• テックタッチ株式会社
  • 執行役員 / CFO / VP of Products/ Head of Government Sector
  • 中出 昌哉

資金調達の超鉄則は「逆引き」。テックタッチの約20億調達の裏側と、外せないポイントとは

近年、資金調達環境が「冬の時代」と言われる中、スタートアップが資金調達を成功させながら大きく事業成長していくためには、どのようなことを意識すると良いのだろうか。

様々なWebシステム上で表示されるナビゲーションを、ノーコードで作成し表示できるSaaS「テックタッチ」を開発・提供する​テックタッチ株式会社

2023年1月にシリーズBで総額20億円強の資金調達を達成し、国内外ユーザー数が300万人を突破​した同社は、自社の資金調達に関して詳細に記したnoteを公開している。

そのような発信をきっかけに、他企業の経営層から資金調達に関する相談を多く受けているのが、同社でCFO / 事業責任者 / VP of Productsを担っている中出 昌哉さんだ。

中出さんは「投資家が懸念しそうなことを先回りして、資金調達までに事業の芽を出しておくことが一番重要で、CFO自身が事業を伸ばす動きをしないとバリューを出せないと考えている」と語る。

実際に、CFOを担いながら70〜90%もの時間を営業やカスタマーサクセス(以下、CS)などの事業活動に費やし、新たな市場をほぼ1人で開拓しながら、2年かけて調達に向けた仕込みをしたという。

その結果として、メイン市場であった大企業向けでの売上実績に加えて、新たに開拓したSaaS市場や公共団体向けでの実績を重ねたタイミングで、シリーズBの調達を迎える事ができたそうだ。

そこで今回は、中出さんと、同社の代表取締役 CEOである井無田 仲さんに、同社の資金調達の裏側と、多くの企業が共通して悩んでいるという資金調達のポイントについて、詳しくお話を伺った。

1社との奇跡的な契約が転機となり、直近はシリーズBで20億円強を調達

井無田 私は新生銀行やドイツ証券といった金融畑からスタートし、その後一念発起してIT業界に転職しました。

前職ではBtoCスマホアプリのグロースに携わっていて、新規事業の責任者を経験させてもらいましたが、数億円を投入したにも関わらずにっちもさっちも行かない状況で。その領域には数々の大企業も参入していたものの結局勝者は出ず、本当に辛い気持ちで数年を過ごしました。

もちろんその中では事業を作る楽しさも感じていて、2018年3月のテックタッチ創業に至ったわけですが、前職の経験からかなり慎重に事業ドメインを決めていきました。

実際に、ユーザーインタビューや展示会での反応を細かく見ながら検証すると、非常に熱狂的なリアクションをいただけて。「これは絶対にいける」と展開したのが、システム上にユーザーをサポートする操作ガイドを作成・表示できるSaaS「テックタッチ」です。

▼「テックタッチ」で作成した操作ガイドを表示している様子(イメージ)

とはいえ、実はリリースからの約1年はほとんど売上が立ちませんでした。様々な規模の企業に提案しましたが、当時は特に大企業の開拓に成功しているスタートアップがほとんどなく、営業の参考になる情報を得られずに暗中模索していました。

そんな中で、ある大手の企業様がテックタッチの全社導入を即決してくださり、「良いサービスだから応援するよ」と一緒にマーケティングも手伝ってくださることになったんです。

その後は、導入事例としてその企業様のロゴがあることが後押しになって、続々と大企業が契約してくださったので、この時の奇跡的な契約が全ての始まりだったと思っています。

もう1つの転機は、とても優秀な仲間が執行役員として組織に加わってくれたことです。メンバー全員で頑張っていた中でさらに会社のレベルを一段上げることができ、まさに「人によってスタートアップは変わるんだな」と実感しましたね。

そして、直近の大きな出来事としては、2023年1月にシリーズBのエクイティファイナンスとして17.8億円、デットファイナンスとして約3億円の資金調達を実施しました。その時に中心となって活躍してくれたのがCFOの中出です。

