• 株式会社10X
  • 代表取締役CEO
  • 矢本 真丈

神は「順序」に宿る。10Xの、バリューを軸に組織のスループットを最大化する方法

〜組織の基盤は「バリュー」にあり。「自律した上で、背中を合わせる」ための情報共有・コミュニケーションの仕組みと、不確実性に強い組織の創り方とは〜

スタートアップが、非連続な価値を社会に生み出すためには、どのような組織を創ればよいのだろうか。

開発不要でネットスーパーの垂直立ち上げを実現する「Stailer」を2020年5月にリリースし、小売流通業界のDXを推進する、株式会社10X。

「10xを創る」をミッションに掲げる同社では、その実現に向けて、社員共有の価値観となる3つのバリューを策定。それを体現できる環境づくりに、創業時から注力してきたという。

まず、ドキュメント管理ツールのNotionを活用して、仕事や人の情報がどこにあるかがわかる「情報の地図」を整備。さらに「雑談」を重視し、Slackで完結しないコミュニケーションを推奨している。

現在は、インターナルのコミュニケーションを最大化する週1日のオフィスデーを設け、リモートと対面のそれぞれの良さを活かすことで、組織全体のスループットを高めているそうだ。

同社代表の矢本 真丈さんは、「組織づくりは『順序』を意識し、事業に準じて取り組んでいくことが大事」だと語る。

今回は矢本さんに、10Xのバリューを体現する環境づくりと、不確実性に強い組織の創り方について詳しくお伺いした。

「10xを創る」ため、組織の基盤となる「バリュー」を重視

10Xを創業した時から、僕は「世の中を10倍よくする」「10倍よいものを人々に届ける」ということを目指しています。その具体的なテーマには、特にこだわりはないんです。

最初に創った献立アプリの「タベリー」は、「献立を提案し、必要な食材をオンラインで注文できる」という10xなユーザー体験を届けるサービスを志向しましたが、今年の9月末をもってクローズすることになりました。

そして今、新たに注力しているのが、開発不要でネットスーパーの垂直立ち上げを実現する「Stailer」というプロダクトです。現在はセブン&アイ・ホールディングス傘下のイトーヨーカドー社をパートナーとして、小売流通業界のDXを進めています。

僕は、「10xを創る」というミッションを達成するために重要なのが、組織の基盤となる「バリュー」だと考えています。

弊社には「10xから逆算する」「自律する」「背中を合わせる」という3つのバリューがあります。ひとつめは、改善の延長ではなく、非連続な価値を生み出すために逆算して思考するということ。

ふたつめの「自律する」は、不足しているスキルを習得したり、情報を取りに行ったり、人との関係を築いたりといったアクションを自ら起こせるようなオーナーシップのことです。

その自律とともに大切にしているのが、3つめの「背中を合わせる」。自律した個々がお互いを信頼して、コミュニケーションを取ることで、組織のスループットが高まると考えています。

現在、弊社にはフルタイムで18名のメンバーが在籍していますが、採用ではこれらのバリューを基準として設けていますし、評価にも反映しています。

ただ、こうしたバリューを持ち合わせた人が入ってくれたとしても、すべてを人に聞かないと何もわからないような環境では、自律しようにもできないじゃないですか。

なので、創業初期から情報共有やコミュニケーションのロスをできる限りなくし、バリューに即した行動ができる環境づくりに力を入れてきました。

Notionで「情報の地図」を作り、仕事と人の情報を共有する

その環境で大切なのは、どこにどのような情報があるかわかる状態、あるいは、わからなければ誰に聞けばよいかすぐわかる状態をつくることだと思っています。

弊社では「Notion」というドキュメント管理ツールを活用しているのですが、最初に「情報の地図」にあたるドキュメントがあるんですね。10Xにジョインしたら、まず読んでもらうものになります。

▼Notionで作成した「情報の地図」(一部)

ここには、我々はどういう状態を達成したいか、どの情報がどこに置かれているか、どんなメンバーがいてそれぞれ何に詳しいのか、情報をどう取り扱うか、などが記載されています。

これを参照すれば、何かをするときにどこに必要な情報があるかがわかりますし、もしわからなくても誰に聞けばよさそうかの検討がつくので、オンボーディングのコストは小さくなっていますね。

またNotionには、業務に必要な情報だけでなく、人の情報も蓄積しています。メンバー全員が自己紹介ドキュメントを作成し、今までの人生においてどのような出来事があり、どういう気持ちだったかを共有することで、背中を合わせやすい状態ができているかなと思います。

