- 近鉄グループホールディングス株式会社
- 事業開発部
- 藤田 一人
ブロックチェーンで「新しい地域経済」の実現を!近鉄グループが仮想通貨で描く未来
〜社内の「アクセル」担当部署が推進!近鉄グループの、ビットコインの技術を活用した「近鉄ハルカスコイン」プロジェクトとは〜
「ブロックチェーン」「仮想通貨」という言葉が、バズワードになっている。しかし、そのスキームを事業に採用した事例は、まだまだ非常に限定されている。
そんな中、近鉄グループホールディングス株式会社では、2017年9月1日より、「あべのハルカス」にて仮想地域通貨である「近鉄ハルカスコイン」の実証実験を実施。
▼実証実験の舞台「あべのハルカス」
5,000人の一般消費者とグループ内の約200店舗を巻き込み、自社が発行する「通貨」を使った、新たな購買体験の社会実験を行った。
そして、近鉄ハルカスコインの発行・運用には、仮想通貨「ビットコイン」の中核技術である、ブロックチェーンを採用。その結果、従来のポイントサービスと比較して、大幅な運用コストの削減を実現したという。
本プロジェクトを推進した、事業開発部の藤田 一人さんは「ビットコインがずっと運用され続けているということが、その技術の信頼性を証明している」と語る。
今回は、鉄道ネットワークをベースとした新たな経済圏の創出に向けたプロジェクトの実施背景から、実験によって得られた成果まで、詳しくお話を伺った。
「アクセル踏みっぱなし」で新たな挑戦を!事業開発部の役割とは
私は1995年に、当時の近畿日本鉄道に入社しました。現在の部署に配属となるまでは、鉄道の改札機や券売機といった駅務機器や、磁気、ICカードシステムといった業務に携わってきました。
その後、2015年4月に、会社が純粋持ち株会社へ移行し、近鉄グループホールディングスという名称になりました。
そのタイミングで事業開発部に異動し、以降は、グループを横断した新規事業の開発に携わっています。
弊社における事業開発部は、どんどん新しいことに挑戦して前に進んでいく「アクセル」の部署です。
「ブレーキ」と「アクセル」、どちらも会社にとっては必要な機能であり、このバランスが会社経営にとって大事なんだと思っています。
今回のプロジェクトは、全く新しい技術を用いるものですので、社内的にも大きなチャレンジでした。アクセル部門である事業開発部であったから実現できた、という部分はあったと思いますね。
部署は現在、5チームで構成されているのですが、私のチームは主に「沿線活性化」をテーマにした事業開発を行っています。
今回はその命題のもと、「仮想地域通貨」のスキームを使うことで金融ネットワークを構築し、より沿線を囲い込んだ地域プラットフォームを作っていきたいという狙いがありました。
グループポイント以上に、通貨のように、日常生活に入り込む仕組み
近鉄では、「KIPS(キップス)」というブランド名のカードおよびポイントサービスを長く運用してきています。
こちらは簡単に言うと、クレジット会社との提携カードです。その仕組みの上に、ポイントサービスが載っているような形ですね。
▼「KIPSカード」の概要
以前からこのポイントサービスには、その限界と更なる発展の可能性を感じていました。
KIPSポイントはあくまでもポイントですが、もし、通貨のように日常生活に入っていく仕組みができれば、グループ外にも展開でき、さらに多くの方に利用いただけると考えていたんです。
しかし現在の仕組みですと、カード会社のシステムを活用しているため、専用端末の設置や利用手数料といったコストが各店舗の負担になってしまいます。ですので、小規模な個店ではやはり導入ハードルが高いんです。
こうした背景や沿線活性化という文脈があり、「もっと何かできないか」という課題感があったんです。
そこで今回、我々から三菱総合研究所さんに相談させていただいたところ、「ブロックチェーンを使った仮想通貨の仕組み」を活用できるのではないか、というお話をいただいたんですね。
最初からブロックチェーンありきで進めていたわけではないので、そういった意味では、本当に良いタイミングでご縁があったと思っています。
ブロックチェーンを採用することで、運用コストの大幅減が視野に
今回の「近鉄ハルカスコイン」の発行・運用にあたっては、「ビットコインコア」と呼ばれるビットコインの標準設計を採用しています。
その理由としては、仮想通貨の中でもやはりビットコインが、社会実装されている事例としては一番安定的で、シンプルであり、また実績も積んでいるからです。
ただ今回の場合、払い戻しや現金化はできない運用にしましたので、「本来の仮想通貨らしさ」はあまり出ていないですね。この点は、今後の実験等で確認していければと考えています。
その一方で今回大きかったのは、ビットコインを支える「ブロックチェーン」の技術を用いることで、運用コストを大幅に下げられる可能性を確認できたことです。
従来の電子マネーやポイントを運用する場合、やはり中央集権的な、強固なシステムが必要になります。
特に規模が大きくなってくると、データセンターを隔離して、耐震もしっかりやって、バックアップセンターも設けて…といったことになるわけです。
一方ブロックチェーンの場合は、データが分散しているため、いずれかひとつに問題が発生しても、他でフォローが可能です。要するに、低コストでセキュリティーを担保することができるんですね。
