- 株式会社グリラス
- Product & Sales Director
- 西郷 琢也
コオロギ食品を当たり前に。「売り切れ続出の昆虫食」を生み出したグリラスの販売戦略
日本各地には、昔からイナゴや蜂の子といった郷土食が根付いているが、実は近年「食用コオロギ」の市場が盛り上がりを見せている。
2020年5月、無印良品のオンラインショップで食用コオロギパウダーを練り込んだ「コオロギせんべい」が発売されると、SNSで話題となり即日完売。その後も店舗販売が拡大され、今なお生産が追いつかないほどの人気が続いているという。
この商品を共同開発し、株式会社良品計画と共にブームの火付け役となったのが、徳島大学発のフードテックベンチャー株式会社グリラスだ。
同社は、徳島大学で長年コオロギの研究開発に携わったCEOの渡邉 崇人さんが2019年に創業。
将来起こりうる世界の食料問題の解決を目指して、栄養価が高く量産が可能な「食用コオロギ」に関連する生産や商品開発、販売などを展開している。
昆虫食関連企業としては国内最大規模となる累計5.2億の資金調達を実現し、昨対2倍を超える売上成長を続ける同社だが、そのイメージから一見敬遠されがちなコオロギ食品を、どのようにして消費者に受け入れられ、知名度を得るまでの存在にしたのだろうか。
今回は同社にてプロダクト&セールスディレクターを担う西郷 琢也さんと、PR&セールスマネージャーを務める川原 琢聖さんに、創業の背景や食用コオロギのマーケティング・販売戦略における工夫などについて、詳しくお話を伺った。
30年研究したコオロギを社会に役立てるために、グリラスを創業
川原 私は、都内のPR会社を経験した後に、2021年6月にグリラスに入社しました。現在は広報PRと一部営業まわりの業務を担っています。
弊社は、徳島大学の基礎研究をベースに、コオロギの可能性を社会実装することを目的として創業したフードテックベンチャーです。
徳島県美馬市にある2つの廃校を利用して、コオロギの品種改良を目的とした研究開発や生産、食用コオロギの原料と商品の開発から販売までを一貫して行っているという点が、企業として特徴的かなと思います。
▼【左】西郷さん【右】川原さん
創業の背景ですが、代表の渡邉が徳島大学で30年間コオロギに関する基礎研究をしてきた中で、2016年に新たな学部として「生物資源産業学部」ができたことを機に、コオロギを社会に役立てるべく応用研究を始めたのがきっかけです。
また、歴史を遡ると、2013年にFAO(国際連合食糧農業機関)が発表した昆虫食についての報告書が世界の注目を集め、ヨーロッパでは次世代のタンパク源として昆虫食が話題になりました。
その報告書では、世界の人口増加と経済成長によって、2050年には世界のタンパク質需要が2005年対比で2倍以上になると試算されていて。その需要拡大に対して現状の生産量では供給が追いつかず、深刻な「タンパク質危機」が早ければ2025年から2030年に訪れると予測されていたんです。
こういった背景から、徳島大学と企業が組む形で新たな産業を生み出せないかと、クラウドファウンディングで「食用コオロギの食用化プロジェクト」を実施しました。
それによって様々な企業から声をかけていただいたものの、コオロギ食品を生産ラインに乗せる難しさや、企業イメージを損なうのではないかといった壁を乗り越えられず、しばらくはニーズのある企業に無料でコオロギパウダーを渡すだけの状態が続きました。
しかし、次第にコオロギのラーメン店や競合になりうる昆虫系のベンチャーも出てきて、社会の昆虫食に対する風向きが変わってきていることを感じていました。
そういった将来への見通しや社会の変化を受けて一念発起し、2019年に代表の渡邉を含む創業メンバーの3名で株式会社グリラスを立ち上げました。
※グリラス社の創業ストーリーについては、同社のこちらのnoteもご覧ください。
「コオロギせんべい」が売り切れ続出。業界の革新的な出来事となった
西郷 僕と代表の渡邉とは、徳島大学在籍時の先生と生徒という関係でした。卒業後は物流系企業に就職しましたが、ご縁があって2020年9月に社員1期生としてグリラスに入社し、主に商品開発と営業、物流を担当しています。
