- 株式会社リンクアンドモチベーション
- 執行役員
- 柴戸 純也
非IT企業がゼロから100人の開発組織を構築。MRR9.3倍、2.4億円を5年で達成した組織戦略とは
多くの企業でDXの取り組みが加速し、新たなITサービスが続々とリリースされる現代において、エンジニア採用市場では人材獲得の難易度が上がり続けている。
そんな中で、非IT企業でありながら2018年にプロダクト開発の内製化に取り組み、ゼロから100人規模のエンジニア組織の構築に成功したのが、株式会社リンクアンドモチベーションである。
同社では、 組織改善プロダクト「モチベーションクラウド」をリリースした2016年からわずか5年で、「モチベーションクラウドシリーズ」のMRRを約9.3倍となる2.4億円(2021年末)へと成長させた。
しかし、内製化前は社内にプログラミングを理解できる人材が全くおらず、開発のすべてを複数の開発パートナーに分散委託する体制だった。当時は、障害やバグが多発しても要因特定ができず、開発チーム内やビジネスサイドとの間には分断が生まれ、組織として非常にリスクが高い状態だったという。
そこでHRBPマネジャーの尾上 徹さんと、一人目のエンジニアとして執行役員 兼 開発責任者を務める柴戸 純也さんは、 「偏見・不明・断絶の壁」という三つの組織的負債の返済を実施。その後、開発チームを拡大する過程で生じる「20人・50人・100人の壁」に対しても、採用と組織の両面で先手を打ちながら、計画的に組織を拡大してきたそうだ。
今回は尾上さんと柴戸さんに、非IT企業におけるエンジニア組織の立ち上げと組織づくりの取り組みについて、詳しくお話を伺った。
開発者ゼロの外部依存体制からの脱却。プロダクト開発の内製化を決断
尾上 僕は新卒で外資系ITベンダーにシステムエンジニアとして入社し、その後外資系コンサルティングファームを経て、2017年にリンクアンドモチベーションに入社しました。現在はHRBPマネジャーとして、開発組織の運営や採用責任者を担っています。
僕の入社当時は、社内にエンジニアリングに精通した人間がおらず、複数の開発パートナーさんやフリーランスの方々にプロダクト開発を委託していました。
当時は、フロントエンドとバックエンドで委託先を分けていましたが、弊社のQCD(※)管理が上手くできていなかったために、多くの問題が生じてしまっていました。
※QCD = 開発や物作りにおいて必要不可欠な要素である「Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)」の頭文字。重要度が高い順に並んでいて、品質を高めればコストがふくれやすく、納期を早めれば品質が低下するリスクがあるといったように、この3項目は密に連動する。
例えば、バグや障害がが発生しても原因の特定が難しい状況でしたし、成果物とコストのバランスが取れていない状況でした。また、フロントとバックエンドの開発スケジュールを突き合わせたら、リリースが大幅に遅延すると判明したこともありました。
その際、短絡的な発想から「納期に間に合わなければ人手を増やせば良いだろう」と開発要員を増やしてしまったことで、生産性がさらに下がってしまいました。もちろん根本的な問題は我々にありますが、当時はそんな悲惨な状況でしたね。
ちょうどその頃は、長年培ってきたコンサルティングビジネスを発展させる形で、テクノロジーを用いてより多くの方々に価値を提供するため、プロダクトとコンサルティングの2軸で事業を強化するという方針を掲げていた時期でした。
しかし、このままの開発体制ではビジネス的な成長を見込めず、お客様にきちんと価値提供できないことから、2018年に開発組織の内製化へと舵を切る決断をしました。
▼同社の事業・組織における方針変更時の全体像
エンゲージメントは危険水域に。開発を2ヶ月止めて組織改善に着手
尾上 そのような背景からエンジニア採用を開始しましたが、最初の頃は「え、コンサルの会社ですよね?」と誰からも見向きもされませんでした。
そこで、面談では主に企業として成し遂げたいビジョンや、どんな社会課題を解決したいのかという大前提からお伝えしたり、一見デメリットと捉えられかねない課題を率直にお伝えし、共に解決してくださる方を求めていました。
例えば、「エンジニアが一人もおらず、課題は山積されていますが、このタイミングだからこそ自分たちの裁量で組織を作れますよ」とお伝えしたりしていました。
その中で、一人目のエンジニアとして入社してくださったのが、柴戸さんです。
▼柴戸さん(左)、尾上さん(右)
柴戸 僕は、前職でアドテク系ベンチャー企業の執行役員兼VPoEを務めた後、2018年にリンクアンドモチベーションに入社しました。現在はモチベーションクラウドシリーズの開発責任者と、グループ全体のDX推進を担っています。
