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もう「AIありき」でビジネスを考える時代。全社規模でAI研修を実施したエイチームの狙い
AI活用「待ったなし」の時代がすでに到来している。
株式会社エイチームでは、2018年6月にAIを研究開発する全社横断プロジェクト「AI WORKING GROUP」を立ち上げ。加えて2020年8月からは、エンジニア以外のビジネス職も必須受講者とする、全社規模での「AI基礎力アップ」研修の実施に踏み切った。
実施にあたっては、最大50時間(必須項目は10時間)の動画コンテンツを制作。AIの概略から、前提知識としての数学・統計の基本、AIモデルを実際に構築する演習までをeラーニング形式で配信した。
引越し比較・予約サイト「引越し侍」等の複数サービスで技術統括を務め、AI研修の設計・講師役も務めた高橋さんは、「AI活用による短期的な利益だけに執着するのではなく、そもそもAIありきでビジネスを考えていくようにパラダイムシフトする必要がある」と話す。
実際に同社では、各種サービスにおけるAI活用が進行。予測機能の開発、業務の効率化、広告配信の自動化など、幅広い領域で実績が出ているという。また研修によって、ビジネス職のメンバーが抱えていた「AIに対する心理的ハードル」が下がり、エンジニアとのコミュニケーションの質にも変化があったそうだ。
今回は高橋さんと、AI WORKING GROUPのリーダーを務める藤本さんに、AI研修の狙いや成果について、詳しいお話を伺った。
▼実際に行われたオンライン勉強会の様子(同社提供)
「AIありき」でビジネスを考えるパラダイムシフトが必要な時代
高橋 私は2009年にエイチームに中途入社しました。いまは子会社のエイチーム引越し侍とエイチームコネクトの技術開発部の部長に加えて、Qiitaを運営しているIncrementsの取締役を兼任しています。
今回のAI基礎教育研修においては、研修の設計や動画コンテンツの講師役を担当しました。いまは社内のAI活用を進めるために、様々な領域で実装を始めている段階です。
AI活用というと、世の中では、まだ効率化やコスト削減の文脈が一番大きいですよね。ですがこれからの時代、AIを活用する意義はそれだけではないと思っています。
例えば、顧客体験の改善です。Web領域には以前からパーソナライズやレコメンドという概念がありますし、リアル店舗でも、昔からお客様1人ひとりに寄り添った接客が行われています。ただ、それらの実現が人の「経験と勘」に頼っている状態です。
AIが、そうした人の持つ能力を補完・支援していくことで、より持続的に顧客体験を改善していくことができます。そして、得たデータをさらにAIにフィードバックすることで、AIが学習して成長する…このサイクルを作っていくことが、今後は企業の強みになっていくはずです。
なので、「AIを使うことで短期的にどんな利益が出るの?」という話だけに執着するのではなく、そもそもAIありきでビジネスを考えていくようにパラダイムシフトする必要があると思っています。
▼【左】高橋さん、【右】藤本さん
藤本 私は2016年に新卒でゲームプランナーとしてエイチームに入社し、現在はマネージャーを務めています。「AI WORKING GROUP」のリーダーも兼務しており、AI基礎教育研修の制作にも参加しました。
私はもともと大学・大学院時代に、AIやVRの研究をしていまして。ちょうどAIがブームになる直前のタイミングで入社したこともあり、時間をいただいて社内で自主的にAIの活用に取り組んでいた…という背景があります。
昔、業務が一気に紙からPCに切り替わったタイミングがありましたよね。それによって生産性が格段に飛躍して、付いてこられなかった企業が倒れてしまった。いまAIも、それに近い状況にあると思っています。
現時点では、AIの活用事例は数多く出てきているとはいえ、まだ研究や実験的な側面も強く、成果に結びつかないことも多いとは思います。ですが今後、必ずどこかでPCのようにAIが必須になってくる分野だと考えれば、AIは投資先としては期待が持てる分野と考えています。
AI活用は経営課題。AI WORKING GROUPを立ち上げ、研修も開始
高橋 弊社は、スマホゲームがメインのエンターテインメント事業と、結婚や引っ越しといった人生のイベントに密着したサービスを主体としたライフスタイルサポート事業、そしてEC事業の3本柱で事業を展開しています。
グループとしては「総合IT企業」を掲げており、事業ドメインを限定せずに、様々なビジネスの領域に挑戦し続ける会社です。
藤本 2018年に発足したAI WORKING GROUPは、エイチームグループを横断する形で、AIの研究開発や情報交換を行っています。立ち上がった当初は事業部を越えた情報共有がメインでしたが、徐々に実際にAIを開発していく方向にシフトしてきていますね。
私がもともとAIを研究していたこともあって、当時所属していたゲームタイトルでAI活用に取り組んだことが、AI WORKING GROUPが立ち上がるきっかけでした。
そのAIは、ユーザー様のゲーム内のレベルや課金額などの様々なデータに合わせて、ユーザー様に最適なプレイ体験を提供するものでした。それを見た代表の林から、社内横断でAIのグループを立ち上げてくれないかという話をもらった…という流れです。
高橋 社内にAIを作れる人がいたとしても、それをビジネスインパクトにつなげることが難しいんですよね。めちゃめちゃお金をかけてコンサルを雇ったのに、結果が出ない…ということもあるあるだと思います。
その中で、藤本が「これがしたい」という目的があった上で、持っていた技術を使ったので、取り組みがうまくいったのだと思います。
この話からもわかるように、もともと林がAI活用を経営課題として捉えていて。そして実際に林本人が、株式会社キカガクさんが提供している「人工知能・機械学習 脱ブラックボックス講座」を受講したんですね。
