- 株式会社ジャストシステム
- ILS事業部 開発部
- 大島 教雄
作り始めるその前に。「A4・1枚」の訴求シートで洗練する、新規サービス開発とは
〜商品の開発を始める前に、コンセプトや機能をA4サイズ1枚にまとめた「訴求シート」を使い、顧客の反応を確かめながら、企画を洗練させている事例〜
商品開発においてありがちな失敗は、「顧客に求められないものを作ってしまう」ことだ。
そのような事態を防ぐために、株式会社ジャストシステムでは、新しい企画のコンセプトや機能をA4サイズ1枚にまとめる「訴求シート」を作成している。
想定ユーザーに「本当に価値を感じてもらえるか?」を検証するため、そのシートを用いたヒアリングを実施しているのだ。
そして、企画者だけでなく、エンジニアやデザイナーもヒアリングに参加することで、「いまいちピンと来ていない」といった顧客のリアルな反応をチーム全員が直接聞くことを大切にしていると言う。
今回は、実際にどのように訴求シートを活用しているのか、同社エンジニアの大島 教雄(おおしま のりお)さん、UXデザイナーの安井 鯨太(やすい けいた)さんにお話を伺った。
※同社の「強いエンジニア組織作り」について紹介した前回の記事はこちら
商品開発の前に、ユーザーの反応を確かめる「訴求シート」
大島 弊社では、新しい企画が立ち上がった際、開発を始める前に「訴求シート」という資料を作り、想定ユーザーとなるお客様からフィードバックを得る取り組みをしています。
訴求シートとは、商品のコンセプトや機能について、企画と開発、UXデザイナーで話し合い、A4サイズ1枚にまとめた資料です。
それをお客様に見てもらうことで、「そもそも商品が受けるのか」「どのポイントが響くか」といったことを探っています。
求められない商品を作って、それを開発し直す…という状況を防ぐことを目的に、このような取り組みを行っています。
私はタブレットで学ぶ通信教育「スマイルゼミ」の開発を担当したのですが、商品を作る上で、この訴求シートが非常に役に立ちました。
安井 私は医療向けデータウェアハウス「JUST DWH」のUXデザインを担当しています。
私自身も実際に病院へ足を運び、訴求シートを使って医療従事者が何に課題を感じているのか、自分たちが考えている商品が本当に響くのかを検証しました。
「タブレットだったら勉強できそう。でも、すぐに飽きそう」
大島 スマイルゼミは、小中学生の家庭学習をサポートする通信教育です。
スマイルゼミの企画のきっかけは、「子どもが、なかなか家で勉強してくれない」と悩んでいた、弊社で子育てをしながら働いているお母さん社員からの提案でした。
▼タブレットで学ぶ小学生・中学生向け通信教育サービス「スマイルゼミ」
弊社では既に、小学校向け学習・授業支援ソフト「ジャストスマイル」という商品を提供していました。
そのため、その開発で培った知見を活かせば、家庭学習に向けた、よい商品も提供できるのではないかと考えたんです。
また、当時タブレット端末が普及し始めていたタイミングだったことと、お母さん社員たちから、「紙だと丸つけが大変だ」という声を聞いていたので、タブレットを活用したサービスにしようと考えました。
社内のお母さん社員に加えて、お父さん社員にもヒアリングを行いました。そして、家庭でも「こういう商品を検討してるんだけど、うちの子にやらせてみたいと思う?」といった感じで、訴求シートを使ってヒアリングをしてもらいました。
▼スマイルゼミの訴求シート
すると「うちの子、よくゲームで遊んでいるのでタブレットだったら勉強できそう」と、言ってもらえたんですね。ただ一方で「でも、すぐに飽きそう」とも言われて(笑)。
スマイルゼミは、教材として、小学生だと最大6年間続けてもらわないといけないのですが、そのイメージが全く湧かないと言われました。
ここから、お子様が勉強を続けるための仕組みがなければ、保護者の方は納得しないんだな、ということが見えてきたんですね。
続けられるコツは「褒められる」こと
大島 お子様のモチベーションが最も上がるのは、保護者の方から褒められた時です。
なので、お子様が学習結果を報告すると、保護者の方がそれに対してメッセージを送ることができる機能を追加することにしました。今では「みまもるトーク」という形で、親子でトークアプリのようにメッセージのやりとりができるようになっています。
▼スマイルゼミ上で、メッセージのやりとりができる「みまもるトーク」
また、ご褒美としての楽しみもあった方が学習を続けやすい仕組みになると考え、勉強すると画面上の木が成長するというような、育成ゲームの要素をいれようとしました。
ただ、訴求シートを作って聞いてみると、「DSでよく遊んでいるけれど、延々とやっているゲームなんてないよ」って言われるんですね。数ヶ月で、他のゲームに気移りしちゃうと。
