- 株式会社マネーフォワード
- CTO室 兼 Money Forward Vietnam VPoE
- 小牧 将和
「英語公用語化」でエンジニアの38%が外国籍に。世界中から人材を採用するノウハウとは
近年、技術開発に関する人材確保は、依然として多くの企業にとって大きな課題となっている。
日本国内のみならずベトナムとインドにも海外拠点を持ち、法人向けバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」をはじめ、個人向け家計簿サービス「マネーフォワード ME」、金融機関向けのシステム開発サービスなど、さまざまなサービスの開発・提供をおこなう株式会社マネーフォワード。
同社では、今後のさらなる事業成長を見据えた時に、エンジニア人材の確保が目下の最重要課題となっていた。そこで実行したのが、社内エンジニア組織の公用語を「英語」とした上で、中長期的に世界中から優れたエンジニアを採用するという施策だ。
この英語公用語化の取り組みは、「2024年度末までにエンジニア組織を完全英語化する」という目標のもと、2021年秋からスタート。
ロールモデルとなるチームの発足、メンバー向けの英語学習の提供という二つの戦略を軸に進められ、採用活動による組織拡大と共に、2022年11月末時点で、社内エンジニアの38%を外国籍人材が占めるという成果を上げている。
今回は同社のCTO室 グローバル部 部長としてグローバル化の施策を推進し、現在はベトナム拠点にてVPoEを務める小牧 将和さんに、英語公用語化に踏み切った背景と、具体的な取り組み内容について詳しくお話を伺った。
海外エンジニアまで採用を広げるため、開発組織の英語公用語化を決意
私は、大学卒業後にワークスアプリケーションズに入社して、国内で9年間、シンガポールで4年間システム開発やマネジメントに携わった後、2021年2月にマネーフォワードに入社しました。入社後は、グローバル開発組織とインド拠点の立ち上げを担当しています。
弊社は創業以来、ありがたいことに右肩上がりで成長を続けてきました。その一方で、新たなサービスを開発し続けていくためには、エンジニアの人材確保が非常に重要な課題でした。
そこで、2017年頃から新たに始めたのが、日本語を話せる外国籍エンジニアの採用です。その活動はうまく進みましたが、日本語を話せるという条件から対象者が限られるため、人材不足を根本的に解消することはできなくて。
世界中からエンジニアを採用して、課題を解決するためには「言語の壁」を乗り越える必要がありました。
そこで、経営メンバーと議論した結果、2021年9月に「開発組織で英語公用語化を進め、2024年度末までに完全英語化する」、「Non-Japanese Speakers(非日本語話者)を採用し、一緒にチームを作っていく」ことを意思決定しました。
この内容を社内に発表した際には、メンバーからさまざまな反応がありましたね。例えば、すでに在籍していた外国籍メンバーは、みんな揃って「大歓迎!」という感じで。彼らは「英語でコミュニケーションを取れるようになったら、自分達のパフォーマンスをより高められるだろう」という期待を持っていました。
一方で、日本人メンバーの反応で特に多かったのは、「企業のグローバル化や自分自身のキャリアアップという意味で必要性は理解できるが、自分が英語で業務できるようになれるか自信がない」という、期待と不安が入り混じった声でした。
もちろんみんなの不安もわかりますし、日本人中心のチームをいきなり英語化してグローバルレベルにもっていくのは非常に困難です。
そこで、「ロールモデルとなるチームを作り、英語で業務するイメージを社内に伝える」、「メンバーが自分で取り組める英語学習の提供」という二つの戦略を立て、それに沿って施策を進めていきました。
ロールモデルとなる多国籍開発組織「Team Nikko」が活動を伝播
一つ目の戦略である「ロールモデルとなるチーム作り」として、2021年秋に開発組織内で先駆けて英語の公用語化を実践する「Team Nikko」を立ち上げました。チーム名は、Non-Japaneseメンバーが発音しやすいことも考えて、観光地の「日光」が由来になっています。
Team Nikkoは、初めてのNon-Japaneseであるインドネシア人のメンバーと私の2名でスタートしました。彼は日本語を話せないものの、非常に技術力とコミュニケーション能力が高くて。そのうち他の日本人メンバーも積極的にコミュニケーションを取るようになり、開発組織のムードが変わってきたんです。
