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【前編】アプリはデータで成長する!プッシュ通知の開封率を上げるアルゴリズムとは

今回のソリューション:【バンディットアルゴリズム】

日本ではまだまだ数は少ないものの、大量のデータの解析によって事業戦略を立案する「データサイエンティスト」と呼ばれる職種のニーズが高まってきている。

株式会社VASILYが運営するファッションコーディネートアプリ「iQON(アイコン)」でも、データサイエンティストの金田 卓士さんをメンバーに引き入れ、200万人を超える会員に対してデータを活用した施策を打ち始めている。

「エモーショナルなファッションという領域をデータで解明し、ユーザーの感動体験を創出したい」と語る金田さんが入社後すぐに着手したのが、プッシュ通知の開封率の改善だ。その際に活用したのが、限られた試行回数の中で収益を最大化する「多腕バンディットアルゴリズム」。

結果的に通知の開封率を5%上昇させることに成功したという。データをどのように活用することでプッシュ通知を改善したのか、詳しいお話を伺った。

※プッシュ通知に多腕バンディットアルゴリズムを応用する際の注意点や、A/Bテストとの違いなどについて細かく解説していただいた後編はこちらです。

データサイエンティストとして幅広い経験を積み、VASILYへ

大学院で経済学を専攻し、とりわけ経済モデルを統計的な手法に基づいて実証する、計量経済学という分野を専門としていました。卒業後は一休.comに就職し、立ち上げ間もない飲食店の予約事業に携わりました。

3、4人の小さいチームだったので、マーケティング、営業、Salesforceを使った営業の仕組み化など、幅広く経験できました。プログラミングができたこともあって、営業とエンジニアのつなぎ役もしていました。

3年ほど勤めた後、研究者になるために海外の大学院に行こうと考えて退職をし、実際にいくつか合格することができました。

しかし、改めてアカデミアに戻ってみて、自分は研究者よりはビジネスに適性があるなと感じたこと、そして企業が沢山データを持っている時代なので、企業側にいた方が色々と面白いことができるのではと思うようになったことで、ビジネスの世界へ戻ることを決めました。

その後、ご縁がありソフトバンク・テクノロジーへ入社し、データ分析チームの立ち上げや、BIツールを導入するチームのマネジメントを経験しました。そこで2年ほど働いた後、もう少し自由に働くことができる環境を求めて、データサイエンティストとしてVASILYに転職しました。

データサイエンティストが必要なフェーズだったiQONに参加

VASILYは、会員数200万人を超えるiQONという女性向けファッションコーディネートアプリを運営しています。

サービスの成長に注力する段階では、データ分析以前に新規ユーザー獲得のためにすべきことが山積みなのですが、ある程度グロースしてからはデータサイエンティストが必要になります。

なぜなら、ある程度の会員数になってくると、データを活用した数パーセントの改善が大きな意味を持つフェーズに移行するためです。

ちょうどその時、iQONもデータを使うフェーズに入ったところだったので、自分のスキルと会社が必要とするものがマッチして入社しました。

入社後はデータサイエンティストとして、プッシュ通知の最適化、データ分析基盤の整備、レコメンデーションアルゴリズムの実装といったことを行っています。

毎日内容が変わるプッシュ通知を、いかに最適化するかが課題

iQONは、通販サイトのファッションアイテムを使って、ユーザーの方が自由にコーディネートを作成し、シェアできるアプリです。

様々な人のコーディネートを見て参考にできるだけではなく、気に入ったアイテムはそのまま通販サイトで購入することができます。

更に、講談社さんと提携してViVi、with、VOCEといった人気ファッション誌のコンテンツを無料で毎日配信しています。

この雑誌コンテンツを配信する時に、ユーザーの流入を目的としてプッシュ通知を使っています。

以前に課題だったのは、このプッシュ通知の改善が手付かずになっていて、開封率のばらつきの原因も分かっていなかったことです。

プッシュ通知の内容は毎回変わるので、LPやバナーのようにA/Bテストを何回か回して効果が出たものをしばらく使う、というアプローチが取れません。

例えばある通知に3パターンの文言を試しても、そこで得たノウハウを次の日の配信に活かすことが難しいんです。そこで入社してすぐに、機械学習の分野でよく使われる「多腕バンディットアルゴリズム」を活用して、この課題の解決にとりかかりました。

「多腕バンディットアルゴリズム」とは?

多腕バンディットアルゴリズムとは、限られた試行回数の中で収益を最大化させるためのアルゴリズムです。

このアルゴリズムはスロットマシンで例えると分かりやすいです。例えば、当たり確率の異なる複数のスロットマシンがあり、手持ちのお金が限られているという状況だとします。

そしてスロットを回すごとに当たりかはずれかの結果がわかり、かつプレイするたびにマシンを変えることができるとします。このような条件下で、スロットマシンから得られる報酬を最大にするためには、 当たり確率の高いマシンをなるべく早く見極め、そのマシンに多くのお金をかける必要があります。

この見極めのことを「探索」、お金をかけることを「活用」と呼びます。多腕バンディットアルゴリズムを使うことで、報酬が最大化するよう「探索」と「活用」の配分を最適化することができます。

単純化すると、各々のスロットマシンに少しずつお金を掛けていき、その過程で当たり確率の高いスロットマシンを突き止め、そのマシンに多くのお金を掛けていくことで、報酬を最大化させるイメージです。

アルゴリズムを応用し、どうプッシュ通知を改善するか

プッシュ通知にこのアルゴリズムを適用するために、1つのプッシュ通知に対して3つの文言パターンを用意しました。

そして、10回に分けて配信を行います。仮に1つのプッシュ通知が100万通であれば1回につき10万通、3つの文言パターンを同数の33,333通ずつ送り、どのパターンが最も効果が出るかを検証します。これが「探索」に当たります。

すると、Aパターン2%、Bパターン1.8%、Cパターンは1.7%、といった形でそれぞれの開封率が分かります。そうなると、2回目の10万通の配信は開封率が良かったAパターンを多めに配信します。これが「活用」ですね。

Aパターン50,000通、Bパターン27,000通、Cパターン23,000通、といったように効果が高かったものの配信比率を、アルゴリズムによって自動的に上げるんです。

2回目の結果も同様に集計し、3回目、4回目と続けていき、最終的に合計で100万通のプッシュ通知を配信します。こうすることで、3パターンの中で効果が高いものの配信比率が自動的に増えることになります。

このように、多腕バンディットアルゴリズムを応用することで、限られた試行回数の中で最大の収益を得ることができるんです。(了)

※プッシュ通知に多腕バンディットアルゴリズムを応用する際の注意点や、A/Bテストとの違いなどについて細かく解説していただいた後編はこちらです。

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