現在弊社には、役員を含めて27名の社員が在籍していて、食用コオロギに関する部署以外にもペットフード等を扱う部署もあります。それぞれが描くビジョンはあるものの、会社全体として目指しているのは、世界の食料問題の解決と「コオロギが当たり前になる世界」です。
創業前から国内では昆虫食やコオロギ食品が販売されていましたが、食品メーカーでは漠然と「将来的には食糧難の対策を考えないといけないかもね」と捉えられていたレベルでした。
しかし、良品計画さんから声をかけていただく形で2020年3月に業務提携し、同年に無印良品として発売した「コオロギせんべい」に想定以上の反響をいただいたあたりから、食用コオロギに対する社会での捉えられ方も大きく変わってきたように思います。
やはり「コオロギ屋さんが出すコオロギの商品」ではなくて、日頃消費者の皆さんが接するブランドからそれが発売されたということは、食品業界にとっても非常に大きなインパクトがある出来事になりましたね。
そもそも良品計画さんと組ませていただく前は、弊社には一つも商品がない状態でした。しかし、まだまだ未知な原料に対して海外製を使うのは少なからず不安がある中で、長年のコオロギの研究成果があり、国内で製造しているという部分で、弊社に目をつけていただけたのだと思います。
この業務提携は弊社にとっても間違いなく転機となりましたし、非常に幸運だったなと思っています。
自社ブランドの展開によって、消費者の生の声を拾う活動を開始
西郷 創業からしばらくは、良品計画さんの例のように他企業へ原料を卸す形で運営していて、どこも常に売り切れ状態で大変好評でした。
しかし、なぜコオロギ食品が売れているのか、そして実際に購入者がどのような想いを持たれているのかは分からなくて。お客様の声を研究から販売まで一貫して反映できるという我々の強みを生かそうにも、その入り口がなかなか掴めなかったんです。
また、僕たち自身も市場をどんどん拡大していきたいという思いから、2021年6月に「C. TRIA (シートリア)」という自社ブランドを立ち上げました。
そのマーケティング戦略においては、初期は売り上げに特化せずに、リアルな消費者の声を聞けるチャネルに絞り込んで展開していきました。
例えば、通販においては特定のプラットフォームを使わず、自社のオンラインストア販売に限定して購買導線を研究したり、リアル販売でも催事やマルシェに限定して代表自らも店頭に立ち、とにかくお客様の生の声を聞くことを大切にしました。
それによって分かったのが、興味喚起は出来ているものの、シンプルに「購入の難易度が高かった」ということです。
というのも、僕たちはお菓子から食事まで幅広いジャンルの商品を提供することに力を入れていたのですが、実際は販売チャネルが限定されていたり、気軽に手に取りやすい価格帯ではなかったりしたことから「もっと買いやすくしてほしい」というニーズが大きかったことが分かり、すぐに販売戦略に生かしていきました。
また、最初は商品の訴求としてSDGsや環境配慮に関する表現も検討しましたが、それではお客様に反応していただけなくて。「環境に良いものを食べたい」という感覚の方は、正直日本にはまだ少ないのだと実感しました。
その他にも、当然ながらコオロギの成分を口に入れることにネガティブな印象を持っているというお声も、めちゃくちゃありました。催事でお客様におすすめすると2、3歩下がられたり、軽い悲鳴が上がったりすることもありましたね。
僕としては、一度食べていただきたいなという思いがあるものの、どちらかというと今はまだ「罰ゲーム」のような印象をお持ちの方も多いので。僕たちとしても、そのような反応をいただいた時は「騒がしくして失礼いたしました」というテンションで、そっと引く感じでしたね(笑)。
抵抗感を覚えやすい昆虫食だからこそ、直接反応を見ながら商品を改良
西郷 また、催事では「コオロギって何が良いの?」と聞かれることも多かったので、コオロギに紐づく要素として何を訴求すべきかについても、様々な表現を試しながら参考にさせていただきました。
具体的には、以前はタンパク質の豊富さを全面的に訴求してきましたが、実は鉄分や亜鉛などのミネラル類、葉酸やビオチンといったビタミン類も豊富な食材だということをお伝えすると、お客様からの反応が良かったんですね。