なので、ゲームも単一のものではなく、「遊べるゲームの種類が増えていくので飽きさせない」といった形に、訴求シートを変えていきました。
▼勉強を進めると、スマイルゼミ上で遊ぶことのできるゲームが増える
何度も保護者の方とお子様にヒアリングを実施し、たとえばスマイルゼミ全体の設計や教材、操作などについては、お子様に対して紙で画面イメージを見せながら「ここ押したらこうなるんだよ」みたいな話をして、ピンときているかどうかを確かめながら、改善を繰り返しました。
このように、開発前にどんどん商品を洗練させていきながら、「まなぶ・みまもる・たのしむ」というコンセプトを作り上げてきました。
ヒアリングしたからこそ聞けた、院内データ活用の課題とは…
安井 弊社では、BtoB向けの商品においても、訴求シートを活用しながら開発を進めています。その一例が病院をターゲットに開発した「JUST DWH」です。
▼医療向けデータウェアハウス「JUST DWH」
「JUST DWH」は、電子カルテや部門システムにたまっている「データ」を「価値ある情報」として二次利用できるようにし、医療の質や病院経営の向上に役立てる商品です。
弊社は創業以来、日本語入力システム「ATOK」を開発してきましたが、それを医療向けに展開した「医学辞書 for ATOK」が、電子カルテの普及と共に、多くの病院で使われるようになっていました。
この長年培ってきた「日本語処理技術」を使って、「入力業務」だけでなく、「院内データの二次利用」の面でも貢献したいと考えたのが、企画の発端です。
はじめは、データ分析についての課題が多いと仮説を立てていました。しかし、実際に訴求シートを持って病院の医療情報部にヒアリングをしてみると、分析する前にデータ抽出についての課題が多いことが分かりました。
というのも、医療系データの抽出作業は検索条件が複雑で、医療とIT、両方の知識が必要なんですね。
ただ、それらを兼ね備えている人が病院内に多くいるわけではないので、一部の人に依頼が集中してしまい、抽出に1週間かかってしまうことも、よくあるらしくて。
そのため、訴求シート上では「1週間かかっていたデータ抽出を1日で」というキャッチコピーで、より現場に響くよう修正しました。これらのヒアリングを通して、訴求シートを徐々に成長させていきました。
▼訴求シートから成長させカタログへ
最適な「キャッチコピー」と「キービジュアル」を見つけるために
大島 このようにあらゆる事業開発において、訴求シートを活用していますが、大切なポイントは、「A4サイズ1枚に収める」ということです。
というのも、何か商品を開発しようと考えると、「こういう機能が欲しい」というのが、たくさん出てきますよね。
ただ、商品開発の初期段階では、特にいらない要素を極力なくして本質的なものを作ることが大切なので、A4という制約がとても効いてくるんです。
また、面白いのが、こちらとしては全く同じことを話していても、表現を変えるだけで、反応が全く変わることがあることです。
スマイルゼミで「AIがお子様の苦手な部分を判別して、問題を出していきます」みたいなことを詳しく説明していたのですが、保護者の方々には受けなかったんですね。
「何かすごそうなことを言っているけれど、子どもにとってよいのかどうか分からない…」という反応で。
そこで、単純に「間違えた問題を優先的に出します」と説明すると、とても納得してもらえて(笑)。
安井 病院でのヒアリングでは、「医療情報部の方やドクターが、会話の中でどのような言葉を使っているのか」という点にも注意を払いました。
病院では馴染みのある言葉でも、私たちにとってはそうではない言葉はたくさんあります。
そのため、「どのような言葉にすれば、リアリティのある表現になるのか?」について、訴求シートにキャッチコピーとキービジュアルを落とし込みながら精緻化していきました。
このように、訴求シートを使うことで、相手のとって最も響く訴求の仕方が何かを検証することができました。
エンジニアもデザイナーも、直接お客様の声を聞きに行く
安井 また、この訴求シートを使ったヒアリングは、企画担当だけでなく、エンジニアやデザイナーも一緒になって実施することが大切です。
私はデザイナーですが、「JUST DWH」の開発の中で、病院にも行きましたし、医療系の展示会にも参加して、お客様に商品の説明をしたりもしました。
その時に聞いた声って、営業からの又聞きではなく、実際に自分が聞いている分、腹落ちが圧倒的に違ったんですね。
大島 何かを作る時って、お客様の顔を思い浮かべながらじゃないと「この人の課題を解決するものを作るんだ」っていうのが、ありありと浮かび上がってこないですよね。
だからこそ、企画や営業に言われた通りに、エンジニアならモノ作り、デザイナーならデザインをするだけはなく、実際に自分たちもお客様の声を聞きに行くことが大切です。
そうやって、今後もお客様に求められる商品作りにこだわっていきたいですね。(了)