- 株式会社scouty
- 代表取締役 CEO
- 島田 寛基
組織に「法」があれば、マネージャーは要らない。「ホラクラシー組織」の運用実態とは
〜ホラクラシー組織の「正しい定義」を知っていますか? 成文法によって管理を放棄し、意思決定スピードを上げるその運用法〜
「ホラクラシー」という、「人の管理」が存在しない組織の在り方をご存知だろうか。
ホラクラシー組織においては、権限は個人ではなく、「ロール」と称される役割に委ねられる。
そして、各ロールの責務の決定や、人の任命、更には「ひずみ」と呼ばれる組織課題の解決、といった組織の意思決定プロセスのすべてには、「ホラクラシー憲法」という形でルールが設けられている。
言わば、ガバナンスを含めた組織の課題を可視化し、それを解決するシステムを備えているのが、ホラクラシー組織なのだ。
2016年5月に創業し、AIヘッドハンティングサービス「scouty」を運営する株式会社scoutyは、「崩壊しない」スタートアップ組織の在り方を模索した結果、2018年3月よりホラクラシー憲法を導入。
創始者であるブライアン・ロバートソン氏の提唱する手法を学び、実践した後、同8月からは、同社オリジナルの憲法を用いた運用をスタートした。
同社CEOである島田 寛基さんは、ホラクラシーの導入によって権限の所在が明確化され、社内の課題が可視化されるようになったことで、意思決定のスピードが上がったと話す。
今回は島田さんに、ホラクラシーの導入プロセスから、同社における評価・報酬制度の考え方まで、詳しくお話を伺った。
「管理」を放棄するために「成文法」を定義するホラクラシー組織
23歳の時に、scoutyを創業しました。1年ほどは3人で運営していたのですが、そこから一気に15人ほど増えたんです。その時にいきなり、「組織の課題」というものを経験して。
組織が拡大すると、それまでは自分が持っていた権限を委譲する必要が出てきます。その際に、「誰が何をどこまでするのか」という認識が、人によって違う状態になってしまったんですね。
例えば、自分としては事前にチェックを入れてほしかったような業務を、担当者は「権限委譲されているから」と、ひとりで進めていたり。
こちらとしては「そこは一言入れて欲しかった」という感覚ですが、相手からすると「信頼されてないのかな」と感じてしまう。似たような問題は、どこの会社にもあるのかなと。
旧来の組織において「1人ひとりの仕事の範囲」は、基本的には明文化されていませんよね。実質、暗黙の了解のもとで皆、仕事をしていると思います。
しかしそうすると「管理」の必要性が出てくるので、マネージャーという存在が現れ、「あなたはこれをやりなさい」と決定するようになってくる。
その管理を放棄するために「成文法」を定義したのが、ホラクラシー組織です。ホラクラシー憲法という、ひとつの明確な基準によって組織が運営されています。
ホラクラシーの創始者であるブライアン・ロバートソンは当初、「皆で話し合って決める」というコンセンサス組織を目指して、失敗しています。
結局、合意が取れるまでに時間もかかるし、最終的な結果も「妥協の産物」のようになってしまう。
かと言ってトップダウンでは、不満も出るし上手く回らない。そうであれば、意思決定権を分散させて、「ロール(役割)」に委ねる方法が良いのではないか、と。
弊社では2018年3月からホラクラシー憲法を導入し、運用しています。結果的に、以前と比較して社内の課題が可視化されるようになり、その解決スピードも上がったと感じています。
初めての組織図を作るも、「上下」の構造に違和感が
弊社が運営している「scouty」は、人工知能によるマッチングアルゴリズムによって企業と人材を結びつける、ヘッドハンティングサービスです。
SNSやブログといったオープンデータを収集した人材のデータベースを持っていて、そこに対して企業がスカウトを打てるようになっています。
▼「scouty」画面イメージ
2017年5月にオープンβ版を公開し、翌年の8月には正式版としてリリースしました。現在はITベンチャー企業を中心とする50社以上に導入されています。
もともと創業当初から、スタートアップ組織に対して危機感のようなものを持っていて。というのも、周りのスタートアップが「CEOの暴走」のような似たパターンで崩壊していくのを見ていたんですね。
なので以前から、「崩壊しない組織がどうあるべきか」ということは社内で話をしていました。
その中でホラクラシーを知るきっかけになったのは、とある投資家に「組織図を作ってほしい」と言われたことでした。
最初に一般的な組織図を作ったのですが、それを社内で展開したところ「これはウチっぽくない」という批判がすごく出まして。
