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- 草野 多佳子
ランク付けをやめ、納得感のある人事制度を実現。アドビ「チェックイン」運用の実態
〜「ノーレイティング」で上司と部下のリレーションシップを強化!人事制度「チェックイン」の導入から5年、アドビの人事が語る運用実態とは〜
2012年、パッケージからクラウドへ、そのビジネスモデルを大きく転換させたアドビ システムズ。同社の株価はここ5年で3倍に上昇し、急速に成長を遂げている。
その成長を支えたひとつの要因が、同社が5年前よりスタートした全く新しい人事制度「チェックイン」だ。
チェックインは、継続的な面談を通じて上司と部下のリレーションシップを構築することで、社員1人ひとりの成長を後押しすることを目指した制度だ。
その特徴は、敢えて面談記録をフリーフォーマットにしていること、ランク付けがないこと、給与の裁量権がマネージャーにあることといった、その「柔軟性」にある。
結果的に、評価の納得感も生まれやすくなり、モチベーション低下を防ぐことができているという。
今回は、チェックイン制度の仕組みやその運用のコツまで、日本オフィスで20年間人事を務める草野 多佳子さんに詳しく伺った。
年に1度のランク付け評価により、従業員のモチベーションが低下…
アドビ システムズ(以下、アドビ)は、アメリカのサンノゼで、ポストスクリプトの会社としてスタートしました。
現在は、3つのクラウドソリューションを柱に事業を展開しています。
Photoshopをはじめとするクリエイティブプラットフォーム「Adobe Creative Cloud」、デジタルマーケティングソリューション「Adobe Experience Cloud」、Acrobatを核としたドキュメント業務を効率化するソリューション「Adobe Document Cloud」です。
私自身は、アドビの日本オフィスが立ち上がった26年前に入社しました。ここ20年ほどは、人事部に所属しています。
▼アドビ システムズ株式会社で人事を務める草野 多佳子さん
以前の弊社における評価制度は、年間目標の達成度合いでランク付けを行う「アニュアルパフォーマンスレビュー」という仕組みでした。
1年に1度、従業員が指定フォームに年間の達成事項を記入し、マネージャーに提出します。
マネージャーはそれに対して、評価文書を2ページ分ほど書き入れていくのですが、部下の5人の関係者からもフィードバックを集めなければならず、ひとりの評価にあまりにも時間がかかっていたんです。
さらに、そこまでの時間を費やしていたにも関わらず、従業員からは「有用なフィードバックが得られない」「評価に納得できない」といった不満の声が上がっていました。
結果的に、社員のモチベーションも低下してしまっていたんです。
株価3倍に!カギは部下とのリレーションシップ
こうした制度に疑問を持ったCustomer and Employee Experience担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントのドナ・モリスが、評価制度を廃止し、2012年12月より世界40カ国の全拠点で、「チェックイン」という人事制度を導入しました。
これは、「チェックイン」という新たな形の「マネージャーと従業員のコミュニケーションの場」を設けることで、社員のパフォーマンス向上を狙ったものです。
基本的にはクォーターに1度以上のペースで、個人の成長にフォーカスした内容を話す面談が行われます。
私の上司が米国のオフィスにいたときには、リモートで週に2、3回、10ミニッツチェックインを行っていました。そのおかげで、時差もあって対面でなかなか話ができなかったにも関わらず、距離を感じたことはなかったですね。
従業員は、マネージャーと頻繁に自身の成長について話すことで、「マネージャーに見てもらえている、サポートされている」と感じられるようになりました。
これにより、以前よりチャレンジに積極的になったり、パフォーマンスが上がるようになったんです。
従業員アンケートの結果も、「アドビを働きがいのある会社として勧められる」と回答した社員が10%増え、「上司からのフィードバックが役立つものである」と回答した社員も、同じく10%増加しています。
離職率も大幅に減り、導入から5年を迎えた今では、株価が当初の3倍に上昇するなど、順調に成長しています。
チェックインを構成する3つのトピックとは…
チェックインで話されるトピックは、「期待(Expectations)」、「フィードバック(Feedback)」「キャリア開発(Development)」の3つです。
▼チェックインで話される3つのトピック
最初の「期待」は、マネージャーがドライブするパートです。
まず会社の現状についてマネージャーから説明し、部下の視点を引き上げます。その上で、部下に期待する年間のゴールを、成果物・行動・貢献の点で、双方で合意できる形に持っていきます。
私たちのビジネスは変化が早いので、1年の間に状況が変わることも多いです。そのため、期待するゴールはその都度、柔軟に変えています。
そうすることで、従業員がいつでも「どこに向かったらいいのか」、迷わずに動くことができるようになっています。
