- NCデザイン&コンサルティング株式会社
- 代表取締役
- 金 成哲
UXデザインは「ものづくり」のために デザイナーとエンジニアの境界線をなくす方法
今回のソリューション:【Sketch3/スケッチスリー】
近年、「UX(ユーザーエクスペリエンス)」という言葉が多用されるようになった。製品やサービスを利用した時のユーザー体験がいかに「心地良い」か、ということを重視するUX。特にスマートフォンアプリの開発現場ではこの言葉を聞かない日はないほど、身近なワードになりつつある。
UI/UXコンサルティングなどを展開する株式会社NCデザイン&コンサルティング(以下、NCDC)は、これまでに大手小売企業やIT企業など様々な会社のUXデザインに携わってきた。
代表取締役を務める金 成哲さんは「UXデザインを形にするためには、デザインの領域だけでなく、エンジニアリングやビジネスの領域すべてを理解する力が必要」と語る。
その理念を実現するため、同社ではエンジニアとデザイナーの役割を明確に分けず、むしろ両者の境目を曖昧にすることを推奨しているという。そしてその実現に一役買っているのが、海外では既に多くのUIデザイナーが活用中のデザインツール「Sketch3(スケッチ3)」だ。
学習コストが低くデザイナー以外にも使いやすいSketch3を導入したことで、エンジニアだけで簡単にリアルなプロトタイプを作成できるようになったという。
UXデザインを形にする上で必要な力やSketch3の使い方について、NCDCの金さんと、同社でアーキテクトを務める北村 拓也さんにお話を伺った。
▼UI制作に特化したデザインツール「Sketch3」とは…?
「Macは何か違う」と感じたことからUXデザインの世界へ
金 弊社はUXデザインのコンサルティングを手がけていますが、この事業には、過去に自分が実際にアプリやサービスを作ってきた経験が活きています。
そもそもUXデザインとの関わりを持ったきっかけは、10年ほど前に初めてMacを触った時のことです。「すごく気持ちいいな」と感じて、それまで使っていたWindowsとは、何か大きな違いがあると思いました。
最初は、その違いはUIのデザインにあると考えていました。そこでUIデザインの勉強をしたのですが、どうもそれだけではないなと。
そこで8年ほど前からUXデザインの勉強を始め、そこで学んだことを、当時作っていたMac向けのアプリケーションや後のiOSアプリに適用していきました。そこでたまっていったノウハウを活かす形で、コンサルティングの事業としてお客様に提供するようになりました。
もともと私は、大学卒業後に韓国の貿易会社に就職したのですが、30歳くらいの時にITに興味が出てきて、独学で勉強を始めました。そして日本のベンチャー企業に転職してプログラミングを経験した後、ITコンサルタントとアーキテクト、ベンチャー起業でのiOSアプリの企画・開発などを経て、NCDCを創業した、という経緯になります。
北村 私は大学卒業後、大手SIerに10年ほど勤務しました。そのキャリアの中でお客様向けにシステムのアーキテクチャーを提案する機会があり、その領域に興味を持ったことがNCDCに転職するきっかけです。現在は自社製品の設計・開発と、UXやエンタープライズアーキテクチャのコンサルティング業務を担当しています。
UXデザインのプロセスは、事業に応じた最適化が重要
金 UXデザインのプロセスには、大抵決まった流れがあるんですね。まず、コンテキスト分析を行い、代表的なユーザーをペルソナとして定義します。次に、ユーザーストーリー、メンタルモデルを作成してユーザーの行動や心理を可視化します。
それからUIスケッチを描いてプロトタイプを作成し、それを使ってユーザーテストを実施し、実際のユーザーの反応をチェックします。その結果を元にまた最初に戻り、時間とお金が許す限り同じプロセスをぐるぐる回し、どんどん改善していきます。
しかし本当に大切なのは、この決まったプロセスを回すことではなく、実際にビジネスにおいて価値のある成果を出すことなんです。そこで重視しているのは、最適化と定量化です。NCDCでは全てのプロジェクトで同じプロセスを無闇に適用することはありません。
各プロジェクトの性格に合わせて、プロセスと各フェーズの具体的なタスクを再定義します。また必ずKPIを定義し、効果を定量化することで、UXデザインの成果をビジネスの視点で評価できるようにしています。
NCDCではこれを「UXデザインの見える化」と呼んでいます。プロジェクト開始の前にお客様とプロセスと評価軸、ゴールをきちんと共有することで、本当に価値があるUXデザインを提供しようと頑張っています。
UXデザインは、ビジネスが成功するための1要素にすぎない
金 ただ、たしかにUXデザインは重要ですが、それだけでビジネスが上手くいくわけではありません。いくら素晴らしいUXをデザインしても、それを実現するまでには多くの課題が出てきます。
例えば、UXデザインのプロセスが終わって、その成果物をエンジニアが見た時に、技術的な制約があったり、実装のための工数がそれから得られる効果に比べると膨大で、全く現実的でなかったりすることに気が付くケースが多々あります。
