- Tractable株式会社
- Head of Recruitment & Talent Management, Japan
- Innokentiy Kato
カルチャーフィットではなく「アド(add)」。急成長ユニコーン企業Tractableの採用戦略
2014年に英国で設立され、2021年には金融サービス向け画像認識AI領域で世界初のユニコーン企業となったTractable(トラクタブル)株式会社。世界から注目を集める同社だが、その日本支社におけるユニークな採用方針については、まだメディアで語られたことがないという。
現在約50名が在籍する日本支社では、徹底した多様性を活かしたチーム作りが行われている。国籍やジェンダーの多様性のみならず、採用時はカルチャーフィットを超えた「カルチャーアド(Culture add)」の観点で、組織に新たな風を吹き込んでくれる人材かどうかを重視。
加えて、イノベーティブな意見が生まれる環境を守り育てるため、メンバーの出身業界に偏りが出ないように細心の注意を払っているそうだ。
そして、組織づくりの一環で行うダイバーシティに絡めたワークショップも一風変わっている。たとえば、異なるバックグラウンドを持つ人々の心情を理解し、受け入れ合う風土を醸成するためのゲーム等を実施しているという。
こうした約1年に渡る組織への働きかけによって、同支社のエンゲージメントサーベイでは、前年同期比と比べて社員からの評価スコアが約28%上昇し、より良い風土が広がっている。
今回は、採用責任者 兼 人事部長として組織改革に携わるInnokentiy Kato(ケシャ)さんと、共に採用・人事に関わるAilian Li(アイリー)さんに、詳しいお話を伺った。
※以下の記事内では、お名前を愛称にて表記させていただきます(編集部注)
重視するのは「Culture add」。新たなカルチャーを生み出す人材を採用
アイリー 私は18歳で来日し、大学卒業後は外資系転職エージェントやナイキジャパン、「TikTok」を運営するByteDanceといった企業で経験を積んだ後、2021年11月にTractableに入社しました。
弊社はロンドン発のAIスタートアップで、自動車事故や自然災害による損害状況を画像認識AIによって瞬時に判定することで、保険金支払いの迅速化などを通じ、事故や災害からの早期復旧を支援しています。
2021年には、金融サービス向けの画像認識AI領域で世界初のユニコーン企業となりました。現在、世界各地に12の拠点を持ち、グローバルでは約350名、うち日本には約50名が在籍しています。
▼Ailian Li(アイリー)さん
ケシャ 私は約22年前に日本に移住し、商社や転職エージェント、Box Japanを経て、2021年3月に採用責任者 兼 人事部長としてTractableに入社しました。
弊社は非常にカルチャーを重んじる社風で、中でも「Diversity」「Supportive」「Challenge」という3つのカルチャーを大切にしています。
私が入社した当時は、これらを浸透させる活動は積極的に行われていませんでしたが、その頃の日本支社には14名しかいなかったため、組織内のカルチャーに対する意識は一定レベルで保たれていたんですね。
ただ、私は組織が30人になると「権限移譲の壁」が、50人になると「コミュニケーションの壁」が生まれると考えていて、組織の拡大に伴って、Tractableが大切にしているカルチャーが薄まっていってしまうのではないかという危機感を抱いていました。
そこで、あらためて多様性を追求し、それを受け入れて支援し合える組織を目指して、徹底した「多様性を活かしたチーム作り」の取り組みをはじめました。
そして、その中で最も重要なのは「採用」だと考えています。
私たちは採用基準として、テクニカルスキルとカルチャーアドの2点を見ていますが、テクニカルスキルは期待値に達していなくても問題ないんですね。
しかし、カルチャーフィットを超えた「カルチャーアド(Culture add)」を候補者に期待できるかどうかは、非常に重視します。私たちの既存のカルチャーに、何か新しい風を吹かせてくれそうか、という観点です。
その見極めのために、選考初期から候補者とカルチャーについての意見交換をしています。その際にカルチャーフィットはもちろん、カルチャーアドに繋がらないような方であれば、残念ながらどんなに優秀な人材でも採用を見送っています。
▼Innokentiy Kato(ケシャ)さん
