- スターバックス コーヒー ジャパン株式会社
- 店舗開発本部 店舗設計部 設計企画チーム
- 高尾 江里
スターバックスの「空気感」はこうして生まれる。VR活用による、店舗デザインの進化とは
〜デザイナーの店舗設計を、「その場にいるかのような感覚」で共有。空間にこだわるスターバックスの、デザインイメージを伝えるVR活用術〜
いまや、国内だけで1,200店舗以上を展開する「スターバックス」。
スターバックスが多くの人にサードプレイス(第三の場所)として親しまれている理由のひとつは、そのこだわりの空間づくりだ。
スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社の店舗設計部では、社内の建築士やインテリアデザイナーといったスペシャリストが、1店舗1店舗、地域に合わせた店舗デザインを手がける。
しかし、デザイナーが描いた綿密なイメージや空気感を「図面」だけで伝えることは、決して簡単なことではない。
時には出店予定の建物に関係者を呼んでデザイナーが直接説明を行ったり、倉庫を借りてベニヤ板で店舗の模型を作ったり、といった工夫を行ってきたという。
そんな中、同社では2016年より、シアトル本社に先駆け、店舗設計の共有にVRを活用しはじめた。
▼実際に同社内で、VRを活用して店舗設計を確認している様子
デザイナーが描いた設計が「その場にいるかのような感覚」で体感できるようになったことで、各部門のメンバーへの共有がスムーズになり、それに伴った店舗オペレーションの改善も進んでいるという。
今回は、店舗設計部の高尾 江里さんと髙島 真由さんに、具体的なVRの活用シーンから、それを可能にするための基盤づくりのお話までを、詳しく伺った。
地域にあわせた店舗デザインを手がける、店舗設計部とは?
髙島 私はもともと大学で建築を学んでいて、スターバックスでもインハウスデザイナーとして働いてきました。現在は、店舗設計部のマネジメントに携わっています。
高尾 私は、店舗設計部の設計企画チームでマネージャーを務めています。
店舗設計部は、全国のスターバックスの店舗設計を行う30名ほどの部門です。その8割は、建築士やインテリアデザイナーといったスペシャリストで構成されています。
▼左:髙島さん 右:高尾さん
髙島 スターバックスでは、出店する地域やそこでのライフスタイルにあった店舗をデザインしています。
新店舗オープンや既存店舗のリノベーションの際には、少しでもそのエリアにいるお客様に喜んでもらえるよう、インハウスデザイナーがこだわりを持ってデザインしています。
▼渋谷マークシティ店の外観
▼原宿店の内装
高尾 私の所属する設計企画チームの仕事は、店舗デザイン以外のほぼ全てです。
スペシャリストの皆さんがよりクリエイティブに時間を使えるよう、VRや360度カメラ等を活用した業務効率化を進めています。
出店前の建物に泊まり込みも!?店舗デザインの共通理解が課題…
高尾 以前の店舗設計部の課題は、完成した店舗デザインを他部門の方に合意してもらうまでに、時間がかかっていたことでした。
そしてデザイナーが展開図や立体図を提供して、営業をはじめとした他部門の担当者に「これで行きたいんです」と伝えても、なかなかそのイメージや意図を理解してもらえなかったんです。
私のように建築のバックグラウンドがない人間は、デザイナーの設計した展開図や立体図を見ても、「通路が実際にどのくらいの広さなのか」といったイメージがつかないんですよね。
しかも、デザイナーの頭の中にある素材感や空気感って、図面だけでは共有できないんです。
髙島 そのため、例えば京都に店舗を出すことになったときには、2泊3日で出張し、出店予定の町屋建築にデザイナー4人と缶詰になって、説明用のスケッチを現場で描いて、壁一面に貼っていたんです。
▼日本家屋を改装して誕生した、京都二寧坂ヤサカ茶屋店の外観
そして、最終日に営業部長や開発担当たちと現場ミーティングを行い、iPadに平面図を映しながら、「ここにはこれができます」と建物内のツアーをしました。それでようやく、プランの合意を得られたんです。
他のプロジェクトでも、わざわざ倉庫を借りて、ベニヤ板でモックアップを作ったこともありましたね。
店舗デザインを、原寸大でリアルに体感することが可能!
