- 株式会社ベーシック
- PLG事業部 プロダクト部 プロダクトグループ マネージャー
- 岩間 郁哉
4年でMRRが950%成長!「formrun」に学ぶPLGモデルのプロダクトマネジメントとは
2016年にアメリカのベンチャーキャピタル「OpenView」が提唱した、SaaSプロダクトの新しい成長モデル「PLG:Product-Led Growth」は、日本でも急速に広まった。
「セールスによってプロダクトを売る」モデルである「SLG:Sales-Led Growth」に対し、PLGはプロダクト自体の力によってユーザーの購入を促す。その成功事例としては「Slack」や「Zoom」がよく知られるが、どんなプロダクトでも成立するモデルではないため、自社プロダクトの特性をよく見極めた上で採用する必要がある。
そんな中、PLGモデルを採用し、順調な成長を続けている国内プロダクトのひとつが、株式会社ベーシックが展開するフォーム作成管理ツールの「formrun(フォームラン)」だ。
formrunの特徴は、ノーコードでフォームを作成でき、さらにはそこからのエントリーを簡単に管理できること。特にシンプルで使いやすいUI/UXが評価され、直近4年でのMRR成長率は950%超を達成、ユーザー数も20万を突破しているそうだ(※2023年1月時点)。
そんな同プロダクトでは、「営業がいない」PLGモデルならではの組織体制づくりや、意思決定の仕組みを構築している。具体的には、初期段階でのユーザーの離脱を防ぐための「ボウリングレーン・フレームワーク」の導入や、ユーザーの行動ログを徹底的に集めて可視化することで、データドリブンな意思決定を可能にしているのだ。
今回はformrunのプロダクトマネージャー(PdM)として活躍する岩間 郁哉さんに、ベーシックが定義する「PLGの成立要件」から、プロダクト開発における具体的な工夫まで、詳しくお伺いした。
ユーザー数20万を超えた、ノーコードでフォームを作れるプロダクト
私は2018年に新卒入社した会社で法人営業を担当していたのですが、エンジニアになりたいという思いがあり、2019年に株式会社ジモティーにエンジニアとして転職しました。そして3年ほど、エンジニアをしながらグロースハック的な業務も行っていました。
そして次のステージとして、PdMとして成長できる機会を探していた中でベーシックに出会い、2022年4月に入社しました。現在は「formrun(フォームラン)」のPdMとして、新機能の開発や他のPdMのマネジメントを主な業務として担っています。
▼PLG事業部 プロダクト部 プロダクトグループ マネージャー 岩間 郁哉さん
formrunは、Webサイトで使えるフォームをノーコードで簡単に作成できるプロダクトです。通常、フォームを作る時や、それを編集する時にはエンジニアがコードを書く必要がありますが、formrunではその必要がなく、さらにフォームからのエントリーを管理するための機能も備えています。
競合と比べての強みは大きく2軸あると思っています。まず一つは使いやすいシンプルなUI/UXであること。次に、フォームで入ってきたエントリーを管理できるカンバン機能が、業務の効率化や生産性の向上につながることです。
▼カンバン機能のスクリーンショット(同社提供)
フォームを作って終わり、ではなく、フォームに関連する全てのタスクを巻き取ることができることが、このプロダクトの魅力だと考えています。
プロダクトとしては、ありがたいことに右肩上がりに成長を続けています。会社としては昨対50%以上で伸ばしていきたいという狙いがあり、それを実現できている形になりますね。
formrunが営業を介さない「PLGモデル」として成立する理由は?