アイリー ここに関しては人事として信念を持っていて。たとえば、本国のチームから「スキルが十分なので採用すべきだ」と言われても、私たちがカルチャーアドの観点が不足していると感じれば明確にNoと伝えますし、本国側がダメだと言っていても採用に至ることもあります。
そこは一方的にNoと言い渡すのではなくて、お互いに心を開いてきちんと話し合いをした上で判断していますね。
ケシャ 加えて、ダイバーシティの観点で、「組織内に同じ業界・企業の出身者による過度な偏りを作らない」ように気をつけています。
その背景には、同じような経歴を持つメンバーは、自然と行動や思考性が似通ってしまうため、多様でイノベーティブなアイデアが生まれにくくなるという考えがあるからです。また、同じ企業の出身者が集まると、派閥ができやすいという側面もありますね。
そのため、人事担当の私たちはメンバー全員の経歴をすべて暗記していて、組織の中に偏りが出ないように注意深く採用活動を行っています。
もちろん、同じ業界・企業からの出身者は最初からお断りすると決めているかというと、そうではなくて。同じ業界でも大手企業やスタートアップといった環境の違いで経験内容は大きく異なりますし、やはりその人自身をよく見て、将来的にカルチャーアドをもたらしてくれそうかという点を最上位に置いていますね。
マイノリティを受け入れる難しさをゲームから学び、組織に生かす
ケシャ 入社後、初日に必ず行うのが「カルチャーオリエンテーション」です。その1番の目的は「なぜ入社したのか?」を改めて思い出してもらうことにあります。
というのも、メンバーの9割は、Tractableのカルチャーへの共感を理由に入社に至っていて。そこを一方的に伝えるだけではなく、相手を巻き込んで会話をすることで、カルチャーへの理解を深める場としています。
たとえば、弊社が大切にしている価値観のひとつである「健全に意見を戦わせること」について話す時は、社長の例を出します。弊社の社長はかなり論理的にプッシュしてくるので、慣れていないと「相手は社長だし、こんなに論理的にこられたら言い返せないよ」と思ってしまうんですね。
しかし、もし彼のロジックを覆すことができたら、新たな正解に繋がるかもしれない。だとしたら、バチバチと意見交換した方が社長自身も喜ぶし、会社にとってプラスにもなるんですよね。
そういった日常でリアルにあるシーンを伝えながら、Tractableのカルチャーを感じ取ってもらうイメージです。
他には、Quarterly Business Reviewという四半期ごとの振り返りプログラムを設けていて、そこではビジネスの内容と共に、ダイバーシティやカルチャーに絡めたワークショップを開催しています。
中でもすごく評判が良かったのが、「異なるバックグラウンドを受け入れられる風土を高めること」を目的として行ったものでした。
簡単にご紹介すると、全員無言でジェスチャーのみ可能という条件で行うカードゲームです。まずグループに分かれてテーブルに着くと、トランプカードとルール説明が配られるのですが、実はテーブルごとに少しずつルールが異なっています。しかし、そのことをプレイヤーは知りません。
基本的なルールは「強いカードの上に同じ柄のカードを置けば勝てる」といった簡単なものですが、テーブルによってカードの強さが逆なんですね。「9の上に10は置けないけど、このマークのカードなら置いても良い」といったスペシャルカードのルールが付与されたテーブルもあります。
各々がルールを暗記して1回目のゲームが終わると、勝者は時計回り、最下位の敗者は反時計回りで他のテーブルに移動します。そのまま2回目のゲームを開始すると、移動したマイノリティの人は正しいルールで一生懸命やっているつもりなのに、他の人たちとは認識しているルールが異なるので「違う、違う!」とジェスチャーで訴えられてしまう。そこでは訳もわからないまま、疎外感を味わうことになるんです。
一方で、元々そのテーブルにいたマジョリティの人たちからすると、外部から来た人が全くルールを理解せずに変なことばかりするので、混乱や怒りを感じます。
そして、最後にそれぞれのルールが異なっていたことを知って、なぜそのような事態が起きていたかを理解するような形です。
▼ワークショップのイメージ図(編集部作成)
このワークショップによって、「違うルールの集団に受け入れてもらう難しさ」「外部から来た異なるルールの人物を受け入れる難しさ」を、みんなに身をもって体感してもらうことができました。
