- 株式会社マネーフォワード
- マネーフォワードビジネスカンパニー 執行役員 カンパニーCPO
- 廣原 亜樹
国内外に50人ものPdMを擁するマネーフォワード。独自の「PdM成長支援プログラム」とは
プロダクトの成功に向けた戦略立案や実行、意思決定を担うProduct Manager(以下、PdM)。事業の行く末に大きく関わるPdMのマインドやスキルの成長について、企業はどのように支援することができるだろうか。
日本国内のみならずベトナムとインドにも開発拠点を持ち、法人向けバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」をはじめ、個人向け家計簿サービス「マネーフォワード ME」、金融機関向けのシステム開発サービスなど、さまざまなサービスの開発・提供をおこなう株式会社マネーフォワード。
同社は、「マネーフォワード クラウド」のPdMとして約50人を擁しているが、プロダクトごとに30ほどの開発チームがあり、国内外の拠点にPdMが点在しているという特徴をもつ。その組織構造もひとつの要因となり、各プロダクトを組み合わせて使った時のユーザー体験に課題があったそうだ。
そこで、2021年に全PdMが集結する「CPO室」を新設。同室内でいくつもの取り組みを行う中で特に力を入れているのが、約50人のPdMの成長を支援する「PdM Forward Program」である。
同組織でカンパニーCPO(Chief Product Officer)を務める廣原 亜樹さんは、このプログラムを通して「個々のプロダクトが強く、それらを組み合わせても強い状態」を目指しているという。
今回は廣原さんに、CPO室主導で実施しているPdM成長支援プログラム「PdM Forward Program」の全容について、詳しくお話を伺った。
ユーザーフォーカスの思想から「コンポーネント型ERP戦略」を採用
私は前職のワークスアプリケーションズにて、エンジニアや開発責任者などを経験した後、2020年にマネーフォワードに入社しました。現在は、CPOである私と杉田の2人で役割を分担しながら、法人向けバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」のPdM組織を管掌しています。
今回は、私たちが取り組んできた「PdM成長支援プログラム」についてお話しできればと思いますが、最初にその前提となる事業や組織の特徴について触れたいと思います。
まず、事業においては、個別のプロダクトを独立した形もしくは組み合わせて利用できる「コンポーネント型ERP戦略」を採っています。
これによって、ユーザー企業は全機能をマネーフォワード クラウド内で揃えることもできますし、他社システムと組み合わせる形で、経費精算や給与計算などの一部の機能だけ選ぶこともできるというメリットがあります。
この戦略の背景にはユーザーフォーカスの思想があって、ユーザー企業が社内システムを変える必要が出た時に、私たちのプロダクトの仕様によって選択の幅を制限したくないという思いがあります。
このようなコンポーネント型ERP戦略においては、他社システムと組み合わせても全体の機能がきちんと動くようにすることが重要です。しかし、当時の組織構造がひとつの要因となって、数年前まではその実現が非常に難しい状況でした。
というのも、私たちの開発組織の特徴として、経費精算や給与計算といったプロダクトごとに30ほどの開発チームがあり、そのいくつかはベトナムやインド拠点に点在しています。
さらに国内の開発拠点も東京、名古屋、京都、大阪、福岡と分かれているため、全員が一同に集まる機会がなく、プロダクトやチームの連携を強めることが難しい状態だったんです。
国内外に点在する約50人ものPdMの連携を強化すべく、CPO室を新設
そのような組織構造のもと開発してきたわけですが、数年前までは「マネーフォワード クラウド」として必要なプロダクト群のうち、まだ半分ほどしかリリースされていない状況でした。なので、国内外の拠点で同時並行的に開発を進めていきました。
それによって主要なプロダクトラインナップは揃ってきたものの、各プロダクトを組み合わせて使った時のユーザー体験に課題感があって、やはり組織構造による壁があるなと感じました。
そこで着目したのが、各拠点に散り散りになっていて、連携が弱かったPdM同士を繋げることでした。彼らが現場でプロダクトのマネジメントを担っているわけなので、その横の連携強化が必須だと考えたんです。
そこで、PdMをまとめる役割として私と杉田がCPOに着任し、まずはPdM全員でコミュニケーションを取ったり、課題に向き合ったりできる場として「CPO室」を設立しました。PdM全員に、主務と兼務する形でそこに集結してもらった形です。
▼PdM全員が集結できる場所として「CPO室」を新設