弊社ではformrunを、「PLG(Product-Led Growth)モデル」のプロダクトと位置づけて成長させていこうとしています。
PLGと対にあるモデルは「SLG(Sales-Led Growth)」ですが、これは、営業がプロダクトを売り込むことで事業を成長させるモデルです。その特徴としては、セールス活動を通して価値を伝える、高単価かつハイタッチでのオンボーディングが必要なプロダクトであることなどが挙げられます。
一方でPLGは、営業を介さず「プロダクトでプロダクトを売り込む」ことで事業を成長させていくモデルです。このPLGが成立するための条件は、一般的に ①TAM(Total Available Market:市場の最大規模)が大きいこと、②低価格であること、③すぐに使えるシンプルなプロダクトであること、の3点だと言われています。
formrunについて各点を見てみると、まず①については、Webサイトは日本で稼働しているものだけでも約2,800万、海外も含めると約19億あると言われており、その大半にお問い合わせフォームが存在しています。そのことから、TAMの規模は非常に大きいといえます。
②については、formrunは無料で利用できる上、有料の場合でも¥3,880 ⁄ 月(税抜)という非常に低価格で提供しています。
加えて③については、誰でも簡単にフォーム作成できることに定評をいただいています。例えば、ユーザーのレビューをもとに満足度と認知度の双方が優れた製品を表彰する「ITreview Grid Award」において、「フォーム作成カテゴリー」で12期連続Leaderを受賞していることからも、これは実現していると言えると考えています。
PLGの代表的な企業には、Notion、Slack、Zoom、Dropboxなどが挙げられますが、ほぼほぼ全てが海外のサービスです。海外でこれだけ広がっているPLGが日本で今後より広がっていくのは、ある意味必然であると捉えています。
その流れの中において、formrunは日本を代表するPLG型SaaSになることをチーム一丸となって目指しており、むしろ日本発で世界に通用するプロダクトにしていくことを本気で目指しています。
その実現のためにもまだ課題だと捉えているのは、前述したSlackやZoomのようなバイラル的な要素がまだ薄く、「フリーユーザーが認知獲得に寄与する」部分が弱いことです。
また、前述のようにPLGの成立要件としてシンプルで使いやすいUI/UXを備えていることは欠かせませんので、今後はデザインのスキルがさらに求められると感じています。営業がいないことで、プロダクトが使いづらいと途中で離脱してしまい、それが致命傷になってしまうので。
ですのでUI/UXについては、PdMだけではなく、開発やデザイナー、マーケティングなど全員が意識して作り込んでいます。加えて今後は、さらなるデザイナーの採用も含めて、より強化していきたいと思っているところです。
「ボウリングレーン・フレームワーク」を採用し開発プロセスを進化
formrunを担当している組織である「PLG事業部」には、現在30名弱が所属しており、大きくはプロダクト部とユーザーエクスペリエンス部に分かれた体制になっています。
▼PLG事業部の組織体制(同社提供)
大きくは、プロダクトグループがプロダクトの進化を考え、それをどうやって売っていくのかをユーザーエクスペリエンスグループが考えるという体制です。従って、両者のコミュニケーションは非常に大事になります。
そこで弊社が取り入れているのが、「ボウリングレーン・フレームワーク」です。
「ボウリングレーン・フレームワーク」とは、こちらの書籍で提唱されている、PLGプロダクトにおけるユーザーのオンボーディングにおいて重要とされる概念です。
ボウリングって「ガター」がありますよね。それを防ぐために、球を転がすレーンの両側に「バンパー」を設置して、ガターレーンにボールが入らないようにできますが、オンボーディングでも同様に、「正しいレーンから離脱する」状態を起こさないことが重要だという考え方です。
▼ボウリングレーンの両サイドにはガターレーンがある
「ボウリングレーン・フレームワーク」を構成する要素は、「ストレートライン」「プロダクトバンパー」「コミュニケーションバンパー」の三つです。
▼「ボウリングレーン・フレームワーク」を構成する要素
具体的には、真ん中の「ストレートライン」から落ちかけているユーザーを再度レーンの中央へ引き戻すために、上図の左右にある2つの「バンパー」を用意する必要があります。
そこでformrunでは、新しい機能を出すたびに、プロダクトグループの方でその機能の「ユーザーが誰で」「どの課題に対して」「どういった価値を届けるのか」といったことを言語化してフォーマットに落とし込んでいます。
そしてそれをユーザーエクスペリエンスグループ側に共有した上で、ユーザーに対してどのような訴求やアピールを行うのか、どのチャネルで価値を伝えていくのか、といったことをブレストしていきます。
このプロセスをformrunでは「ボウリングレーン企画」と呼び、機能開発のステップの中でエンジニアによる実装作業と同時並行で行うようにしています。
▼formrunの機能開発ステップ
