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過熱するVR市場。GREE VR Studioを支える「テクニカルアーティスト」の役割とは?

〜GREE VR Studioが新設した「テクニカルアーティスト」という役割。エンジニアとアーティストをつなぎ、VR開発を効率化するその取り組みとは〜

SONYのPlayStation VRやGoogleのDaydreamの登場により、加速の一途をたどるVR市場。

そのVRコンテンツを制作する現場では、今までのゲームにはない表現に、試行錯誤を続けている。

ソーシャルゲームを主力事業とするグリー株式会社も、2015年末にVRコンテンツ開発スタジオ「GREE VR Studio」を立ち上げ、VRに力を入れ始めている。

同社は「テクニカルアーティスト」という役割のプロフェッショナルをおくことで、効率的なVRコンテンツ開発を実現している。エンジニアとアーティストをつなぐその役割は、「グラフィックの品質」と「負荷」のジレンマに悩まされるVR開発には必須だという。

今回は、同社でプロデューサー兼エンジニアを務める渡邊 匡志さんに、VRプロジェクトにおけるテクニカルアーティストの役割や、実際のプロジェクトの進め方に至るまで詳しく伺った。

VRゲームが抱える、「グラフィックの品質」と「負荷」のジレンマとは

私は今、GREE VR Studioで、プロデューサーとエンジニアを兼任しております。

GREE VR Studioでは、コンシューマー向けのVRゲームやアーケード・アミューズメント向けのVRアトラクションなど、多くの人に遊んでいただけるVRコンテンツを開発しています。

VRとは、コンピューターで仮想空間を作りだし、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着することで、まるでそこにいるかのような没入体験ができる技術のことです。3Dの知識や技術があれば制作はできるのですが、従来のゲームとは視点や操作方法、空間作りが大きく違うんです。

例えば、通常のゲームや映画は、クリエイターが見せたい画面を常に表示します。

一方VRのゲームは、仮想空間の中で、自分の見たい場所を見る主観視点です。演出を入れるにしても、映画でカメラを動かすように、プレイヤーが見ている視点を派手に動かすと、激しく酔ってしまいます。また、演技をしてくれるキャラクターがいたとしても、プレイヤーがそこを見てくれるかもわかりません。

そのため、VRゲームでは仮想空間に没入するための導入をしっかりと作りこんだり、ユーザーの視点を誘導するための演出を入れたり、違和感のない操作ができるようにしたりと、工夫が必要になってくるんです。

また、通常の3Dゲームだと、ユーザーから見えない所は作らないことが多いのですが、VRだと全方向が見えてしまいます。デバイスによっては、ポジショントラッキング(※1)で空間内を移動できてしまうものもあるので、すべてを作り込まないといけません。これは、モバイルVRゲームでは相当な「負荷」になります。

(※1)赤外線カメラなどの外部デバイスで、プレイヤーの位置を補足する機能

その一方で、VRを「フォトリアルで綺麗なもの」と認識されている方がプレイヤーが多く、その期待値に応えるには、パッと見の印象でも妥協が許されません。このように、「グラフィックの品質」と「負荷」のバランスを取りつつ、最小限の工数で開発することが、実はかなり大変なんです。

▼「Tomb of the Golems」ではスペックの許す限り、リアルタイムライトの活用や陰影表現に取り組む

エンジニアとアーティストをつなぐ「テクニカルアーティスト」

そういったVRゲーム開発の課題を解決するために、GREE VR Studioでは「テクニカルアーティスト」という職種が活躍します。

テクニカルアーティストは、アーティストとエンジニアの間に入って、どちらの領域も理解しながら、つなぎ合わせる職種です。コンシューマーゲームの開発では置いているところもありますが、モバイルゲーム開発の分野では専任で担当されている方は少ないですね。

エンジニアとアーティストの両者の技術を理解しているので、コミュニケーションが圧倒的に効率化されるんです。

実際、通常のVRプロジェクトだと、担当の職種をすべてそろえると最小構成にしても大規模なチームになったりするのですが、弊社にはテクニカルアーティストが3人いるため、少人数で効率的に開発できています。

具体的な業務としては、エンジニアやアーティストのサポート業務の他に、グラフィックの品質と負荷のバランス調整や、ワークフローの効率化などを担当しています。

その守備範囲の広さから、様々なプロダクトに対して横断的に関わっており、あるプロダクトで得られた知見を別のプロダクトですぐに活かせる、というメリットもあります。

VR制作のディレクションの鍵は「試行錯誤を繰り返せる土台作り」

VRコンテンツ開発におけるテクニカルアーティストは、作品の世界観を壊さないように違和感のない空間づくりを実現しつつ、高いフレームレートを維持できるよう、制作のディレクションをしていきます。

