- GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社
- 代表取締役 / 社長執行役員
- 青山 満
国内最大級「550人超のホラクラシー組織」へ移行した狙いは?GMOグローバルサイン・HDの変革
マッキンゼー・アンド・カンパニー社が提唱した「7Sモデル」に則って組織カルチャーの変革に取り組み、今や550人を超える国内最大規模の「ホラクラシー組織」を運営している先進的な企業が、GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社である。(以下、GMOグローバルサイン・HD表記)
同社は電子認証・印鑑などのクラウドサービスをメインとして、現在は世界11ヵ国に進出し、売上の4割を海外事業が占めるほどにグローバルに事業を展開。特に近年は「電子印鑑GMOサイン」のニーズが大きく高まり、さらなる急成長を続けている。
しかし、同社で代表取締役を務める青山 満さんは、「2017年頃に事業成長が鈍化したことをきっかけに、事業ではなく人にフォーカスする重要性を感じ、組織カルチャーや仕組みを抜本的に改革することを意思決定した」と言う。
その後、全社で実施したカルチャー変革プロジェクトの中で、従来の階層構造とは異なる自律分散的な組織管理システムである「ホラクラシー」を採用。それによって、グループ企業や事業部の枠を超えたプロジェクトが量産されており、組織全体の機動力を向上させることができたそうだ。
近年、比較的小規模な企業においてホラクラシー組織への移行事例が生まれているものの、同社ほどの大規模な組織での実践事例はまだ少ない。
そこで今回は、代表取締役の青山さんと、同社のCHRO / HR戦略室長を務める田中里子さんに、長年に渡る「カルチャー変革」の取り組みとホラクラシー組織運営について、詳しくお話を伺った。
成長スピード向上のため、「カルチャー変革」プロジェクトを始動
青山 僕は大学で航空宇宙の分野を専攻し、卒業後は飛行機の自動操縦装置などを製造する企業で6年半ほど勤めました。その後、日本がまだインターネット黎明期だった頃に独立し、自分が立ち上げた事業を通じてインターネットの世界に出会ったことから、1993年にIT企業アイル(現GMOグローバルサイン・HD)を創業して今に至ります。
今回は、GMOグローバルサイン・HD全体で取り組んできた「組織カルチャー変革」と、「ホラクラシー(自律分散)による組織づくり」についてお話しできればと思います。
プロジェクトの始まりは2017年にさかのぼります。私たちの事業は創業からずっと右肩上がりに成長していましたが、当時は成長スピードが鈍化してきた頃で、東証一部(現プライム市場)に上場していたにも関わらず、こんな成長スピードで良いのかという焦りがありました。
それまでを振り返ると、私や一部の役員が中心となって、まず「どんなサービスを作るか」、次に「どのように売上を上げていくか」という順序で経営戦略を立ててきました。しかし、すべてのメンバーの能力をもっと発揮できる組織をつくり、会社の成長スピードを向上させるには、これまでのやり方を変える必要があると感じていたんです。
▼【左】田中さん 【右】青山さん
そこで、まずメンバー全員の想いを聞くためにサーベイを取ったのですが、何より驚いたのが「上司の鶴の一声ですぐに方針がひっくり返る、180度方向が変わる」という声があったことです。正直なところ僕にはあまり心当たりがなかったので、おかしいなと。
そこで、現場から上げた内容が管理職のところで止まっているのかもしれないと思い、僕自身が全国の拠点をまわりながら、100人以上のマネージャーとディスカッションをしていきました。その中で「もうこれはやばいな」と思ったのが、彼らから「チャレンジをするのが怖い」とか「業績が伸びないのは経営陣のせいだ」といった声が挙がったことでした。
会社の制度としては、仮にチャレンジをして失敗しても評価には影響しないので、なぜそう感じているのかを突き詰めると、社内に根付いた雰囲気や組織風土からくるものだったんですね。
