- 株式会社ユーザベース
- 代表取締役 Co-CEO/CTO
- 稲垣 裕介
全社員対象のエンジニアリング研修も!ユーザベースが描く技術とビジネスが融合する未来
ソーシャル経済メディア「NewsPicks」をはじめ、全9事業を展開し、グローバルでさらなる成長を続ける株式会社ユーザベース。
自身もエンジニアであり、同社の代表取締役 Co-CEO/CTOを務める稲垣 裕介さんは、「今、ビジネスとエンジニアリングの間には分断が起きている。技術者はもっとビジネスシーンをリード出来るはずだ」と語る。
具体的には、国内企業において経営レベルの話で技術に関する会話をすることは稀で、社内受発注のような分断の構図があることや、同等スキルのエンジニアであっても居住地によって待遇の差が生まれていることに課題を感じていたという。
同時に、ユーザベース内でも「コーポレートエンジニアリング」による生産性向上の必要性を感じていた。
これらの課題感から、「誰もがエンジニアリングを楽しめる世界」を目指して、今年4月に新プロジェクト「Play Engineering」を始動。
その第一弾として、エンジニアか否かを問わず、特定の技術スキルの保有者に対して手当を付与する新制度や、全社員を対象にしたエンジニアリング研修、コーポレートメンバーによる「業務効率化自慢コンテスト」などを実施した。
今回は稲垣さんに、「Play Engineering」に込めた想いや、第一弾の具体的な取り組み内容についてお話を伺った。
エンジニアの待遇格差や人材不足、社内の生産性に課題を感じていた
ユーザベースは2008年に、僕を含む3人で創業しました。これまで自分自身も携わってきたエンジニアという職業は、元来チームで動く性質から、先進的な組織論も提唱されています。
僕はそのような組織論を会社全体に波及させて、例えば評価制度のフレームを作るといった形で、エンジニアリングとHRの両面をリードしてきました。
今、いち開発者として世の中を見ると、世界的にはエンジニアのプレゼンス(存在感)が向上しているものの、日本ではまだそこまで上がっておらず、多くの課題を生んでいるように感じています。
例えば、企業の経営会議で技術に特化した内容はほぼ出てきませんし、投資家から技術に関する質問を受けることも少ないですよね。その要因は、おそらくエンジニアリングとビジネスを切り離して捉えていて、どこかで思考停止してしまっていることにあると思います。
結局、エンジニアリングの分野は社内受発注のような「分断の構図」になっていて、特に地方ではこの構図がかなり強まっていると感じます。
また、都心と地方のエンジニアにおける待遇格差は顕著で、以前面談をした北海道在住のエンジニアの方は年収330万円ほどでしたが、弊社の評価基準に照らすと500万円近くの年収を提示できる方だったんです。
当然ながら、都心のエンジニアほど優秀であるということはなく、本来ソフトウェア開発の人材は働く場所を問われないはずなので、居住地によってそれだけの格差が生まれているのはすごく不健全ですよね。
僕自身、「技術者はもっとビジネスシーンをリード出来るはずだ」と信じている一方で、このような実情が彼らの競争力を失わせているのではと感じ、日本全体で適切な給与水準に引き上げていくことができないだろうかと考えていました。
▼代表取締役 Co-CEO/CTO 稲垣 裕介さん
同時に、日々の業務の中でユーザベース社内でも技術面の伸びしろを感じていて。
というのも、直近で大幅に増員したにも関わらず、それでも追いつかないほどプロダクトとして実現したいことが山のようにあるので、長らくエンジニア不足が顕在化していました。
また、顧客への価値提供といった外向きの業務にこだわって計画を進める一方で、社内の改善は後回しになりがちで。コーポレートのみんなは周囲を優先して自分たちは我慢してしまうという場面も多いので、IT活用で社内の生産性を上げていく「コーポレートエンジニアリング」には手が回らない現状でした。
実際に、コーポレートのメンバーからエンジニアにデータ抽出などを依頼することがありますが、それらはSQLを少し書ければ自分で取得できたり、関数さえ分かれば自動化できるといったものが多くて。そこを解決して良いサイクルを生むことができないかと常日頃考えていました。
これらの課題感を元に、今年4月から新たなプロジェクト「Play Engineering」を始動しました。
「Play Engineering」の軸となる、プラスエンジニアリング手当とは?