まず、制作初期の段階で、どの程度のグラフィックの品質にして、どの程度の物量を表示できるのかを、プロジェクトの企画内容に沿って検証します。

その検証を通して、グラフィックの品質と処理負荷のバランスを確認し、3Dアセットを含むグラフィック全般の仕様に落とし込んでいきます。

制作が進むと、企画内容に変更があったり、想定よりも負荷が高くなってしまったりと、当初の想定外のことが起こります。例えば、「もっとキャラクターを表示させたい」「エフェクトが想定よりも派手な演出だった」ということがあります。

その場合でも、それまでの知見を元にグラフィックの仕様や表現を調整、最適化して、場合によっては演出内容の見直しを提言して対処していきます。

ただ、そうは言っても開発メンバーには「少しでも作品を良くしたい」という気持ちがあるので、色々とせめぎ合った結果、処理負荷が高くなってしまうことも多いんです。

作品全体のグラフィックの品質と負荷のバランスをとるためには、このように試行錯誤を繰り返すことが大事です。その土台の設計を率先して行う、テクニカルアーティストの役割は大きいです。

▼テクニカルアーティストのメンバーたちとデモを行う様子

煩雑な3Dアセット管理も、テクニカルアーティストが最適化

VRに限らず、 3D ゲームの制作には膨大なアセットが必要となります。その中でもVRゲームは、通常のモバイルゲームと比べてリッチな表現も可能なため、データの構造が複雑になる傾向があります。人員と時間には限りがあるので、できるだけアセット管理のムダを省き、制作作業を効率化する必要があります。

アーティストには、ビジュアルを作ることは得意でも、デジタルデータとして合理的な構成にすることが苦手な人もいます。エンジニアが求めている構成で、正しくデータを出力するまでに、無駄な時間が割かれてしまうことも多いです。

そこで、テクニカルアーティストがエンジニアとアーティストの間に入り、作業を効率化します。データの構成をエンジニアと調整して確定させたり、誰がデータを出力しても同じフォーマットになるように、自動化したりといったことを行います。

また、既存の非VRプラットフォームのIPをVR化する場合など、少し加工するだけで使い回せるデータ資産もあります。それらの資産に、一括で変換をかけて再利用し、制作作業そのものをカットすることも、テクニカルアーティストの役割です。

アーティストが技術を理解するためのツールも

一般的なソーシャルゲームだと、アーティストの考えを、エンジニアが頑張って実現するというフローですが、VRだとそれは非効率的です。

アーティスト側も技術的なハードルを理解して、その制限の中でどうグラフィックの品質をあげられるのかを、理解していく必要があります。

そのためGREE VR Studioでは、エンジニアだけでなくアーティストも、「GitHub(ギットハブ)」をバリバリ使いこなし、プロジェクトのバージョン管理をしています。

やはり、アーティストもバージョン管理に積極的に関与しないと、イテレーションを早く回すことができないんですよね。

ただ、慣れないターミナル画面にコマンド入力をしながらGit操作を行うのは、アーティストにとってかなり負担になります。そもそも、そのような専門外の作業をアーティストに強要することは推奨できません。

そこで、Git 操作をシンプルにするツールをゲームエンジン側に実装したり、Git技術とそのワークフローを定着させるための啓蒙活動、トラブルのサポートなどを行って、アーティストが安心してバージョン管理に参加できるようにしています。

▼ゲームエンジン上で動作する、Git操作を簡単に行えるツール

他にも、UIアーティストがPhotoshop上でデザイン・レイアウトしたものを、そのままゲームエンジン側のUIオブジェクトとして自動生成するツールも制作しています。PSDファイルを修正すると、ゲームエンジン側にも変更が即座に反映されるので、UI素材を一枚ずつ書き出すよりも圧倒的に工数を削減できます。

▼ツールを活用し、PSDファイルからUIパーツの書き出しと配置を自動で行う様子

PC、モバイルの次は、「仮想空間」で人と人をつなげていく

テクニカルアーティストは、VRのプロジェクトだけでなくて、映画やゲーム開発など、エンジニアとアーティストが一緒になって作品を作るような現場では、絶対に必要ですし、映画のエンドロールに必ず登場する職種です。

このような、エンジニアとアーティストの双方の役割を理解して立ち回っていく存在が、様々な制作現場に増えると良いですね。

弊社はSNSから始まった会社で、PC、モバイル上で、人と人とがつながるサービスを作ってきました。

ソーシャルVRをコンセプトにした試作品を多数制作する中で、仮想空間を通じて本当に人がつながるという、かつてない衝撃を何度も体験しました。是非、多くの人にこの体験してもらいたいと思っています。そういった仮想空間上のコミュニケーションを、GREE VR Studioのプロダクトを通して盛り上げていきたいですね。(了)

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