ちょうど受講しているときに林と話したのですが、すごく辛そうな顔をしていて(笑)。かなり大変だったようですが、同時に、これはもっと多くの人が理解するべき内容だということで、私を含めて社内の何人かが追加で受講することになりました。
研修の内容は、AI基礎から、仕組みを理解するための数学、そして実際にPythonを使ったAI構築もあり、たしかに背景知識がなければ相当大変かな、というものでした。
今後、AIについては全社員が理解していく必要がある一方で、全員がここまでの研修を受ける必要はない。そこでキカガクさんに承認を得た上で、社内でゼロからAI研修のカリキュラムを作成することにしました。
経営判断としてAIに投資する。全社員が「業務」として研修を受講
高橋 カリキュラムを制作するにあたっては、全社で受講することを想定し、レベル感を含めて再設計を行いました。一部でキカガクさんの動画を使用させていただきましたが、大半を私と藤本含めて3人が講師役となる動画を独自で制作したので、正直、めちゃくちゃ大変でした(笑)。
そして、ビジネスサイドや、理系以外のメンバーも受講するため、収録時間50時間のカリキュラムの中で、10時間だけを必修項目としました。
必修項目には、AIの全般的な概略、前提知識としての数学・統計の基本、ニューラルネットワークの基礎的なところを設定しました。加えて、任意で演習・実践を設けていて、実際にPythonを使って、モデルを組んでいくようなカリキュラムもあります。
▼カリキュラムの内容(同社提供)
高橋 数学の部分など、人によってはわからないことも出てくるので、そこはキカガクさんの研修を受けた何人かを窓口とするサポート体制を用意していました。私のところにも、けっこう質問をしに来てくれる人がいましたね。
今回、必須項目の学習時間は業務時間にみなすという形で、全社に周知していました。エイチームは、自ら学んで成長していくカルチャーが強いこともあり、みんな一生懸命やってくれましたね。
ただ、放っておいても全員がどんどん進めてくれるほど甘くはないので(笑)、そこは人事から進捗状況を可視化し、共有するようにしていました。また、研修は2020年8月からスタートしたのですが、翌年の1月に全社でテストをやる、ということを周知していました。
とはいえ、一番重要だったのは、経営陣がAIに対する課題意識、危機感をしっかり持っていたことだと思います。
ただ「研修受けてね」と言っても、実際には足元の業務もありますし、全員がそこまでの意識を持つことは難しいですよね。その点、今回は林から全社にメッセージを伝えた上で、部長陣からも「これに必ず時間を取ってね」とコミュニケーションしてもらうようにしていました。
この研修は経営の判断として行っていて、会社としての時間の投資をするんだ、というコンセンサスがしっかりあったことが大きかったと思います。
藤本 私は現場からAIを浸透させようとしてきた人間ですが、その立場から見ても同じように思います。経営陣が「AIに投資する価値がどれだけあるのか」という判断軸を持っていなければ、草の根活動にも限界があったかなと感じるので。
今回、まず林が講義を受け、その後に経営判断に関わってくるメンバーが受講を受け、全社に展開した…という文脈は、その意味でかなり大事だったのではないでしょうか。
研修がきっかけとなり、AIに対する心理的ハードルが下がった
高橋 最終的に受講者アンケートを実施した結果、6割弱の人がスキル向上実感を得ています。
▼実際のアンケート結果(同社提供)
高橋 他にも、個人的に「AIは魔法の箱としか思っていなかったけれど、とっつきやすくなった」「エンジニアと会話がしやすくなった」といった声を聞きましたね。研修はあくまでもきっかけですが、AIという「よくわからないもの」に対する心理的なハードルが下がったことが一番大きい成果かなと思います。
藤本 研修を経て変わったと思うのは、エンジニアとの会話の質です。例えばAI活用におけるデータの重要性を全員が理解したことで、「(データはないが)AI使ってうまいことできないの?」といった会話がなくなり、「これはAIと相性が良いよね」といった生産性の高い会話が増えました。
研修をしたからそれが直接的に事業に発展するかというと、そこにはもう少し時間がかかるように思います。とは言え、いまエンタメ領域では、私が陣頭指揮を執ってはいますが、10本以上のAI企画が動いていますね。
自主的に勉強する人もかなり増えてきていて、現場からの相談や依頼の声も増えてきたという実感があります。
高橋 エンタメ以外の領域でも、各事業がAI活用を進めていますね。私が担当している事業でも、効率化や価値創出のアイデアが出てきているので、これからモデルを作っていくことがチャレンジになります。
今後は社内の事例を増やす。事業部を越えて「AI人材」の交流も
藤本 AI研修は一段落しましたが、いまはその延長として、現場につなげる活動を進めています。例えばエンタメ領域で定期的に行っている勉強会でも、「AI研修の内容を実務に落とし込むとしたらどうなるか」というテーマで、事例を出した講義を行いました。
全社規模でも、過去の社内におけるAI活用の成功・失敗事例の共有を、月に二度ほどのペースで行っています。研修のアンケートの中で「AIの仕組みは何となくわかったけれど、どう活用していいのかわからない」という声が多かったことから始まった取り組みです。
現状では失敗事例の方が多かったりもするのですが、それもリアルということで共有していますね。実際、かなり大きな反響をもらっています。
藤本 AI WORKING GROUPの方にも、事業部側から「こういうことをやりたいんだけどノウハウがない」という相談が増えてきています。そこで、事業部を越えてAI人材をアサインしていくような取り組みもスタートしています。
これまで行ってきた情報共有等ももちろん続けつつ、今後は、事業部を越えた人材の交流によって、もっと社内のAI活用事例を増やしていければと思っています。(了)