このプロジェクトは、「エンジニアリングを起点として、誰もがビジネスを楽しめる世界」を目指したもので、僕たちのパーパスの実現にも紐づく活動となっています。
今はその第一弾が始まったばかりですが、これから1年ほどかけてプロジェクト全体を進行していく構想です。
特に、メンバーが意志を持ってエンジニアリングの習得に挑戦する中で、純粋に楽しさや喜びを感じてもらえる内容にすることと、「社会・企業・個人のパーパスが調和して、関わるすべての人たちが幸せになる」というユーザベースの一貫した思想を基に、このプロジェクトを通じて社会にどのようなインパクトを出せるのかという観点を大事にしながら設計しています。
その上で、今回プロジェクトの第一弾として実施したのが、三つの「エンジニアリング支援制度」です。
まず一つ目として、全社員を対象とした「プラスエンジニアリング手当」を新たに設けました。
これは、メンバーが保有する「データ取得スキル」と「自動化(スクリプト処理)スキル」に対して、認定されたメンバーは手当がプラスされ、年収が12万円もしくは24万円増える制度となります。
今回は初回ということで、過去の業務でそれらのスキルを発揮した成果物を提出してもらい、CTOやフェローが中心となって議論をしながら、手当の対象者となるかどうかを判定していきました。
例えば「データ取得スキル」では、スプレッドシート上でSQLやマクロなどを扱って生産性を高められているか、「自動化スキル」ではその概念やロジックを理解した上で、基本的なスクリプト処理ができるかを見て判定した形です。
対象者には多くのエンジニアも含まれるため、彼らの給与のベースアップに繋がりましたし、エンジニア以外の職種からも62名が応募してくれて、そのうち約8割の人がひとつ以上のスキルで認定を受けることとなりました。
今後も半期ごとに新たな対象者を認定する機会があるので、その際は今回の応募者のアウトプットを公開することで、判定基準を明確に伝える体制も整えられたのではないかと思います。
また、一定の条件を満たしたエンジニアを対象に、「アプリケーション開発スキル」の保有者には年収50万円をプラスする制度も開始しました。
ひと言でエンジニアと言っても様々な得意領域を持った方がいるのですが、今回は特に課題感があったプログラミングに焦点を当てて制度を設けた形となります。
この制度は、エンジニア採用面にもポジティブな効果が見られており、これまで難しかったレイヤーの採用実績にも繋がっている傾向があります。
やはり「エンジニアリングに投資する」という会社のスタンスが明確に伝わるので、エンジニアにすごく刺さりやすいメッセージになっているんだろうなという実感はありますね。
※同社の給与・報酬制度についてはこちらの記事もご参考ください。
基礎・応用の段階別の研修で、エンジニアリングをもっと身近に
全社員を対象に二つ目の制度として開始したのが、基礎・応用レベルでステップを分けた「エンジニアリング研修」です。
基礎レベルでは、エンジニアリング自体に興味を持ってもらうことを目的としたカリキュラムを用意しています。
例えば、「メンバーが書いたSQLを理解できる、自分でもSQLを書ける」ことを目標に、全社員のうち希望者が参加できるSQL講座や、「関数」をテーマに、入力すると瞬時にアウトプットがはじき出される仕組みを理解できるような講座などがあります。
▼メンバーが講師となって、7月〜8月に全7回のSQL講座を実施(同社提供)
また、6月には「親子プログラミング教室」も実施しました。この教室では、親子で教育用プログラミング言語を使ってゲームを作る中で、エンジニアリングの楽しさや身近さを体感してもらうことができました。
▼初回は「マウスポインターを猫が追いかけるゲーム」のプログラミングを実施
※親子プログラミング教室の詳しい内容は、こちらの記事をご覧ください。
また、応用レベルの研修では、模擬環境でかなりのデータ量を扱う体験をしてもらったり、本番環境で行うような実践的な内容を企画しています。
ここでは、小さな誤操作で重要なデータが一気に消えてしまうとか、顧客へのメール送信の自動化スクリプトでミスをしやすいとか、そういった実務上のリスクも踏まえてより深くエンジニアリングを学べるようなイメージです。
