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【Web3対談#04】「北斗の拳」メタバースからみる、Web3時代におけるIPの育て方
国が次世代の成長産業の一つとして「コンテンツ産業」を挙げ、グローバルへの展開を見据えた熱狂的なファンを持つIPの育成や、コンテンツの拡充が求められています。
この状況を背景に、様々な企業が既存のIPにNFTを活用したマーケティング活動に取り組んだり、メタバース上のデジタルコンテンツを展開したりするなど工夫を凝らしています。
そうした中、SNS用のスタンプや漫画、ブロックチェーンゲームなど、数多くの新規IPを育ててきた経験とノウハウを活かし、大手IPのWeb3化を手がける企業が株式会社Mintoです。同社は2022年に株式会社コアミックスと提携し、「北斗の拳」(原作:武論尊・漫画:原哲夫)を活用したメタバース空間「世紀末LAND」をリリースしています。
そのプロデュースを手がけた水野 和寛さんによると、クリプトネイティブ層を中心とした「Web3発のNFTプロジェクト」と、既存のファンが存在している「IP先行型のNFTプロジェクト」とでは、ユーティリティの設計やコミュニティの熱量を醸成する仕掛けなどにおいて、それぞれ異なる特性があるといいます。
そこで今回は、株式会社Mintoの代表取締役を務める水野さんと、「北斗の拳」の著作権を管理する株式会社コアミックスの取締役を務める西田 創さんに、Web3時代におけるIP創出の勘所や、日本のコンテンツ産業を盛り上げるために必要なことなどについて、詳しく伺いました。
マーケティング無しで初期ユーザー15万人を獲得した「CryptoCrystal」
──本日はよろしくお願いいたします。まず、お二人の自己紹介をお願いします。
水野 株式会社Mintoの代表を務める、水野と申します。Mintoは、マンガを活⽤したSNSマーケティングでの実績を持つ株式会社wwwaapと、キャラクタースタンプのダウンロード数で世界No.1の実績を持ち、Web3領域でのIPプロデュースを⾏う株式会社クオンが経営統合を果たし、2022年1月に設立された企業です。
この2社の強みを活かして、現在はマンガやアニメを軸としたコンテンツの新たな可能性を開拓するプロデュースカンパニーとして、企画からディレクション、効果分析までを一気通貫で行いながら、クリエイターエコノミーの創出を目指しています。
僕自身、統合前はクオンの代表として、LINEやFacebookで利用できるスタンプやSNS上のマンガなどのキャラクターを、toCのコンシューマ向け事業としてプロデュースしていました。
▼【左】SNSでの連載漫画、【右】LINEスタンプ「ベタックマ」シリーズ
そして、2018年頃にブロックチェーン領域に参入してからは、IPのNFT化やメタバース上のコンテンツ制作に携わる機会が増え、「The Sandbox」や「Decentraland」など、グローバル規模で認知度が高いメタバースプラットフォームと連携し、今回の「北斗の拳」のような著名IPをプロデュースさせていただいています。
西田 株式会社コアミックスのライツ事業部の西田と申します。弊社は、2000年に週刊ジャンプの編集長を担当していた堀江 信彦や「北斗の拳」の漫画家である原 哲夫、「シティーハンター」の漫画家、北条 司といった複数の漫画家によって設立されました。
弊社はマンガを中心とした出版事業と著作権管理事業を展開しており、商品開発やゲーム化を行う中でNFTやメタバースを活用したデジタルコンテンツの制作なども行っています。
──現在では、2社とも「コンテンツ×Web3」の事業を展開されていますが、水野さんはまだ「Web3」という言葉が無かった2018年に、NFTプロジェクト「CryptoCrystal」を立ち上げていらっしゃいますよね。当時、どのようなきっかけで事業を立ち上げられたのでしょうか?