彼は、CFOと事業責任者、現在はVP of Productsを兼務するという非常に珍しい動きをしている人材で、資金調達の裏側をnoteなどで公開したことを機に、他企業の方々からたくさんの相談を受けています。今回はその中から、特に多くの方の参考になりそうなポイントを中出に話してもらえればと思います。

先回りして事業の芽を出すことを重視。CFO自ら事業を伸ばす責任を負う

中出 僕は新卒で野村證券に入社してM&A案件に携わった後、マサチューセッツ工科大学のMBAプログラムを経て、米国カーライルグループで投資業に従事しました。テックタッチには2021年3月にCFOとして入社しましたが、同時に事業責任者としてプロダクトの開発方針や戦略立てにも携わっています。

近年は、資金調達環境が厳しくなり「冬の時代」と言われているように、GAFAをはじめ上場企業から調達時のバリュエーション(企業価値評価)が崩れ始めて、スタートアップも以前と比べて資金が集まりにくくなっている状況です。

そのような向かい風の環境で、弊社がシリーズBで総額20億円強のしっかりとした規模で資金調達できた背景を、まずはお話しできればと思います。

僕がCFOと事業責任者を兼務している理由にも繋がりますが、エクイティファイナンスにおいてはいわゆる「エクイティストーリー」をいかに魅力的に見せるかよりも、「事業とチームを整えること」の方が圧倒的に重要だと考えています。

例えば、資金調達時にありがちなのは、「新規事業で新たに○億円を売り上げます」とか「マーケティングに投資することで売上が○億円UPする見込みです」といったストーリーで投資家にアピールすることです。しかし、過去に立証されていない計画は、投資家は基本的にゼロ評価で見るんですね。

なので、投資家が懸念しそうなポイントを先回りして、資金調達までに少しでも事業の芽を出しておくことが一番大切で。僕はCFO自身が事業を伸ばす動きをしないと、エクイティファイナンスにおいてバリューを出せないと思っています。また、それこそが本当の「エクイティストーリー」になると思っています。

そうした前提から、事業のグロースに必要なことは全部やると決めて入社し、CFOを担いながら70〜90%の時間は営業やCSなどの事業活動に割き、シリーズBまでの2年をかけて調達に向けた仕込みをしていきました。

既存の市場に加え、新たな市場で実績を積んだことが成果に繋がった

中出 活動を始めた当時、テックタッチの事業はどのような状況だったかと言うと、井無田が話したように大企業での利用実績が増え始めていた時でした。その一方で、投資家目線で見ると、大企業の社内システムでの利用に留まっていて、市場規模が限定されていることが気になりました。

そこで、他の市場でも売上実績を作らなければと新たな顧客群に提案し始めたところ、商談での感触が良く、マーケット規模も大きなSaaSなどのシステム提供会社や公共団体にアプローチするのが良さそうだと判断しました。

そして、その領域の事業責任者として、ほぼ1人で営業やCSなどの活動を始めたわけですが、当然ながらアプローチする顧客群が増えると、それに合わせたプロダクトの仕様変更も必要になります。

僕はIT畑の人間ではないので、当時は「とりあえず作れば良いじゃん」と軽く捉えていましたが、現場ではすでに開発スケジュールが決まっているわけで、そう簡単にはいきませんよね(笑)。

井無田 やはり手探りで仮説検証するフェーズでは、その動きがチームのビジョンや戦略にまで明示的に組み込まれていないため、社内の調整が難しい部分は出てくると思います。

ただ、ここで中出がすごかったのは、既存のプロダクトの機能だけで売れるところに集中してとにかく先に実績を作って、そこに市場があると証明したことですね。その上で、「この市場を攻めるなら最低限これだけは必要だ」という機能に絞って、開発ロードマップにのせていったんです。

