- 株式会社ユーザベース
- Corporate統括 執行役員
- 松井 しのぶ
「DO」と「DON’T」で自社のバリューを明文化。ユーザベース「31の約束」の存在意義
〜行動指針をより噛み砕いて明文化する「カルチャー・ブック」を制作!グローバルに拡大する組織内に、共通の価値観を浸透させた方法とは〜
近年、自社に共通の価値観を「バリュー(行動規範)」として明文化し、重視する企業が増えてきている。しかし、バリューを定めたものの、その浸透に課題を抱えるケースは珍しくない。
2018年7月に米国発クオリティ経済メディア「Quartz」を買収するなど、「経済情報で、世界を変える」というミッションのもと、グローバルに事業を拡大する株式会社ユーザベース。
現在は海外に6拠点を構え、グループ全体の従業員数は240名を超える(※2017年12月時点)。
同社では、従業員数が30名を超え、内部崩壊の危機に直面した2012年に、企業にとっての共通の価値観となるバリューの重要さに気付き、「7つのルール」を定義した。
そして2016年には、異なるバックグラウンドを持つメンバーがより共通の理解を持てるよう、「7つのルール」をブレイクダウンした「31の約束」を制作。
31の約束は、いわば「カルチャー・ブック」と呼ばれるような存在だ。7つのルールと対になる形で、「DO(すべきこと)」と「DON’T(すべきでないこと)」を、イラストを交えて冊子にまとめている。
同社コーポレート本部で執行役員を務める松井 しのぶさんは、「31の約束は、皆にとって『法律』ではなく、困った時にふと思い出して活用されるような存在」だと話す。
今回は松井さんに、同社が31の約束を作った背景から、作成のプロセス、その活用法まで、詳しくお伺いした。
「何となくこんな感じ」では伝わらない、共通の価値観を言語化
「31の約束」を作ったのは、2016年10月の上場のタイミングとほぼ同じ時期です。
当時は、従業員数が200人を超えてきた頃でした。そのくらいの規模になると、バリューである「7つのルール」を理解はできていても、実体験を伴って語れるほどには染み込んでないメンバーの数も多くなってくるんですよね。
バリューというのは、日々の中で、「AもBも正しいんだけど、どちらがユーザベースらしいか」を考えるポイントがあった場合に、立ち戻るようなものだと思っていて。
リアルな場に落とし込んだ時に初めてちゃんと、「自分達らしさって何だろう」ということを深く思考するのかな、と考えています。
ただ、会社が小さい頃は、創業者のようにバリューが体に染み込んでいるメンバーがすぐ隣にいるので、そうしたリアルを何となく体験することができます。
しかし人数が増えてくると、そういう機会も少なくなりますし、バリューもさらっと読んで終わってしまうというか。その言葉自体を好きだと思っていても、中身を深く思考する機会が少なくなってきていたんです。
でも、重要なのは1人ひとりがバリューの本当の意味を理解して、自分の言葉で語ったり、体現できることなんですね。そこで、それぞれのバリューが実際はどういうことなのか、もう少し皆にわかりやすく伝える必要があるなと。
また、海外拠点で働くメンバーも増えていき、言語やカルチャーの違いもでてきていました。
その中で、「何となくこんな感じで、わかるよね?」といったコミュニケーションではなくて、実際に7つのルールというのがどういうことなのか、言語化してきちんと伝えていこうという話になったんですね。
「この人たちが作る会社を見てみたい」という思いで入社を決めた
私自身は、2014年の3月にユーザベースに入社しました。入社前は主人の仕事の都合上、4年半ほどトルコに住んでいまして。
現在、弊社のCFOをしている村上とは大学時代からの友人なのですが、トルコからの帰国が見えてきた頃に、たまたま村上がFacebookで投稿する写真や記事を見て、ユーザベースを知りました。
「楽しそうな会社にいるんだね」と伝えたら、「(ユーザベースに)興味ある?」と聞かれて。
でも、正直、当時はベンチャー企業に興味がなかったんですよ。「ベンチャー企業 = ものすごく忙しい」というイメージもあったので、ワーキングマザーには難しいだろうと。
でもたまたま一時帰国するタイミングがあってオフィスに遊びに行ったら、創業者3名のうちの梅田と新野が急に出てきて、ランチに行きましょうと。その場で、すごく熱烈に誘われたんです(笑)
当時、SPEEDAの認知はまだまだ低く、NewsPicksもベータ版を公開したばかりで。「本当に売れるのかな」みたいな印象でした(笑)
あまりにも熱量高くオファーをうけたので、「これは、私が『うん』って言ったら決まりなんですか?」と聞いたら、2人とも「そうだ」って言うんです。
でも、正式な面接もしていないし、軽いリサーチだけで行ったので、プロダクトや会社に対する理解も低く…。そもそも初対面なんですよ。
「私のことを何も知らないですよね」と言ったら、「僕らが絶対的に信頼する村上さんが絶対的に信頼する人なら間違いないから」と言われたんです。それがすごく、印象的でした。
この考え方は、今も現場レベルでうちにあるものだと思っています。
つまり、互いが信頼関係で結ばれていて、創業当時から、性善説に基づいて行動する会社なんですね。相手に任せた領域に関しては、最大限ちゃんと信頼して任せきる。
また、当時はワーキングマザーがひとりもいなかったんです。なので、「そもそも創業メンバーはワーキングマザーがどういうものなのか理解してるんだろうか…」という気持ちもあって。
「私、自分の時間の100%を仕事にコミットすることはできないです」と正直に伝えたんです。そうしたら新野が「いや、松井さんが仕事に使える時間の100%をコミットしてくれれば良いから」と。
このふたつを聞いたときに、会社の軸のようなものが見えた気がして。「この人たちが作る会社を見てみたい」と感じて、入社したという経緯になります。
「手のひらサイズの本」という形にこだわった理由は?