一方で、ドキュメントが揃っているからといって、それだけを見て仕事を進めてくださいというわけではなくて。むしろ、5分探して欲しい情報がなかったら、すぐ人に聞く方がいいと思っています。

前提となるドキュメントを元に、コミュニケーションをする。その結果、わからないことが解決されたり、新しいことが生まれれば、それをまたドキュメントに反映する。この繰り返しで、ドキュメントを中心とした情報流通のシステムをみんなで一緒に育てていくことが大切だと考えています。

また、ドキュメントに残すか、チャットで済ますかの分かれ目は、後から来た人が参照すべきものかどうかだと思っていて。例えば、AさんとBさんがいて、同じチームのC、D、Eさんがわかればいい内容であれば、チャットにさっと残して終了でいいと思うんです。

ですが、決まった事項やその背景が、今、その場にいない人だけでなく、後から入ってくる人に伝達し得るものであれば、必ずドキュメントにする。そういった形で、情報を管理していますね。

すべてをSlackで完結させず、すぐに「話せる」環境をつくる

弊社の特徴として、実は、Slackをあまり重視していないんです。もともと、雑談のコミュニケーションを重視していて、週5日オフィスを基本ルールにしていたので、オンラインは最小限のやり取りしかなくて。Slackのチャンネル数も、リモートになる以前は「general」「random」「dev」の3つくらいしかありませんでした(笑)。

それが新型コロナウイルスの影響で出社できない状況になり、リモートでのコミュニケーション方法を模索してきました。

弊社の工夫としては、基本はSlackでやり取りしつつ、でもやっぱり口頭で話したいという場合は、躊躇せずにコールすることをガイドラインにしています。

具体的には、SlackからGoogle Meetをすぐ立ち上げられる状態にしていて、Slackで相談したい相手にオープンチャンネルでメンションを送り、Meetで話して、終わったらその要点を箇条書きでSlackに残す、という運用です。

▼実際のMeetとSlackを活用したコミュニケーション

こうすると、「今、誰と誰が話しているか」や「どんな内容について話したか」がSlack上で明らかになるので、自分にも関係があるなと思ったら誰でもジョインしやすいんです。

リモートワークでは、誰と誰が、何を話したのかが暗黙的になりやすいし、かといってSlackのチャットですべてを完結させるのはやはり難しいので、それを解決する方法として有用だと思いますね。

また以前は、「なぜ10Xという会社が存在するのか」といったWhyに関するドキュメントが多かったのですが、リモートになってからは、NotionやSlack上でのコミュニケーションのガイドラインなど、Howに関するドキュメントを増やしました。

今年の春頃から毎月新しいメンバーが増えてきており、そのオンボーディングの準備とリモートの対応が重なって、だいぶ整備が進んできたかなと思います。

テレワークとオフィスの働き方を組み合わせ、生産性を最大化

ただ、どうしても雑談については、うまくオンラインで再現できない部分もあるかなと思っていて。

雑談のいいところって、雑談するなかで相談しやすい関係性が作れたり、その雑談がみんなに聞こえることで範囲を拡張しやすかったりすることだと思うんです。

例えば、誰かが雑談している時に「あ、これ自分に関係ありそうだな」と思ったら横から入ったり、逆に話してるうちに「もう、これ自分はいいな」と思ったら勝手に出ていく、みたいなことがしやすいじゃないですか。

そこで現在は、毎週水曜をオフィスデーにして、「インターナルのコミュニケーションを最大化する日」と定義しています。

この日は、全社員が10時から17時までオフィスに集まるルールにしていて、もうとにかく話すんです(笑)。全体会議や新しいメンバーのオンボーディングをしたり、緊急ではないけど重要だと思っていたことや、直接話して解消したかったこと、たわいもない雑談なども、まとめて話しています。

こうした機会を明示化することで、実は、週5日オフィスの時よりも良いことがあって。以前は、雑談している人と集中している人が常に同じ空間に居たので、遠慮ややりづらさが発生していました。

ですが、今のように明確に分けていると、この日は話していい日だからとにかく話す。その分、週4のリモートの時に、自分が集中しやすい環境でしっかり進める、というメリハリがつくんです。

オフィスデーの日に、コードを書くのがめちゃくちゃ捗ることはないけれど、その1行のコードを生むために必要な情報のやり取りや、仕様の不明点の解消などは、その日にまとめてできる。結果的に、1週間トータルの生産性が高まっていると思いますね。

