- 株式会社アクセルスペースホールディングス
- 執行役員 チーフエバンジェリスト
- 山崎 泰教
「宇宙を普通の場所に」アクセルスペースが描く、ディープテック領域のブランド構築とは
2008年の創業以来、世界初の民間商用超小型衛星をはじめとする9機の実用衛星を開発・運用してきた株式会社アクセルスペース。
2021年6月には、衛星5機から得られるデータを顧客に提供する地球観測衛星コンステレーションサービス「AxelGlobe Tasking & Monitoring」を開始することを決定した。
同社のビジネス領域は、高度なエンジニアリング技術が必要とされるため、一般的にディープテック(※)と呼ばれる。
※最先端の科学的な発見や革新的な技術に基づいて、地球を取り巻く大きな社会問題を解決する取り組み
ディープテック企業はその技術面にスポットライトが当たることが多いが、同社は対外的なブランディングやコミュニケーションにも力を入れ、結果的に累計で約76億円の資金調達を実現した。
同社でチーフエヴァンジェリストを務める山崎 泰教さんは「ディープテックはいわゆる職人さんの世界で、『多くを語らず技術で証明する』という価値観がある。しかしモノが溢れている現代では、技術的にすごく良いものを創るだけでは世の中に価値を生み出せない」と話す。
今回は山崎さんと、同社でPRマネージャーを務める生本 めいさんに「宇宙を普通の場所に」という同社のビジョンを実現するためのブランドコミュニケーションについて、詳しくお伺いした。
▼本取材はオンラインにて実施いたしました(【左】山崎さん【右】生本さん)
ピュアに宇宙技術を学んできた人間は、社内ではマイノリティ
山崎 私は2017年にアクセルスペースに参画し、現在はチーフエバンジェリストを務めております。
アクセルスペースは、超小型人工衛星の設計・製造・打上げアレンジから、運用・データ解析・データを活用したソリューション提案まで一貫したサービスをワンストップで提供している会社です。
2019年から開始しているAxelGlobeというデータサービス事業では、自分たちで製造した衛星のデータをクライアントに提供することで、新しい価値の創出につなげています。
例えば先日は台湾で、デジタル大臣のオードリー・タンさんに、弊社の衛星から撮影した貯水湖の画像をシェアさせていただきました。
台湾では水の問題が深刻で、ひどいときは昨年の15%しか水が貯まっていないような状況です。昨年と今年の衛星画像データを使って貯水湖の状態を比較することで、多くの人に一発で水問題のリアリティを伝えることができます。
▼同社の超小型人工衛星で撮影された東京の様子
このように、衛星データを活用することで農業を効率化したり、森林や川などのモニタリングを通じて災害対策に役立てたり、といったサービスを展開しようとしています。
我々が手掛けているテクノロジーは、まだまだ新しい領域です。だからこそ、自分たちのことを世の中に理解してもらうことが非常に重要で、私にチーフエヴァンジェリストというタイトルがついていることにもそういった背景があります。
生本 私は元々JAXA(宇宙航空研究開発機構)におり、2021年にアクセルスペースへ転職しました。
「宇宙から見た地球」という視点が多くの人に広まれば、地球はもう少し平和な場所になるはずだという思いを以前から持っていたのですが、アクセルスペースはそれを直接追求できる環境だと考えたことが入社の決め手のひとつです。
弊社の特徴として、メンバーのバックグラウンドが非常に多様だということがあります。組織自体は85名ほどなのですが、4割程度が外国籍ですし、宇宙業界出身の人の方が少ないくらいです。
▼同社で働く人々の様子
山崎 ピュアに宇宙技術を学んできた人間は、弊社ではマイノリティになりつつありますね。
私も小さい頃から宇宙を目指して…という宇宙少年だったわけではなくて、前職は金融、その前はクリエイティブの世界にいました。本当にアクシデントのように宇宙の領域にたどり着いたので、いま宇宙について語っていることが不思議です(笑)
ただ、この多様性がアクセルスペースの強みのひとつでもあります。宇宙ベンチャーと言ってもひとつの企業なので、技術をどう価値に落として、クライアントの課題を解決していくかが重要ですから。
生本 以前の宇宙領域は「地上」と比べると、特殊で狭い世界でしたが、昔よりはだいぶ開けてきたかなと感じますね。
JAXAで働いていた当時も、さまざまな民間企業と触れ、技術力及びビジネスとしてのポテンシャルと成長を肌で感じていました。これからの宇宙業界の発展は、民間企業がいかに活躍できるかにかかっていると思っています。
良いモノを創れば売れる時代は終わり、コミュニケーションが重要に
山崎 弊社のビジネス領域はディープテックという言い方をすると格好良いですが、職人さんの世界なんです。職人さんの世界は、多くを語らず技術で証明するという価値観。良いものを創ることが重要であって、口数が多いというのははばかられるんですね。
モノ自体がなかった時代はそういった世界観でも良かったのですが、もはや良いモノを創れば売れる時代は終わったと思っています。
例えば日本車って、「壊れない」「品質が良い」というスペック部分が評価されて、少し前まではすごく重宝されていましたよね。これは、他の国の自動車がよく壊れるからこその比較でした。
ですが、他の国の技術が追いついてくるとスペックの優位性は消えます。そうなると、スペック的に良いものをつくるだけではバリューを出せなくなってしまう。
ディープテックの世界も同じで、スペック的に良いことはもう当たり前になってきています。じゃあどこで差をつけていくのかと言えば、それこそブランディングやコミュニケーションの領域です。
弊社におけるブランドコミュニケーションの判断軸はとてもシンプルで、弊社のビジョンである「宇宙を普通の場所に」につながるかどうかです。