水野 クオン(現Minto)を設立した2011年以前は、モバイルコンテンツのプロデューサーとして着うたやデコメ、絵文字などを手掛けていたこともあり、時代と共に生まれる最先端のテクノロジーを活用しながら、「どのようにして新たなキャラクターIPを生み出していくのか」を常に考えてきました。
そのような中で、SNSの次に新たなキャラクターが生まれる場所を模索していた際に見つけたのが、2018年に話題になったブロックチェーン技術を活用したゲーム「CryptoKitties」だったんです。
ブロックチェーン技術は、唯一無二なものを生み出せる面白さや、生命遺伝子のように記録された情報が引き継がれて、広がっていく特性を持っています。これらの特性をキャラクターやゲームに活かすことで、全く新しいコンテンツを生み出すことができるのではないかと感じ、立ち上げたのが「CryptoCrystal」でした。
CryptoCrystalは、イーサリアムブロックチェーン上のトークンを用いた宝石キャラクターを採掘し、育成や交換ができるゲームアプリケーションです。100種類を超えるキャラクターが存在し、レア度が高いキャラクターや育てて大きくなったキャラクターを、OpenSeaなどの取引所で売買することが可能です。
CryptoCrystalは日本初のブロックチェーンゲームでもあり、当時はイラストのクオリティが担保されたNFTプロジェクトがほとんど存在しなかったことから、業界内で話題となりました。その結果、2018年3月に事前登録を開始し、ほとんどプロモーションを行わずに約15万件の登録を達成した実績があります。
──2018年末以降は「冬の時代」と呼ばれるように、暗号資産が暴落した歴史がありますが、その影響は受けなかったのでしょうか?
水野 当時は、ビットコインのマイニングのように「運営が何もしなくても自動でサービスが動く」のがブロックチェーンゲームの真髄だと思っていたこともあり、CryptoCrystalは「キャラクターNFTをプレイヤーが発掘する」という超シンプルな仕組みにしていたんです。
そのため、昨今のNFTプロジェクトのようなDiscordコミュニティの運用やゲームの運用など、運営らしいことは全くやっておらず、暗号資産が暴落した時もほとんど影響は受けずに、プロジェクトが勝手に回っていたんですよね。
そして、2021年にNFTブームが再燃した際に、過去のNFTプロジェクトを再評価するムーブメントがあったのですが、CryptoCrystalのNFTもリリース時の100倍、1,000倍の価値に跳ね上がったんですよ。これはブロックチェーン上に履歴が残っていたからこそ生み出された価値で、とても興味深い経験でした。
──いわゆる「ビンテージNFT」の一種として再評価されたということですね。
水野 そうですね。その後CryptoCystalは、「歴史的な価値」を作るために2021年からゲーム内でのNFTの新規発行をストップしている状況です。現在は、過去に発行された約1万体のNFTが残っていて、累計1,740ETH(約5億円)以上の総取引が発生するまでに成長しています。
メタバースは作品の「世界観」を表現し、ファンの欲求を叶える場所
──西田さんにお伺いしたいのですが、これまで漫画の出版をメインとしてきたコアミックス社が、Web3に注目したのはどのような背景があったのでしょうか?
西田 通常、作品のファンが求めるものとして、物語の続きやアニメ化などストーリーやキャラクターに対してのニーズが先行しがちです。しかし、こと「ゲーム」になるとその欲求が変化するんですね。
具体的には、ゲーム上で「漫画の世界に入りたい」とか「キャラクターと一緒に過ごしたい」といった欲求が生まれる傾向があり、これらを叶えてくれる手段としてWeb3の考え方に魅力を感じました。
また、前提として、「北斗の拳」のように世界観を作り込んだ作品は、それらを表現できる場所を常に探しています。そうした中で、メタバース空間であれば、「北斗の拳」のポストアポカリプスな雰囲気を表現できるのではないかと思ったんです。
こうした背景から、2023年1月に「The Sandbox」上に立ち上げたのが、Web3ゲーミングメタバース「世紀末LAND」です。今後、漫画の世界観を感じてもらえるようなアトラクションやイベント、そしてより⼀層没入できる趣向を凝らしたNFTコンテンツの販売も行う予定です。
──「北斗の拳」のような有名なIPをWeb3領域で展開する場合、著作権や法律などの面で調整が大変だったのではないでしょうか?
西田 「世紀末LAND」は作品をベースにした世界観をメタバース上で表現しています。ストーリーそのものではないので改変などは起こりにくいと思われますし、今後メタバース上でユーザーさん同士が関わり合う中で、アナーキーな状態の中に自然と秩序が生まれてくるのかなと思っています。
水野 僕たちも出版社さんから様々なご相談をいただくのですが、IPの価値が損なわれたり、世界観を崩したりする可能性がある「カオス」を受け入れていただける例はかなり少なくて。一方で、コアミックスさんは多少のリスクはありつつも、前に進んでいくスピリッツや寛容さがあると、以前からリスペクトさせていただいておりました。
西田 嬉しいお言葉ですね。そうした「カオス」な状況を、私たち作家を含めた関係者が面白がる素地があり、一定の理解に支えられているからこそ、今回の思い切った展開ができたと思っています。
当然、キャラクターとしてやって良いことと、そうでないことの線引きはあるものの、「北斗の拳」は作品の世界観を多少ずらしても、作品の強烈さで補えてしまう側面はあるかもしれないです(笑)。
「ボクセルアート」だからこそ広がる、表現の幅や自由度
──さまざまなメタバースプラットフォームがある中で、なぜ「The Sandbox」を選ばれたのでしょうか?