高尾 そんな中、2016年頃からVRの波がやってきて。
もともと店舗設計部で使っていた、建築向けの3次元CADソフトウェア(BIM)「Autodesk Revit(オートデスクレビット)」のデザインデータも、簡単にVRコンテンツに変換できるようになったんです。
▼「Autodesk Revit」画面イメージ
VRを実際に体験するためには3メートル四方のスペースが必要ですが、それも社内に用意できたので、空間認識用カメラとヘッドマウントディスプレイを設置すれば、すぐにVRを活用できる状態でした。
そこで、まずはテストをしてみようと、アークヒルズ店のデザインデータを使って試してみたんです。
すると、本当に「その場にいる」ような体験ができたんですよ。
▼アークヒルズ店の内装
その場に偶然居合わせたアークヒルズ店のパートナー(従業員)にも体験してもらったところ、「ほぼ原寸です!僕、ここで実際にコーヒーをいれています」というリアクションで。「これはいける」と確信しましたね。
次の日にはデザイナーだけでなく、営業や建設部の人にも体験してもらったのですが、皆さんその再現性に驚いていました。
▼細かい部分まで、店舗の内部がAutodesk Live上で再現される
部門の人によって、その見方が違うのが面白かったですね。デザイナーは全体感を見るのですが、設備設計の人は、カウンター下のスペースを覗き込んで什器のチェックをし始めたりして。
髙島 VRを使うと、実際に体を動かして、自分の好きな角度から店舗を見ることができるんですよね。しかも、アートワークやソファ、エスプレッソマシーンなども設置してある分、ベニヤで作ったモックアップよりリアルなんです。
高尾 このように、ほかの部門のメンバーにデザインを共有する手段として有効で、かつ普段の業務に手軽に取り入れやすいということで、導入に踏み切りました。
デザインの背景が伝わることで、部門間のコンフリクトを解消
高尾 VRを導入したことで大きかったのは、部門間のコンフリクト(摩擦)が解消されたことです。
スターバックスの店舗づくりには、デザイナーだけでなく、店長はじめ、その店舗で働くパートナーも皆が強いこだわりや想いを持っています。
以前は、保健所や設備の関係で、設計部ではどうしようもない箇所のデザインについて、全員に理解してもらうまでがとても大変だったんです。
ですが先日、都心のある店舗がリニューアルする際に、VRを使いながらデザインの背景を説明していったところ、すぐに納得してもらえたんです。
そして、「この設計は変えられないから、せめてこの台をここに置けませんか?」といった形で、議論が前に進むようになりました。このように、わざわざ店舗を訪れなくても、簡単な確認作業はオフィスでできるようになりましたね。
また、マーケティング担当者から、お店に設置予定のポスターの大きさを事前に確認したいと相談が来たので、それをVRで見られるようにしたんです。
すると、「ああ、ここまで歩くとバナーが隠れちゃうね」といったことが、店舗に行かなくとも確認できたんですね。
髙島 外部の人とのコミュニケーションにも、VRを活用できそうだと感じています。
最近リノベーション中の店舗で、アートを担当している外部のアーティストさんから、現場を見たいという要望があったんです。でも、関係者以外の入館許可を取るのが難しいビルで…。このようなケースに、VRが活かせるのではないかと思っています。
リアルなVRには正しい図面が重要。機能を絞って使いこなす
高尾 こうしたリアルなVR体験は、デザイナーの皆さんがRevitで、図面を正しく描いてくれているからこそ実現できています。
髙島 もともと私たちは、Revitををより有効活用したいという課題がありました。そんな中で、高尾がより効果的にRevitを使えるよう、基盤を整えてくれました。
高尾 基盤整備のポイントは、「ここだけ覚えよう」という形で、あえて機能を制限したことです。実際私たちは、Revitができることの2割ほどの機能しか使っていないですね。
例えば「線の種類」だけでも100種類ありますが、使うのはあえて2種類に制限しています。
デザイナーは職人なので、究極のデザインを作ることにのめり込みます。ですので、デザイナーではない私のような人間が全員同じレベルで図面を作成できるよう、より効果的なVRの活用方法を考えるほうが効率が良い気がしています。
髙島 このように、デザイナーができるだけクリエイティブな発想に時間と頭を使えるように、図面化の描き方をある程度統一して整備するのが、高尾と私がここ数年でやってきたことなんです。
ここ1、2年でその成果が出始めていて、各店舗の建築やインテリアがさらにブラッシュアップしたと感じています。
テクノロジーを活用し、より地域に根差したよりよいお店作りを
髙島 私たちは店舗づくりを行う上で、その場所を「Best Place to Work」、すなわちそこで働くパートナーにとっても最高の場所にする、ということを大切にしています。
これからもっとVRを使って事前に店舗のオペレーションの検証を重ねることで、毎日働いているパートナーたちも、快適な環境で働けるようにしていきたいですね。そしてその分、お客様に笑顔を向けてもらえればと思っています。
高尾 こういった新しい取り組みができるのも現状に満足せず、新しい方法を追い求めるスターバックスのカルチャーがあるからです。
今後はRevitを活用することで、育児や介護で「お家だったら作業ができるんだけど…」といった方々など、テレワークをはじめとする働き方の多様化にもつながればと思います。
そして何よりも、地域に根差したお客様に愛されるお店作りを、さらに強化していきたいですね。(了)