入社にあたっては、非IT企業でゼロからエンジニア組織を作るという立場なので、社内で僕自身はスーパーマイノリティな存在になるわけです。なので、少なからず心理的なハードルがありましたね。
でもそれ以上に、新たな挑戦が自分の成長にも繋がると期待していましたし、何より企業理念に共感していたことからジョインしました。
とはいえ、現場の状況は非常に逼迫していて、開発プロジェクトに携わる社内外のメンバーは30〜40人に及び、誰が何をしているかを把握するだけでも1ヶ月かかりました。
また、僕自身は早く結果を出そうという焦りもあって、コードレビューの仕組み化や不具合の修正、リファクタリングを進めるなどといったハード面の改善を一気に進めましたが、チームの生産性は上がらず雰囲気も良くないままだったんです。
そこで、チームのエンゲージメントに目を向けると、弊社が定義する組織状態を示す偏差値で43.1という非常に低いスコアが出て。不信感が広がっており、「社内を歩けば退職希望者に出会う」ような状態にまで陥っていることがわかりました。
▼同社の組織状態を示す偏差値(取り組み前)
この現状を打破するために、開発責任者として最初に下した判断が「新規開発を2ヶ月間止めて、組織改善を行う」ということでした。会社としては大きな決断でしたが、それをやらないと前に進めないほどの状況だったんですね。
「偏見・不明・断絶」の壁を乗り越え、組織的負債の返済を図る
柴戸 まず、社内外のメンバーにヒアリングしながら現状を整理してわかったことは、関係性悪化の要因は組織の運営や活動を阻害する「組織的負債」にあるということでした。
組織的負債は多くの企業にも存在していて、例えばセクショナリズムから生まれる部門間での対立や方針の不一致などがその一例です。この負債の解消が後になればなるほど組織に悪影響が出てしまうので、僕は「組織的負債は返済し続けなければならないもの」と捉えています。
そして、当時弊社が抱えていた三つの組織的負債が、「偏見の壁」「不明の壁」「断絶の壁」でした。
一つ目の「偏見の壁」は、ビジネスサイドや新たにジョインするエンジニアの中で「技術的負債は絶対的悪である」という強い偏見が持たれていたことです。
しかし、技術的負債は悪ではなく共通課題でしかありません。なぜなら、過去に事業的な価値を築く過程で、その時々の最適解だったものが時を経て負債と呼ばれるようになっただけで、今書いているコードでさえも今後負債になる可能性があるように、負債は常に発生し続けるものだからです。
そのため、開発チーム内だけでなく会社全体に共有できる場で、技術的負債の正体や自社のプロダクトの歴史について地道に伝え続けながら、偏見を払拭できるまで認識を揃えていきました。
二つ目の「不明の壁」については、技術的負債の返済など目に見えにくいものに立ち向かう時には不安が生まれるので、それらをすべて「見える化」していきました。
具体的には、開発チームにおける負債やメトリクスなどを「期待度」と「満足度」の2軸で整理して、現状弱みとなっている項目の一つひとつに四半期で目標を設定した形です。その中で、技術的負債の返済にも目標を設定したことで、貢献意欲を感じながらモチベーティブに取り組めるようになりましたね。
▼開発チームの弱み(左上)をフォーカスポイントとして、四半期ごとに目標設定を実施
三つ目の「断絶の壁」については、ビジネスサイドと開発チーム間の断絶を解消するための取り組みをしました。
当時、ビジネスメンバーは「エンジニアが言っていることの意味がわからない」「なぜそんなに機能開発に時間がかかるの?」などと不満を持ち、エンジニアは疲弊して説明すること自体を諦めてしまっている状況でした。そこで、エンジニアリングに関する用語を万人に伝わりやすい表現に翻訳することで、相互理解を深めて協働しようという意思を醸成できるようにしました。
例えば、「AWSの長期停止は、JR全線が運休になるような事態だ」とか「開発の手戻りは、最初は普通のハンバーグを注文されたのに、調理後にチーズインハンバーグに変えてくれとオーダーされるようなものだ」といったように翻訳して伝える形ですね。
同時に、共通の目的を持つためにビジネスサイドの事業KPIと開発アウトカムとの接続を図ったり、コミュニケーション量を担保したりすることによって、セクショナリズムの壁を越えていきました。
▼同社の組織施策において意識した「組織成立の3要素」
これらの三つの壁に対する取り組みの結果、テストカバレッジが0%→90%に向上したり、2万行のデットコードの削除に成功したりと様々な開発メトリクスが改善し、組織状態の偏差値は危険水域の43.1から、最も高い水準の77にまで回復させることができました。
▼同社の取り組みによる開発メトリクスの変化(2018年→2020年)
現在は100人規模の組織に。各フェーズの組織の壁をどう乗り越える?