このような研修を通じてエンジニアリングに興味を持ってもらったら、メンバーには自己投資として外部プログラムを受講したり、きちんと本からも学ぶような自発的な動きも期待したいなと思っています。
業務効率化コンテストで、13チーム・18を超える効率化事例を創出
そして、エンジニアリングをある種お祭り的に楽しんでもらいたいという思いから、三つ目の取り組みとして開催したのが「Corporate業務効率化自慢コンテスト」です。
この場には、コンテストを機にコーポレート内で効率化サイクルを回して、ゆくゆくはその輪をユーザベース全体に広げていき、自発的・自律的に効率化を推進するカルチャーを醸成したいという狙いもありました。
一般的な業務効率化の手法には、業務プロセスの一部を外部委託する「BPO」や、既存の組織や制度を抜本的に見直して再設計する「BPR」もありますが、今回のコンテストでは既存の業務フローを変えずに効率化する「RPA・iPaaS」の手法を用いています。
まず、運営側で各種ノーコード・ローコードツールの勉強会をした上で、コーポレート内のチーム対抗戦として1ヶ月ほど業務効率化に取り組んでもらいました。
例えば、「事業部ごとに異なる採用予実管理データから、Zapierの自動データ抽出でスプレッドシートに取り出せるように構築して、月50時間以上の工数を削減する」といった内容です。
その結果、13チームで18を超える効率化事例が集まり、月66時間もの工数削減見込みとなる成果を創出したManagement Support Team(秘書チーム)が優勝し、TeamUp費として10万円を贈呈しました。
ぜひ今度は、彼・彼女たちもメンバーに教える側にまわってもらいたいなと思っています。
▼優勝したManagement Support Teamの取り組み内容(同社提供)
2023年に「技術研究所」を設立。活動をグローバルで展開したい
第一弾の取り組みを通じて、社内でも技術に関する会話が増えていますし、エンジニアではないメンバーたちからは「今まで学べなかったことを学べるすごく良いチャンス」という声や、「純粋に楽しい」といった好意的な声がかなり多く出ています。
僕自身は、とにかく「エンジニアだけが偉い」という雰囲気を招きたくないので、それぞれの職種がプライドを持って業務を進める中で、必要に応じてエンジニア職以外でも新しい制度や手当を設けても良いと思っていますし、そういった動きがどんどん生まれていってほしいなという願いがあります。
直近で発表したPlay Engineeringの第二弾の取り組みとしては、2023年に技術研究所「UB Reseach」の設立を予定していて、現在はそこに向けて立ち上げ期のリサーチャーを募集している段階です。
ユーザベースの強さはビジネスとテクノロジーが常に並走していることなので、この研究所でも技術者とビジネスサイドのメンバーが協働していくイメージです。
今後、Play Engineeringが目指すひとつの基準としては、全社員の10%が何かしらのエンジニアリングを習得できれば、全社的な生産性の形を変えられるのではないかと期待しています。
また、僕自身が今後チャレンジしていきたいことが大きく二つあります。
まず、Play Engineeringのような活動をモデル化して、日本中のエンジニアたちで力を合わせて、一緒に世の中を変えていくようなモメンタムが作れると良いなと思っています。
二つ目は、やはり日本国内だけではなくて、グローバルにおける成功の型を作って、この活動を広げていきたいということです。
直近では、拠点があるスリランカでトライアルをしているところなので、そこで一つの型を作ることができれば、他国への横展開の可能性も出てくるのではないかと。
今世界を見ると、どうしても「技術者はアメリカに行くと報酬が上がる」というイメージがありますが、日本と比べて技術力に大きな差があるわけではありません。
日本での都心と地方の格差を無くしていくのと同様に、このような国と国の間にある格差も無くしていくことが理想かなと思っています。(了)