西田 メタバースプラットフォームを選定するにあたり、「ロードマップを着実に進んでいるプロジェクトかどうか」をひとつの基準としていました。
というのも、計画がユニークで将来が楽しみなプロジェクトが多くある一方で、予算や工数の問題でその実現に時間がかかりそうなプロジェクトも少なくないと思っていて。
そうした中、The Sandboxは世界的にヒットした海外ドラマ「The Walkind Dead」や、ブロックチェーンゲームで有名な「CryptoKitties」など300以上もの著名なIPとパートナーシップを持ち、すでに4,000万人のユーザーも確保しているなど、着実にロードマップを進んでいる印象がありました。
──ロードマップが進んでいるとはいえ、The Sandboxのボクセルアート調は、「北斗の拳」の筋肉隆々としたイラストと釣り合わない懸念があったのではないかと思うのですが…
西田 漫画のキャラクターをメタバース上で忠実に表現しようとすると、かなりのポリゴン数(3Dオブジェクトを構成する面の数)が必要になり、ものすごい工数がかかってしまうんです。
一方で、キャラクターは、特徴さえ表現できれば「キャラクター」として成立する側面もあるので、むしろボクセルアートのように省略した方が制作時のスピード感が増すというメリットがあります。
加えて、リアルに再現しようとすると「『北斗の拳』の絵ではないもの」が生まれがちなのですが、ボクセルアートだと許容度が高くなり、創作物すべてが「北斗の拳」のものとして成立する可能性があると思っていて。その点は、一つの表現方法として非常に面白いと感じています。
──なるほど、その点はとても興味深いですね…!
西田 また、「北斗の拳」特有の肉片が飛び散るような描写はとっつきにくさもあると思っていて。そこをボクセルアートによってコミカルで柔らかな表現にすることで、多くの人にとって利用までの障壁も下がるのではと期待しています。
水野 ボクセルアートにすることで、本当に可愛いらしいキャラクターになりましたよね。西田さんには2,000点のアイテムを監修していただいたので、それはそれで大変だったかと思うのですが…。
西田 そうですね、結構大変でしたね(笑)。ただ、完成したアバターたちを見て、どれも漫画の雰囲気とのギャップがむしろ良いなと思いますし、仕上がりに大変満足しています。
──リリース後、ファンの方々の反響はどうでしたか?
西田 現在、すでに約2,000体のアバターが売れていて、皆さんワイワイと遊んでくださっています。
ちなみに、「北斗の拳」は2023年でちょうど40周年を迎えます。よって、作品を支えているコア層が40、50代ということもあり、Web3に入ってくる層とは少し異なりますが、そうした往年のファンの一部の方にも興味を持っていただけていると感じていますね。
また、作品を読んだことがないWeb3業界の若い方々も遊びにきてくださっているので、「世紀末LAND」をきっかけに実際の作品にも興味を持ってもらえたら嬉しいです。
水野 そうですね。私たちはクリプトネイティブのIPを0→1で作ることと、著名IPをお預かりしてWeb3プロジェクトを推進することの両方に携わっていますが、どちらも求められることが全く異なっていると感じていて。
前者は「自分たちで手塩をかけてIPを育てていく」という意識を持続させる必要がある一方で、後者は「既存の世界とWeb3を橋渡しする役割」を担う必要があると思っています。
ただ、両者に一つ共通しているのは「新しいファンを開拓し、Web3の業界を盛り上げていく」という想いがあること。「北斗の拳」のように幅広い世代の人が楽しいと思えるIPの存在は、Web3の世界でもすごく重要だとあらためて感じますね。
コミュニティは、純粋なIPファンと投機勢のバランスが重要
──「北斗の拳」のような著名IPを活用すると投資目的で参入される方もいると思いますが、コミュニティやIPを好きになってもらうための工夫はありますか?