私が入社した2014年あたりは、コーポレート部門は5、6人だったのですが、今は派遣社員の方などを含めて40名弱の組織になっています。
経理・財務部門と、人事や法務、総務、広報、コーポレートエンジニアリングなどが属しているコーポレート部門の大きくふたつに分かれていて、私は後者を見ています。
そしてその中に、ユーザベースのミッションとバリューを組織に浸透させ、文化醸成をコミットメントとしている「カルチャーチーム」があります。
※編集部注:カルチャーチームについては、こちらの記事もご覧ください。
31の約束は、創業者の新野と、カルチャーチームのメンバーが一緒に作ったものです。
新野は創業当時から誰よりもミッション、バリューの重要さを説いていました。そして、企業規模が大きくなる上で、7つのルールをよりわかりやすくするために、イラスト付きで「DO、DON’T」という形で表現したいと。
7つのルールはあくまで私たちの心のよりどころのようなもので、原理主義ではないので、行動指針として分かりやすく明文化するために31の約束を作りました。
ただ、こうしたものって無理やり作るものではないですよね。そもそも既に7つのルールもあったので、ユーザベースの中にあるものをちゃんと集めてくればいいよね、という話になりまして。
そこで、社員にアンケートを取って、どういう時にバリューを必要として、迷った時にどうバリューに立ち返ったか・向き合ったか、といった声を集めていきました。最終的には新野を中心に言葉を練って、31個にまとめた形です。
言葉自体は、コピーライターの方に入っていただいたわけではなく、自分たちで決めました。
というのも、DOとDON’Tの分け方はあまり難しくなくて。7つのルールを説明してるだけなので、何がDOで何がDON’Tか、という線引きにはほとんど迷いがなかったと思います。
イラストを使ったのは、より視覚的にも印象に残るわかりやすい形にしようという意図があったからです。こちらは、外部のイラストレーターさんや社内のデザイナーに依頼して制作しています。
ただこういうものって、Web上に書いてあってもなかなか読まないじゃないですか。そこで、使いたい時に実際に手にとって見ることができる「本」という形式になりました。
大きさも、持ち歩きやすい手のひらサイズにこだわっていて。私も、ボロボロになるまではずっとカバンに入れていましたね。
先日、社内メンバーに31の約束をどう使っているか聞いたところ、採用面談や採用イベントという回答が一番多かったですね。あとは、チームの振り返りや合宿です。
私自身、自分のチームの状態があまり良くなかった時に、この本を使ってワークをしました。
まずは1人ひとりが自分の課題を振り返って、ふせんに書いてシェアして。そこから「XXさんからは私はどんな風に見えている?」という形で、互いに意見を出し合いました。
こんな風に誰かにフィードバックするシーンで、相手に対して直感的に「それ、違うよね」と思う時ってあるじゃないですか。でも、それを言語化するのって結構難しくて。
それを相手が、自分への人格攻撃だと受け取ってしまうこともあると思うんですよ。
ただ、そういう時に31の約束に沿ってフィードバックすれば、よりポジティブに、かつユーザベースらしさに基づいて客観的に他者評価できるんですよね。「人」ではなく、共通の「約束」に向かって対峙することができるんです。
このように、インターネットの便利さと、リアルの空気感やアナログ的な良さをうまく使い分けているのは、弊社の良さのひとつかなと思います。
ツールは重要ではない。バリューを「語れる人」を増やしていく
31の約束は、皆にとって「法律」ではないですね。「困った時に使ってみようかな」みたいな感覚を持っているんじゃないかと思っています。
もちろん全員に配っているのですが、活用頻度も人それぞれですし、絶対に使ってくださいね、と押し付けているわけでもありません。
どちらかと言うと、日々がうまく流れてるときには使われなくてもいいと思ってるんですよ。
でも、リーダーが悩んでいたり、オープンに思ったことを伝え合いたかったり、というシーンで「そういえばああいうものがあったな」と気付いて活用してくれたらいいなと。そのぐらいの、ひっそりとした存在でいいかなと思っています。
バリューは押し付けるものではないですし、ひとり歩きしてしまうと、それ自体が絶対的ルールという武器になってしまいます。
ただ、規模が拡大していくにつれて、放っておいたらどんどん密度は薄まってしまうので。そのためのトライアンドエラーの、トライのひとつとして31の約束があると考えています。
そもそも、一番大事なことは日々の中にあって、こういったツールが重要ではないですよね。
私たち管理部門は、会社の色々なプロセスを整理したり、ルールを作ったりする側じゃないですか。でも、31の約束を使って「さあ、うちの制度を作ろう」となったことは1回もなくて。
むしろ色々なディスカッションの過程の中で、自然にバリューについて話されるような状態を目指していきたいですね。
例えば、7つのルールのひとつに「ユーザーの理想から始める」というものがあります。コーポレートの施策を考える際にも、「ユーザーである社員の視点から見るとどうかな?」といった話が自然に出る状態でありたいですね。
こうした問いかけやディスカッションの中にしか、バリューの浸透はないと思っているので、こういった話が自然とされるような空気感を大切にしていきたいと思っています。(了)