また視点を変えると、弊社の特性上、外部パートナーとも一緒にプロジェクトを進めるので、俯瞰してみると10Xとパートナーがリモートワークをして事業を作っているのと同じ状態なんですね。

そのため、リモートを主体とした働き方に投資をすることが、事業にとっても長期的に必要なことだと思うので、より良いやり方を模索して、社内外に伝えていきたいと思っています。

CEOレビューを通じて見えてきた、新たな課題への向き合い方

僕は、事業も組織も、常に実験だと思っていて。何かしらの「課題」があるなかで、それを解決するために何かを試してみて、うまくいくなり、やめるなり、何かしらの結果が得られる。

新型コロナウイルスの流行初期は「社員の安全を守る」ことが最も重要だと思っていたので、フルリモートにすぐ対応し、感染者を出さないで組織のスループットを高めていくにはどうすればよいかを、都度考えて検証して。今の段階では、週1日オフィスの形が一番適しているかなと思っています。

また先日、10Xに出資している投資家の方に僕以外の社員全員と1on1をしていただき、「矢本はCEOとしてどうか」というレビューをしてもらったのですが、そこで新たな課題が見えてきたんですね。

それは何かというと、10Xは、自律と背中合わせのカルチャーがすごく浸透しているプロフェッショナルな組織である一方で、「私はここにいてもいいんだ」という無条件に受け入れられるようなインクルーシブさが弱いということ。

このプロフェッショナルさとインクルーシブさは、ともすると背反しがちなのですが、うまく両立できるはずだと思っていますし、それを10Xらしいやり方で解決していきたいと思っていて。

例えば、ランチに行くとか、1on1をするといった手段もあるとは思いますが、そうすると「1on1をできる人数=マネジメントできる人数」となり、キャップができてしまいますよね。

そうではなく、そもそも「インクルーシブさ」とは具体的に何で、どのような課題が解決されたらよいのか。いまも業務や人に関する情報が流通する仕組みがある中で、あと足りないワンピースが何なのかを、もっと突き詰めて考えていきたいと思っています。

神は「順序」に宿る。不確実性に強い会社であり続けるために

僕は、組織に対して常に考えていることが2つあります。

ひとつは、「神は順序に宿る」。例えば、100人の規模でうまくいく施策を今の20人規模でやっても、必ずしも正解じゃないと思っていて。フェーズごとに最も重要な一手は何か、という順序を意識します。

もうひとつは、「組織は事業に準ずる」ということです。「株式会社」は、もともと船団をつくって大きなリターンを取りに行くものじゃないですか。あくまで事業のために組織がある。

組織づくりは、一度失敗したら後戻りしづらかったり、それによるロスってものすごく大きいと思うんですね。10人のスーパースターを採用するよりも、例えば1人の全くカルチャーが合わない人を採用したことによる全体のスループットの低下、といったミスの方が大きな影響を及ぼすと思っています。

なので、めちゃくちゃ慎重に順序を意識して、事業のためになることに取り組んでいく。これが、僕が考える組織づくりの根底にあります。

正直、事業については、まだかなり不確実性が高いと思っていて。今もキャッシュフローは生まれているし、今後もすばらしい企業と一緒に取り組めることが見えている。

けれども、果たして本当にこれで10xが起きるか、ユーザーの生活が10倍良くなるレベルに至るかと言われると、個人的には少なくともあと10年くらいかかると思っています。

時間を投資する必要があるということは、そこにお金がかかるということです。その間に、方針の大きな転換や、解くべきものすごく大きい開発のイシューが発生したりなど、我々が今まで経験したことがないような不確実性に向き合う可能性がものすごく高いと思っているんですね。

その不確実性に強い会社であり続けるためには、半脆弱性、つまり機敏に意思決定ができるかどうか。既存の枠にとらわれないで大きく身動きを変えられるかが、大切だと思っています。

なので、カルチャーやチームの動きを犠牲にしてでも100人、200人と一気に増やしていくというよりは、事業推進に対して必要な人数に対して少し足りないくらいの組織規模で、それぞれが常に10倍の生産性が上がる方法を、頭からひねり出す状態を作りたい。

とはいえ、現在、事業の成長速度に組織の成長速度が追いついていないのが正直なところなので、積極採用中です(笑)。現在20名弱の組織ですが、来年には倍程度をイメージしています。

ただ今後、組織がスケールした後も、100人で100個の問題を解くのではなく、めちゃくちゃ厳選した20の超でかいボールを少数精鋭で解く。変化に強く、個人の創造性がしっかりと発揮できる状態に、組織を育てていきたいです。(了)

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