「これならいけそうだ」と手応えを感じたことから、本格的にNon-Japaneseの新卒・中途エンジニア採用を開始しました。この時に他の部署と比較にならないほどの大量の応募があったので、日本に来て英語環境で働きたいという人々が非常に多くいることを実感しましたね。
この採用活動を経て、Team Nikkoは、10ヵ国以上の外国籍メンバーと日本人メンバー数名が混在する多国籍チームになりました。
実はこの日本人メンバーのなかには英語をあまり話せない人もいましたが、チームに入ると同時に英語学習を進めることで、どのような変化があるかを実体験してもらっていて。Team Nikkoは、そういったトライアンドエラーを先行して行う役割も担っていました。
そして、彼らは英語でやり取りしながら開発業務をしているので、彼らのミーティング動画や、英語組織で日々感じたことを伝える記事を社内に公開することで、日本人メンバーに英語を使って開発するイメージを持ってもらえるように工夫しています。
また、2023年からはTeam Nikkoのメンバーが他のチームに分散して一緒に開発することで、これまで蓄積したノウハウを組織全体へ伝播させていく動きも始めました。開発メンバーの英語力に差がある場合には、社内通訳が会話を同時通訳する形でミーティングのサポートをしています。
加えて、Team Nikkoの活動だけで組織全体の英語力を向上させることは難しいので、二つ目の戦略である「メンバーが自分で取り組める英語学習の提供」も並行して実施しています。
コーチング形式の英語学習を提供。毎日業務内で3時間も学べる仕組み
英語学習においては、英語コーチングスクール講師の経験を持つメンバーの協力のもと、英語の習得レベルに応じた4つのカリキュラムを提供しています。
具体的には、ステージ1は基礎的な単語や文法、ステージ2・3はスピーキングのオンライングループレッスン、ステージ4はより実践的なオンラインレッスンという流れです。
どのステージから学習を開始するかは、開発組織の全メンバーが受ける「TOEIC」と英語スピーキング能力テスト「PROGOS」の結果を元に決定しています。このテストは定期的に受けてもらっているので、その結果と学習進捗によってステージが上がっていく仕組みです。
基本の学習スタイルは、メンバーが市販の教材を利用して自習形式で学び、その進捗を見ながら1人ひとりに毎週コーチングでフィードバックする形ですが、ステージごとに4~5名の班を作って学習しているので、孤独になることはありません。
いつも同じ班のメンバー同士で、「今日はここまで進んだよ」「この教材、良かったよ」「オンライン英会話だったら、この先生がおすすめ」などの情報を共有しながら、みんなで切磋琢磨して英語力を伸ばしているというのが特徴ですね。
そして、弊社ではエンジニア組織における英語化の定義を次のように定めました。
しかし、個々人が仕事をしながらこの目標を達成できるだけの勉強量を確保することは困難です。
なので、英語学習の対象者は基本的に「1日3時間まで業務時間内で勉強に使って良い」というルールになっています。業務時間を勉強にあてることで、一時的に業務のアウトプットが減るかもしれませんが、中長期的に会社を成長させていく上でここは越えなければいけない壁だと考え、このルールを設定しました。
そのような仕組みが功を奏したのか、英語学習に対してみんな高い意欲をもって取り組んでくれている印象です。なかには、TOEICの結果を社内のチャットに投稿して、学習成果を自ら発信するメンバーもいます。
一方で、成績があまり上がらなかったメンバーが「今回、どうして上がらなかったんだろう?」と投稿することもありますね。それに対して他のメンバーが「こうやって勉強したらどう?」とアドバイスしていて、みんなで協力し合って主体的に英語学習に取り組む空気が醸成されていると感じます。
このように組織全体でポジティブなムードが醸成できているのは、日頃グローバル化や英語学習に関して熱を持って発信している代表や、率先して英語を習得して今はインドに滞在しているCTOなど、経営層が自ら学ぶ姿勢を見せている影響もあると思いますね。
※英語学習に取り組んだメンバーによる体験談は、こちらの記事をご覧ください。
Non-Japaneseへの業務・生活サポートや、交流イベントも活発に実施
