- 株式会社ユーザベース
- グループ執行役員 カルチャー担当
- 村樫 祐美
「降格アラート」も公開。ユーザベースのフェアネスを追求した評価・報酬制度の具体とは
2008年の創業後、経済情報に特化したビジネスメディア「NewsPicks」をはじめ、数多くの事業をグローバルで展開しながら、さらなる成長を続けている株式会社ユーザベース。
同社が2022年4月に外部公開した「Uzabase HR Handbook」では、ユーザベースが掲げる「経済情報の力で、誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」というパーパスをはじめ、あらゆるHR制度が紹介されている。
その情報の中には、タイトルや給与のダウンに繋がる「降格アラート」といった仕組みまでもが含まれており、そのオープンさに驚いた方も多いのではないだろうか。
このプロジェクトを主導したグループ執行役員 カルチャー担当の村樫 祐美さんは、「ユーザベースの特徴は、フェアネスとオープンであること」と語る。その思想は同社の評価・報酬制度にも表れており、全社員のタイトルや給与も社内でオープンにされているそうだ。
また、会社がキャリアパスの型を用意するのではなく、メンバー自身が能動的にキャリアパスを描くことができるように、コンピテンシーテーブルとクライテリアによって明確な道標を示しているという。
▼同社の評価・報酬制度の全体像。具体的な内容は記事内にて紹介
今回は村樫さんに、HR Handbook内で触れられていた評価・報酬制度をさらに深堀りする形で、具体的なコンピテンシー評価の中身とその運用についてお話を伺った。
センシティブな情報もオープンに。HR Handbookで想いを伝える
弊社は現在、ビジネスメディア「NewsPicks」や、SaaS事業のSPEEDA、FORCAS、INITIALなどを展開し、海外拠点も含めて全体で1,000人強の組織規模となっています。
私は、前職の商社で経理財務を経験した後、2011年8月に株式会社ユーザベースに入社しました。その後、人事領域を担うカルチャーチームの立ち上げ、社内新規事業プログラムの事務局長などを経て、現在はグループ執行役員カルチャー担当を務めています。
弊社のカルチャーチームは、リーダー・役員向けの研修や全社の報酬設計、新入社員向けオンボーディングプログラムの実行など、グループ横断で様々な活動をしているのですが、直近の大きな取り組みとしては今年4月に社内外に公開した「Uzabase HR Handbook」の制作プロジェクトがあります。
本プロジェクトを始めたきっかけは、創業者の梅田が2020年に米国で起きたBlack Lives Matter(アフリカ系アメリカ人に関する抗議運動)を目の当たりにして、社内に対して「ユーザベースには本当の機会の平等が存在するのか」と投げかけたことにあります。
そこで、全社員に対してあらゆる場面で平等やダイバーシティを感じられているかというアンケートを取り、ディスカッションした結果、「人事・評価制度の仕組みを実は知らない、正しく理解できていない」「理解できているけど、それらがどういう思想から作られたのかという背景は知らない」といった声が聞こえてきたんですね。
そこから、あらゆる制度はみんながHappyに働くためにあるのに、その背景を知らないというのはすごくもったいないなと感じて。それぞれの制度のコンテキストをきちんと伝えるために、この取り組みを開始しました。
HR Handbookの制作にあたっては、カルチャーチームに加えて、労務や採用、コミュニケーションチームの十数名で進めたのですが、チームごとに持っている情報や知見を組み合わせてテキストに起こしていく作業にかなり時間がかかりましたね。
また、HR領域というと結構硬いイメージがありますし、「降格アラート」といったセンシティブな内容も含まれるので、テキストだけでドライな印象にならないようにデザイナーにも関わってもらいました。そうして、デザインとコンテキストの両面で、色々な人たちの知見や才能が集約されたアウトプットが出来上がったように思います。
実は、HR Handbookの第一弾は2020年12月に完成し、社内向けにはリリースしていたのですが、経営体制の変更なども踏まえてアップデートし、今回は外部公開もセットにリリースしたという形です。
近年は採用スライドなどを公開される企業も増えていますが、今回弊社が言及している昇格や降格についてはあまり積極的に開示されない部分だと思うんです。それもあって、SNS上では「ここまで開示するんですね!」といった驚きのコメントや、すごくポジティブな反応をいただきました。
キャリアパスは提示しない。明確な「道標」で自己決定を促す報酬制度