そうやって、社内のメンバーになるべく負荷をかけないようにしながら、自分で営業もCSもカバーして、独力に近い形で新しい市場を開拓してくれました。

その結果として、SaaS企業向けの売上実績を全体の約30%を占めるまでに成長させ、公共セクターである官公庁の利用実績も複数出てきたタイミングで、シリーズBの調達を迎えることができました。

その際、当時テックタッチと同等の業績だった企業群と比較して、2倍近くのバリュエーションがつきましたが、これは完全に中出の腕だと思っています。さらに、調達後も想定していた予算と寸分違わずに事業運営ができているため、投資家の方々からは「こんなKPIと効率的な成長は見たことがない」と言われるほど評価していただいてますね。

中出 やはり投資家の方々も、大企業以外の市場にまで実績を広げて、事業として大きな成長性を見込める状態になっていた点を、高く評価してくださったように思います。

そして、大前提として、メインの市場である大企業向けの契約実績を想定以上に伸ばしてくれたチームの力と、柔軟に対応してくれた開発メンバーの協力があってこその成果だと感じています。

市場はコントロールできない。事業をいかに成長させるかに集中する

井無田 シリーズBの調達時には、大きなファンド、大企業、海外VCのうち、どのCVC・VCに投資をお願いするかという選択肢もありました。

それに対する中出の判断は、次の調達が楽になるようにと大きなファンドにお願いするのではなく、事業をいかに伸ばすかにフォーカスして、未来のお客様になり得る大企業のCVCやVCの皆さまにお願いするということでした。

そうすることで、将来的にCVCの親会社様へサービスを提案した際に、コンペで競合サービスを選ばれる確率は低くなります。そのように調達を通して参入障壁を作って、ビジネスを伸ばす方向にフォーカスする選択肢をとっています。

中出 その他にCFOとして水面下で考えていたのは、水物である市場の動きをなるべく占って(予測して)おくことでした。僕は以前から、日本はSaaS企業を中心に調達時のバリュエーションが高すぎて、ちょっとおかしいなと感じていたんです。

なので、バリュエーションの基準が変化したり、より戻されたりするような事態が起きても、うまく会社を成長させられるように、あらゆる可能性を想定しておかなければと考えていました。

市場は、自分たちではコントロールができません。備えあれば憂いなしと言うか、「市況が動いたら事前に考えておいた想定通りに行動する、以上。」というシンプルな世界です。

そういった点でも、企業としてコントロールできる「事業」を、いかにチーム一丸となって伸ばしていけるかに集中することが本質であり、難しい部分だなと感じています。

国内外の事例を学び尽くし、知識のツールボックスを揃えることが重要​​

中出 ここまで弊社の資金調達について話しましたが、より詳しい内容をnoteで公開したところ、それを読んでくださった他企業の方々から直接ご相談をいただくようになりました。その中で、多くの方が共通して悩まれているポイントがあると感じたので、いくつかお伝えできればと思います。

まず、すべてのファイナンスにおける超鉄則として、「常に逆引きの資金調達をすべき」ということがありますが、その点を意識されていない方が多いように感じています。

例えば、「シリーズAの調達をうまくいかせるためにはどうしたら良いですか?」と相談をいただくことがあります。それに対して毎回僕がお伝えするのは、「貴社はどういうシリーズを重ねたくて、どういうIPO/M&Aをしたいんでしたっけ」と「IPOの後は何をしたいですか」という2点です。

仮に評価額1兆円でのIPOを目指すなら、なるべく高いバリュエーションで大量の資金を得るという一択になりますし、評価額200億円でのIPOを2〜3年以内に実現したいなら、そこまでバリュエーションにこだわる必要がなくなりますよね。

もちろん、すべての企業がIPOを目指しているわけではありませんが、いずれにせよ社会に対してどんなインパクトを与えたいのかや、数年後に会社をどういう状態にしたいのかというビジョンを掲げていると思います。