それを実証してきたのが、ビットコインです。ビットコインは2009年からずっと運用され続けているわけで、それはある意味、実験結果と捉えられると考えています。
とは言え、ビットコインはメディア等に投機的な意味合いで取り上げられてきている面もあるので、それは消費者の方にはどう捉えられるんだろう、という不安はありましたね。
リアルなアセットを活かした「近鉄ハルカスコイン」社会実験
今回は弊社と三菱総合研究所さんが実施主体となり、協力会社としてNTTドコモさん、三菱東京UFJ銀行さんにもご参加いただきました。
▼「近鉄ハルカスコイン」社会実験のスキーム
実験への参加者に関しては、我々が持っている「リアルな場のアセット」を活用しました。
具体的には、160万人のKIPS会員の中から、公募で5,000人の実験参加者を募ったんです。
また店舗に関しても、我々のアセットである「あべのハルカス」という場所を活用し、我々のグループ会社である近鉄百貨店と近鉄不動産から、約200店舗に参加をいただきました。
そして、5,000円で1万コイン(1万円相当)と交換できるプレミアムもつけて、9月1日〜10月1日の期間内で使える、「近鉄ハルカスコイン」を発行しました。
この実験の目的は、大きく2点ありました。
まずは、最新のテクノロジーであるブロックチェーンを使用した仮想地域通貨システムの、技術的な検証です。
そしてもう1点が、スマートフォン・QRコードを使用した仕組みを、実際のお客様や各店舗の店員さんが本当に使えるのか、という運用課題の抽出です。
この2点をまず確認するという意味で、シンプルな構成で実験を行いました。
「買い回り」の行動ログも!生のデータを取得できることが強み
実験の実施にあたり、参加者の皆さまには、事前に専用アプリをダウンロードしていただきました。そのアプリを介して、コインを対象店舗で電子マネーのようにお使いいただくという形式です。
▼実際のアプリ画面と、コインを使った商品購入の様子
実際にご利用いただいた方は、当選者の8割にあたるおよそ4,000人ほどでした。
ただ完全に公募と抽選だったので、遠方にお住まいの方などもいらっしゃり、利用率としてはまずまずと考えています。個人的には、9割ぐらいの利用を期待していたのですが…。
ひとつ面白かったのが、ご利用いただいた方のほとんどが、ほぼほぼコインを消費していたんですよ。全体平均での消費率はなんと99%になります。
百貨店なので、1万円ではそう高いものも買えませんし、端数がある程度は残るかなと予想していたんですよね。でもそこは関西人らしく(笑)、安い物を探して、ギリギリまで使われる方が多くて。
ただ、そのように色々な買い物をしていただけたおかげで、我々としてはリアルな「買い回り」行動が見られることを確認できたので良かったですね。
例えば、やはり多くの人が、最後に地下の食品売り場で買い物を終えるんですよね。このような消費行動が見られるのは、思った以上に面白かったです。
ここはやはり、従来のカード会社を通したシステムとは、異なる部分だと思います。
第三者機関を通さない仕組みなので、決済を通じた生の情報を、すべて自社で持てるんです。これは今後、販促のためのマーケティング活動にも活かせると考えています。
また実験の終了後には、参加者の方にアンケート調査を実施しました。
▼実際に行われたアンケートの一部
その中で我々として嬉しかったのは、「参加しようと思った理由」の部分でした。
1番多かった回答はやはり、「(プレミアが)お得だったから」というものだったのですが、2番めが「近鉄で安心感があったから」というものだったんです。
ビットコインに対しては不安を感じても、弊社への信頼から実験に参加してくださったというのは、とても嬉しかったですね。
また、検証ポイントでもあったスマートフォンの操作に関しては、「簡単だった」「慣れれば簡単」という方が9割ほどいらっしゃいました。この部分は、思った以上に「使っていただける」手応えを感じましたね。
リアルからWebへ。「川下」の強みを活かしていく
今回のプロジェクトは、本当にまだファーストステップの段階ですが、非常に大きな一歩ではあると考えています。
我々は鉄道を母体とするグループ会社ですので、「明日から関東に引っ越します」というわけにもいきません。
そういった意味では、地域に根ざした信用力を武器に、新たな沿線活性化モデルの構築を進めていきたいですね。
鉄道ネットワークに加えて金融ネットワークを構築することで、そこから得られるビッグデータを、グループや地域として活用していきたいと考えています。それによって沿線が活性化し、沿線価値の向上につなげることが狙いですね。
我々の沿線地域は、大きく「都市」、「観光地」、「住宅地」に分けられます。今回は都市での実験だったわけですが、それぞれの地域にはその特性があります。
その地域の個性を活かせるというのが我々が目指す仮想地域通貨の特徴ですので、今後「観光地」「住宅地」にも実験を拡大させていきたいと考えています。
最近は、ネット系の企業がリアルな事業に参入する事例が増えてきましたね。
その中で我々は逆に、リアルなサービスや顧客を持つ強みを活かして、リアルの場からWebへ向かい、結果としてリアルとWebの融合ができれば、と考えています。(了)
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