基本的に弊社では、1人ひとりがスペシャリティを持っているので、「誰かの下に誰かがいる」というような状態ではないんですね。
そして試行錯誤する中で、「どうやらホラクラシー組織っていうのは、組織図を『サークル』で書くらしい」ということを知ったんです。
そこで最初は、なんとなくそれっぽいものを自社で作ってみつつ、少しずつホラクラシーについて勉強を始めました。
CTOを中心に組織論に興味を持っている人も多かったので、「やるぞ」と言わなくても勝手にそれぞれがリサーチして、わかったことをどんどんシェアしていきましたね。
ちなみに現在の組織図は、ホラクラシー組織で定義される各サークル(分解可能な大きな役割)とその中にあるロールやロールの責務、アサインされている人、といった情報がすべて確認できます。
▼同社の現在(※2018年10月)の組織図
そして、僕自身もしっかり勉強したいと思い、ホラクラシー組織のコンサルを提供する Holacracy One が組織のルールとして定めている、ホラクラシー憲法を休日で翻訳してみようと。(※詳細は島田さんのブログをご覧ください)
結果、「これは良さそうだからやってみよう」ということで、まずはWebエンジニアのチーム限定で運用をスタートしました。
ホラクラシーの良さを理解するため、「自分たちのやり方」は排除
ただ最初は、「これがなぜ作られたのか」という背景を理解しきっていなかったので、難しかったですね。
特にホラクラシー組織には決まり事が多いので、最初は「これってどういう意味だっけ」「こんな時どうするの」みたいな感じで、あまり良さを発揮できず。
例えば「ガバナンスミーティング」という各ロールの権限やミッション、組織の目的などを決定する機能があるのですが、その会議中は、誰かが話している時に割り込むのは禁止です。
よく、ミーティング中に無駄な議論に走ってしまったり、誰かが口を挟んだことで議論が終わらなかったり、ということってあるじゃないですか。
ホラクラシー組織においてはそういった部分まできちんとルールが記載されていて、ファシリテーターが許可しないと話せないと決められています。
ですので導入のハードルはとても高かったのですが、まずはとにかくやりきろうと。
最初の3ヶ月くらいは Holacracy One の方法に従ってガチガチにやってみて、その上で自分たちのやり方を入れていこうと考えました。
というのも、Holacracy One の創始者自身も実験に実験を重ねていて、18ヶ月の間に給与制度を5回変えたほどなんです。そこから我々がさらに実験をしたところで、結局は彼らの知見を繰り返すことにしかならないだろうと。
いきなり自分達のオリジナルでやっても、この手法の良さはわからないだろうと思ったんですね。
そして運用する中で、「ここはウチに合わない」といったことも色々と見えてきて。結果的には、ホラクラシー憲法を軽量化したscouty版憲法を作りました。2018年8月からは、その憲法を使って自社での運用を行っています。
※実際の憲法はこちらに公開されています。ぜひご覧ください。
社内の「ひずみ」が可視化され、迅速に解決される仕組みがある
ホラクラシー組織に移行したことで、まず、社内の問題がかなり可視化されるようになりました。
ホラクラシー組織では、理想と現実のギャップのことを「ひずみ(Tension)」を呼び、それをゼロにすることを目指します。scoutyでは、Trelloを活用して誰でもそのひずみを社内に問題提起できるようにしています。
▼実際のTrelloの画像
こうしたひずみは、ガバナンスミーティングを通じて解消されます。
ちょうど昨日も開催されましたが、出ていたひずみの例として「法律的解釈がドキュメント化されていない」というものがありました。
こうした問題ってSlack上などで言われることはあっても、割と放置されがちだと思います。それが可視化されていて、解決する仕組みがあるというのは大きいですね。
今回はガバナンスミーティングで話した結果、「プロダクトに関する法律的解釈をドキュメント化する」という責務をあるロールの中に設けることにしました。
また、ホラクラシー組織の運営がうまくいってくると、意思決定のスピードが上がります。
ガバナンスミーティングの特徴として、反対意見を言う時には「これによって組織がこのように後退します」という形で明らかな問題を指摘しなくてはいけないんです。
例えば、「この文言に『全て』と書いてあるけど、『全て』の定義がわかりません」みたいな意見ってあるじゃないですか。
こういった文言って、ある意味、人の好みみたいな話なんですよね。「全て」と書くことによって、会社が後退する理由がないじゃないですか。
であれば、その反対意見は通らない。混乱は生じるかもしれませんが、それはひずみが顕在化した時に解決すればいい。