また、彼らは「部下を成長させなきゃいけない、業績を上げなきゃいけない、目標を正確に立てて達成し続けなきゃいけない」といった、いくつもの重圧と戦っていて。あらためて、管理職を担うメンバーに課されている責任の重さと業務量の多さを実感しました。
それらのアクションを通じて、「経営=事業」ではなく、「経営=人」であるという気付きを得て、もっと人にフォーカスした仕組みやカルチャーに変化させなければいけないと決意しました。
田中 私は、元々ITベンチャーのエンジニアとして10年以上開発に携わる中で、人材開発やトレーニングといった人事業務も担っていました。それを機にキャリアチェンジし、その後2015年に入社したGMOクラウド株式会社(現GMOグローバルサイン・HD)では、HR戦略室の立ち上げや、カルチャー変革プロジェクトの推進を担っています。
本プロジェクトの開始前は、そのような経営陣の課題感もあった一方で、人事としても組織開発や人材開発の課題を抱えていて。これは小手先で取り組むレベル感ではなく、もっと人事も経営と同じ方向を向いて進めていった方が良いのではと感じていました。
そこから青山さんとの対話が増え、ふたりで主導する形で、2017年に全社横断のカルチャー変革プロジェクトを始動することとなりました。
マッキンゼーの7Sに則り、目指すべき「One GlobalSign Way」を定義
青山 まず、2017年5月に実施した幹部合宿で、ミッション・ビジョンを策定しました。その後10月に、すべてのメンバーを対象としたオフライン×全拠点中継イベント「OneDay」を開催し、「これまでの経営は事業を中心に考えていたが、これからは人を重要視していきます」と宣言しました。
そこから具体的にどんなカルチャーを目指すのかを考えた時に、創業初期の50人ほどの組織だった頃は、僕自身がどんどん周りに仕事を任せて、みんなも自分でやるべきことを判断して自律的に動き、ものすごい勢いで業績を上げていたことを思い返しました。
その経験をもとに、当時のような自律的な組織風土、カルチャーに変えていくのが良いのではと考え、マッキンゼー・アンド・カンパニー社が提唱した「7Sモデル」に則って、僕らが目指すカルチャーとして「One GlobalSign Way」を定義しました。
この時は、まず会社として目指す定量目標を明確にした上で、そのために必要なことを役員全員で話し合いながら、各要素にブレイクダウンしていった形です。
マッキンゼー・アンド・カンパニー社が提唱する「7Sモデル」とは:
組織の構成要素を分類して分析することで、組織内の問題を特定し、改善のためのアプローチを見つけることができるフレームワーク。
「ストラテジー(戦略)」「構造」「システム」「価値観の共有」「スタイル」「スタッフ」「スキル」という7つの要素は、組織内の相互関係を示し、互いに影響し合っていると言われている。
青山 そして、2019年1月に社内で開催したオンラインイベント「One Live!」にて、この「One GlobalSign Way」をもとに組織カルチャーを変革していくことを発表しました。
その後は、田中さんとCCO(Chief Culture Officer)を中心に3カ年のプロジェクト推進プランを練ってもらい、さらに有志が集まって自発的に関連プロジェクトを増やす形で推進してきました。
▼カルチャー移行のロードマップ全体像
従来の権力階層にとらわれない組織構造を目指し、ホラクラシーを導入
田中 私たちが掲げた「One GlobalSign Way」の中で、特に組織に大きな変化をもたらしたのは「組織構造」の部分です。
まず前提として、目指す組織構造は「従来の権力階層にとらわれず、迅速に意思決定して行動できる組織」「それぞれの役割を理解し、自律性を持つ権限と説明責任を与えられる組織」と定義しています。
このような組織構造を実現する上では、従来の階層型組織をアレンジする選択肢もあったとは思いますが、既存の組織構造が根付いているところから変革するとなると、もっと抜本的に構造を見直す方が結果的に早いのではと考えました。
そこで選択したのが、「ホラクラシー」を活用した全く新しい形での組織運営です。
ホラクラシー(Holacracy)とは:
従来の上下階層的な組織構造や管理方式を排除した、自律分散的な組織管理システム。役職や階級などの区別がなく、権限は個人ではなく役割(ロール)に委ねられる。
そして、各ロールの責務の決定や、人の任命、更には「ひずみ」と呼ばれる組織課題の解決、といった組織の意思決定プロセスのすべてには、「ホラクラシー憲法」という形でルールが設けられている。※ホラクラシーの実践事例は、SELECKのこちらの記事もご参考ください。
▼ホラクラシー組織と従来の組織の違い(編集部作成)
田中 新しい組織構造にホラクラシーを選んだのには、二つの理由があります。
まず、ホラクラシーへ移行する企業へコンサルを提供するHolacracy Oneが、運用上のルールやフレームワークとして「ホラクラシー憲法」を定めていたこと。次に、組織構造を可視化しながら日々の運用を円滑にする「GlassFrog」というツールがあったことです。これらの型をうまく活用すれば、社内の大多数を占めるエンジニアにも受け入れられやすいのではと考えました。
また、弊社は上場企業ということでステークホルダーも多く、GMOインターネットグループのいち企業ということを考えると、導入する仕組みには一定の柔軟性が必要でした。その点、ホラクラシーは企業にあわせたカスタマイズが許容されているので、導入の後押しになりましたね。
550人規模で運営する、国内最大級のホラクラシー組織を構築
田中 前述した2019年の全社イベント「One Live!」にて、ホラクラシー組織へ移行していきたいという方針を伝えた後は、まずは協力を申し出てくれた部門から小さくトライアルしていきました。
その際には、私がメンバーに「強制ではないので、もし合わなかったら元の体制に戻しても大丈夫ですよ」と魔法の言葉かのように伝えながら、ホラクラシーのプログラムを説明し、一緒にロールやサークルを作ってみるところから始めました。
中には、トライアルした上で元の体制に戻した部門もあります。その時には、課題感のフィードバックをもとに全体の運営方法をカスタマイズしたり、様々な部門のメンバーにプロジェクトに参加してもらって、どのように運用すべきかも含めて判断をお任せしたりしました。
また、ホラクラシー組織では、複数のロールが集結したサークル単位で、定期的に「タクティカルミーティング」を実施します。その運営においては、最初のうちは私が個々のサークルのミーティングに参加してファシリテーターなどの役割を代理で担い、徐々にみんなにその役割をスイッチしていきました。
加えて、新しく入社するメンバーのことを考えて、ホラクラシーのプログラムをeラーニング形式で学べるように工夫しました。
私は当初、厳密にホラクラシー憲法に則った運用をしようと考えていました。しかし、中央集権的にルールを決めたところで、運用されなければ意味がありません。
なので、弊社の組織運営においては柔軟性を重視して、監視や管理もせず、各サークルが定めたパーパスと定量・定性の目標に向かって前進していれば問題ないと判断しています。
▼各サークルは、パーパス・ドメイン・アカウンタビリティを定めて自律的に活動している
その後はどんどん全社にホラクラシーが広がっていき、ホールディングス内でのグループ企業を跨いだプロジェクトの実施も増えたので、現在GlassFrog上で可視化されているホラクラシー組織の規模は、556人にまで拡大しました。(2023年4月時点)
なお、基本は会社全体でホラクラシー運営をしていますが、社外向けに既存の組織構造を残している部分もあるので、厳密には双方のハイブリッド運営という形になっています。
誰もが主体者になれる組織構造によって、全社的に機動力が向上
田中 ホラクラシー組織に移行して特に良かったと感じるのは、組織としての機動力が向上したことです。従来の組織運営では、新しい取り組みを始める時に異動の手続きもあって大変でした。しかし、今では事業ごとの組成は変えないままで、注力すべきところにスピーディにメンバーを集められるようになりました。
