー」の策定と浸透のプロセスだ。
具体的には、バリューを「知る」「触れる機会を増やす」「理解する」「共感する」「行動する」というフェーズに分け、施策を次々と実行。
例えば「共感」を目的とする施策のひとつとしては、Spotifyのポッドキャスト機能を使った社内ラジオを通じ、社員1人ひとりのインタビューを配信。「音だけ」の世界であるがゆえに、聞き手1人ひとりの「解釈」が頭の中に描かれ、共感度合いが高まるのだという。
結果的に、社内で未来の決断についての対話がしやすくなり、メンバーからの自由闊達なアクションが増加。カルチャーに共感する人材からの自己応募が増えるなど、採用にもポジティブな成果が見られたという。
今回は同社の組織・人事周りの施策実行をリードしてきた小島 括俊さんに、平安伸銅工業における組織変革のビフォー・アフターについて、詳しくお伺いした。
創業70年の日用品企業。時代の変化に応じて、経営を大きく刷新
私は2011年に新卒で大手メーカーに入社し、海外営業やマーケティングに従事していました。その後、結婚を機に、実家があった京都に拠点を移すことにしたんですね。
当時、大きな組織の中で働くことにモヤモヤを感じていたこともあり、次は小さい会社でチャレンジしたいなと。
そういった背景から、2017年11月に、当時35名ほどだった平安伸銅に入社しました。現在は管理グループのグループリーダーとして、組織人事関連を中心に見ています。
▼同社オフィスの様子
平安伸銅は、2022年に創業70年を迎える家庭日用品の会社です。戦後、日本の人口増とホームセンターの成長と共に、コストを重視した商品の大量生産によって事業を伸ばしてきました。
しかし時代の変化で、徐々に市場が停滞してくるのと平行して、「豊かさ」の定義が変わっていきました。物質的な価値だけではなく、より情緒的な価値が求められるようになってきたと。
そのタイミングで経営を変えようということで、2015年に創業家の三代目にあたる現在の社長が就任し、新しい商品の開発や、組織変革に着手してきたという背景があります。
当初はかなりドラスティックに改革を進めていたようで、ボトムアップで組織を変えていくことへの強いこだわりから、少しやりすぎてしまった部分もあったようです(笑)。当時のことを社長は、「経営の未熟さがあった」という風に言っていますね。
当時、価値観のズレから「ついていけない」と退職する社員もいたようです。その一方では、新しく海外事業や自社ECの立ち上げを行ったこともあり、以前にはいなかったような多様な人材が入社してきました。
結果的に、時間をかけて組織の半分ほどが入れ替わったような形になったんですね。私が入社した2017年当時は、ドラスティックな変革は落ち着いたものの、今後どう新しい組織を作っていくのか、引き続き課題と向き合っている状態でした。
「創業家の判断」ではない、新しい会社の共通規範を設けたい
当時抱えていた組織的な課題でいうと、まず経営陣が創業家ということで、「組織の透明性を高めきれない」ことがありました。
例えば、「会社の資産である土地を以前に購入した…という方から電話があったが、誰の土地だ」みたいな(笑)。これまで長く続いてきたファミリービジネスである以上、誰がどう意思決定したのか、よくわからないことがどうしてもあります。
また、社内の雰囲気として「メンバー 対 創業家」という対立軸で物事を捉えてしまうところがあって。会社としての判断基準も、「創業家がこう言っているから」という一言で議論が終わってしまうなど、悪く言うと「思考停止」に陥っている部分もありました。
事実、中間管理職という存在もほとんど機能しておらず、経営トップがメンバーに直接指示を出している状態でした。社員同士が活発にアイディアを出し合ったり、連携しながら新商品を作っていったり、ということはなかったですし、求められてもいなかったと。
この「ファミリービジネスである」ということは、過去には強みでもあったと思います。例えば、過去にアルミサッシから突っ張り棒へと大きく事業を転換したような、「英断」がしやすい。また超長期の視点で見れば、株主からの介入なくビジョンを追求できる、ということもあると思います。
しかし現代においては、このままの文化では難しい。そこで2018年から取り組んだのが、「ヘイアンバリュー」の策定です。1年弱ほどかけて、最終的に9つのバリュー(共通の行動規範)を決定しました。
▼「ヘイアンバリュー」の詳細
バリュー浸透の段階を5つに分ける。まずは「知る」ことから
バリューの策定後は、それを浸透させるために、まずバリューを「知る」ための施策をスタートしました。その後「(バリューに)触れる機会を増やす」「理解する」「共感する」という段階に分けて施策を打ち、最終的に「行動する」につながることを目指す形です。
バリューを「知る」という点については、経営者からの発信に加えて、バリューのビジュアル化を行いました。「このマークがヘイアンバリューだ!」ということをわかりやすく形にするために、社内のデザイナーにも協力してもらって作成しました。
このマークを、社内のプレゼンテーションやスライドなどに常に入れておくことで、皆で同じ方向を向くんだ、というメッセージが伝わるようにしていましたね。