各々の好みを重視して完璧なものを作るのではなくて、問題が出ないものを作ってどんどん解決していこう、という思想なので、ファシリテーションが上手くいくと非常にスピードが出ますね。
人が人を正しく評価するのは不可能。恣意的な評価基準は持たない
ブライアン・ロバートソンが言っているのは、ホラクラシーというのはOSなんです。従って、報酬制度などはそのOSの中のひとつのアプリにすぎないので、組織ごとに違っていても良いと。
実際に弊社でも、評価制度や昇級についてはまだ模索中の部分があります。ただ現在は、「評価」と呼ぶのは止めて、クオーターごとの360度フィードバックのみにしています。
▼実際に島田さんに集まった、360度フィードバック
そもそも評価って何のためにあるのかと言うと、業務改善のためだと思っていて。
結局、業務改善をしてほしいだけなのに、評価だと思っているから良くないんですよ。全員が満足して、かつ会社の業績が上がるような正しい評価を、誰か特定の人がやるということはほぼ不可能に近いです。
であれば、ある程度は分散的に、皆で評価した方が総合的に一番良い結果に近くなるのではないかと思っています。
また、結局お金が絡むとエゴに走ってしまって危険なので、評価と報酬を切り離したいという考えを持っています。
何かの基準に基づいて、「ここはAだったから昇級します」とすると、日頃からそういう部分に意識がいってしまいがちですよね。その評価基準がそもそも正しいのか、という話もあるので、そこを切り離したいんです。
実は最初は、評価基準を作っていたのですが、上手く行かなくて。
「締め切りを守るかどうか」「責任感を持ってやるか」みたいなポイントが出てくるのですが、このポイントってそれぞれの価値観によって異なりますよね。
そういう恣意的な評価基準を作って、それに合致しているから偉い、とするのは結果的に恣意的だなと。
報酬の部分に関しては色々と考えているところなのですが、ある程度の高い水準でほとんど一定にしようと思っています。
「あの人は自分より優秀じゃないけど、何で俺と同じなんだ」みたいな不満は、自分が一定以上の報酬をもらっていれば、そこまで大きくならないかなと。
それより大きな問題は、「自分に対して正当な給料が与えられていない」と感じる人が出ることです。一方で仮に誰かを過剰評価したとしても、財務的にちょっと悪い影響があるだけで、会社が崩壊につながることはない。
市場価値よりも絶対的な基準の方が大事ですし、そもそも個人を評価すること自体が、チームで仕事をするという思想に反しているかなと。チームの成果を「全体で表彰する」ほうが適切かなと思っています。
ホラクラシー組織においては、全員が同じ認識を持つことが必要
こうした思想であれば、その代わりに良い人を採用する必要があります。そこはしっかりとスキルチェックを行いますし、採用時に基本的に社員全員と会ってもらう機会を作っています。
そして、全員に「-1、0、+1」で評価をつけてもらっています。-1がひとりでも出ると、次のプロセスには進みません。-1がなくても0が大量にいる場合だと、ストップする場合もあります。
大事なのは、全員が拒否権を持っているということです。
例えば代表が全部判断するとして、誰かが代表に「俺の友達だから入れて」という感じでやっていると、その人のパフォーマンスが出なかったときにひずみが生じますよね。
であれば、ある意味ここは全員で解決しようと。自分達と一緒に働く人を、自分達で選ぶ。条件は厳しいけれど、それ故にここを通ったらしかるべき条件を出して、ということですね。
今後の組織づくりに関しては、制度化を進めるというより、より現実に即した形にしていきたいと思っています。制度を先に作ってしまうと事故が起きやすいので、慎重に進めたいと考えています。
ただ、ホラクラシー憲法でどれだけ書面上のガバナンスを作ったとしても、それに対してきちんと従えている状態を維持することはやはり難しいです。
人によって、ホラクラシーに対しての理解がまちまちだったりするんですね。「この場合の対処はここに規定されている」ということを、全員が知っているわけじゃない。
今は「これはルール違反だよ」という言葉にパワーがありますが、ちゃんと全員が同じ意識を持たなければ、ルールが無視されて形骸化してしまうこともあり得ると思います。
憲法と言っても、国の法律のように絶対的なものではないので。特に新しく入ってきた人からすると「別にそれを犯したっていいんじゃないか」と感じるかもしれませんが、そうすると、全体が成り立たなくなってしまいます。
なので入社時には、きちんと資料を使って説明し、理解してもらうようにしています。まだまだ課題も出ると思いますが、引き続き、自分たちに合った形でホラクラシー組織を運用していきたいです。(了)