• 株式会社JAM
  • 代表取締役社長
  • 水谷 健彦

「この人は採らない」からはじまる面接?ベンチャー企業の採用・組織作りの極意

〜ベンチャー企業の採用・組織作りを支援するコンサルティング会社JAMによる、採用ノウハウとマネージャーの育成から始める組織作りの極意とは〜

企業の経営課題の中で、事業戦略と並んで重要なのが組織戦略である。

自社にとって最適な従業員を採用し、最高のパフォーマンスを引き出すためには、採用及び組織作りの明確な戦略立案とその実行が必要だ。

組織の人員が短期間で急増する急成長企業においても、その重要性は極めて高い。一方で、十分なレベルに達していないケースが多いのが現実ではないだろうか。

ベンチャー企業の採用・組織作りの支援に特化したコンサルティング会社、株式会社JAM。

同社で代表を務め、「急成長企業を襲う7つの罠」の著者でもある水谷 健彦さんに、ベンチャー企業の採用と組織作りの極意について、お話を伺った。

ベンチャー企業を対象にした採用・組織作りの支援を行う

リクルート人材センター(現リクルートキャリア)で、1998年から主にベンチャー企業の中途採用を支援していました。

当時の仕事は楽しかったですが、ひとつ悩みがありました。それは、ベンチャー企業に紹介し実際に入社された方々の退社率(入社後、半年以内で辞める人の割合)が、大手企業に比べて高かったことです。

入社決定時には、候補者と代表があんなにも熱い握手を交わしていたのに、数ヶ月後には仲違いして辞めてしまうことも数多くありまして。自分の仕事の意義に疑問を感じてしまうことが正直ありました。

そういった経験をするなかで、多くのベンチャーが成功していくためには、採用支援だけではなく人材活用の支援も重要であるという意識が高まり、2001年にリンクアンドモチベーションに転職しました。

そちらで組織文化形成、人事システム構築、人材育成といった組織コンサルティングに携わった後、2013年に独立してJAMを立ち上げました。

弊社では、ベンチャー企業向けの組織コンサルティングや、研修事業を行っています。また、それらの経験を基に、2014年にはベンチャー企業で起こりがちな採用や組織作りの課題についてまとめた、「急成長企業を襲う7つの罠」を上梓しました。

面接は「この人は採用しない」と思ってはじめる!?

まず、急成長するベンチャー企業における採用でありがちな失敗は、「有名企業出身の候補者にゲタを履かせてしまう」ことです。

採用候補者を選考する際に、経歴を基準の一つにするのはもちろん問題ありません。ですが、そこに過度なバイアスをかけてしまうと適切な採用ができなくなってしまいます。

例えば、業界の有名企業出身者が応募してきたら、その時点で入社後の活躍を期待してしまいますよね。応募があったことだけでも嬉しくなりますし、つい「優秀だろう」「ネットワークが広いだろう」と考えて、盲目的に採用しがちです。


ここでの問題は、はじめから「採りたい」という姿勢で面接をしてしまうことです。

そうすると、面接中に「あれ?思ったほど期待したレベルの答えが返ってこない」という印象を持ったとしても、「質問が悪かったかな?」「守秘義務を気にして各論には触れないのだろう」など、その印象を都合よく否定する自分が出てきます。

そして、本来合格にすべきでない人材に高評価をつけることになるのです。

逆に「基本、採用しない」という気持ちで面接をスタートした候補者に対して、面接中や終了時に「採用したい」と感じたなら次の面接に進めるべきです。そこを登ってくるだけの魅力や力量があったと考えられるからです。

そのため、私は採用面接では「よし、採らない」と思って面接会場に入るようにしています。面接をしているうちに「採らない」から「採りたい」に気持ちが振れる瞬間があるかどうかでより正確な判断ができます。

価値観かスキルか。採用には明確な「軸」を

また、採用活動において重要なことは「判断軸が曖昧な採用をしない」ことです。

「スキルがあれば採る」という方針でも、「価値観が合えば採る」という方針でも、どちらでも良いと思います。

ですが、「この人はスキルが高いから採用しよう」「この人はスキルが無いけど価値観が合うから採用しよう」という混在型は、組織作りにとってあまり良くありません。その後のマネジメントに非常に苦労するからです。

価値観のフィットを重視した組織とスキルレベルを重視した組織では、目標設定の仕方から評価と報酬の連動、報酬における成果連動の比重度合いなど様々な部分で基本方針が異なります。

このように集める人材像によって、マネジメントの方向性は変わります。バラバラの基準で人を採れば採るほど組織マネジメントは難しくなり、すべてが中途半端になるのです。

若手向け研修よりも、まずはファーストラインマネージャーの強化を

スキルよりも価値観を重視して採用した場合、その後のトレーニングで不足しているスキルを補っていく必要があります。

そのためには研修体系をしっかりと整備して、若いうちからスキルをつけられる仕組みを作ろうと考えがちです。ですが、研修の整備からはじめるのは時期尚早だと思います。

真っ先に取り組むべきなのは、現場に一番近い管理職である「ファーストラインマネージャー」の強化です。経営層とメンバーの間に立つマネージャー層の力量によって、その組織のコンディションや人材の伸び具合は大きく変わるからです。

実際メンバーが最も影響を受けるのは、日々一緒に仕事をしている一番近しい上司です。仕事のスキルも、仕事に向き合う価値観も、その人から多くのことを学ぶのです。

そのラインのマネージャーを強化することは、特に若い人材の多いベンチャー企業にとっては効果が大きいと言えます。

マネージャーに求められるのは、「葛藤」に向き合うこと

そのため、弊社でも数多くのベンチャー企業のファーストラインマネージャー育成を手がけています。そのプログラムでは研修講座に加えて、半年間ほど私がもう一人の上司のような形で伴走し、チャットを通じてマネジメントに関する相談を受けています。