水野 そうですね。結局は、レアリティや価格で興味を引くのではなく、「どのような楽しみを提供できるか」を考え抜くことに尽きるのではないかと。
すでに知名度があるIPのNFTを、投資目的で購入するクリプトネイティブ層は一定数いるので、彼らを巻き込んでいくための要素も含めてコンテンツを設計する必要があると思いますね。
西田 作品を扱う立場からすると、価値が上がって高額で取り扱われることはとても嬉しいことです。けれども、 価格が高くなりすぎると投機目的の人たちが多く集まってしまい、Web3の醍醐味であるコミュニティが成立しなくなってしまう懸念もあります。
よって、まずはリーズナブルな価格でNFTを購入できる環境を作り、愛着を持ってくれる純粋なIPファンの方々が楽しんでいる中で、価格が高くなった際に売れるという選択肢も作ることができれば、コミュニティとしては理想的だと思っています。
水野 振り返ると、NFTの買い方はリアルフィギュアの買い方にも似ているなと思っています。
実際に、僕の周りでNFTを保有している人は「保存用」「人に自慢する用」「売る用」のように、目的に応じて複数購入しているケースが多いんです。現状、NFTは高額商品として認識されている側面もあるので、もっと安い価格で誰もが購入できるようになったら良いですよね。
西田 まさに、そうですよね。「ポケモンカード」のように遊び要素もありながら、コレクションとしても楽しめるようなバランスが良いのかもしれないなと思います。
「世紀末LAND」でも、「それで、何をして遊ぶか」という目的意識に繋がるものをどんどん提供することで、より多くの方を巻き込んでいきたいですね。
──多様な人を巻き込むには、ユーティリティの設計も肝になってきますよね。
水野 そうですね。メタバース空間に入るための会員パスや入場チケットという形のような「メンバーパス」としてのユーティリティは、限られたコアなファンを囲うのに有効だと考えています。
昨今では、フィジカルなグッズと一緒にNFTを売る「フィジタル」を重視した考え方もありますが、個人的には、まずはメタバース空間での「Digital to Digital」を展開した方が、マスアダプションへの道のりも早いのではないかとも思い始めていますね。
産業振興において、IPの支援を担う「黒子役」が求められている
──今年の4月に、経団連が国に対して「コンテンツ産業振興」の提言を行いました。次なる成長産業として、コンテンツ産業を発展させていくためには何が重要になるとお考えでしょうか?
水野 コンテンツやIPをWeb3の世界に繋いでいき、新たな価値創造を行うスタートアップが増えると良いなと思っています。
日本のエンタメ系のスタートアップは「革新的な自社コンテンツやIPを作って会社を大きくしたい」と考える企業が多く、それは良いことだと思う一方で、裏方的な役割を担うケースは少ない現状があります。しかし、スタートアップだからこそできる役割もあると思っていて。
実は、国内外の企業の方々と話していても、コンテンツ産業のDXやIPの支援が求められているんですね。「北斗の拳」のように、グローバルで知られているIPが多く存在する日本において、それらのグローバル展開を支援をするスタートアップが増えると、日本のコンテンツ産業はもっと盛り上がっていくのではないでしょうか。
西田 そうしたスタートアップが増えれば、私たちのようなIP制作を行う企業にとっては非常にありがたいと思います。実際、漫画を作る際にも、漫画家さんが一人で創り上げた作品と、プロのディレクターや編集者が関わった作品を比べると、圧倒的に後者の方が売れる確率が高いんですよね。
よって、Web3の業界も同じように、マーケットトレンドの知見を持つ専門家や、クリプト関連の技術を持つクリエイターの方々と共創していくことが、世界をも揺るがすヒットコンテンツを作る上で重要になると感じています。
──最後に、お二人の今後の展望についてお伺いさせてください。
水野 僕たちとしては、テクノロジーの理解があること、そしてコンテンツ愛があるという強みを活かして、日本のコンテンツやIPのグローバル展開を支援できるよう、更なる成長を目指して邁進していきたいです。
また、コアミックスさんのように、積極的にWeb3やメタバースの世界へ飛び込んで面白いことをやってくれる会社さんと組んで、世の中に面白いことをどんどん仕掛けていきたいですね。
西田 メタバース空間は特殊で、会話だけではなく新たな遊びを自由に作り出せる点にユニーク性があると思っています。よって、今後もメタバースならではの付加価値を生み出しながら、コミュニティに属することの面白さをユーザーさんに感じていただけたら嬉しいですね。
また、メタバースの世界ではキャラクター同士のコラボレーションも生まれやすいと思っているので、そういった取り組みも今後展開していきたいです。
──今後の展開が非常に楽しみですね。本日は、ありがとうございました!
取材・ライター:古田島 大介
企画・編集:吉井 萌里(SELECK編集部)