それを生かすべく自社開発したのが、2022年6月からファミリーマートさんの一部店舗にて発売開始したプロテインバーです。
そのパッケージデザインにおいては、「国産コオロギパウダーを配合」という訴求に加えて、タンパク質以外の栄養素も豊富に含まれていることを謳う形にしました。
▼現在ファミリーマートで販売されている商品のパッケージデザイン
また、想定外だったのが、どの原材料がどのくらい含まれているかもお客様はすごく気にされるということでした。例えばパッケージの裏側の成分表示で、コオロギが一番上にあるのか下にあるのかを見て含有量を想像するといった形ですね。
その様子から、添加物を一切使わないとか、クッキーにおいてはトランス脂肪酸を含むマーガリンからバターに替えるといった細部にまで気を配るようにしました。
というのも、コオロギを原材料としている時点で、消費者が手に取るまでの心理的なハードルがあるので、それ以外のハードルをできるだけ取り除く必要があると考えたためです。
一方で、お客様の中には食用コオロギに対するネガティブな印象を持たずに、「もっとコオロギを感じたい」という方も結構いらっしゃって(笑)。
例えば、昨年販売していた自社商品は、箱のデザインとしてはコオロギを謳っていなかったんですね。
でも、それだとなかなか手に取る理由にはならなくて、むしろコオロギの情報をわかりやすく入れてほしいというお声が多かったことも、コオロギを明確に謳った商品パッケージへの方針変更に繋がっています。
▼2021年に販売していた、コオロギを謳わない商品パッケージ(旧デザイン)
とはいえ、話題性を狙うようなコオロギが目立ちすぎるデザインでは、エンタメ性が強くなって罰ゲームのように扱われることもあるでしょうし、それは僕たちが目指してる世界観ではありません。
コオロギの存在をどの程度わかりやすく訴求すべきかは、今後も改良を繰り返していかなければいけない部分だと思いますね。
売上成長率は昨対2倍。コオロギ食品の全国展開と当たり前化を目指す
西郷 現在、弊社の売り上げは昨対成長率で2倍を超えていて、引き続き生産が追いつかないほどの大きな反響をいただいています。
グリラスに関するメディア露出は、昨年1年間で転載も含めて2,000件以上もありましたし、ずっと売り切れが続いているので、僕らとしては「もう日本人全員が食べたんじゃないかな」と錯覚してしまうほどのありがたい状況です。
しかし、自分たちの手で販売をしてみると、コオロギ食品の存在を知らない方にもたくさん出会うので、市場の認知獲得という点ではまだまだ道半ばだなと思っています。
川原 これまでは、良品計画さんやファミリーマートさんのように認知度が高い企業や、航空機の機内食などにも導入していただけたことで、食用コオロギに対する一定の社会認知度と、安心・安全という印象を担保することができました。
それと同様の戦略で、例えば「ワールドビジネスサテライト」といった認知・信頼度の高いメディアに取り上げていただくことで、世の中に対して少しずつポジティブな印象を浸透させたり、食品としての信頼を獲得していくという流れは意識しています。
このような地道な活動の積み重ねによって、他の企業で食用コオロギを使うハードルもどんどん下がってきたと思いますし、もし今後政治家や芸能人のように社会的に影響力のある方々が食用コオロギを口にしてくださったら、また社会での許容度も変わってくるのではないかなと思っています。
僕自身は引き続き、消費者への認知拡大に注力していきたいと思いますし、個人としてずっと目標にしてきた「コオロギ食品を学校給食に卸すこと」の実現が見えてきたところなので、それもぜひ成し遂げたいですね。
西郷 僕も同様に、食用コオロギを当たり前の存在にしていくことが目標ですし、敬遠されることも多い食品だからこそ、セールスや商品開発担当としては燃えていて。
来年の5月までにコオロギ食品10万個の販売と47都道府県での販売を目標にしているので、そこをしっかりと実現していきたいですね。
また、世の中で「まだコオロギ食べてないの?」という会話がなされるほどに、新たな文化を作っていけたらいいなと思っています。(了)