HR Handbook内にも概要は記載していますが、今回は弊社の評価・報酬制度の仕組みについてより詳しくご紹介できればと思います。
はじめに、報酬とキャリアは切っても切れない関係なので、多くの企業では「プレイヤーとして経験を積んで成果を出したら、次はマネジメントを担うことで役職や報酬が上がっていく」といったキャリアパスを用意されているのではないでしょうか。
そのステップに沿ってキャリア開発していくことが、結果的に企業の成長にも繋がるということで、その仕組み自体に良い悪いはないと思っています。
一方、ユーザベースでは会社からメンバーに対して「こういったキャリアパスを描きましょう」といった働きかけはしていませんし、長く経験を積むうちに自然とキャリアや報酬が上がっていくということもありません。
その代わりに、メンバー自身が能動的にキャリアパスを描くことができるように、会社のパーパスと個人のありたい姿を接続しながら、具体的に何を達成すれば双方を実現できるのかを示す「道標」を設けています。それが、コンピテンシーテーブル(タイトル)と、コンピテンシークライテリア(能力定義)です。
まず、営業やエンジニアなどの職種を問わず、全社で統一されているコンピテンシーテーブルについてですが、基本的な構造は「オフィサー・リーダー・プロフェッショナル」の括りと、「メンバー」「ジュニアメンバー」という3階層になっています。
それをさらに細分化した7段階のタイトルが設けられていて、それぞれに対して求められる業務レベルと給与水準が定められているという形です。
▼同社のコンピテンシーテーブル(編集部にて一部編集)
上図のJ1は正社員見習いの位置づけで、新卒社員は基本的にはJ2から、弊社の長期インターン経験者や中途社員は入社時のスキルや経験から適切なタイトルを見極めてスタートしていきます。
また、将来的にマネジメントを担いたい人もいれば、自分の専門性を追及して社会にインパクトを与えたいという人もいるので、リーダー(L)とプロフェッショナル(P)のどちらのキャリアも自由に選べるようになっています。
メンバーの能力を評価し、組織の理想の在り方も示すクライテリアとは
次に、J1からL6/P6まで、チームごとに異なるタイトル別のコンピテンシークライテリアがあり、それらは
- Execution=オーナーシップとPDCAによる職務遂行能力
- Value=弊社のThe 7 Valuesや31の約束に根づいて行動する能力
- Edge=得意領域を持ち、継続的に会社に貢献する能力
の3点で設定されています。
例えば、M3のタイトルを持つ全メンバーには「指示されたタスクに責任を持ち、1人で遂行できる担当」という業務レベルが求められます。
その基準の上で、営業では「MRRをいくらにする」といった内容や、コーポレート部門では「給与計算で○○のデータをミスなく計算できるようになる」、といったチーム別のクライテリアが設定されており、その定義された能力の達成度合いを3段階(M3-1、M3-2、M3-3)で決めています。
▼J1からL6/P6の各タイトルには3つの枝番が存在している
また、クライテリアはメンバーの能力を評価するためだけではなく、どういう組織でありたいかを示すものでもあります。なので、同じ職種であっても事業が違うとコンピテンシークライテリアの詳細な中身が少し違ったりします。
▼B2B SaaS事業におけるエンジニアチームのコンピテンシークライテリア(一例・クリックで拡大)
そして、現行のクライテリアが自チームの業務内容と合わなくなった場合は、自分たちで新たなクライテリアを設定し、カルチャーチームへその内容を申請してもらう仕組みにしています。それによって、全社を横串で見た時にクライテリアの難易度が合っているかを確認し、ガバナンスを効かせている形です。
クライテリアの更新は、チームによっては四半期ごとに実施されるほど日常茶飯事ですね。本当に組織変化のスピードが速いので、そのたびに実態と合わせていかないとフィードバックの際にリーダーも本人も困ることになってしまうので。
また、ここまでと少し仕組みが変わるのが、L7/P7のメンバーやフェロー、役員、取締役です。彼らはコンピテンシー評価ではなく、コミットメントライン評価になっているんです。例えばグレード1では「小規模ディビジョンを管轄している」といった内容で、今期どのような責任を負って、どういったコミットメントを果たしていくかということに対して給与が支払われます。
これらを元に、M3-1は450万、M3-2は480万、M3-3は510万といった形で、各クライテリアに紐づく年収がすべて明確に定義されているので、メンバー自身が達成したいことや給与水準などからキャリアパスを描くことが可能になっています。