青山 僕は「会社のことをよく考えるメンバーが増えた」と感じています。今までは会社について感じたことがあっても、自分の担当外であれば雑談レベルで誰かに話すだけだったと思いますが、ホラクラシー組織では部署の概念を超えて誰もが主体者になれます。
なので、「自分たちでもっと会社を変えられるのでは」と、期待感を抱いてもらえるようになったのではと感じています。
田中 今はもはや誰も全体像を把握できていないほど、たくさんのサークルができていて(笑)。それはそれで良いのですが、会社の組織運営上、ガバナンスを利かせないといけないところもあります。
そのため、現在はホラクラシー上で「カテゴリーサークル」を作っています。具体的には、事業の数字を追うことを目的としたサークル群や、ジョブの専門領域別などでカテゴライズした大きなサークルを作り、その中に該当する個々の小サークルを分類している形です。
▼同社の実際のサークル図(2023年4月時点)
実は、ホラクラシーに移行した後に実施したサーベイで、「上司がそのままサークルのリード(戦略の明示やアサイン権限を持つ責任者)になると、呼び名が変わっただけでこれまでと実態が変わらない」という声が挙がったことがあって。ここに対する打ち手としても、カテゴリーサークルが効いてくると考えています。
というのも、すべてのメンバーは業務に関連したサークルとは別に、各自の専門領域のサークルに必ずアサインされるので、1人に対して少なくとも2人以上のリードが関わる構造になっているためです。
このように常に試行錯誤を繰り返しながら、組織全体を進化させているところです。
次なるチャレンジは、ホラクラシー運営に合わせた「人事制度」の改訂
田中 今回お話ししたホラクラシー組織への移行は、私たちが掲げる「One GlobalSign Way」における一要素でしかありません。
私たちが今まさに力を入れているのは、7Sモデルにおける「システム」にあたる、人事制度の改訂です。例えば、これまでは役職に紐づいていた評価・報酬の基準を、ホラクラシーに合わせて役割(ロール)に紐づける必要がありますし、その他の点でも大胆な変更を加えているところです。
これまで人事制度に関しては、いかに完璧なものをリリースするかを重視していましたが、そうしているうちにも社内では様々な変化が起きます。なので、一度リリースした人事制度を変化させることを恐れずに、リアルな声を拾って改良していくことが、次の大きなチャレンジになると思っています。
(※ホラクラシーに合わせた新たな人事制度の具体的な内容は、SELECKにて近日公開予定です)
青山 これまではホールディングス内でも、グループ企業ごとや国内・海外拠点での壁がありましたが、ホラクラシーの活用によって今はその壁を乗り越えて、様々なサークルやプロジェクトが作られるほどになりました。
例えば、コロナ禍で「電子印鑑GMOサイン」へのニーズが一気に高まり、リソースが足りない状況になった時も、他のグループからサッと人が集まってくれて。このように組織が活性化されて、人と人の距離が一気に近づいたということが、すごく良い変化だなと思っています。
今後は、世界中で事業を展開している企業だからこそ、国ごとのカルチャーや言葉の表現の違いを考慮した組織運用を考えなければいけないと考えています。
また、これまで僕は代表取締役に加えて、CHROの肩書きを持って全社のプロジェクトを主導してきました。ここには社内外に向けたメッセージとして、僕自身が腹をくくって「カルチャーを変革する、人を起点にすべての仕組みを変える」ということを絶対にやり抜くという意思を込めていました。
そして、これからは組織に新しいカルチャーを根付かせていくフェーズに入っていきます。なので、CHROの役割はそれに適した能力や知見を持つ田中さんに引き継ぎ、「守りながら攻め続ける」ということにチャレンジしてもらいたいと思っています。
全社のカルチャー変革は、大前提として会社が長期的に成長し続けることを目的にしているので、この取り組みの先では会社の利益もぐっと上がってくると考えています。
そうして生み出した利益をメンバーに還元して、ゆくゆくは「日本トップレベルの平均年収」に引き上げることを絶対的な目標として、全員でその実現を目指して突き進んでいきたいと思っています。(了)