この研修で最初にマネージャーに伝えるのは「葛藤に向き合え」ということです。組織で働けば働くほど、様々な葛藤が出てきます。

例えば、ある営業メンバーを育てたいという課題があったとします。その人を伸ばすためには、担当するのはまだ少し難しいような顧客を任せて挑戦させることが効果的です。

ただ、そうすると顧客の満足度が下がり、発注額が減ってしまう可能性もあります。そこでマネージャーはこの2つの選択に伴う感情が衝突し、葛藤が生まれます。

力量が不足しているマネージャーは、安易にいずれかの判断に傾いてしまい、人材育成と顧客満足の両方を達成することができません。葛藤と向き合っていないからです。

それらを両立させるためには、担当はさせつつも、カバーするべきところは力を貸してあげるといった対応が必要です。そのために、まず葛藤にしっかりと向き合い、困難に思えることでも両立させることがマネージャーに求められる役割だと言えます。

メンバーの「曖昧耐性」を知ることが、マネジメントに役立つ

そうして、葛藤にしっかりと向き合えるようになれば、次はマネジメントのためのスキルが必要になります。そのスキルを身につける上で必要な考え方のひとつに「曖昧耐性」というものがあります。

変化の激しいベンチャー企業では、制度や方針が組織の成長に追いつかず、十分に整備できないこともあります。そのような環境では「曖昧なことを曖昧なままにしておける能力」がある程度必要です。

ただ、ベンチャー企業にも曖昧耐性が低い人は存在します。曖昧耐性が低い人がそのような環境の中で働くと、フラストレーションを抱えてしまい行動が鈍ってしまうのです。

例えば、人事評価はどうしてもある程度の曖昧さが残ってしまうものですが、曖昧耐性が低い人はそれに対して不満を感じ、パフォーマンスが下がってしまうこともあります。

そのような人は、まずは曖昧耐性が低いことを自己認識して、行動をコントロールできるようになる必要があります。

「自分の曖昧耐性の低さからフラストレーションを感じているな。でもここで行動を止めてはいけない」と捉えることができれば良いわけです。

マネージャーは各メンバーにその概念を教え、自分の行動をある程度コントロールできるよう、指導していかなければなりません。そしてメンバー各人の曖昧耐性について理解することで、メンバー特性を把握する一助にもなります。

超優秀人材をマネジメントするためにも、組織の「軸」が重要

企業が急成長して採用ブランドが高まると、とても優秀な人材も応募してくるようになります。もし会社として受け入れる体制が整っていなかったとしても、そのような人材は絶対に採るべきです。

ただ、優秀な人を採用すると、既存メンバーと新規メンバーの力量が逆転することがあります。すると「頭が切れすぎる部下」をどうマネジメントするのか、ということが問題になります。

「今回の会社の意思決定には納得がいきません。なぜそうなったのか理由を説明してください。」と、少し荒い語気で若手メンバーがマネージャーに質問する場面を頻繁に見かけるようになったら要注意です。

このような部下の発言は、視野の狭さや幼さから発せられていることも多いです。マネージャーはそのようなケースに直面しても、適切に間違いを正す必要があります。

そのためにもマネージャーは会社の意思決定について、適切な説明ができることが求められます。「上が言っていることだからしょうがない」「とにかく頑張れ」という姿勢では、マネージャーとして完全に失格で部下からの信頼を失います。

その状況を招かないためにも、経営者は組織の明確な「軸」を判断基準としてマネージャーに提供することが必要です。

例えば、スピードとクオリティがトレードオフになるような経営判断に、不満を持った部下がいたとします。

「なぜこの判断なのですか?スピードを犠牲にしていいのですか?」と言われても、会社として「最終的にはクオリティ優先」と明示していれば、「私たちは最後の最後にはクオリティを優先する。今回はそこまでいったギリギリの経営判断なんだ」と、力強く伝えれば済みます。

判断に迷ったときのために、「行動規範」を明確に

会社の「軸」を示す枠組みは、企業理念やミッションなど様々なレベルのものがあります。その中で、もし会社の「行動規範」と呼ばれるものを作成する場合は、そこに立ちかえった時に判断を後押ししてくれるものである必要があります。


例えば私の前職では、行動規範に「51%のメリットと49%のデメリットを知り、メリットを選択せよ」というものがありました。

世の中にメリット100%、デメリット0%の施策などありえない。だから、何かを実行しようとしたときにマイナス部分が気になったとしても、実行しようという意味合いです。従業員は、その言葉に背中を押されて実際に行動に移すことができます。

行動規範がうまく言語化できない場合は、私たちは代表に直接質問をして、重視したいポイントを洗い出すようにしています。

例えば、「社長に権限が集中している状態」と「社長に権限があまりなく、分散している状態」があったとしたら、どちら寄りが好きか、といったように質問をしていき、その回答の理由も聞きます。すると、大事な考え方が見えてくるので、行動規範の作成に活かしてもらうようにしています。

ベンチャー企業で働く方々って、成長に飢えていますよね。「こうすると良いよ」と教えていくと、すぐに吸収してくれますし、実際の変化や成長も感じ取れます。私はそれが純粋に楽しくて、ベンチャー企業を支援しているところもあります。

今後も引き続きベンチャー企業の支援を行い、良い就労観を社会に広め、弊社のミッションである「Innovate Working Spirits!」を実現していきたいと思います。(了)

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