その時に初めて認識したのが、私たちの組織にはPdMが約50人もいるということでした(笑)。正直なところ、プロダクトも拠点もバラバラなので、PdMが何人いるかを誰も正確には把握できていなかったんです。
その1年後にはCPO室の組織化にも着手して、関連性が高いプロダクトを開発しているチームをグルーピングし、さらに連携しやすい構造にしていきました。
▼現在はCPO室の中でもプロダクトの密接度に合わせて組織化している
PdMの成長を支援する「PdM Forward Program」の取り組みとは
CPO室では、開発進捗やリリースを共有する定例ミーティング、全プロダクトのロードマップ共有会、横断UXの向上を⽬指した開発プロジェクトなど、さまざまなことを実施しています。
今回はその中でも、PdMの成長を支援する「PdM Forward Program」についてお話しできればと思います。
まず、メインの取り組みが「PdM Workshop」です。このワークショップには、オリエンテーションに続いて「マインド編」と「実践編」という大きく2つのコンテンツがあります。
まずマインド編では、「PdMが持つべき最も重要なマインドとは?」をテーマに、こちらのnoteでも発信しているような内容を中心に学んでもらいます。
このマインド編を一番最初に実施するのは、PdMは特殊な仕事で、正しいマインドを持たずにお客様やチームメンバーに対峙してしまうと、理想的な関係性を築くことが難しいと捉えているからです。
というのも、PdMはプロダクトの責任者なので、開発や営業に関することを自分ごとと捉えて問題解決しなければなりません。それにも関わらず、仮に開発納期に関する問題が発生した場合に「それは開発部門の問題なので…」と人のせいにしてしまったら、お客様には全く信頼してもらえないですよね。
なので、本来持つべきなのは「全てを自分ごととして捉えてプロダクトの成功のために何でもする」というマインドセットだと思います。
そしてワークショップ当日は、各PdMに自分なりに重要だと思うマインドを回答してもらうところから始めますが、この答えに最初からたどり着ける人は少ないと感じています。
また、人によってはそこまでの責任を負って働きたくないという気持ちもあると思います。ですが、PdMを担う人には必須のマインドなので、最初にそれを理解してもらうことを大事にしています。
その結果、参加したPdMから「気が引き締まるけど、今まで以上にすごく楽しめそうです」といった感想をもらうこともありますね。
4つのステップで、プロダクト企画時の頭の使い分けを習得する実践編
マインド編に続いては、PdM Workshopの「実践編」を7〜9回に分けて実施しています。
まずこの実践編には、「リサーチ」「理想を描く」「仮説検証」「優先順位をつけ、MSP(MVP)を確定する」という4つのステップがあります。それを2〜3ヶ月ほどかけて繰り返し実践し、ワークショップ終了後もそれぞれの現場で同じサイクルを継続してもらう形です。
1つ目の「リサーチ」は、調査ではなく探求するというニュアンスです。自分が担当するプロダクト領域の現場業務やユーザー、マーケット、時代の流れなどを深く探求して、それらについて誰よりも深く理解できている状態を目指しています。
2つ目のステップは「理想を描く」です。例えばApple社がノートパソコンを開発した時も「両手で持てるだけじゃ不十分で、片手で持ち歩けるくらい軽くなきゃだめなんだ」みたいなこだわりがあって、今のプロダクトの形に繋がったと思います。
PdMはそういった理想の完成図を最初から描けないといけませんが、実際はスモールスタートしようとするメンバーもいて、ここで苦戦することがあります。先ほどの例だと「一旦重くてもノート型のパソコンになっていれば良いよね」というレベルのものを目指してしまい、その先は後から考えようとする傾向があります。
これは、クラウドが発展した現代では少しずつ作ることが良しとされる、という時代背景も影響していると思います。また、大風呂敷を広げてしまうと、後でそれを自分でやらないといけなくなるという心理的な抵抗もあるかもしれません。そのような思考のブロックを突破するために重要なステップとなります。
そして、自分の理想を描けたら、それが本当に世間に切望されるようなプロダクトになっているかを確認するために、3つ目のステップである「仮説検証」を行います。これを現在は「PdM Bootcamp」と呼んでいます。
具体的には、まず「ロープレ形式でデモやプレゼンを行う+質疑応答+フィードバック」という流れで部内チェック(仮免)、社内の上役のチェック(卒検)を通過し、その後は実際にユーザー企業へ提案を行うという内容です。