次に取り組んだのが、バリューに触れる機会を増やすことです。もともと組織がトップダウンだった歴史もあるので、まずは安心してもらう、楽しく触れてもらうことを大事にしたくて。そこで作ったのが「バリュークッキー」です。
▼【左】ビジュアル化されたヘイアンバリュー 【右】バリュークッキー
作ったクッキーは、社内総会の中の談話タイムに、おやつとして提供しました。バリューというと堅苦しく、抽象的で答えのないものと思うかもしれないけれど、もっと楽しんで考えていいんだよ、ということを伝える狙いがありました。
また同時並行で、「バリューを理解する」ための取り組みとして、バリューのいずれかに紐づく取り組みの発表会や、ワークショップを始めました。
最近の発表で面白かったのが、「ヘイアンラップ」ですね。社員3人がチームを組んで、オリジナルのラップとミュージックビデオを発表してくれたんです。音源づくりから撮影、編集まで、こだわって制作したようです。
▼実際のミュージックビデオのスクリーンショット
このようなイベントは半年に一度ほど開催していますが、どんどん主催・企画する社内メンバーを変えています。それによって、「バリューについて1番考える」経験を多くの人が積むことができ、「共感」にもつながっていきますね。
「シアター・オブ・ザ・マインド」効果で共感が強まる社内ラジオ
また、バリューに「共感する」ための取り組みのひとつとして、Spotifyで「平安ラジオ」を配信しています。
もともとは、ビジョンやバリューのような「組織の価値観」って、抽象的でわかりにくいよねという話をしていて。もっと具体的な話をして抽象度を下げたいなと思ったときに、最も具体的なのは、「社員1人ひとりの考え」ではないかと。
私たちのバリューの中には「私らしい暮らしを実践しよう」というものがあり、社員の暮らしと会社の接点を作りたいなと思っていて。そこで、「『らしい暮らし』をお届けします!」というテーマを掲げて、毎回社員にインタビュー形式で趣味や好きなものについて話してもらう…という形式のラジオにしました。
インタビュー記事のような形式でもいいのですが、スキルもないし時間もかかる。何より、この取り組みを継続したいと考えたときに、コストに見合っていて、かつ気持ち良いことが一番続くだろうなと考えたんですね。私自身も元々ラジオが好きだったので、これだ、と。
例えば「みなさん、かぶいていますか?」という会は、歌舞伎が好きな社員に1時間以上も語ってもらったのですが、すごく反響がありましたね。
社内でその人が歌舞伎好きということもあまり知られていなかったので、社内コミュニケーションのきっかけにもなったようです。また採用SNSのWantedlyでこのラジオを公開することで、入社前の人や、弊社に興味を持ってくれた人もアクセスできるようにしています。
ラジオって「音だけ」の世界じゃないですか。なので、得た情報から「相手の立場になろう」とするんですよね。
ラジオナビゲーターのジョン・カビラさんがよく言われている「シアター・オブ・ザ・マインド」という言葉があります。音を聞くことで、頭の中に自分の「劇場」が生まれる…という意味合いです。
聞き手が自分の中に音を吸収して、解釈して頭の中に描くので、自己対話しながらイメージをする。それによって、共感度合いが高まるのだと思っています。
社内の雰囲気が「自由闊達」に。意思決定の判断軸がバリューに変わった
バリュー浸透だけではなく、組織変革のために様々なプロジェクトを行いました。例えば、チームビルディングを強化するために導入したのが、社内で「タイワ」と呼んでいる1on1です。
組織変革で色々なプロジェクトを打ち出したことで、社内の認知やマインドセットが揃っておらず、「モヤモヤを抱えた人」が増えていて。こうしたモヤモヤを話せる、聞ける機会をとろうということで、継続的に実施しています。
こうした取り組みの結果としてひとつあるのは、採用です。新卒を除いても直近3年で17人が入社しているのですが、カルチャーに共感して自己応募してくれる人が半分と、その割合が増えたんですね。
▼厚生労働省の中途採用成功事例にも同社の取り組みが掲載
また、社内の雰囲気が自由闊達になり、メンバーが自分からどんどん新しい取り組みを行うようになってきました。
例えば、中途入社の営業メンバーが、商品の深堀り会を全社を巻き込んで実施してくれたり、ECを担当しているメンバーが、DRAW A LINEを使った快適なリモートワークのプロジェクトを立ち上げたり…。
以前は「待ち」の姿勢が強い組織だったので、本当に変わったと思います。バリューがあることで、例えば経営者に対してでも「この意思決定はバリューからズレてませんか」というように、意見を出しやすくなったんですよね。
特に「正解のない」新規事業や新しいチャレンジは、数字の積み上げでは判断できないことも多くあります。その判断軸にバリューがあることで、抽象的な決断、未来の決断についての対話がしやすくなったと感じています。
今後のチャレンジとしては、まず事業成長を加速させる組織を作っていきたいです。DRAW A LINEに続く次ブランドの立ち上げや、海外売上の比率をアップさせるといった挑戦に、経営だけではなくメンバーと共に取り組んでいきたいですね。
もうひとつは、情報のオープン化です。社内だけではなく、応募「前」の人に向けても就業規則を公開するなど、情報の非対称をなくすために社外に向けた透明性も、より高めていきたいと考えています。(了)