そのような課題を解決しながら思い描いたUXデザインを実現するためには、技術を知っている必要がありますし、ビジネスの現場のオペレーションも理解していなければなりません。それらを理解できてない、あるいはそのような現場の課題に対応できない限り、UXデザインは、絵に描いた餅に過ぎません。
UXデザインはあくまでもその製品やサービスが実現され、成長するまでのプロセスにおけるひとつの要素でしかないんです。
エンジニアとデザイナーの境目をなくす「Sketch3」
金 UXデザインを実現するためには技術も知る必要があるとなると、UXデザイナーとエンジニアの協業が必要になります。しかし、両者を単に一箇所に集めておいても効率よく協業ができるという保証はありません。大事なのはお互いの仕事に対する理解です。
そこでNCDCでは、ワイヤーフレームやUIスケッチの作成といったUXデザインに関わる作業もエンジニア自身でするようにしています。UXデザイナーとエンジニアの協業によるシナジー効果は大きいです。
技術的課題・制約を早期に見つけることができますし、エンジニアが仕様やそれに隠された意図をより明確に理解できるようになります。すると後の工程でのコミュニケーションコストを削減できますし、結果的に実装段階におけるUXデザインの劣化を防ぐ効果もあります。
このように、NCDCでは既にエンジニアとデザイナー、それぞれの業務の境界線がかなり曖昧になっています。この協業のために導入したのが、Sketch3というツールです。以前から弊社では全てのエンジニアにAdobe Creative Cloudのライセンスを提供していました。
エンジニアにもデザインのことを知ってもらいたいと思っていたからです。しかし、IllustratorやPhotoshopは学習曲線がゆるやかで、習得にかなりの時間がかかるんですよ。社内で教育も行いましたが、ツールの活用度に大きな個人差が出てきていました。
そんな時にSketch3を試してみたところ、習得が非常に簡単で、これはエンジニアが簡単なUIやワイヤーフレームを作るのにちょうど良いなと。UIデザインに特化したツールなので機能がシンプルで、直感的に操作をすることができます。パワーポイントが使える人なら、少しだけ勉強をすればすぐに動かせるようになります。
▼パワーポイントの要領でUIデザインができる「Sketch3」
IllustratorやPhotoshopはあくまでもデザイナー向きのツールなので、エンジニアが手軽に習得して自分の仕事で活用するにはやはりハードルが高かったというのが今の結論です。一方でSketch3はエンジニアでも簡単に使えて、もちろんデザイナーも使えます。いい意味でエンジニアとデザイナーの境目をなくすようなツールだと感じました。
リアルなプロトタイプの作成が、エンジニアだけで実現できる
北村 Sketch3を使い始めたことで、外部の開発会社とのやり取りも変わりました。以前は、デザイナーが作ったIllustratorにサイズや余白などの指示を入れてから、外部の開発会社に渡していたんです。
今ではプロトタイプレベルならエンジニアがSkecth3でワイヤーを作成し、そのまま開発会社に渡しています。Zeplinというプラグインを入れると、自動で各パーツ間の余白や大きさを算出してくれるので、そのまま開発会社に渡すことができるんです。昔はいちいち指示書を作っていたことを考えると、かなり楽になりましたね。
Sketch MirrorというiOSデバイスでデザインをチェックできるアプリも便利ですね。例えばiPadのアプリを作る時にMirrorを使えば、Sketch3で作ったデザインを実際のiPadの画面で確認できます。お客様に確認してもらうにはいいツールだと思います。
さらにInVisionというプロトタイピングツールを組み合わせると、そのデザインを実際に操作してみることができるので、リアルなプロトタイプの確認を素早く行うことができます。今はエンジニアだけでもここまでの作業が完結するので、非常に便利ですね。
「実際にものを作ってユーザーに届ける」ことが最も重要
金 面白いことに、最近ではWebやアプリの領域に限らず、例えばモーターや音量測定器など、いわばモノを製造している会社からもUXデザインのコンサルティングの依頼をいただいています。もうそのくらい、UXデザインというものが世の中に浸透してきたということだと思います。
今後はITに限らず、他の成熟した産業にもどんどんUXデザインは広がって、いずれは「当たり前のもの」になっていくと考えていますし、またそうあるべきだと思います。そこから考えると、今のUXデザインへの注目は逆にUXデザインだけにフォーカスが当てられ、他の作業との連携の重要性を見落としている危険性があると思います。
そういった意味でも、UXデザイン、エンジニアリング、ビジネスといった各役割の境目をよりグレーにしていきたいですね。単純な分業ではなく、お互いの仕事の内容を理解し、真の協業ができるようにする。Sketch3はその観点から考えた時に、とても良いツールだと思います。(了)