日々の現場での提案を100回ほど行うと、「これはすごいですね」とか「私が欲しい機能はなさそうですね」といったさまざまなフィードバックをもらえます。それを元に、なぜそのようなフィードバックがあったのかの本質を考え、理想の完成図をブラッシュアップしていく形です。
ここまでのステップはあまり実現可能性を考えずに進めていきますが、現実的にはその全てを作れるわけではないので、最終的にはいつまでに何をどのように作るのかなど、実現可能な計画に落とさなければいけません。
そのため、最後に「優先順位をつけ、MSP(MVP)を確定する」という4つ目のステップに取りかかります。
※MSP=Minimum Sellable Product(販売可能な最小限のプロダクト)
ここでは今まで膨らませたものを削ぎ落とす方に頭を使う必要があるので、極端に言えば理想は一旦忘れてもらって、「直近1年で何を開発するのか」を集中して考えるように伝えています。
これらの4つのステップは、普段頭の中でぐちゃっと混ぜてやってしまっていることが多いと思います。でも本来は、発想を広げる時はとことん広げる、仮説検証に集中する、優先順位を付けて削ぎ落とすという頭の使い分けがすごく重要です。それをマスターするためのオリジナルコンテンツとなっています。
磨き上げた提案書とプレスリリース、インセプションデッキが成果物
「PdM Workshop」の実践編は下図のような流れで進めていますが、ここに参加しているPdMには、4つのステップを進む中で何度も成果物をブラッシュアップしてもらっています。
具体的には、自身が担当するプロダクトの特徴を一言で表現する「インセプションデッキ」と、プロダクトが将来リリースされたときのニュース性を表現した「プレスリリース」。そして、プロダクトの完成形を表現した「提案書」という、磨き上げられた3つの成果物を完成させます。
加えて、CPO室全体でコミュニケーションや学びを深める機会として、四半期に1度、2日間かけて全PdMのプロダクトロードマップを説明し、共有する会を設けています。
その際、先に「PdM Workshop」に参加して学び終えた人は、明らかに研ぎ澄まされた企画書やデモを持ち込んでくるんですね。それを見て「自分も早く参加して学びたい!」と感じる人も多いようで、日に日に「PdM Workshop」への参加希望者が増えている状況です。
先輩に学ぶキャリアセッションや、悩みを共有するオープンドアも実施
この他にも「PdM Forward Program」の中で実施しているのが、月に1度の「PdM Career Session(キャリアセッション)」です。これはPdM全員が参加し、1人のPdMと私が対談する様子を見ながら学べるという内容です。
おそらく世の中のPdMの多くは、身の回りに参考になる人がほとんどいないと思うんですね。なので、社外セミナーなどで他社の動きを学びにいくわけですが、冷静に考えると私たちの組織には約50人もモデルがいるわけで。そのほとんどが中途採用で、色々な企業で経験を積んでいる人ばかりなので、自社で学べる場を設けました。
このセッションの実施にあたっては、「プロダクト作りのこだわりは?」「世の中で好きなプロダクトは?」「プロダクト作りにおける失敗談」といった9つの質問に、事前に回答してもらっています。
▼キャリアセッションに向けた事前回答シート(一例)
そして、半期に1度、PdM全員に実施している組織開発に関するアンケートで、最も満足度が高いプログラムがこのキャリアセッションとなっています。
▼参加したメンバーの感想コメント(一部)
さらに、月に1度実施している「PdMオープンドア」は、1人のPdMが抱えている悩みに対して2人のCPOが答える様子を、他のPdMも見ることができます。
最後には私たちCPOが「自分ならこうすると思うよ」などと回答しますが、その前に「あなたならどう考えますか?」とみんなに投げかけることで、それぞれが新しい気付きを得られる場にもなっています。
目指すはプロダクトやチームが「個々でも全体でも強い」状態にすること
今回ご紹介した取り組みの背景として、私は優れたプロダクトは優れたPdMからしか生まれないと思っているので、強いPdMの育成に最もこだわって「PdM Forward Program」の運営に力を入れてきました。
そのようなCPO室の取り組みを通じて、以前よりも個々のPdMのスキルや横の連携を強めることができたと感じています。
しかし、あくまでも私たちのミッションは「個々のプロダクトが強く、それらを組み合わせても強い状態」にすることです。そのためには、PdMはもちろんチーム全体がより成長する必要がありますし、まだまだ道半ばだと感じています。
そのため、引き続き積極的に強い人材を採用していますし、さらなる成長を遂げられるように全力で支援しています。それを続ける中で、プロダクトやチームとして「個々でも全体でも強い」状態を、どこまで早く実現できるかに挑戦していきたいです。(了)