ここまでお話しした戦略の他に、もうひとつ重要な取り組みがあります。それは、Non-Japaneseメンバーへの業務・生活両面でのサポートです。
例えば、採用後の入国や賃貸契約に関する手続き、日本での銀行口座開設などが挙げられますが、書類上の手続きに加えて「こういう際、日本では判子というものが必要で…」といった慣習の説明も必要になります。
その他にも、お祈りをする文化のあるメンバーのための祈祷室(プレイヤールーム)をオフィス内に作るなど、文化面でのサポートも大切です。
弊社では、人事部内にある「Global People Partners(以下、GPP)」という組織が、その役割を担っています。
さらに、日本人メンバーとNon-Japaneseメンバーの交流イベントも企画しています。例えばお正月に書き初め会をしたり、一緒に会社の壁をペイントしたりといったお祭り的な催しもあれば、非ネイティブが活用できるシンプルな英語を学ぶ機会として、「Globish playground」というイベントを開催したりもしています。
▼Non-Japaneseメンバーと行った2023年「書き初め会」の様子
こうしたイベントを通じて、言語や国籍を超えて親睦を深めてきましたし、日本人メンバーも「もっとNon-Japaneseメンバーと喋れるようになりたい!」と、さらに英語学習の意欲が上がるという好循環が生まれていますね。
他には、Non-Japaneseメンバーに日本語を教える「TERAKOYA」という制度も実施しています。Non-Japaneseメンバーと日本人のメンターが2人1組になり、週に1回程度日本語を教えたり、一緒にランチに行ったりするという取り組みです。
日本はスーパーや飲食店に行っても、まだまだ多言語併記がされていないので、外国人にとっては生活するだけでも非常に大変です。そうした部分もGPPによるサポートやTERAKOYA制度などでカバーし、少しでも彼らが生活しやすく、働きやすい環境をつくっていきたいと思います。
英語公用語化が進めば、海外拠点とワンチームになって開発を進められる
2021年9月に、開発組織の英語公用語化とNon-Japaneseメンバーの採用という施策を掲げてから、約1年半が経ちました。組織全体を順調に拡大できていて、人数は非開示ですが2022年11月末時点で社内エンジニアの38%を外国籍メンバーが占めるほどにグローバル化が進みました。
英語での業務が広がってきている状況は、Non-Japaneseメンバーだけでなく、日本語を話せる外国籍メンバーにとっても良い影響が出ていて。英語でスピーディに意思疎通できることで、彼らのパフォーマンスが上がっていることも大きな成果です。
また、日本人メンバーからも「1年前までは英語が喋れなかったけど、今では外国籍のエンジニアと1on1ができるようになった!」といった嬉しい声が届くようになりました。
2023年からは、エンジニアと共に開発に携わる一部のデザイナーにも英語学習を始めてもらっているので、これからより強い開発組織にできるのではと思っています。
今後の展望として、英語公用語化が進むことによって得られる最大のメリットは、海外拠点の活用だと考えています。
これまでベトナムなどの海外拠点とのコミュニケーションは、社内通訳を通じたやり取りだったんです。それではタイムラグがありますし、ただでさえシステム開発上のコミュニケーションはやり取りが細かくなるため、この通訳を挟む工程がボトルネックになっていました。
しかし、英語公用語化がさらに進めば、エンジニア同士が英語で直接コミュニケーションを取ることができて、一気に日本と海外がワンチームとなって開発を進められるようになります。これはスピード面でもクオリティ面でも、非常に大きなメリットです。
そして何より、グローバル開発は本当に楽しいんです。技術面と専門性、成長意欲が非常に高い外国籍人材は世界中にたくさんいるので、ぜひ協働して良いサービスを生み出していきたいですね。
実は私は2023年4月からベトナム拠点(Money Forward Vietnam)でVPoEを担うのですが、そこでもさらに良い人材を見つけ、グループ全体のグローバル化を進めていきたいと考えています。
ベトナムやインドにはIT系のトップ大学がたくさんあり、今後はそこで学ぶ人々もジョインしてくれるのではないかと期待していて。
日本だけではなく世界中から良い人材を募り、それぞれの国の特色や強い分野についても打ち出しながら、メンバー同士が切磋琢磨する。そんなグローバルな企業として今後も発展していきたいですね。(了)