こうしたコミュニケーションによって、両側のレーンをしっかりと立てるようにしています。この仕組みができる前は、新機能を出しても使われない…といった課題もあったと聞いていますが、現在では大きく改善されています。
※formrunにおける「ボウリングレーン・フレームワーク」の考え方について、詳しくはこちらのnoteもぜひご覧ください。
営業不在だからこそデータが軸。PLGモデルにおけるPdMの意思決定
PLG事業部の中におけるPdMの立ち位置をひと言で表現すると、「プロダクトの進化にコミットする役割」です。具体的には、新機能の企画から要件定義、プロジェクトの進行がメインタスクになります。
他の会社さんでは、PdMに加えてPjM(プロジェクトマネージャー)がいるケースが多いと思いますが、弊社は人数が少ないので、いわゆる「Why(なぜ作るのか)」「What(何を作るのか)」に留まらず、「How(どうやって作るのか)」までをPdMが担っています。
どんなユーザーにどういった課題があって、その課題に対してどんな価値を提供するのか、ということを考え、さらに実際にその機能をリリースし、グロースさせる。このプロセス全体が責務です。
現在は私以外に3名のPdMがいて、それぞれが別の領域を担当しています。特徴としては、そのうちの2名が新卒2年目と3年目のメンバーであることです。
実は、新卒メンバーはPdMに向いているところがあると思っています。PdMに求められることはデザインスキル、開発スキル、ビジネススキル、そしてドメイン知識だと考えていますが、formrun配属となった新卒は入社後にカスタマーサポートを経験してもらっていることから、お客様の課題を理解していて、ドメイン知識が圧倒的に多いからです。
現在、プロジェクト体制としては4つのラインが立ち上がっているのですが、新卒時から一貫してformrunに携わりリードしている2名にはその中でもドメイン知識が役立つ、「エンハンス(既存機能の改善)」と、「UI/UX改善」のラインを担当してもらっています。
▼4ラインで構成されるプロジェクト体制
一方で、カンバン機能の強化については、顧客管理やMAツールの知識が求められるので、過去にその領域で経験を積んだコンサル出身の者が担当しています。そして新機能開発については、ジモティー時代のCtoCのバックグラウンドを活かして、私が担当しているという棲み分けです。
各領域の意思決定については、私たちの場合は営業がいないので、日々のユーザーの行動ログを可視化することで、データドリブンな意思決定を行っています。
具体的には、専任のチームがTableau(ダッシュボードツール)を使って、欲しいデータやモニタリングしたいデータを一覧化しています。例えば、どのプランのユーザーが、いつどんな機能をどのくらい利用しているのか、といった推移も追うことができるので、このデータを元に、現場で意思決定をしていくイメージです。
▼実際に活用されているダッシュボードの一例(同社提供)
実際にPdMが行う意思決定のプロセスとしては、①顧客の課題をマクロ・ミクロに分析する、②ロードマップに落とし込む、③各部署とのシームレスに連携し、プロダクトを継続的に磨き続ける、という形になります。
その中で、例えば①のステップでは、カスタマーサポートから上がってくるユーザーの声なども見ながら優先度づけを行い、開発を行っていきますが、特徴的なのはやはりデータの活かし方だと思います。
例えば、プロダクトアウトの方向性でカンバン機能を進化させていく場合には、まずカンバン機能を分析するダッシュボードを作り、細かく使われ方を見ていきます。カンバン機能を使っているユーザーのプランや企業規模、業種、持っているフォームの数、ペルソナ等、各種データの抽出によってユーザーの解像度を高めていきます。
その上で、新しい機能が本当にユーザーに使われるか、リリースすることでどのくらいのインパクトがあるか、ということを細かく出して意思決定を行います。これはPLG型ならではの特徴かなと思いますね。
「全てのフォームをformrunへ」海外進出を目指し進化を続けていく
formrunの目指したい未来としては、「全てのフォームをformrunへ」ということを掲げているので、まずはより多くのフォームがformrunにリプレイスされるように、プロダクトを進化させていきたいと思っています。
加えて、今事業部の中で話しているのが、「迷わず滑らかに効果的なフォームが作成でき、チームで『Getting Things Done(心理的な負担を減らしながら個人の生産性を上げるタスク管理)』ができる世界の実現」を目指していきたいということです。
「迷わず滑らかに」という部分はUI/UXを指しており、誰でも簡単にフォームが作成できることはもちろん、formrunのフォームを使うとエントリー数が上がるような効果も見込める、という意味合いです。
そして「チームで『Getting Things Done』」という部分は、エントリーが入ったあと、そのエントリーに対しての管理をチームで実現できる状態を機能に落とし込んで作り込んでいこう、ということです。
これらの先に、「全てのフォームをformrunへ」の実現があると考えているので、ネクストチャレンジとしてはまずこれらに力を入れていきたいですね。
2024年には海外進出を目指したいという目標も掲げているので、まずはこうした価値提供をしっかり作り込みたいと思っています。(了)