アイリー このように弊社で行うワークショップは、現状のカルチャーについて意見を出し合うようなものなど、状況を見て変化させています。
カルチャーフィットの度合いは数値化が難しいものですが、このようなワークショップを通じて自分自身が今どの程度フィットしているのかを体感しながら、より意識を深めていくという形が良いのではないかなと思っています。
サーベイスコアが約28%も上昇!自分らしさも受け入れ合う風土へ
ケシャ 最後に、私たちがダイバーシティの観点で大事にしている「自分らしさの発露」についてお話しできればと思います。
現在、日本支社では外国籍か海外で1年以上生活した経験のあるメンバーが半数以上を占めており、年齢層は26歳〜62歳までと幅広く、ジェンダーの偏りもありません。しかしそれだけでなく、私はダイバーシティの対象には個人のバックグラウンドや、その人らしさといったキャラクターまでが含まれると考えています。
私が来日した当時は、「郷に入っては郷に従え」ということわざを強く意識していましたが、これが現代のビジネス社会に合っているのかと言ったら、そうではないように思っていて。
もし自分らしさを表に出すことができなければ、組織における心理的安全性は確実に低下します。周りに気を遣うことでストレスも溜まり疲れるので、結果的に会社全体のプロダクティビティが下がることに繋がるんですよね。
そのため、弊社では「Transparent(透明性)」のある環境づくりを大切にしています。
もし会社が直面している課題があれば、経営陣の中だけで完結させるのではなく、メンバーを巻き込んで対策を打つことで会社への信頼度を高めるように意識し、間違いがあればたとえ相手が社長であっても、立場を気にせずに率直にフィードバックするといった形です。
そういった1つひとつの積み重ねによって見えない壁がなくなり、誰もが自分らしさを保ちながら声を挙げやすくなるし、相手を受け入れられるようになると考えているんです。
今、私が考える「組織にダイバーシティが広がっている理想の状態」を100としたら、自信を持って90以上に達していると思っています。
実際に、週次のエンゲージメントサーベイでも、この1年ほどの取り組みの成果が出ているように感じていて。特に組織のダイバーシティへの評価は、前年同期比で年間平均スコアが72から92へと変化し、27.8%も上昇しています。
▼同社サーベイ内の「Diversity climate」におけるスコア推移(前年同期比)
まだ日本支社の規模は小さいですが、さらなる組織拡大を見据えて、今後もダイバーシティマネジメントの取り組みを強化していきたいですね。
組織のカルチャーチャンピオンを人事がサポートする形がベスト
ケシャ これまでの取り組みを振り返って、もし他の企業でダイバーシティマネジメントを行うとしたら「人事だけでやらないことが大事」だとお伝えしたいです。というのも、人事主催では強制感が出て、次第に誰も集まらなくなってしまうからです。
最初のきっかけは人事だとしても、実際の活動は本当に推進したいと思っている人たちに任せることが重要で、私はその人たちをカルチャーチャンピオンと呼んでいます。
彼らには2つのパターンがあって、そこまで意欲はないけど指名されたから活動してみる人と、後ろ盾がなくても自らパッションを持って組織に働きかけていく人ですね。この後者が、真のカルチャーチャンピオンじゃないかなと思います。
しかし、1人が旗を振るだけでは影響力が少ないので、他のメンバーを巻き込んでボトムアップで活動していくことと、会社としても明確に推進する意志を示してサポートをしてあげること。そして、最初から思いっきり舵を切るのではなく、コツコツと進める方が上手くいくように思います。
弊社のワークショップなどの運営はまだ人事が担うことが多く、私とアイリーだけではアイデアに限りがあるので、来年度はさらに多くのメンバーを巻き込みながら、バトンを渡していきたいなと思っています。
また、組織において順調なこと、困っていることが見えて来たので、状況に合わせてプログラムの内容を調整し、より最適化していきたいですね。
アイリー 私も今後は、もっと気軽にフィードバックを送りあえるような仕組みを作っていきたいなと思っています。
ダイバーシティが促進されているからこそ、新しいアイデアが生まれやすい一方で、正反対のアイデアがぶつかることもあります。その時に、常にお互いが自分らしい意見を伝えられて自由に話し合えるように、人事としてサポートしていきたいですね。(了)