次に「フィードバック」ですが、これはマネージャー・部下の双方が互いにフィードバックをするパートです。
フィードバックは、マネージャーから部下への一方通行ではなく、双方向であることにこだわっています。他にも、トラブルがあった際には即座にフィードバックを実施しています。
そして最後が、部下がドライブする「キャリア開発」というパートです。期待に応える動きをするため、そして、本人が満足して成長するための目標を自身で設定し、「こんな業務をやりたいです」という提案ができる機会になっています。
社員の成長はアドビの成長。「IDP」に沿ったキャリア開発術
弊社は、「社員の成長はアドビの成長」というフレーズがあるくらい、社員育成に力を入れています。そのためチェックインでも、特にこの「キャリア開発」がポイントになってきます。
キャリア開発のパートでは、「IDP(individual development plan)※」というフレームワークに沿って、ショートターム、ロングタームのゴール設定と、そのゴールにたどり着くために得たい知識や経験、資格などを本人が整理します。
※IDPの記入シートは、アドビのチェックイン公式ページで公開されているPDF資料「チェックインガイド」の16、17ページから印刷可能です。
▼「キャリア開発」パートのディスカッションステップ
ここで重視しているのが、マネージャーができる限り部下の目標達成をサポートすることです。
例えば「英語のスキルアップ」のため、日本と海外の同じ役割の従業員が、3ヶ月間エクスチェンジをしたこともありました。
ただし、ゴールのために必要なものの認識がズレていることもあります。その場合は、ただ求められたことをサポートするのではなく、ゴールに向かうための道筋についてもアドバイスしていきます。
また、キャリア開発のパートで必ず聞いているのが、その目標を無理に設定していないか、そして本当にやり遂げたいのか、ということです。
指定の評価フォームは撤廃。給与の裁量権もマネージャーに
そして、チェックイン時に話した内容の記録は、従来の評価制度のような指定フォームに記入する必要はありません。フリーフォーマットで、マネージャーの記録しやすい方法で記録してもらっています。
指定フォームをなくすことで、頻繁に行われるチェックインを、気楽に行うことができるようにしました。
しっかりフォームを埋めてから面談して、と言われるとプレッシャーですし、それが義務となってしまいますので、私の場合はWord、私の上司の場合はノートで行っています。
このフォームは人事に提出する必要もありません。各マネージャーは、さらにその上のマネージャーとのチェックインを行い、そこで部下1人ひとりのパフォーマンスを共有します。
そしてもうひとつのポイントが、マネージャーに従業員の給与に関する裁量権を与えることです。
以前の評価制度では、社員の給与や昇給は全社のランクによって決まっていました。
しかしチェックインでは、各マネージャーに予算を配分し、彼らが部下それぞれの給与を決めていきます。そのためマネージャーも、しっかりと評価を行なうために、より頻繁に部下達とコミュニケーションするようになりました。
この仕組みによって、評価の納得感も生まれやすくなりましたね。
人事の役割は、「プレッシャーをかけること」ではない
人事の役割は、マネージャーにプレッシャーをかけることではありません。重要なのは、マネージャーの皆さんのマネジメント力を信じて、従業員のパフォーマンス向上のためのサポートを行うことです。
チェックインの導入により、マネージャーには、部下を継続的にサポートして評価することが求められるなど、マネジメントスキルがより一層問われるようになりました。
そのため私たちは、ロールモデルのビデオを作ったり、彼らが迷った時の指標になる共通言語を増やしたり、といった取り組みをしています。
例えば、部下がゴールを低めに設定しがちだという課題が浮上した際には、「SMART」というフレームワークを用意しました。
▼部下の目標設定をサポートするフレームワーク「SMART」(編集部により翻訳)
これにより、自身がもっている伸びしろを伸ばせる、少し頑張れば達成できるレベルのゴールを設定してもらえるようになりましたね。
他にも、マネージャーから「どのようにアドバイスすれば部下のパフォーマンスが上がるのか」といった相談が来ることもあるので、その都度サポートしています。
チェックイン制度は、「義務」ではなく「権利」
こうしたチェックイン制度は、義務ではなく権利だと思っています。
チェックインを導入してから、弊社は「Great Place to Work(やりがいのある会社ランキング)」に初挑戦し、15位に入ることができました。
2020年までには、チェックインを通じて社員のエンゲージメントをより高めていくことで、トップ10入りを目指したいですね。(了)
SELECKからの特典
当媒体SELECKでは、ツール紹介記事の他にも、500社以上の課題解決の事例を発信してきました。
その取材を通して、目標を達成し続けるチームは「振り返りからの改善が習慣化している」という傾向を発見しました。
そこで「振り返りからの改善」を、botがサポートする「Wistant(ウィスタント)」というツールを開発しました。
「目標達成するチーム」を作りたいとお考えの経営者・マネージャーの方は、ぜひ、チェックしてみてください。