フェアネスを体現する制度だからこそ、降格アラートを誠実に伝えられる
では、これらの仕組みを元にどのように評価をするかと言うと、基本的には3ヶ月(事業部によっては半期)ごとに各自のOKRを設定し、期中にリーダーと1on1を実施しながら、期末にフィードバックを行うという流れになっています。
そのフィードバックにおいては、本人自身、一緒に仕事をしたメンバー、上長からの360度フィードバックを行っていて、どのコンピテンシークライテリアまで満たしているかを厳密に見ていきます。その上で、各メンバーの評価や次期タイトルを決めていく形です。
ここで決定した社員のタイトルや給与は社内でオープンになっていますが、一部のチームではその評価内容までも開示していますね。
▼360度フィードバックの結果を社内で公開(エンジニアチーム例)
さらに、HR Handbookをご覧いただいた方々から特に反響があったのが、「降格アラート」の仕組みです。
まず、弊社では給与は利益の分配であり、本人の能力に見合った報酬が適切に支払われてるかどうか、全社でフェアネスが保たれているかといった考え方を非常に大切にしています。
その前提に立った時に、本人が継続的に出しているパフォーマンスと報酬が見合っていない状況が続き、このままいくと降格の可能性が出てきた場合は、評価時期の3ヶ月前にその旨を伝えます。これがいわゆる、降格アラートです。
当然ながら、「あなたは全然パフォーマンスを発揮できていないので、来月から減額です」といったコミュニケーションは弊社では不誠実だと考えています。そもそも降格する可能性があることを伝える時点で、本人はめちゃくちゃ傷つくと思うんですよね。
なので、上長が当人に対して誠実に説明責任を果たせるようにするためにも、コンピテンシークライテリアがきちんと定義されていることが重要です。
それによって、上長個人の主観が入ることなく、クライテリアを元にどんなパフォーマンスが求められていて、降格しないためには次の3ヶ月で何を達成すべきかということをセットにして、明確に伝えられるようになっていると思います。
とは言え、残念ながら降格してしまうケースも実際にあるんですね。私自身も4年ほど前に1度降格したことがあるのですが、私の場合は当時求められていた役割や責任がtoo muchだと感じていたのもあって、正直ほっとしたんです(笑)。
しかし、多くの人にとっては、降格アラートを告げられたら上長に対する信頼残高は下がってしまうと思いますし、頭では分かっていても心が受けつけないと言うか、すごく苦しくて悲しくて、つらいことだと思うんです。
その気持ちは受け止めつつも、やはり他の人たちとのフェアネスを考えたときに、上長と本人のどちらもその事実を受け止める責任があるかなとは思っていますね。
全員の自己実現が叶うように、わくわくする制度を作って支援したい
これらの制度設計や運用を担ってきた立場として、これまでのメンバーのキャリアステップを見ていると、本当に様々なケースがあるなと感じます。
例えばビジネスサイドのあるメンバーは、3年間採用を経験してから事業部のセールスに異動して、コンピテンシーに定義されている項目を元に着実に成果を出していきながらも、その枠を超えてさらなる成果を出せる仕組みづくりなどを行って評価されていました。
また、エンジニアメンバーでは、狙ってタイトルを上げにいったわけではなく、ただ純粋にやりたいことに熱中してがむしゃらに取り組んでいたら、結果的に評価されてどんどんタイトルが上がっていった方々も多く、そこにもユーザベースらしさを感じますね。
現在、このように仕組み自体は確立できているのですが、成長を続けている企業であるからこそ、リーダーもメンバーも目の前の仕事に集中しすぎるあまり、中長期の未来を考えられていないという課題もあります。
なので、私自身はもう少し中長期の未来を見据えて、みんながわくわくするような支援や制度を改めて作ったり、それらを最大限に生かして全員が自己実現できるようにサポートしたりしていきたいなと思っています。
また、その実現のためにはメンバー自身にも一定の自己認識力が求められると思っています。自分がこれからどうしたいか、何を大切にして生きていきたいのかという未来を描くところもそうですし、やりたいことが浮かんだ時に自分の現在地と目標とのギャップを再確認するという意味でも、その自己認識力がすごく大切になると思うんです。
とは言え、それを高めましょうと言っても簡単なことではないので、どうにかしてそれを会社全体で引き上げていって、みんなが幸せを感じられるような組織にしていきたいというのが私の大きなチャレンジですし、ユーザベース全体で今後も力を入れていきたいと考えているところですね。(了)