「この活動は『宇宙を普通の場所に』という思いを伝える上で役立つものなのか?」と問いかけ、答えがノーであれば、どんなに魅力的に見えるブランディング施策であっても行わないですし、答えがイエスであればやります。
アクセルスペースは宇宙技術を多くの人に知ってもらうことを目的としているので、あくまでもそのためのブランディング活動だ、という捉え方ですね。
ブランディング活動を通じ、エンジニアを「工房」から外の世界へ
生本 ブランディング活動の具体例をあげると、書店の有隣堂さんとのコラボレーションで開催しているイベントがあります。
2021年の2月には「宇宙から地球を見る」という、衛星の視点を知ってもらうことを目的としたイベントを、3月には衛星打上げ直前イベントとして、衛星・データ活用の今後の可能性について参加者の皆様と語り合うイベントを開催しました。両者合計で、メディアを含む300人以上の方々に参加いただきました。
3月のイベントでは、NASAアジア代表 Garvey McIntosh氏と、宇宙キャスター/JAXA J-SPARC公式ナビゲーター 榎本 麗美氏をゲストにお迎えしました。
▼有隣堂とのコラボレーションで実現したイベントの様子
有隣堂さんのお客様には老若男女、様々な方がいらっしゃるので、通常我々だけではリーチしにくい幅広い層の方に、宇宙業界や衛星データの持つ可能性を体感してもらうきっかけを提供できたと思います。
他にも、先日は2週間にわたって早稲田大学で超小型衛星・データを活用したビジネス立案に関する講義を提供したのですが、その際には弊社のエンジニアも参加させていただきました。
エンジニアも、学生さんの宇宙技術の捉え方や自由で斬新な活用アイデアに触れることで、「頭が凝り固まってきていたことに気付いた」といった感想を持っていましたね。
山崎 ブランドを築くためには、実際にものづくりをしているエンジニアも含めて対外コミュニケーションを積極的に行うことが重要です。
エンジニアは職人として工房に閉じこもるのではなく、工房を出て、実際にサービスを使う人と話し、何が世の中に求められているのかを理解する必要があります。
弊社はマーケットドリブンな開発をしていきたいと考えているため、エンジニアが顧客の要望を知ることは重要です。実際に、ビジネス交渉の現場にエンジニアも同席させて、直接、顧客の生の声を聞いてもらいます。それによって、文章だけでは伝わらない、空気感も感じてもらいたいと思っていて。
ビジネスサイドとエンジニアサイドは、チャットツールを活用してリアルタイムで情報共有をしていますが、それだけでは伝わらない「雰囲気」を知ることが大事だと思っています。
例えば、顧客が憤慨しているのを目の前で見るのと、文章で知るのとではリアリティが違います。それに、実際にサービスを活用して喜んでいる顧客の笑顔も見て欲しい。やはり直接会う機会によってのみ、こうしたことが「感じられる」のだと思います。
技術力がある企業こそ、カスタマーサービスで差別化する
山崎 他にも、カスタマーサービスはディープテック業界ではあまり意識されていませんが、競争力をつける上では重要な領域です。
例えば複数社で技術やスペックにあまり差がないとき、世界一のカスタマーサービスの会社があればそこと付き合いたいと思いますよね。
弊社のカスタマーサービスでは、「世界一選ばれるサービス」を目指して顧客の要求に徹底的に耳を傾けるようにしています。どんなに小さなリクエストでも、顧客のフィードバックはサービス向上のヒントとして見逃さないようにしますし、問い合わせには24時間以内の返答を行います。
なお、カスタマーというのはクライアントだけではなくパートナー企業も含めて考えています。クライアントには良い顔をしていても、パートナー企業への対応が悪ければ、ブランディングが棄損されますから。
また、技術力を高めていく中でも、パートナー企業さんと信頼関係を築くことによって、それが良いディールにつながると思っています。
例えば弊社ではAxelGlobe事業を展開する上で大量のデータを処理するため、それを低コストでスケーラビリティを持って、かつ高いセキュリティで実現していく必要があります。
この部分をアマゾン ウェブ サービス(AWS)さんに担っていただいていますが、スタートアップにとって有効な良いスキームをたくさん持っていらっしゃるので、事業にとって重要なサポートを寄り添ってご提供いただけていると思います。
このようにディープテック企業は、技術力を追求するだけでなく、世の中に寄り添うコミュニケーション能力を身に着けていかなければならないと考えています。
世の中から「宇宙ビジネス」という言葉をなくしたい
生本 いま、宇宙業界が盛り上がってきている背景には、政府やJAXAなど公的機関による業界全体の支援強化のほか、民間企業の積極的な投資が増えてきていることも大きいと感じています。
弊社も、2021年5月にシリーズCラウンドで約25.8億円の資金調達を行ったことを発表しましたが、投資が入ってくることで「リアル」に成長余地の大きなビジネス領域だと多くの方に認知していただけるので、業界全体にとって良いサイクルに入ってきているのではないでしょうか。
山崎 今後、ブランドコミュニケーションを通じて達成したいのは、「宇宙ビジネス」という言葉がなくなる未来を創ることです。と言うのも、宇宙ビジネスや宇宙ベンチャーという言葉がある限り、業界として成熟していない表れだと思っていて。
例えば、今「インターネットのビジネスをしているんです」と言うと、変な目で見られるじゃないですか(笑)。どの産業にもインターネットが入り込んだので、インターネットで何をしているのか、ということを皆が語るようになりました。
宇宙業界も、そうならなければいけないんですよね。宇宙ビジネスという言葉が消えた時に初めて、アクセルスペースのビジョンである「宇宙を普通の場所に」を達成したと言えるのではないかな、と思っています。(了)