柴戸 そのような取り組みの過程において、10人ほどのエンジニア内製チームができて、新たな開発体制が形になり出したのは2019年の3月頃でした。
その後、現在の100人規模まで組織を拡大していく中では、大きく「20人・50人・100人の壁」がありましたが、いずれも次の組織フェーズに拡大する際に起き得るデメリットを予測して、採用面と組織面のそれぞれで先手を打つ形で対処していきました。
▼同社の「20人・50人・100人の壁」に対する採用と組織の取り組み(全体像)
まず20人を超えるフェーズでは「集団」から「組織」になることで、一定の階層ができて経営との距離が生まれるので、それまでに行っていた組織施策に加えて、経営からの発信やマネジメントにおける重要な情報などをすべて明文化していきました。
さらに、早期の即戦力化を実現するためのオンボーディングの仕組みを整えたり、組織全体での相互理解を強化していったりしましたね。
▼同社の共感醸成を重視したオンボーディングの仕組み
次の50人を超えるフェーズではマネジメントの難易度が上がるため、マネジャー強化や新メンバーの配属後も組織の軸となる理念を伝え続けることを徹底しました。
また、今はコロナ禍でメンバー同士が物理的に離れていて、人と人を繋いで結節する重要性が増したため、自然とコミュニケーションが生まれる仕組みづくりや、権限委譲をして新たにマネジメントを担ってもらう管理職メンバーに対して、僕がペアとなって支援する「ペアマネジメント」を実施しました。
そして、現在の100人を超えるフェーズでは、組織体としてかなり複雑化されたシステムになってきます。例えば、スピーディに意思決定して施策を実行するための工夫が必要になるため、組織内にベンチャーの集合体をたくさん作るイメージで、サブシステム化を促進しています。
その上で、マネジメント層によって「チームをより上段の目的に接続し続ける」ということを徹底しています。
尾上 これらの活動の積み上げによって、「モチベーションクラウドシリーズ」におけるMRRは、2016年から2021年の5年間で約9.3倍となる2.4億円(2021年末)へと急成長させることができました。2022年末にはMRR3.2億円を予想しており、順調に進捗しているところです。
エンジニア組織のベストプラクティスを型化して、広めていきたい
柴戸 今後の組織運営の方針としては、内製化の推進はもちろんのこと、権限・責任委譲も進めて、より自己組織化された小さなチームをつくっていきたいです。また、モチベーションクラウドシリーズの拡充によってサブスクリプションビジネスの売上比率を高めて、収益構造の転換を図っていきたいと考えています。
また、採用活動においては、年々「企業の発信による影響力」の重要性が増していますよね。なので、もし僕がまたゼロから開発組織を作るとしたら、今度はエンジニア界隈に向けた採用広報・PRの領域に長けた人を早期から探すだろうなと思っています。
尾上 僕も採用責任者としてさらなる組織拡大を見据えて、チームの上下を「結節」できるようなマネジメント人材の採用を強化しています。そのようなレイヤーの人材は転職潜在層になるので、エンジニアに対する勉強会などの機会によって接点を持ちながら、中長期目線で採用に繋げていきたいと考えています。
さらに、非IT企業であるリンクアンドモチベーションが、今やHRテックカンパニーへと変わりつつある現状を多くのメディアで発信し、エンジニアへのブランディングを強化していきたいですね。
弊社は「組織変革」を生業としている企業なので、そこにいる僕らが本気でエンジニア組織を作ったら、「エンジニア組織としてのベストプラクティス」を生むことができるはずだと思っていて。
将来的には、「技術力×組織力」で最高にエンゲージメントが高いエンジニア組織を作って型化し、世の中に発信していきたいなと思っています。(了)