なので、どの資金調達フェーズであれ、そういったゴールから逆引きしたプロダクト戦略や採用戦略、資金戦略などがあるはずで。それが決まっていれば、自ずと資金調達はどうすべきかなどが決まってくるという形です。

井無田 これ、簡単に言いますけど、めちゃくちゃ難しいんですよ(笑)。中出のようにCFO自身が現場のリアルを体感しているかどうかでも、数字に対する血の通い方が変わるなと感じますね。

中出 他には、「良いCFOを採用したいんですが、どうやって見定めれば良いですか?」という質問をいただくことがあります。

それに対しては、CFO候補の人に自社の事業に関する資料を全部渡して、5年戦略を考えてもらうことをおすすめしています。その計画を元に、どういう資金戦略を立てるかやエクイティストーリーを話してもらったり、実現に向けてCFOとしてどのように時間を使うかを確認したりすると良いのではないかと思います。

そのような話をすれば、現状は会社として何が足りなくて、どんな採用をしないといけないかといったことにブレイクダウンされていくはずなので。そういう内容が全部出てきたら、すごく優秀な方だと思いますね。

加えて、外資企業での経験もふまえると、国内スタートアップでは特に「知識や事例のツールボックスを揃えること」と「自社でやるべきことの言語化」が重要だと感じています。

具体的には、人から「○○が良いですよ」と聞いた内容を鵜呑みにするのではなく、国内外の成長企業のIRや業務領域の書籍を片っ端から読み込んだり、海外のイベントに出向いて先進企業の講演を聞いたりして、頭の中の引き出しを増やすということです。

僕自身も、例えばプロダクトマネジメントに関しては本を100冊くらい読み込んで、学び続けています。そうすると、と取捨選択できるようになるんですね。

それと同様に、資金調達に関しても「こういう時はこうする」という答えがあります。冬の時代と言いつつも、日本企業は非常に資金調達をしやすい環境にあるので、ぜひ情熱をもって、豊富な事例からツールボックスとしての知識を揃えていただくと良いのではと思います。

次なる挑戦は、「先進的なBtoBのプロダクト戦略」を確立すること

井無田 これまでSaaS事業を展開してきた中では、プロダクトとビジネス組織の両輪さえ強ければ、再現性をもって複数のサービスを作っていけるとほぼ確信しています。

なので、最高のプロダクト・セールス・CSチームを揃えながら戦っていくことは、次のチャレンジとしてすごくテンションが上がるし、自分自身が熱中して取り組みたい部分だと思っています。

起業当初に遡りますが、アメリカ西海岸のスタートアップに話を聞いた際、自分たちの学びや壁を乗り越えた方法を次世代に伝えながら、「みんなでエコシステムを作る」という美しいカルチャーがあることを知ったんです。まさにそれを日本でも作るべきだと考えています。

今回、私たちが資金調達の詳細を公開したり、起業家の方々の相談にお応えしたりしているように、スタートアップのエコシステムになるというテックタッチのユニークネスは、今後も大事にしていきたいですね。

 中出 僕自身は、テックタッチをプロダクトが圧倒的に強い会社にしたいと思っているので、今一番注力しているのは「BtoBプロダクト戦略の高度化」です。

というのも、BtoBプロダクトはユーザーが自由にアプリをインストールしてくれて売上が立つ世界ではないですし、社内では営業やCS、マーケティングなどの役割が細分化されていて複雑なので、筋の良いプロダクト戦略を立てるのが難しいんですよね。

なので、今は経営戦略と、営業やCSなどのビジネス戦略、そしてピュアなプロダクト戦略の3つをきちんと融合させて、1つの大きなプロダクト戦略として昇華させることに挑戦しています。

まだまだ発展途上ですが、日本のBtoB企業の中ではかなり先進的なプロダクト戦略を本気で回そうとしているので、今ジョインしていただけたらめちゃくちゃ学びが多くて楽しいと思います。興味がある方はぜひ仲間入りしてくれたら嬉しいです。(了)

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